ドラッカーの翻訳者として第一人者である上田惇生氏によるドラッカー著「マネジメント」の解説書。
ドラッカーの生い立ちや社会的出来事を追って各時代の著書の要旨に触れます。
「マネジメント論」のエッセンスが分かりやすくまとまっています。
含蓄に溢れた一冊。
■「マネジメント」が感動を与えるわけ
ドラッカーのマネジメント論をひと言でいえば「人と人とが成果を上げるために工夫すること」
お金儲けのための方法ではなく、人と人が一緒に働きながら、真っ当な社会をつくっていくための方法が書かれています。
根底には「人間の本当の幸せとは何か?」という大きな命題が横たわっています。
「お金を儲けるためにやってくるお客を相手にしてはいけません」
証券会社の役割は、世の中が必要としている「財・サービス」を提供することであり、お金が貯まり運用したいと考えているお客から集めて、資金を必要としている企業に提供することであり、儲けさせることが目的であってはならないのです。
■第一章 社会のためのマネジメント
●「傍らに立って見る者」であり続けたドラッカー
自然生態学者はジャングルを見て生態変化を伝えますが、こうすべきとは言いません。
ドラッカーは自らを社会に起こっていることを見て伝える社会生態学者と語ります。
自分は人の先頭に立って歩く者ではなく、その有り様を人に伝えるべき者であり、得意とするものではないかと思い至ったそうです。
−マネジメント論の大家と言われるドラッカーは、得手に帆を揚げて突き詰めた人物だったことが分かります。
●すでに起こった未来を見る
ドラッカーは、ヒトラーが本気で「世直し」のためにドイツを、ひいてはヨーロッパを支配しようとしていることを知ったとき、ナチスが力を得て、ヨーロッパ全土を支配する絵がはっきり見えたと言います。
ドラッカーは現在起こっていることを見るとともに、その先に起こる未来をいつも見ています。
ドラッカーは未来について確実に言えることは2つしかないとくどいほど言います。
ひとつは「未来は分からない」ということ、ふたつめは「未来は現在とは違う」ということです。
しかし分からないながらも、未来を知る方法も2つあると続けます。
ひとつめは「すでに起こった未来を見ること」。
たとえば今年の出生数が減れば6年後、学校では教室や教員があまる。つまりすでに起こったことを観察すれば、その先の変化もおのずと見えてくるというわけです。
もうひとつの未来を知る方法は「自分で未来をつくること」です。
難しいようですが誰にでもできることです。子供を一人つくれば、人口は一人増えます。たとえ小さな事業でも起こせば、財・サービスと雇用を生み出します。
歴史はビジョンをもつ一人一人の人間がつくっていくものだとも、ドラッカーは言っています。
●資本主義も社会主義も同じ穴のムジナだ
資本主義も社会主義も人間を幸せにしえなかった理由は「どちらの社会システムも『経済至上主義(金を中心とした世界)』を基本にしていたからだ。」
どちらにも失望したヨーロッパの人々に用意されていた「脱経済至上主義」は「ファシズム全体主義」しかなかった。民主主義を市民自ら獲得した国はファシズムに抵抗し、そうでない国はファシズムへ走っていったのです。
−ドラッカーは人間を幸せにする答えを考えます。
●マネジメントが人間に幸せをもたらす
すべての財とサービスが組織で生みだされ、すべての人が組織で働いているとするならば、組織をより良いものにしていけば、組織の集まりである社会もよくなるはずだ。
資本主義や社会主義などの「イズム」に代わるものとしての、組織の運営の仕方(=マネジメント)にこそ注目すべきではないか。
儲けるための組織運営ではなく、あくまで中心に「人」がいる組織であり社会です。人と人が一緒に働きながら、それぞれが幸せになるためには、いかなる組織運営を行っていくか。
●経営三部作、そして「マネジメント」へ
「経営に絶対はない。絶対というものはこの世に存在しない。すべては変わっていくものだ。」これは日本人の諸行無常の思想に通じています。
「仕事のことを一番良くわかっているのは現場である。彼らの考えを経営に取り入れるべきだ」
「世の中のことをもっと考えなければいけない」
●文明の運命を握るものとしてのマネジメント
人間を幸せにする社会とはなんだろう?と考えた末に、最終的にたどり着いたのが「マネジメント」という方法論だったのです。
組織の中で人と人は、それぞれの理想を抱きつつ、いろんな工夫をしながら仕事をしていく。「そうしたものの蓄積こそが文明である。」
■第二章 人こそ、最大の資産
●「マネジメント」と他の経営学の本との違い
経営学の本というとノウハウが書かれたものをイメージしがちです。
ドラッカーの「マネジメント」では「なぜマネジメントを行うのか?」つまりマネジメントの目的や役割、企業の存在理由などが最初に詳しく触れられているのです。その後に「方法」と「戦略」が語られます。
●その事業にドキドキワクワクしているか
マネジメントの役割のひとつは「本業を定め、真剣に取り組み、世の中に求められる役目を果たす」
世界で一位か二位になるつもりの事業だけを残しなさい。
あなたの会社のやっている仕事は、すべてワクワクドキドキするものばかりですか?
なかには淡々とやっているものもある。
本気で取り組む仕事は、ワクワクしていてしかるべきであって、そうでないものには取り組むべきではない。
そうでないものは思い切って止めてしまうか、その仕事を熱意を持ってやるところとコラボレーションしたほうがいい。
喜びを感じながらやる仕事を本業とすべき
●「人」こそが企業の財産である
現代社会においては、ほとんどの人がなんらかの組織に属しながら働いています。企業は、個人が仕事の中で自己実現を果たせるような仕組みをつくることが必要になってくる。
顧客が何を求めているかを知り、それを提供することが企業がなすべきことだ。
そしてもうひとつ正社員以外の人々も含めて働く人々が仕事に生きがいや幸せを見出せてこそ、会社としての存在意義がある。
●社会のニーズに応えることが社会貢献である
会社は誰のために存在していますか?
答えは、「会社は社会のためにある」です。
会社とは社会から人材や資源をあずかり、社会に必要とされるものを提供する役割を果たすものである。
会社は、社会に悪い影響を与えないようにして、社会に貢献することを考えなければいけない。
組織は自らの「強み」を用いて、社会の問題に貢献せよ。
社会のニーズに応える事業を行えば、それはすべて社会への貢献になるのです。
●マーケティングとイノベーション
企業側が「何を売りたいか」ではなく、顧客が「何を欲しているか」−それを考えるのがマーケティングです。
マーケティングの目標は市場における「シェア」です。
世の中の変化を見ながら、企業自体も変わっていかねばなりません。
イノベーションとは単なる技術革新ではありません。物事の新しい切り口、新しい捉え方、新しい活用法を創造する行為のことを指します。
イノベーションの機会はいくつかあります。
一番目が「予期せぬ成功・失敗」です。
想定していなかった人たちが商品を買うことがあります。想定していなかった使われ方をすることがあります。その顧客の存在に気づき、求めに応じ開発して急成長を遂げることがあります。
また予期せぬ失敗から市場の変化に気づき、固定観念を改め大成功に繋げることがあります。
二番目の種が「ギャップ」です。
「なんか変だな、おかしいぞ?」とギャップを感じるところにも機会は潜んでいます。
髭剃り不要の人たちに、髭剃りを省いた安い価格で成功したクイック床屋は好例です。
三番目は「ニーズ」。
今までにないものが必要になったときです。
電話が普及しはじめた頃、電話交換手が不足して、自動交換機が大成功をおさめました。
四番目が「産業構造の変化」。
IT社会が到来し、新しい切り口、捉え方、活用法が生まれました。
五番目が「人口の変化」。
例えばダイバーシティ問題です。高齢者や女性が新たなターゲットになり、働き手として捉える時代がきて、イノベーションの機会が生まれました。
六番目が「認識の変化」。
例えば健康ブーム。かつては具合が悪くなったら病院に行くのが当たり前でした。いつしか自分で健康を管理するように意識が変わりました。DHC(大学翻訳センター)はサプリメント事業に手を出し成長しました。
最後の七番目が「発明・発見」です。
説明の必要はありませんが、最後に位置付けられているように成功率は低いです。打率の悪いホームランバッターです。
◆イノベーションとは、意識的かつ組織的に変化を探すこと。それらの変化が提供する経済的・社会的イノベーションの機会を体系的に分析することである。
◆イノベーションとは、理論的な分析であるとともに、知覚的な認識である。イノベーションを行うにあたっては、外に出、見、問い、聞かなければならない。
●経営資源・生産性・社会的責任
マーケティング、イノベーションに続く、企業の目標の三つめが「経営資源」です。
モノ・ヒト・カネが潤沢であることが経営にとって望ましいのは当然です。
四つめは「生産性」。
肉体労働、サービス労働、知的労働の生産性をそれぞれ向上させていく工夫が必要です。
サービス労働はサービス自体を本業とするところへ外注すべきです。たとえば病院の正社員はゴミを拾っても直接給与は上がりません。
知的労働はやらないでいい仕事はやらせなければ生産性は向上するはずです。聞いていない会議、読まない報告書です。
最後の五つめは「社会的責任」です。
第一に世の中に害を与えない。
第二に得意分野で何らかの形で社会に貢献することに目標を設定する。
以上が、企業が良い仕事をしているかどうかの五つのモノサシ、目標です。
◆組織が自らの使命を果たすための五つの目標
・マーケティング
マーケティングは顧客からスタートする。顧客の現実、欲求、価値からスタートする。「我々の製品やサービスにできることはこれである」ではなく、「顧客が価値ありとし、必要とし、求めている満足はこれである」
・イノベーション
予期せぬこと、ギャップ、ニーズ、構造の変化、人口の変化、認識の変化、新知識の獲得、これら七つの機会すべてを分析することが必要である。油断なく気を配るだけでは十分ではない。分析を体系的に行わなければならない。機会を体系的に探さなければならない。
・経営資源
マネジメントとは、人にかかわるものである。その機能は人が共同して成果をあげることを可能とし、強みを発揮させ、弱みを無意味なものにすることである。
・生産性
知識労働者に生産性を要求するのであれば、成果を上げることのできる部署に配置しなければならない。いかに懸命に働こうとも知識や技能が成果に結びつきようのない部署に配置してはならない。
・社会的責任
社会や経済は、いかなる企業をも一夜にして消滅させる。企業は、社会や経済の許しがあって存在しているのであり、有用かつ生産的な仕事をしていると見なされるかぎりにおいて、存続を許されているに過ぎない。
◆企業は利潤を目的にしてはならない
利益が重要でないということではない。利益は企業や事業の目的ではなく、事業継続の条件である。利益は、事業における意思決定の理由や原因や根拠ではなく、妥当性の尺度である。
●知りながら害をなすな
企業の目的の定義はただひとつ「顧客を創造すること」
企業は、この社会で暮らすみんなに、便利さや快適、喜びを届け、それによってよりよい社会がつくられていく。
利益は企業が社会に対する役目をちゃんと果たしているかのモノサシ。
そしてもうひとつ企業に不可欠なのは「プロフェッショナルとしての倫理」です。
プロたるものは知りながら害をなすことはないと、顧客が信じられなければならない。
■第三章 誰もがマネージャーになれる
●マネージャーとは、オーケストラの指揮者である
仕事は分業化・細分化・専門化しています。
こうした専門家たちが一緒に働くようになったのが組織社会です。
それぞれの専門家たちの知識や能力をうまく繋げて、組織全体の「成果」に結びつけていくのが、マネージャーの仕事です。
そうして、投入した資源よりも大きなものを産み出すことがマネージャーの仕事です。
全体が目指すべき方向性を示し、各々の優れた部分を引き出すことを常に考えるのです。
各々の強みを引き出すことで各々の弱みを打ち消します。
マネージャーにもっとも必要とされるのは才能ではなく、「真摯さ」です。
マネジメントスキルは学べる。人材開発は制度を通じて講じられる。
自分自身にも厳しく、仕事や人に対して誠実でまっすぐな人物−そういう人こそマネージャーになる資格がある。
◆マネジメントに必要な四つのスキル
・的確な意思決定
単に「決めること」ではない。起こっている「問題」を明確にすることが重要。
「行動するか否か」という問いかけがあって然るべき。
マネジメントの行う意志決定は、全会一致によってなしうるものではない。対立する見解が衝突し、異なる見解が対話し、いくつかの判断のなかから選択が行われて初めてなしうるものである。したがって、意思決定における第一の原則は、意見の対立を見ないときには決定を行わないことである。
・コミュニケーション力
コミュニケーションは人を動かす手段だ。
受け手が期待していること、関心を持っていること、理解できる言葉で語ることが大切である。
自分が組織に対してどんな貢献をなすべきかをハッキリさせておくことが必要。
上司と部下、他組織同士での認識の違い、考え方の相違をお互いに知ることこそが、組織におけるコミュニケーションの基本。
コミュニケーションは、私からあなたへ伝達するものではない。それは、我々のなかの一人から、我々のなかのもう一人へ伝達するものである。組織において、コミュニケーションは手段ではない。組織のあり方そのものである。
・管理能力
成果とは無関係の事柄を測定するのは止めるべきだ。
「いかに」管理するかではなく、「なにを」管理するかが重要。
人は組織の目的や、自らの位置付けと役割を、賞罰という評価で学ぶことになるので、仕事の成果の測定結果による賞罰には大きな意味がある。
管理のための測定を行うとき、測定される対象も測定する者も変化する。測定の対象は新たな意味と新たな価値を賦与される。したがって管理に関わる根本の問題は、いかに管理するかではなく何を測定するかにある。
・経営科学の活用
経営科学がリスクを減らすことばかりに偏重していることは批判されるべきだが、道具としてうまく使えば組織運営にも貢献を果たすはずだ。
経営学者の目的は、あくまでも診断を助けることにある。経営科学は、万能薬でないことはもちろん、処方薬でもない。それは、問題に対する洞察でなければならない。
マネジメントは組織で働くすべての人が学ぶべきもの。
組織のメンバー全員が、自らを律する帝王学を身につけて、全員がトップのように働かなければ、組織の成功、ひいては社会の反映はない。
成果をあげる人とあげない人の差は、才能ではない。
いくつかの習慣的な姿勢と、基礎的な方法を身につけているかどうかの問題である。しかし、組織というものが最近の発明であるために、人はまだこれらのことに優れるに至っていない。
●成果をあげるための5つの方法・能力
私が知っている成果をあげる人は、気質と能力、行動と方法、性格と知識と関心などあらゆることにおいて千差万別だった。
共通点はなすべきことをなす能力だけだった。
「時間管理」
成果に結びつかない仕事は切り捨てる
任せて良い仕事は部下や外注に任せる
時間は大きなかたまりで使えるように調節する
「貢献」
自分の仕事が社会とどう関わっているかを考える
「強み」
自分の強みを発見し、それを仕事の基盤にする。そうすることで弱みは意味のないものにすることができる。
「集中」
際立った成果をあげられる領域に力を集中させる。
仕事に優先順位をつける。
「意思決定」
問題の正体を明らかにすることから始め、異なる意見に耳を傾けることが重要。
●組織の正当性の根拠−それは「強みを生かす」こと
顧客と従業員のニーズを満たすことは組織におけるマネジメントのレゾンデートル(存在理由)にはなりえても、正当性の根拠にはなりえません。
マネジメントによって「強みを生かす」ことで、より成果を伸ばし社会貢献することこそ組織におけるマネジメントの正当性の根拠になります。
●何をもって覚えられたいか
子供や孫、あるいはまわりの仲間たちに、自分はどういう存在として記憶にとどめておいてもらいたいかを意識しなさい。
今よりちょっとだけ良い自分を思い浮かべながら日々を過ごす。毎日の一挙手一投足が自然と「なりたい自分」へ向かい5年後には確実に変わっているのです。
必ずや「よい自分」「よい会社」に近づくことができるはずです。
■第四章 ドラッカーが見据えた未来
●新しい社会への移行