- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784140816042
作品紹介・あらすじ
太平洋戦争末期、激戦地フィリピンで行われた日本兵の「不当」処刑。いったい、何が起こっていたのか。元法務官が戦後語った証言テープほか、未公開資料と軍関係者への取材から軍法会議の詳細、さらには法務官・遺族たちの戦後を描き出した力作。
感想・レビュー・書評
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【由来】
・amazonの日替わりセールで。
【期待したもの】
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※「それは何か」を意識する、つまり、とりあえずの速読用か、テーマに関連していて、何を掴みたいのか、などを明確にする習慣を身につける訓練。
【要約】
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【ノート】
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【目次】
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「コンコルドの誤り」の遥か前に起きていた「日本の誤り」についての検証本。この話を今読むと、日本は何一つ変わっていないと思う。論理と感情論のすり替えは現代でもかなり頻繁にみられる。そもそも、日本人は私も含め、とっさの時に論理と感情のすり替えが起きてもわからなくなる情緒的な側面があると自覚する必要はある。時には声をあげ、空気が読めない日本人になることも必要だ。
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NHK取材班も無法下でおこなわれた軍法会議で名誉を失った、戦没者の名誉回復に努めようとした。
明らかなのは、正義感が強い人でも戦争という異常な状態では、無責任体制の下で犯罪に荷担してしまう。
個人的には九州出身の人が多くて、悲しくなる。
仮に自衛隊が軍隊になるには、慰霊や追悼のあり方とか軍法会議のあり方など様々な点についても考えなければいけない。しかも、仮に戦争責任(戦闘中における犯罪行為・戦略上の誤りによる行政責任)が発生した場合どうあるのか? という点についてとことん思慮が足りていない気がする。過去の戦争では、A級戦犯として執行部は「戦勝国」によって処断されたが、本来は日本人の手によって執行部に対する行政責任を問うべきだった(だからA級戦犯でも本来なら無罪の人もいれば、責任が問われるべき人間が無罪だったりする)
十五年戦争はしばしば日本国→海外の加害性しか問われないが、日本国→日本国民(帝国臣民)に対する加害性に対する反省が欠如している気がする。 -
NHKだけあり良く調べられた一級のノンフィクション。
戦中、不当な軍法会議による軍人の処刑がまかり通ってたという事実。しかもひどい場合には、食料不足からくる食い扶持を減らすことを目的として。
これも戦争の負の一面であることは間違いなく、歴史の1ページとして知っておくことは重要。また大きな組織の流れに抗えないという日本人の特質については、現代にも通じる教訓ということも納得的。
テーマがニッチなため、歴史の対局を知る目的には適さない。 -
知っているようで知らない「軍法会議」。特に、旧日本軍の軍法会議について知られていないのは、終戦時に書類が廃棄されたことと、軍の法務関係者が戦後の法曹界で一定の役割を果たしつつ、軍法会議については沈黙を守ったことが一因であるらしい。
本書は、NHKの取材班がドキュメンタリーとして番組を制作する中で得られた情報、資料等を書籍にまとめたもの。世の中にほとんど知られていなかった資料が明るみに出るなど、一定の役割が果たされたと思う。
太平洋戦争までの戦争体験を持つ人が80歳、90歳という老境に入り、生の証言を得る時間的限界を迎えている。そういう意味では、数は少ないが、関係者の貴重なインタビューが取れたなど、後世に残る仕事といえるだろう。 -
アジア・太平洋戦争末期の軍法会議の実態に迫ったドキュメンタリー。フィリピン戦線で軍法会議に関与した海軍法務官が遺した日記・文書・証言録音の発掘を端緒として、冤罪や違法な裁判によって死刑に処せられた日本軍兵士の名誉回復を図る。本書でも言及されているように軍法務・軍法会議の歴史研究は史料の不在のために極めて少なく、それだけに本書の意義は大きいと思われる。これが契機かどうかわからないが、最近の報道によれば、法務省・検察庁が所蔵する軍法会議資料が国立公文書館に移管されて公開される見通しだというから、今後この分野の研究の進展が望まれよう。
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「戦争が悪いと言ってしまえばそれまでであるが、急迫した戦場心理は、自己防衛なり部隊防衛に偏ってしまうことが避けられない。忸怩たる思いはするが、法務の責任者としてやむをえなかった」