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Amazon.co.jp ・本 (152ページ) / ISBN・EAN: 9784140816530
みんなの感想まとめ
人生における深い洞察が詰まった本書は、世阿弥の言葉を通じて現代人にも響く教訓を提供しています。「珍しきが花」「初心忘るべからず」「離見の見」「秘すれば花」といった金言が、能楽の枠を超えて人生の指針とし...
感想・レビュー・書評
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世阿弥の有名な金言「珍しきが花」「初心忘るべからず」「離見の見」「秘すれば花」に絞って、現代人にも通じる人生論がまとめられている。実際のところ、4つの金言のうち2つは「風姿花伝」ではなく「花鏡」からの言葉なので、注意が必要。
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宮本武蔵『五輪書』の100分で名著があまりに面白かったので、流れで買って長らく積読にされていたのをようやく読んだ。『風姿花伝』をもっと読み込んだ内容を期待していただけに、個人的には、微妙だった。冒頭、「マーケットを生き抜く戦略論」として読めるとして、ドラッカーの『マネジメント』にも書いてあることが600年以上昔の『風姿花伝』にも書いてあるということが言われているが、書いてあることが同じなら、『マネジメント』を読むかなと思う。現代を生き抜く知恵ではなくて、現代が完全に失ってしまった「能楽論」として読んでほしかった。
それでもやはり、内容として面白い部分はある。「初心忘るべからず」の解釈なんか、特に面白かった。
その時分々々の一体々々を習ひ渉りて、また、老後の風体に似合ふことを習ふは、老後の初心なり。(p50)
筆者も言っている通り、「初心」というと、昔の始めたばかりの頃の若い気持ちを忘れないというようなイメージもちがちだけれども、世阿弥が言っていたのはそういう意味ではない。「老後の初心」という言葉からも分かる通り、生きていれば、常にその時その瞬間が「初めて」なのである。
言われてみれば当たり前だけれども、50歳の誕生日を迎えた人にとって、50歳は初の経験である。世阿弥が言っているのは、今この瞬間は、常に初めてであるという心を忘れるなということなのだ。このあたり、原典を読む価値あるなあ、と思った。
さらに面白かったのは、「幽玄」の説明。
まづ、童形なれば、なにとしたるも幽玄なり。(p75)
「幽玄」といえば、何となく日本の古典の芸能が持つ雰囲気で奥深い感じがする。筆者によれば、古典よろしく、「幽玄」を定義する文というのはなく、何が「幽玄」であるのか、色々な具体例を挙げているらしい。そのうちの一つが上の文。
要するに、「十二、三歳ころの稚児の姿」は、その姿だけで「幽玄」らしい。ちょっとコトバンクで調べてみると、「幽玄」は、「能楽では、初め美しく柔和な風情をさしていったが、後、静寂で枯淡な風情をもいうようになった」とされて、一般的な意味として「物事の趣が奥深くはかりしれないこと。また、そのさま」と『デジタル大辞泉』に出てくる。絶対に違うと思う。
世阿弥自身、十二、三歳の頃に足利義満に見初められて出世したという。筆者も男色の話に触れているが、もっと直接的で、視覚的、身体的な感覚を持ったものだったんじゃないかと思う。
この辺り、ものすごく言葉のイメージが変わった。
というわけで、『風姿花伝』は、読んだらきっと面白そうだなぁ、と思うところはたくさんあった。ただ、いかんせん著者の能に対する愛と、現代にも通じるが強すぎて、乗り切れない。ラストの能楽堂に通おうと、能をプロデュースしようのくだりは、さすがに読み飛ばしてしまった。
「珍しきが花」「初心忘るべからず」「離見の見」「秘すれば花」など、一度くらいは聞いたことがある有名な文句を中心に扱ってくれているので、ちょっと詳しくなれる感があっていい。武術をかじっている人間からすると「序破急」とかも面白かった。そういったところだけ、つまみ食いするには、とてもいい本だと思う。 -
773/ゼ/
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能狂言のお勉強用として購入
古いけど新しい
すごい -
珍しきが花。新しいものを取り入れていく、新しいものこそおもしろい。
初心忘るべからず。人生にはいくつも初心があること。老いてこそ、基本に忠実に、規範から自由になることができる。
離見の知。目は前を見て、心は後ろに置く。客観的に自分を見ること。
秘すれば花。勝負の波をつかむため、常に準備すること。自分を模倣しないこと。自分を壊していく勇気。乗り越えていく期待を持つこと。自己の更新を続けること。 -
世阿弥かっこいい。晩年の父親の姿を観て「これぞ」と評せる親子、あるいは師弟の関係もかっこいい。
著者の能への熱量も凄い。読んだら一回能を見に行ってみるか、となる。NHKオンデマンドには放送回がアップされてなさそうでした。残念。
ところで風姿花伝は世に出ましたが、世界にはまだ世に出ていない『先祖伝来の書物』みたいなのが脈々と受け継がれていたりするのでしょうか。ロマン。 -
風姿花伝読む前に導入として読了。 ちゃんと能を見たことがないけども、古きゆかしい真面目な文化っていう凝り固まった考えが和らぎました。 肝心の100分de名著は風姿花伝の回がどこにもないんだなぁ。UNEXTで見ようと思ったけど消されてらぁ。権利関係に何かあるんでしょうか。さいあくー
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その通りっちゃあその通りなんだけど、これが六百年前のものなのが凄い。
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戦国炒飯TVのKING能を見て、風姿花伝に興味を持ち読みました!!
https://youtu.be/DnvDpAwNgpA
興味深いという意味で、面白かった!!世阿弥、天才!!
今の私達に通じる話しかなかったし、お節介と思いながら、応援している若手の役者さんたち全員に送りつけたい気分(笑)ファンとしてはこうやって長く活躍してくれるのが喜びだわ。
本編もとても良いのですが個人的には、特別寄稿の『能を見に行く』がまた良かった。退屈で寝ても良いんだよ、目が冷めた時にそこにまた非日常がある…みたいな言葉に、安心感を覚え、そして、読者に興業主になることを勧めるまかさの展開に!!!!!!となりつつ楽しく読めた。能行ってみようという気持になりました!
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初心忘るべからず
秘すれば花
序破急
どれも世阿弥だったのな。 -
世阿弥が、能の変換期に属した人間だったために、風姿花伝が必要だったということが面白かった。
それまでの神社に属する、年功序列的な価値観ではなく、貴族にいかに気に入られるかの人気商売であり、なおかつ実力のあるものが評価される、その不安定な時代に、生き抜くために、自分の子孫のための秘伝の書(ある意味今の日本の年功序列がくずれ、実力主義に変化してきている(将来が保障されない)サラリーマンにたいするノウハウ本のようなもの)と解釈すると面白かった。
実際この本では、シュンペーターやドラッカーなどを引き合いにだし、当時のイノベーションを起こしたという解釈をしている。
また、能を新たに作る際に、複式夢幻能という構造をつくったことで、量産が可能になったということも面白い。夢と舞、リアリティーがありながら美しさを至上とする価値観など、エンターテイメントとしての側面が当時は色濃くあって、現在感じている難解で少し眠い伝統に凝り固まったお芸術ということからはかけ離れているという切り口が良かった。 -
■珍しきが花
・「花=おもしろさ=珍しさ」は同じこと
・住する所なきを、まず花と知るべし
→常に更新し続けろ。自分の成功体験を再現しようと思うな。
・古い文学作品を能の「舞台」で演じた。これは当時の日本では革命だった。
・能に「夢」と「旅」のパターンを取り入れた。
■初心
・時分(一瞬)の花、まことの花
7歳:型にはめず、のびのびと(自分のコピーを作るな。子供の個性を引き出せ)
12・13歳:存在自体が花。しかし時分の花。
17・18歳:最初の難関(声変わりとか)
24・25歳:初心(声も安定し、体も安定する)
・初心忘るべからず
3つある。「是非」「時時」「老後」
老後の初心
=その歳に合った生き方をする。若ぶるな。
満開の花は無理でも、老いた木の一輪の花を目指す。 -
2015/7/20図書館から借りてみた。
7段階の人生論(『風姿花伝』第一「年来稽古条々」より)
七歳
稽古を始めるころ。おのずと備わった風情があるので、子供の心のおもむくままにやらせるのがよい。
十二、三より
稚児姿といい、声といい、それだけで幽玄である。しかしその花は本当の花ではなく、その時限りの花。しっかり基本の稽古をすることが肝心。
十七、ハより
人生で最初の関門(能役者にとっては「声変わり」)。ここが生涯の分かれ目だと思い、諦めずに稽古を続けよ。ここでやめれば終わってしまう。
二十四、五・初心1
声も体も一人前になり、新人の珍しさから名人に勝ったりもするが、そこで自分は達人であるかのように思いこむほど愚かなことはない。そういう時こそ、「初心」を忘れず稽古に励め。
三十四、五・初心2 能の絶頂
この年ごろまでに天下の評判を取らなければ「まことの花」とは言えない。これまでの人生を振り返り、今後の進むべき道を考えることが必要。
「上がるは三十四五までの頃、下がるは四十以来なり」
四十四、五
花が失せてくるのははっきりしている。難しいことはやらず、得意とすることをするべき。後継者に花を持たせて、自分は控えめに。
五十有余 ・初心3
もう何もしないというほかに方法はないが、本物の能役者なら、そこに花が残るもの。老いても、その老木に花が咲く。
土屋惠一郎の作品
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