植物は〈知性〉をもっている 20の感覚で思考する生命システム

  • NHK出版
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レビュー : 32
  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140816912

作品紹介・あらすじ

「植物に知性はあるのか?」この問いをめぐって、はるか昔から論争がくり広げられてきた。トマトは虫に襲われると、化学物質を放出して周囲の仲間に危険を知らせる。マメ科の植物は細菌と共生し、それぞれにとって必要な栄養分を交換しあう。動けないからこそ、植物は植物独自の"社会"を築き、ここまで地球上に繁栄してきた。その知略に富んだ生き方を、植物学の世界的第一人者が長年にわたり科学的に分析し、はじめて明らかにした刺激的な一冊。本書を一読すれば、畑の野菜も観葉植物も、もう今までと同じ目では見られなくなるだろう。

感想・レビュー・書評

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  • 植物の世界も「不思議な世界」満載。
    いかに人間が「思い込み」や「偏見」で、
    人間以外のものを見ているか、ということをこの本でも思った。
    植物と日々暮らしている僕は、「不思議さ」も感じさせてもらっている。
    しばらくは「植物」関係の本を読んでいきたい。


    〈本から〉
    植物は固着性(移動できないということ)をもつ生物であり、動物とは違う方法で進化し、モジュール構造(たくさんの構成要素が機能的にまとまった構造で、各部分は交換可能)でできた体をもつようになった。

    植物は、いわゆる「群知能」〔集団の個々の構成員の総合作用によって全体の協調性が生み出され、高度な集団的振る舞いを可能にする知性〕も持っているという。

    光をめざして動くこのような性質は、「屈光性」と呼ばれている。

    「日陰からの逃走(被陰反応)」

    光を求めるこの性質は「正の屈光性」、正反対の振る舞いは「負の屈光性」

    ゴットリープ・ハーベルラント(オーストリアの偉大な植物学者 1854〜1945)によれば、私たちが角膜と水晶体を使って外界のイメージを再構築しているように、植物も表皮細胞を使って同じことを行っているのである。

    植物は「におい」によって、もっと正確に言えばBVOC(Biogenic Volatile Organic Compounds=生物由来揮発性有機物)の微粒子によって、周囲の環境から情報を得たり、植物どうしや昆虫とのコミュニケーションをはかったりしているのだ。これはたえず行われている。植物は自分でもにおいを作り出す。例えばローズマリー、バジル、レモン、カンゾウなどのにおいは、明確な意味を持つメッセージだ。においは植物の「言葉」なのだ!

    植物の成長に影響を及ぼしているのは音楽のジャンルではく、音楽を構成する音の周波数なのだ。ある一定の周波数、特に底周波(100〜500ヘルツの音)が、種子の発芽、植物の成長、根の伸長にいい影響を与える。逆に高周波は成長を抑える効果がある。

    植物はうまい解決法を見つけた。短い距離の場合、電気信号は細胞壁に開いた微小な穴を通って、一つの細胞から別の細胞へと伝えられる。この現象を「原形質連絡」という。長い距離なら(たとえば根から葉への伝達)、主に「繊維管束系」〔植物の茎の中を縦に走る柱状の組織の集まり〕が使用される。

    昆虫に「訪花の一定性」を求めて、それを守らせているのは植物の方だとわかるだろう。ただ、どうやってそれを行っていうのか、まだ何も分かってない。

    動物の並外れた擬態能力でさえ、ランの一種であるオフリス・アピフェラには、到底かなわない。(略)この植物は三重の擬態を行っていると言える。雌の体の色と形(資格をだます)、毛で覆われた体表面(触覚を騙す)、独特のにおい(嗅覚を騙す)である。(略)そして、雄バチが雌バチだと思い込んでいるものと夢中で後尾しているとき、突然、花の仕掛けが作動して、雄バチは頭から花粉をかぶせられる。(略)雄バチは自分の体ごと花粉を次の花に運ぶことになる(そして受粉させる)。この関係を見れば、植物と昆虫とではどちらが立場が上なのか、全く明らかだろう。

    サクラは受粉の時、とてもきれいな白い花を咲かせる。(略)ミツバチは白い色がよく見えるので、楽々と花にたどり着くことができる。でも、赤色は見えない。サクラの果実(サクランボ)が赤い色をしているのはミツバチのためではなく、別の動物を呼び寄せるため、つまり鳥のためだ。赤色は、葉の間でもよく目立ち、遠くからでもよく見える。そのため、飛んでいる鳥でも簡単に見つけることができる。(略)とは言え、サクランボが赤いのは、種子が熟しているときだけである。熟すまでは緑色なので、葉の色に紛れて、鳥には中々見つからない。

    地球上のバイオマス(生物の総重量)のうち、多細胞生物の99.7%(実際は99.5〜99.9の間で変動し、その平均値が99.7%ということ)は、人間ではなく、植物が占めている。人類と全ての動物を合わせてもわずか0.3%に過ぎない。この事実からすれば、間違いなく地球は「緑の星」だと定義できる。

    私たちは「脳の偏見」(脳がなければ知的ではありえないという偏見)によって、植物もこれらの生物も、知能を全く持っていないと思い込んでしまっている。そうした私たちの態度に科学的根拠はない。

    二十世紀初頭に、現代インドの優れた科学者で、インド現代史に偉大な足跡を残した人物でもあるジャガディッシュ・チャンドラ・ボース(1858〜1937)は、植物と動物は根本的に同じであると主張した。彼は次のように記している。「これらの樹木は、われわれと同じ生命を持っており、食事をし貧困に喘ぎ、苦しみ、傷つく。盗みを働くこともあれば、助け合うこともできる。友情を育むこともできれば、自分の命を子どもたちのために犠牲にすることもできる」

  • 地球上の全生命の99.9%を占めるといわれる植物の複雑な生命システムにいて分かりやすく説明する本。動物よりも軽んじられている植物の凄さを啓蒙する本、という側面が強く、今までこのような視点を持っていなかった私にとって、目から鱗な話題が多くとても面白かった。

  • 私ら人間は、植物に操り動かされているんじゃないか?という気にさせられる本。

    奴らは、生き残るためにあらゆる手を使う。
    植物を あなどってはいけない。

    マンクーゾさんというイタリア人に この本を書かせたのもまた植物なのだから!?

    http://zazamusi.blog103.fc2.com/blog-entry-1201.html

  • 植物が騒ぎ始めるこの時期だから、手にとってみた。

    さして驚くような具体的な知識はなかったけれど(ただ、植物とインターネット、AIを関連づけて語っている箇所は刺激的だった)、本書の政治的(?)な態度は面白かった。
    チャールズ・ダーウィンが、進化学の父として描かれる一方、植物学の先駆者として描かれていることが、本書の最たる象徴となっている。

    本書の主張は、植物にも人権同様、一定の権利があってしかるべきではないか。なにせ、地球上に暮らす生命の90%以上が植物なのだから。というもの。
    人間は知性の定義を、自分に似ているもの、と決めているわけで、植物には知性を認めずにこれまできた。もし植物に知性を認めるならば、われわれは相当な殺戮を行ってきたということにもなる。いろいろと都合が悪いのだ。人類の欺瞞がバレる。

    地球温暖化でもっとも困るのは実は人類であり、そうして人類が少しでも減れば、植物はむしろさらに繁栄するはずだ。地球の支配者は明らかに植物だ。そのことを実感できただけでも愉快痛快だった。都市の隙間という隙間を、植物が埋め尽くすさまを夢想しながら読んだ。

  • かなり興味深い。
    書き方も面白くてあっとゆうまに読んだ。
    動物も元々は植物だったんだろうと思うし、
    大昔に違う進化を選んだだけで、
    その後もずっとわたしたち動物と同じように、
    植物としての進化を続けてきているわけで、
    動物が高等で植物が下等なんて考えはおかしいわけで。
    これからは植物も兄弟と思う。遥か遠い親戚だ。
    敬意を払って、大切にしそこから学びたい。

  • おおっ。まさに植物を見る目が変わる。
    著者のように、少し考えてみれば、植物が動物に劣ってることなんてないことはわかったのかもしれないけど、なんだろう、まずこういう視点で物事を見ていなかったな、と気づきを与えてもらった。
    進化の過程で、戦略的に立ち止まることを選択した植物たちと、移動することを選択した動物たち。むしろ圧倒的に地球上では総重量の99.7%が植物なんだから、我々動物が植物たちに活かされてると考える方が素直なんだろうな。

  • 人が切ない表情 切ない歌声、メロディ♪を感覚するように 植物の秀でた嗅覚でも感覚が仔細になっていて切なさを感覚したりするのかねぇ?
    光子からしたら人は静止している?
    花が綺麗だと思うのはなぜだ? 昆虫に好かれるようにすると美しくなるのか?

  • # 書評☆3 植物は〈知性〉をもっている | 植物なしでは人は生きていけない

    ## 概要
    動物愛護の集まりで農学部の先生がこの本のことを言及していたのが印象に残っており,何年か遅れて読んだ。

    題名通り,植物は知性のある生き物だということを説明している。人間からしてみれば,植物は動物とは異なり,物として扱いがちだ。この理由は,人間に比べて植物が非常に遅く動いているからだ。人間の見かけ上動いていないように見える。

    しかし,実際には1日のサイクルで移動する。日の当たる方向に向きを変えるし,水のある方へ根を張り巡らせる。ゆっくりだが確実に動いている。そして,人間の五感に相当する機能も備えている。光を検知し,振動を検知,接触も検知し,根で土壌中の化学物質や水も検知する。化学受容体で匂いも検知できる。

    植物と動物の進化の方向性が大きく違う。植物は定住することを選び,モジュール構造をとっている。これにより,動物に身体の一部を食べられても問題ない。そして,独立栄養生物だ。太陽の光と水,二酸化炭素があれば,光合成という奇跡により自分で栄養を生成できる。

    人間は植物なしでは生きることはできない。その当たり前のことを再認識できた。植物のことを知れば知るほど,その驚きの機能に仕組みに興味を持った。

    なお,動物愛護で度々問題となる植物は痛みを感じるかという問題については議論がなかった。

    ## 参考
    > ### p. 11: 人間が植物の生命を正しく認識できない理由
    > マンクーゾの主張によると、人間が植物の生命を正しく認識できない理由は、彼が十代のころに読んだあるSF小説に書かれていたという。その小説によると、高速 の次元に生きるエイリアンの種族が地球にやってきたが、人間の動きをまったく感知できな かったために、人間は「自力で動こうとしない物質である」という論理的な結論をくだした。そして容赦なく人間から搾取したのである。

    これは目から鱗だった。植物は生きているし,動いてもいる。しかし,人間からするととても遅い。動かないものは物と誤認してしまう。相対的な問題だと感じた。

    > ### p.52: 植物と動物の進化の違い
    > 定住の生活を選んだ植物は、地面、空気、太陽から、生きるために必要なものすべてを引き 出さなければならなかった。それに対して動物は、栄養をとるためにほかの動植物を食べなけ ればならず、運動に関わるさまざまな能力(走る、飛ぶ、泳ぐなど)を発達させていった。
    > ___
    > 動くことがなく、つねに捕食者に狙われている植物は、まずは外からの攻撃に対して、いわば「消極的抵抗」手段を発達させた。植物の体はモジュール構造になっていて、どのパーッも重要ではあるものの、どれも絶対に必要不可欠というわけではない。こうした身体構造は、動物と比べてとても優れている。とくに、地球上に存在する膨大な数の草食動物やその旺盛な食欲から逃れられないことを思えば、非常に有効なしくみである。モジュール構造の体のいちばんの利点は何か?それは、たとえ動物に食べられたとしても、植物にとってはそれほど大きな問題ではないということだ!いったいどこにそんな動物がいるだろうか?

    植物と動物は進化の方向性が大きく違う。それにより,植物の身体はモジュール構造になっており,ある部分がなくなっても問題ない構造になっている。これは分散型の構成であり,理にかなっている。

    > ### p. 105: 植物は低周波の音が好み
    > じつは、植物の成長に影響を及ぼしているのは音楽のジャンルではなく、音楽を構成する音の周波数なのだ。ある一定の周波数、とくに低周波(一〇〇〜五〇〇ヘルツの音)が、種子の発芽、植物の成長、根の伸長にいい影響を与える。逆に高周波には成長を抑える効果がある。

    植物の成長に音楽が効果があるというのを何かできいたことがある。100-500ヘルツの低周波の音が好影響というのは初耳だった。

    > ### p. 161: 第5章 はるかに優れた知性
    > 生物学では、ほかのどの生物種よりも広い生活圏を獲得している種を「支配的」とみなす。
    > ___
    > じつは、地球上のバイオマス(つまり、生物の総重量)のうち、多細胞生物の九九・七%(実際は九九・五〜九九・九%のあいだで変動し、その平均値が九九・七%ということ)は、人間ではなく植物が占めている。人類とすべての動物を合わせてもわずか○・三%にすぎない。
    >
    > この事実からすれば、まちがいなく地球は「緑の星」だと定義できる。そこに議論の余地はない。地球は、植物が支配している生態系である。

    当然のことながら,地球は植物で覆われている。植物が地球を支配していると見ても問題はない。当たり前のことだが,あまりこういうことを意識知ることはないので再確認できた。

    > ### p. 163: 脳がないなら知性はないのか?
    > 「そもそも知性とは何か?」。知性は意味が広すぎて定義がむずかしい概念なので、当然のことながら、さまざまな定義がたくさん存在する(もっとも愉快な定義は「知性の定義は、定義を行なう研究者の数だけ存在する」だろう)。
    >
    > そこで、まず最初に行なうべきは、私たちの問題にふさわしい定義を選択することだ。植物の知性を考えるために、かなり広い定義を使うことにしよう。それは、「知性は問題を解決する能力である」という定義だ。

    知性の定義が書かれている。脳がなければ知性がないわけではない。「問題を解決する能力」と定義すれば,植物にも確かに知性はあるだろう。

    > ### p. 104: 植物に関する生命の尊厳
    > 一九九八年にスイス連邦議会によって設立された「ヒト以外の種の遺伝子工学に関する連邦倫理委員会」は、この数十年に集められた科学的データを検討し、二〇〇八年末に「植物に関する生命の尊厳-植物自身の利益のための植物の倫理的考察」と題された報告書を提出した。
    > ___
    > 議論が分かれる問題もまだまだ数多くあり、わかっていないことも数多く残っている。それでも、スイスの生命倫理委員会は、倫理学者、分子生物学者、ナチュラリスト、生態学者をふくめ、満場一致で合意した。「植物を好き勝手に扱ってはならないし、植物を無差別に殺すことは倫理的に正当化できない」と。
    >
    > 念のためにはっきりさせておくと、植物の権利を認めることは、植物の利用を縮小したり制限したりすることを意味するわけではない。動物の尊厳を認めたからといって、動物を食物連鎖から除外したり、動物実験を禁止したりするわけではないのと同じだ。

    植物の尊厳に関する話があった。スイスでは植物にも尊厳があると報告があったようだ。たしかに,生きているのだから存外に扱うのは控えるべきだろう。なかなか難しい問題だ。

    ## 結論
    植物には知性があるという,あまり普段意識しないことを学べた。

    参考にも書いた,速度が遅ければ物質と誤認するというのが,人間が植物を物質とみなすことの発端だというのは,眼から鱗だった。自分と違う存在,生命について考えが広がった。

    教養を深めるのにはいい本だった。

    パーマリンク: https://senooken.jp/blog/2019/01/21/

  • 植物は、内部、植物同士、動物とコミュニケーションを取っており、知性といえるのではないか。

  • "地球で存在する生物の99.7%を占める植物。この地球を観察しているETは、この星の知的生命体をとらえる時どのような結論を見出すのだろうか?人類は知性を持ち、あたかもこの星の住人の如く過ごしているが、少数派であることを忘れている。
    本書は、植物に目を向けその驚くべき生態を紹介している。
    植物は動物のように専門の器官はないが、体内の液体を循環することができるし、においでコミュニケーションをとれるし、外部からの接触にも対応できる。人間が想像できる範囲で植物の謎に迫った本。本書には記載がないが、樹木など100年単位で生きているものもあるので、我々の時間軸とは別の次元で活動しているのだろうなぁと思える。
    哺乳類が普通に行う睡眠も、植物もとっているらしいが、1日という単位で観察して睡眠ととらえていいのか?春夏秋冬という単位でとらえるべきではないか?こうした私の素朴の疑問には答えてくれていないが、興味深い一冊となった。"

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