美しき免疫の力 人体の動的ネットワークを解き明かす

  • NHK出版 (2018年10月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (360ページ) / ISBN・EAN: 9784140817575

感想・レビュー・書評

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  • 免疫を利用した治療の歴史が描かれる。
    なかなか興味深かった。

    日本人科学者も結構登場していて面白い。
    日本も免疫研究では結構功績をあげているのだなぁ。知らなかった。

  • 免疫学とその研究の発展、研究の実際的な描写とその大変さ、研究の医学への応用の試みと失敗、研究者たちの個性豊かなエピソード、そしてなにより人間の体の圧倒的な不思議と神秘

    全てがバランス良く描かれていて、読みやすく、面白い。

    著者自身が免疫学の教授で豊富な知識を有しながらも、膨大な未知を有する人体への謙虚な姿勢も持ち、さらにそこにワクワクする心も持っている。本書で紹介される研究者の多く(紹介されない多くの研究者もおそらく)もそうである。こういう方がのびのびと研究をすすめられる環境が世界中にあってほしいと願う。

    また本書は多くの研究者へインタビューを行い作り上げているとのことで、著者のその行動力、コミュニケーション力、文才にも驚く。

    免疫という人間の体の中と研究という人間の活動、その両方にワクワクすることができる優れた本

  • 胚発生、神経系の生成、循環系の構築と維持、脳の環境に合わせた成熟 - 受精卵から成体に至り、その有機体を維持する仕組みがDNAによって構築と伝承が行われているのは奇跡のように不思議なことだ。

    明らかになりつつある生体の免疫システムもそういった生物の奇跡のようなシステムの中のひとつだ。本書は、免疫システムに注目し、その解明の歴史とこれまでに分かっていることについて一般読者に向けて解説をしたものだ。

    免疫システムの解明がここまで急ピッチで進んだのは、それが人の健康と寿命の維持に役に立ち、産業として利益を生む可能性があるからでもある。本書でも紹介されるコルチゾールなどはその事例の一つだろう。本書の中でも経済的に成功した人々が出てくるし、多くの研究者が新しく、そして役に立つ発見を目指して研究を進めていることがわかる。免疫システム解明の物語には、一般にはあまり知られていないが、この世界ではおそらくスターである研究者が何人か登場する。その中には坂口氏やノーベル賞を受賞した本庶氏など日本人も多く含まれるのである。

    免疫システムは、がんと老化の克服という長寿化を達成した暁に人類が、次にアタックすべき山を攻略するための鍵になるものである。もしかしたら、もっと着目されてもよいのかもしれない。

    本書の内容をきちんと理解するのであれば、T細胞、B細胞、マクロファージ、パターン認識受容体、樹状細胞、といったものが何ものであるのかを具体的なイメージを持って理解する必要があるのかもしれない。しかしぼんやりとしか理解していないながらも、本当にここに書かれたものが自分の体内で起きているのかと思うと全く不思議なことである。本書の原題は、”The Beautiful Cure”である。免疫システムの度を越えた精妙さは、まさに「美しい」という形容詞で表現するより他ないものなのかもしれない。

    免疫システムがこれから我々が自分のことを理解するにあたって必須のものであるとするならば――おそらくは必須ものとなっていくだろう――ぜひ手に取ってもらいたい本である。

  • 牛痘、トル様受容体、樹状細胞、免疫チェックポイント…。免疫学の興りから最新の話題までを、基礎研究から医学応用に至るまで幅広く紹介した良書だ。
    免疫でよく登場する、自己と体外から侵入してきた非自己を区別し、非自己を攻撃することで自己を守るという概念。分かりやすい考え方ではあるが、自己免疫疾患のように、細かい点を見ていくと例外も多くある。筆者は、免疫は多くのシステムが寄り集まったものであり、その全体像を一つの概念・原理で言い表すことは不可能とまで言い切る。本書は、その不思議な免疫学の、不思議さそのものを味わうことのできる本だ。
    自分は一通り免疫学を大学で勉強した身だが、それでも、本書で初めて知ることもあり、勉強になったし読んでいて面白かった。筆者も冒頭で書いている通り膨大な免疫学の知見を本書で全て網羅できているわけではないが、そのかわり研究者へのインタビューを通して発見に至る経緯を紐解いたり、研究者どうしの人間関係に切り込んだりしているところは、教科書では知ることのできない内容であり興味深かった。要は、教科書で紹介している免疫学が知識を得るためのものであるとするならば、本書で語られているのは、免疫学という学問の、今に至るまでの物語なのだ。また、本書を読むと、教科書にさも常識のように載っているような内容も確立されたのはごく最近だということが分かる。免疫学という分野がいかに最近の発展が目覚ましく、また現在も新たな知見が次々と生まれている分野だということを教えてくれる。

    本の構成について少し。巻末に注がたくさんあるが、注釈・補足的内容と、出典を表した内容が混在していてちょっとわかりにくかった。注釈は読みたいけど出典はそんなに興味ない、という読者もいると思うので、分けて書いてくれた方がわかりやすかったかなと。
    あと、タイミング的なこともあり宣伝としては本庶先生のPD-1が分かる本という紹介をされていたが、免疫チェックポイントは最後の章に出てくるだけだし、医学的応用についても多く書かれているわけではない。単純にPD-1について知りたいということならそれを専門に特集した本がたくさんあるのでそちらを読むべきで、本書はもっと広く免疫学全体を俯瞰し、その複雑さと素晴らしさを味わうための本だと思う。
    と、周辺の所には少し思うところがあったが、本筋の所の素晴らしさは上述の通り。医学応用の話も語られているが、個人的には、基礎研究の面白さを味わえる本としてぜひおすすめしたい。

  • 病原菌から私たちを守ってくれる一方、病気の原因となることもある免疫システム。免疫と一口に言うけれど、筆者によれば「雑多なシステムの寄せ集め」であり「一つの概念で表現することは不可能」なほど、その全体像は複雑なものだ。
    本書はそんな複雑な免疫学の世界を紐解いてきた数多の研究者の物語だ。免疫学の様々な分野の勉強になるだけでなく、研究者の生き様を知ることもできる。また、教科書に載っていたり医療応用されていたりして、今日では常識となっているような知見が、意外と最近の発見であることに驚かされもする。

  • まだ途中
    歴史

  • バッタを扱った研究者らがバッタアレルギーになって、ハエに研究対象変えた件で爆笑!バッタアレルギー!あるんだそんなのw

    第一部では以下過程が書かれていた
    樹状細胞の発見、動態の解明、ワクチンの開発
    インターフェロンの発見と応用
    サイトカインの発見

    第二部では、・・・難しかった
    免疫システムの複雑さ、さまざまな条件下での面気質手もの変化、見たいの薬について書かれていた。

    盛り上がったのは、樹状細胞を利用したワクチンの利用
    研究者スタイマンガ肝臓がんになり自分の体で臨床実験するところが熱くなった。寿命数週間から数カ月と言われていたが、4年以上も持ちこたえたのはやはり何かしら効いていたことを指名しているのではないだろうか?
    また新しいワクチンをFDAに緊急申請し、それに数日でOKを出したくだりも胸が熱くなった。さすがアメリカ。
    ここでは日本人女性研究家の存在も書かれており、おぉって思った。今は京大にいらっしゃるらしい。

    正直内容を理解するのは難しかった。
    もう一回読み直してが概略が浮かんでくるだろうなと感じた。細切れに読んでいったのが問題だったのかもしれない。最終章に、富豪が出資し、6つのがんセンターをくっつけ、情報共有をし研究する施設が紹介されていた。やはりアメリカ、規模が違うなと感じた。この施設、やはり日本の施設は入ってないんだろうなとも。

    オーダーメイド免疫治療にも触れており、今後も経済的格差により医療格差が増大するんだろうなと感じた

    以下ライブ感想文
    ワクチン ラテン語の牝牛が語源となる。初めの試みは、1721年天然痘の患者の皮膚や膿を被験者(囚人)6名に塗り込むなどして生き残るか実験した。被験者は回復し、死刑判決と天然痘から解放された。これをもとに英皇室が摂取をしたことで巷で有名になった。1796年エドワード・ジェンナーが「牛の乳しぼりに従事する女性は天然痘に罹らない」を証明した。ブロッサムという牝牛から天然痘を移された女性、サラ・ネルメスから膿を採取、8歳の少年ジェームス・フィリップスに接種し。後に天然痘患者の膿を摂取したが発症しなかった。この後大規模な実験を続け、75ページに及ぶ長編論文を自費出版で発行し大成功を収める。数年後ジェンナーの友人がラテン語の牝牛を語源にワクチンと命名した。28

    アジュバンド ワクチンの働きを助ける効果のある添加物。免疫賦活剤。補助するというラテン語が語源。
    ジフテリア毒素に対してアルミニウム塩。水酸化アルミニウム。

    104

  • 血液検査の結果を見た時の感想が増える本。
    私たちの体は、とんでもないバランスで成り立ち、わからないことばかりで、たくさんの生き物が存在している。作者の言う通り宇宙です。
    難しいなと思うこともありますが、ストーリー仕立てで読み進めることができました。

  • 難解だけどmindblowing.
    個々の免疫細胞の働きはほんとに小宇宙でただ驚きの連続。それらを理解し役立てようとする何十年もの研究の積み重ねの一方で、なぜ老化するのか?など答えがまだない問いも残っている。
    「何を知っているかではなくその知識を使って何をしたか」が重要。

  • とにかく面白い。
    慣れない単語や現象が多くなかなか頭に染み込まなかったが、とてもわかりやすく書いてあるだろうことは分かった。
    素地のない自分は浅くしか理解できなかったが、それでも楽しかった。
    『はたらく細胞』読んでおけばもっと楽しめたかなと恥ずかしながら思った。

  • 「美しき免疫の力」 https://nhk-book.co.jp/detail/000000817572018.html おもしろかった。天然痘とか周知の話から最新の研究まで。時差や夜勤が免疫系に及ぼす影響やアレルギーと衛生の関係など現代生活に絡めた内容が興味深い。COVID下で個々の人体上で急激に衛生が強化された影響が次世代以降どう出るのか興味あるなー(おわり

  • 科学道100冊の本 2020 「驚異のカラダ」
    【配架場所】 図・3F開架
    【請求記号】 491.8||DA
    【OPACへのリンク】
     https://opac.lib.tut.ac.jp/opac/volume/452185

  • 2020年11月新着図書

  • すこし生物学や薬学を学んだことがある方にはすごく面白く読め、かつ免疫の基礎がいかに社会貢献し始めているかが掴める
    日本で有名な本庶先生ももちろん登場します

    著者も現役の研究者のためか、彼の科学および科学者に対する謙虚な向き合い方に好感が持てる

    あとから振り返ると、研究とはいかに非効率か思い知らされるが、その過程にもしっかりと光を当てつつ発展をストーリーの中で感じることができ、ワクワクした

    これもかなり良書

  •  スタインマンが生前に人類に与えてくれたものは、新しい家ではなく、人体に関する新しい考え方だった。私たちは、体内を循環する血液が酸素と栄養素を運んでくることを何世紀も前から知っていたが、スタインマンと、彼のあとに続いて共に樹状細胞について研究するようになった世界の大勢の科学者は、人体の体内にあるもう一つの偉大なダイナミズムの詳細を解き明かした。私たちの体内では、さまざまな種類の免疫細胞が器官や組織とリンパ節のあいだを行き来し、私たちの命を絶えず守ってくれていたのだ。(p.94)

     顕微鏡や望遠鏡のレンズを通して、私たちは宇宙や人体のなかにある新しい世界を目の当たりにしてきた。新しい世界の見え方、なかでもとくに人体内部の見え方を改善してくれる新たなテクノロジーは、これからもずっと医学研究に貢献し続け、その重要性を増していくだろう。(p.172)

     ある著名な免疫学者は次のように書いている。「これほどの大変革の場合、貢献者としてだれか一人の名前をあげることなど到底できるものではないが、チェックポイント療法に関しては、ジェームズ・アリソンの功績がなければ誕生していなかったと言えよう」。私には、どちらの意見も正しいように思える。新薬の誕生には、大勢の努力とたった一人のひらめきの両方が必要なのだ。(p.276)

     私たちは、自分たちが何を解決しようとしているのかを深く考え、今、立っている場所から一歩ずつ慎重に進んでいかなければならない。たとえば聴覚を失った人全員が、音の聞こえる世界に参加したいと願っているとは限らない。恐ろしいことに、1950~60年代の英国では、同性愛は女性ホルモンのエストロゲンや電気ショック療法による治療を必要とする病気だと考えられていた。まったくひどい話である。化学はさまざまな顔をもつが、科学に求めてはならないものもある。人体に何らかの完璧さを期待し、それを理想として追い求めるような姿勢は、科学のあり方としてふさわしくない。(p.306)

  • 最近コロナウイルスが大流行しているが、一般的に人体に入ってきたこのような人体に害を及ぼすウイルスは人の免疫細胞によって駆逐される。

    翻って、なぜ人の免疫細胞はこのコロナウイルスを「害を及ぼす」とわかるのだろうか?
    また、麻疹や風疹は一度かかると免疫がつきそれ以降は発病しない性質を持つ。なぜか?

    このような質問は免疫学のかなり基本的な問いのように聞こえるが、実のその詳細はあまりよくわかっていないらしい。

    本書の論点はそこであり、ここらへんの歴史的な経緯と現在我々がわかっているところの説明をしてくれる。

  • 「科学全般について、一つだけ覚えてもらいたいことがあるとすれば、単純なものなど何もない」と著者が断言するように、免疫システムも奥が深く、ひとことで説明するのは困難だ。仕組みは複雑だが、気付かないうちに身体の中では病原体vs免疫細胞の闘いが繰り広げられていることがよく分かった。自己免疫疾患の治療やがんの免疫療法は、大勢の科学者の研究が積み重なって新薬開発に結び付いた。人間の身体について知ることは、自分や他人をより理解しようとすることにつながる。ストーリー仕立てで学べる免疫学。良書。

    p12
    ヒト生物学のなかでもとくに盛んに研究され、細部まで研究されているのが、外傷や感染に対する体の反応プロセスである。熱を帯び、赤く腫れ、押すと痛む。そんなおなじみの「炎症」症状が現れているとき、皮膚の下では思いもよらぬ驚異的な光景が繰り広げられている-多種多様な細胞が群がりうごめいているのだ。細胞たちは、病原体に襲いかかり、体の損傷を修復し、闘いに散った病原体や細胞の残骸を片づけている。私たちが生存していられるのは、意識しなくても起こるこうした反応のおかげである。

    p13
    病気に対する抵抗力は、ストレスや加齢、一日の時間帯や精神状態などに影響されながら、絶えず強まったり弱まったりしている。免疫システムは流動的に変化しており、私たちと健康は綱渡りのような絶妙なバランスのうえに成り立っているのだ。たとえば、血液中の免疫細胞の数は夕方に最大となり、朝方に最小となる。夜になると活動状況やエネルギー使用量が昼間とは異なる状態になり、免疫システムにも多くの変化が現れる。

    p15
    私たちを病気から救ってくれる薬といえば、これまではペニシリンのように病原体に直接作用して死滅させるものに目が行きがちだったが、がんや糖尿病など、人間の病気の多くは、免疫システムの活動を促進(場合によっては抑制)するような新しいタイプの薬で対処するのが最も効果的だと考えられる。

    p22
    私たちは、前例に従って問題を解決しようとしがちである。前例を知っているせいで、成長するために必要な試行錯誤を怠ってしまうこともある。

    p33
    「同じ病原体と再び遭遇したときに一回目よりも迅速に効率よく反応できる仕組み」を理解しようとしていたのだ。このプロセスの鍵を握る免疫細胞として、T細胞とB細胞と呼ばれる二種類の白血球の存在が当時すでに知られていた。この二種類の白血球細胞の表面には、きわめて重要な受容体分子が存在し、それぞれT細胞受容体、B細胞受容体と呼ばれている。
    受容体は、タンパク質の一種である。長い鎖状のタンパク質分子は、折り畳まれて複雑に入り組んだ構造体を形作り、その形状を生かして、体内で特定の任務を果たす。受容体の場合は、細胞の外からやってくる多様なシグナル分子を選択的に受け取り、細胞の機能に変化を生じさせる。一般にタンパク質は、他の分子(他のタンパク質など)と結合することによって任務を果たすが、結合できる相手は限られており、タンパク質の形状を精密に調べれば、ジグソーパズルで隣り合う二枚のピースを探し出すのと同じ要領で、どの種類の分子と結合するのかを言い当てることもできる。
    実は、先ほど登場したT細胞とB細胞の表面に存在する受容体は、同じT細胞やB細胞であっても個々の細胞ごとに形状がわずかずつ異なっている。そのため、結合できる外部分子の種類も細胞ごとに異なる。細胞の表面から外に向けてにょきっと突き出た受容体に、これまで体内に存在したことのない何かが結合すると、細胞のスイッチが入る。スイッチが入って活性化した免疫細胞は、病原体や感染細胞を直接攻撃したり、助けを求めて他の免疫細胞を呼び集めたりしはじめる。また、活性化した免疫細胞は増殖もする。同じ形状の受容体-役に立つことがわかった受容体-をもつ細胞の数を増やすためだ。こうして増殖した免疫細胞の一部は、免疫反応が収まったあとも、過去に遭遇した病原体の「記憶」として体内に長くとどまる(これ(「免疫記憶」という)。そう、これがワクチンの仕組みの核心部だ。
    ここで重要なのは、 T細胞とB細胞の表面にある受容体は、最初から病原体と結合できるように作られているわけではないということだ。受容体の先端部の形状はランダムに作られる。だからこそ、ありとあらゆる種類の分子を捕捉できるのだ。
    人体がどうやって病原体だけを確実に捕捉するのかは、免疫システムにおける最大の驚異だが、そのカラクリはこうだ。T細胞もB細胞も、骨髄にある造血幹細胞から作られる。T細胞もB細胞も、造血幹細胞から成熟した免疫細胞へと分化していくなかで受容体を獲得するのだが、このとき細胞のなかでは、まず受容体遺伝子の再構成が起こる。つまり遺伝子がランダムに切断され、その断片がランダムに貼り合わされる。そうやって再構成された遺伝子の情報に基づいて、受容体タンパク質が作られる。これにより、細胞ごとに独自の形状をした受容体がランダムにできあがるのだ。
    ただし、T細胞もB細胞も、骨髄を巣立って血液中へと旅立つ前に、受容体の検査を受けることになる。その検査で健康な細胞と結合できてしまう受容体をもつ細胞が見つかれば、その細胞は排除される。そのような免疫細胞を体内に放つのは危険だからだ。こうして、健康な細胞を攻撃することのないT細胞とB細胞だけが防御の任務につくことを許される。だからこそ、T細胞とB細胞の受容体に何かが結合すれば、その何かは、これまで体内に存在したことのない分子に違いないのだ。このような仕組みで、免疫システムは「自己」と「非自己」を-あなたの体の構成要素とそうでないものを-識別する。
    ジェンウェーが言いたかったのは、「これがすべてではない」ということだった。「ランダムに生成されたうえで選別された」受容体の他に、病原体や感染細胞(というより、病原体や感染細胞だけにみられる分子パターン)と結合できるように作られた「決まった形状の」受容体(彼はこれをパターン認識受容体と名づけた)が存在するはずだと予測したのだ。病原体を検出する方法としては、決まった形の受容体を作るほうが、ランダムに形作ったあとに選別を行い、健康な細胞と反応する可能性があるものを排除するなどという手の込んだ方法よりも、遥かに単純である。そのため、病気に対する防衛手段としてらまずは決まった形状の受容体(パターン認識受容体)が進化し、その後、生命の複雑化に伴い、より複雑で精巧な免疫システムが発達してT細胞とB細胞が登場したのではないか、とジェンウェーは提唱した。
    ジェンウェーが存在を予測した、形の決まっている「パターン認識受容体」による単純なシステムは、実際に免疫システムの一部をなし、「自然免疫」と呼ばれている。これに対し、過去の感染の「記憶」を使った免疫防御システムは、「獲得免疫」と呼ばれている。

    p37
    細菌は動物や植物の体内に侵入して自力で増殖するが、ウイルスは単独では増殖できず、動物、植物、細菌の細胞内に侵入し、侵入先の細胞(宿主細胞)の複製装置を利用して増殖する

    p38
    細菌は、分裂するたびに、新たに誕生する二個の娘細胞を包むために細胞壁を築く必要がある。そしてここが重要なのだが、細胞壁を築く過程はきわめて複雑なので、そう簡単には変更できない。ペニシリンは、細胞壁の主要成分を合成する過程の最終段階を妨害することによって効き目を発揮する。そのため、細菌はちょっとやそっとの遺伝子変異ではペニシリンによる妨害を回避できない。

    p41
    「しっかりと目を光らせ、自分をとりまく世界全体を見つめれば、きっと素晴らしい発見がある。この世の最大の秘密は、いつだって思いも寄らない場所に隠されているものだから」
    Dahl, R., The Minpins (Puffin, 1991)

    p52
    各パターン認識受容体は、それぞれに検出できる病原体の種類が異なるだけでなく、人体のどこに配置されるかも異なっていた。検出対象の病原体が見つかりやすい場所に戦略的に配置されていたのだ。たとえば、TLR4は大腸菌やサルモネラ菌などの細菌を警戒するために、白血球の表面にみられることが多い。別のパターン認識受容体であるRLRは、インフルエンザなどのウイルスが侵入した徴候を探すため、細胞内に配置されている。カンジダ症原因菌などの真菌類の検出に重要となる受容体は、菌類をのみ込んで破壊することに長けた免疫細胞の表面で見張っている。

    p54
    健康体にはほぼ無害な弱毒性の菌類による感染や、切り傷や傷口からの細菌の侵入には、自然免疫が迅速に対応する。たいていの問題はこれで対処できる。T細胞やB細胞が活躍する獲得免疫反応が重要になるのは、自然免疫反応で対応しきれなかった場合のみで、感染から数日後のことだ。感染しても二、三日で回復したなら、病原体がパターン認識受容体によって検出され、適切に対処されたということだ。推定によれば-といっても実際には容易に算出できるものではないが-私たちの体内で繰り広げられる病原体に対する防御反応の約九五パーセントは、自然免疫によって賄われている。

    p55
    アルミニウム塩は、ワクチンの働き(助けるアジュバントとして一九三二年以降、数億人規模の人々ち使用されてきたが、なぜ有効なのか、その仕組みはいまだに不明である。それでも、アジュバントが重要である理由だけは、はっきりしている。免疫システムのスイッチを入れてくれるからだ。ということは、アルミニウム塩を使用していなくても、パターン認識受容体と特異的に結合することがわかっている分子を用いれば、自然免疫反応のスイッチを入れるためのアジュバントをオーダーメイドで作製できることになる。

    p57
    私たちの脳は、動きや変化に敏感に反応する。あなたも、突然ゆらめいたり光ったりするものに驚き飛び上がったことがあるだろう。私たちがそのように進化したのは、野生の世界では本当の脅威を見落とすよりは、不規則な動きに大げさに反応するほうが有利だったからだ。一瞬の恐怖を感じたことろで、何の問題もない。

    p66
    細胞の内容物を分離して分析するためだった。内容物の分離には、遠心分離機が使われていた。洗濯機よりも遥かに速く、一秒間に数百回転ほどのスピードで、物体(この場合は分解された細胞を入れた試験管)を高速回転させる装置である。このような方法が通用するのは、細胞内の構造物の密度が種類ごとに異なるからだ。密度の高いものほど、遠心力に強く引っ張られて試験管の底のほうに沈殿しら密度の低いものは、より上層に集まる。その後、分離された細胞断片を吸い上げて回収すれば、各構造物を別々に調べることができる。

    p68
    気難しいが独創的な天才として広く尊敬されていたメチニコフは、「病気になるのは人間だけではなく」、動物も病気になるのだから、危険に遭遇したときに動物の体内で起きることを観察すれば有用な情報が得られるはずだと考えた。そして数ある生物種のなかから、ヒトデの幼生を研究対象に選んだ。体が透明で、生きたまた顕微鏡下で観察できるからだ。メチニコフはシチリア島にある民間の研究機関で、鋭利なもので傷つけられたヒトデの幼生の身に何が起きるかを観察した(バラの棘を突き刺したと言い伝えられている)。そのとき彼が見たものは、免疫に関する考え方を完全に塗り替えるものだった。ヒトデの体内で一部の細胞が傷口に向かって、なんと移動していたのである。

    p69
    要するにメチニコフは、「病気から体を守る」という特殊任務を担う細胞が体内に存在することを発見したのだ。それが免疫細胞である。一八八三年八月二三日、メチニコフは「動物は細菌を〈食べて消化する〉ことによって無害化している」と発表した。(中略)なかでも病原体をとくによく食べる種類の細胞は、「大食い」という意味で「マクロファージ」と呼ばれるようになった。

    p73
    樹状細胞は、皮膚、肺、胃腸などの組織では未熟状態で見つかり、脾臓やリンパ節では成熟状態で見つかったのだ。
    この発見は、樹状細胞が体内で何をしているのかを雄弁に語っていた。未熟樹状細胞は、ほぼすべての器官・組織をパトロールしているが、なかでも皮膚、胃、肺のように外部環境に曝されている場所を重点的に巡回し、生まれもった多数のパターン認識受容体を駆使して病原体の検出に専念している。そして病原体に遭遇すると、ただちにのみ込み、破壊したうえで、スイッチを切り替えて成熟状態になる。成熟樹状細胞になったあとは、急いで最寄りのリンパ節または脾臓に駆け込む。そこは他の免疫細胞が集まる待機所になっている。成熟樹状細胞は、食べたばかりの病原体の破片を他の免疫細胞に提示する。すると、その問題に対処するのに適した種類の免疫細胞がリンパ節を飛び出し、現場に急行する。このような動きはすべて血液系とリンパ系を介して起こる。リンパ系とは、免疫細胞をリンパ節へ運ぶことに特化した細い管状のシステムで、リンパ管の内部はリンパ液という液体で満たされている。リンパ液は血液に似ているが、赤血球を含まない。成熟樹状細胞はこのリンパ管経由でリンパ節まで移動する。一方、たとえばT細胞が出動する場合、リンパ節を飛び出したT細胞は血管を経由して体内の組織に入る。

    p74
    外傷や切り傷に対して体は複雑で驚異的な反応を見せる。まず免疫細胞たちがこぞって問題の発生した場所に移動しら患部を赤く腫れさせる。これが防衛の第一線となる自然免疫反応だ。免疫細胞は細胞表面の受容体でウイルス、細菌、菌類、損傷細胞に由来する分子を検出し、警戒態勢に入る。一方で、このような即時反応の他に、免疫細胞は複雑な振る舞いもみせはじめる、ら体内に侵入した病原体の構造や性質に合わせて、もう一つの免疫反応レベルである獲得免疫を発動させるためだ。精密かつ持続的な免疫反応である獲得免疫は、未熟状態から成熟状態に切り替わった樹状細胞がリンパ節に到着し、先ほど遭遇した病原体由来の分子サンプルをT細胞に提示したときに動きはじめる〔樹状細胞は、のみ込んだ病原体を分解し、その断片であるタンパク質分子(細胞表面に提示する。提示するために突起を伸ばすので、樹状細胞の名前の由来となった特徴的な姿になる〕。
    ここで、多数の突起を持つ樹状細胞の星のような形状が物を言う。この形のおかげで、樹状細胞は同時にいくつものT細胞と接触できるのだ。思い出してほしい。T細胞の表面には、先端部がランダムに形作られた受容体が存在し、細胞ごとに多種多様な種類の分子と結合できる、ら樹状細胞本体とぴたりと合致する形のT細胞の受容体はほとんど存在しないが、樹状細胞が貪食した病原体由来の分子に合致する受容体をもつT細胞はいくつか存在する。そのようなT細胞は、その病原体(認識できる受容体をもつのだから、「精確に狙いを定めた免疫反応」の引き金を引くにふさわしい細胞ということになる。そのようにしてT細胞は、自分が認識できる病原体を貪食した樹状細胞に出合うと増殖を開始する。
    リンパ節で一個のT細胞が分裂を繰り返し、一〇〇から一〇〇〇個にまで増える(感染時にあなたの首のリンパ節が腫れるのは、このような細胞数の急増が原因である)。こうして増殖し、「キラーT細胞」と化したT細胞は、リンパ節を飛び出して感染細胞を殺すために現場に向かう。

    p77
    要するに、樹状細胞は問題を検出し、対処すべき脅威に応じて適切な種類の免疫反応のスイッチを入れる。もう少し専門的な言い方をすれば、樹状細胞は、病原体ち対する体の初期反応である「自然免疫反応」から、T細胞やB細胞が関与する精密で長期持続型の「獲得免疫反応」へと移行するための橋渡しをしていることになる。マクロファージなど、体内の他の細胞もこの役目を果たせるが、それは過去に遭遇したことのある病原体に対して免疫反応を再発動させる必要がある場合だけだ。特定の病原体が初めて体内に侵入してきたときに精緻な免疫反応を発動するには樹状細胞が重要になる。樹状細胞は、獲得免疫を目覚めさせるアラームとして機能しているわけだ。

    p81
    大きく見れば、人間はみな同じ遺伝子セットをもっているが、ヒトゲノムを構成する二万三〇〇〇個の遺伝子のうち、約一パーセントの遺伝子は人それぞれに異なっている。たとえば、髪、目、肌の色に影響する遺伝子もそこに含まれる。だが他のどの遺伝子よりも多様性に富んでいるのは、外見に関わる遺伝子ではなく、免疫システムに関わる遺伝子だ。そのご多分に漏れず、MHC遺伝子にも多様性がみられるたて、できあがるMHCタンパク質分子の形状にも個人差がある。樹状細胞の表面に病原体由来のタンパク質分子を提示するための「台座」の形状が人によって異なるということは、その「台座」と結合できるタンパク質分子も人によって異なるということだ。つまり、同じ病原体を貪食した場合でも、樹状細胞が病原体由来のどのタンパク質分子を細胞表面に提示するかは人によって異なる。特定の感染症に直面したときに起こる体調の変化に個人差があるのも、これが一因である。

    p82
    将来発生しうるあらゆる種類の感染症と闘う力を人類がもち続けるためには、人類全体としての遺伝的多様性が重要になる。私が人間の多様性を賞賛する理由も、そこに根差している。

    p83
    共刺激タンパク質は、樹状細胞内で作られるタンパク質で、樹状細胞が未熟状態であるあいだは細胞内で保持されているが、樹状細胞の表面にあるパターン認識受容体が病原体と結合すると、それを合図として細胞表面からにょきっと顔を出す(そして、樹状細胞は成熟細胞へと変化する)。そのため共刺激タンパク質は、病原体と遭遇したことのある樹状細胞の表面のみに高密度で存在し、その樹状細胞が病原体と接触したことを知らせる目印となる。
    つまり、樹状細胞はパターン認識受容体を使って病原体そのものや、感染によって死滅した細胞の断片などの病気の徴候を検出すると、成熟し(スイッチが入り)、病原体のサンプルをT細胞に提示する。樹状細胞によって提示されたものが「過去に体内に存在したことのないもの」であれば、T細胞の表面にある受容体と結合できる(シグナル1)。このとき、結合したT細胞は、提示されたものが「病原体由来のもの」であるかどうかを知るために、その樹状細胞の表面に共刺激タンパク質が存在するかどうかを確認し、存在が確認されれば(シグナル2)、免疫反応を開始する必要があると判断する。もし共刺激タンパク質の存在が確認されなければ、これは病原体由来ではないと判断され、何か別の理由でこれまで体内に存在したことがなかったのだろうとみなされる。食物かもしれないし、妊娠中や思春期に作られる新たなタンパク質かもしれない。このような場合、T細胞は、単に免疫反応を開始しないだけでなく、「寛容T細胞」と呼ばれる状態に切り替わり、その後、免疫反応を起こすことができなくなる。そのようにスイッチを切り替えておかなければ、このT細胞は病原体由来ではないタンパク質に反応して、健康な細胞・組織を攻撃していたかもしれない。これが、「樹状細胞が免疫反応を停止させる」場合のカラクリである。

    p122
    ヒトの細胞はすべて、病原体に侵入される可能性があり、損傷を受けることも少なくない。インフルエンザやポリオなど、多くのウイルスは細胞に感染して増殖を済ませると、その細胞(宿主細胞)を死滅させて次の細胞に向かう。一方、B型肝炎のように、宿主細胞を生かしておくが、細胞の正常な化学反応を乱して大混乱を引き起こすウイルスもあるし、少数ながら細胞をがん化させるウイルスも存在する。これに対抗するために、ほぼすべてのヒト細胞は、パターン認識受容体を用いて病原体が存在する徴候を察知し、侵入を検知できるようになっている。
    すでに見てきたとおり、パターン認識受容体には、ウイルスの外殻や細菌の細胞壁など、人体にとって「異物」である分子の形状を標的にして病原体を検知するタイプもあれば、DNAなど、人体にとって異物ではないが「存在するはずのない場所に存在する」分子を見つけ出し、それを侵入した病原体の一部とみなすことによって病原体を検知するタイプもある。(中略)どの種類の細胞にせよ、細胞表面でパターン認識受容体が病原体の徴候を検知すると、その細胞はインターフェロンを産生しはじめる。こうして、ほとんどすべての種類のヒト細胞は、ウイルス感染時などにインターフェロンを産生して分泌することができる。
    インターフェロンは、感染細胞とその周囲の細胞を防衛モードに切り替える。「インターフェロン応答遺伝子」と呼ばれる遺伝子セットのスイッチをオンにするのだ。これらの遺伝子には、病原体を阻止するのに役立つタンパク質がコードされているが、病原体のなかでもとくにウイルスへの対処に有効である。ウイルスが近隣の細胞に侵入するのを防ぎ、すでに細胞内に侵入したウイルスがさらに細胞核内にまで侵入するのを阻止し(ウイルスの複製には細胞核への侵入が不可欠)、細胞に備わっている複製装置を乗っ取ろうとするウイルスを阻んでくれる。インターフェロン応答遺伝子から作られるタンパク質の一つ、デザリンは、HIVなどのウイルスが細胞から細胞へ移ろうとしたところを捕獲して、体内での感染の広まりを食い止める。
    この一連の反応は、自然免疫反応の一環として起こる。一部のウイルスについては、これで十分に感染をコントロール下に置くことができる。といっても時間稼ぎ程度のことだ。樹状細胞が獲得免疫反応を呼び覚まし、T細胞やB細胞によって問題が完全に解消され、持続性の免疫が獲得されるまでの数日間だけ、感染を抑え込むにすぎない。インターフェロンによって呼び起こされる反応だけでは、なかなか感染を一掃できないのだ。
    なぜならウイルスやその他の病原体も、ただやられているわけではなく、インターフェロン対策を講じてくるからだ。たとえばHIVは、テザリンタンパク質を破壊して、細胞から細胞へ自由に移動して感染できるようになる。このようなインターフェロン対策がウイルスなどの病原体にとってどれほど重大なことだったかは、インフルエンザウイルスを構成する一〇個の遺伝子の家の一個-つまり全遺伝子の一〇パーセント-がインターフェロン対策に特化されていることからもうかがえる。

    p125
    人間はみな同じように病原体に反応するが、それは最初の接触についてのみ言えることだ。同じようにインフルエンザに感染しても症状が重くなりやすい人がいるのは、インターフェロン応答遺伝子にみられる個人差が原因である。たとえば、欧州人の約四〇〇人に一人は、インターフェロン応答遺伝子の一つであるIFTM3が非機能型である。通常、機能型のIFITM3遺伝子から作られるタンパク質は、インフルエンザウイルスの細胞への侵入を妨げるが、その方法の詳細はまだ解明されていない(中略)この遺伝子の非機能型を有する人々は、ウイルスに対する免疫防御のなかで、ちょうどこの要素のみが単純に欠けている。二〇一二年にこの遺伝子の非機能型は、インフルエンザ感染で入院した人々にとくに多く見られることが示され、集中治療室の患者では、この非機能型を有する人の割合が機能型を有する人の割合の一七倍も高かった。また、この非機能型遺伝子は日本人と中国人にとくに多くみられる。そのため、日本人と中国人はインフルエンザの重症化リスクが高いと考えられるが、これについては直接的な試験はまだ行われていない。
    ところが、非機能型のIFITM3を有する人の大半は、それでも問題なくインフルエンザ感染と闘える。IFITM3は免疫反応を構成する数多くの要素のうちの一つにすぎないからだ。それどころか他の疾患、たとえば免疫反応の不調が原因で生じる病気では、IFITM3の機能不全が有利に働く可能性すらある。現に日本人や中国人のあいだでこの遺伝子の非機能型の保有率が高いということは、この地域ではこの非機能型が有利に働くような状況が頻繁に発生することを示唆している。
    まだその原理を完全に理解できているわけではないが、すでにわかっている知見を生かす道は少なくとも二つある。まず遺伝子構成に基づいてインフルエンザワクチン接種の優先順位づけを行えば、感染した場合に重症化するリスクの高い人を優先させることができる。今現在は、遺伝子検査は一般的でないため、インフルエンザのためだけに遺伝子解析を行うくらいなら、全員にワクチンを接種するほうが経済的であるが、遺伝子解析がもっと身近になれば、いずれ現実になるだろう。(中略)
    この知見を活用する二つ目の道は、ワクチンを用いず、インターフェロンの応答を強化することによってインフルエンザに対処する方法を示すことだ。想定外のインフルエンザ大流行が勃発した場合には、そのような対処法が必要になる。すでにマウスでは有効性が示されている。マウス細胞内で、インターフェロン応答遺伝子IFITM3によって作られるタンパク質の量を増加させる(IFITM3タンパク質の産生を制限している酵素の働きを抑える)と、インフルエンザ感染に対するマウス細胞の防御能が高まったのだ。しかし、このアイデアはヒト医療にはまだ活用されていない。ヒトIFITM3タンパク質の産生を強化する方法がまだ見つかっていないのだ。

    p127
    全部とはいわないまでも、ほとんどの場合に、インターフェロンは免疫システムを活性化する形で間接的にがんとの闘いを支援している。ここで問題になるのは、がんは免疫システムでは検知されにくいということだ。がんは、もともとは私たちの体の一部だった細胞が道を踏み外したもので、体にとってまったくの異物ではないため、インターフェロンでいくら免疫反応を強化しても、できることは限られている。

    p128
    インターフェロン以降に発見された他のサイトカインの多くは、「白血球(Leukocyte)」同士の「あいだ(inter)」てま働くタンパク質という意味で、「インターロイキン(interleukin)」と呼ばれている。

    好中球は白血球の一種で、よく働き、よく食べる。損傷部に数分以内に駆けつけ、病原体を貪食して直接的に破壊する。だが、好中球の防御行動のなかでもとくに驚かされるのは、DNA鎖とタンパク質鎖で作られた粘着質の網を噴射して、近傍で動き回る病原体を捕獲するところだ。(中略)この網には抗菌性物質が含まれており、捕獲した病原体を死滅させることができる。好中球は短命で、血液中では約一日の寿命だが、感染部位に出動した際はらサイトカインIL-1によって寿命が劇的に延長され、五日間にわたって参戦し、網を噴射し、病原体を死滅させることができる。

    p132
    優れた研究を行うためには、たった一つ、何よりも重要なことがある。それは重要な問いを立てることだ。

    p148
    抗体とは、B細胞として知られる白血球によって分泌される物質
    個々のB細胞はそれぞれに独自の形状の先端部をもつ抗体を産生し、抗体はこの先端部で、「抗原」と呼ばれる標的分子-たとえば、細菌の細胞壁やウイルスの外殻ち存在する何か-に接着する。
    だが実は、抗体というのは最初から病原体そのものに結合するようにデザインされているわけではない。成熟段階にあるB細胞のなかで抗体遺伝子から抗体タンパク質が作られるときには、まず抗体遺伝子がランダムに切断され、その断片がランダムな並び順で張り合わされるという驚くべきプロセス(遺伝子再構成)を経てできあがった遺伝子情報に基づいて、抗体タンパク質が作られる。そのため、各抗体の先端部はランダムな形状をしている。その後、健康な細胞・組織に接着可能な抗体をたまたま生み出してしまったB細胞は死滅させられる(または不活性化される)ので、血液中への旅立ちを許されるのは、通常なら体内で見かけないものに接着する抗体は作るB細胞のみである。B細胞はこのようにして、あなたの体の構成要素である「自己」とらあなたの体にとって異物である「非自己」を区別している。

    B細胞受容体は細胞膜上にとどまって抗原受容体として働くが、抗体はB細胞から分泌される点が異なるだけで、同じ抗原と結合する。つまり、B細胞受容体は、分泌されずに細胞表面に係留された「抗体」だと言える。細胞表面にあるこの受容体のおかげで、そのB細胞独自の抗体(受容体)と結合可能な何かが体内に存在すれば、その存在を検知することができる。体内で問題を起こすような異物と結合する「有効な」受容体をもつ(抗体を産生する)B細胞は、増殖することによってその有用な抗体を大量に産生し、異物として検知した誘導分子や病原体を無効化するための準備を整える。平均的な人物の免疫システムには、約一〇〇億個のB細胞が存在する。私たちには、各自一〇〇億通りの異なる形状をした抗体を産生する能力があり、一つ一つの抗体には、これまで体内に存在したことのないものを認識する能力が備わっている。そうやって事実上すべての「体にとって異質なもの」に対して抗体を産生しているのだ。これまでに遭遇したことのない病原体に対処できるかどうか-これまでは存在すらしていなかった病原体にさえ対処できるかどうか-は免疫防御の根幹である。

    p179
    そもそも、免疫システムはがんを抑制したり破壊したりすることも多いが、その逆のこともある。がんは、少なくとも二つの方法で免疫反応を都合よく利用している。厄介なことに、そこに熱を加えるとさらにがんに有利になって事態を悪化させてしまうこともあるのだ。
    免疫反応を利用する一つ目の方法として、多くのがん細胞が免疫細胞の特徴を自分のものにしている。免疫細胞は他の免疫細胞と連携するために複数のタンパク質分子を駆使しているが、がんはそのようなタンパク質分子を自分の一部として発現させることで、サイトカインや炎症中に産生される他の分泌物に反応できるように自分を変化させる。そうやってがん細胞は、免疫細胞が増殖したり体中を動き回ったりするために使用している仕組みを乗っ取り、免疫細胞と一緒に増殖し、拡大し、拡散するのだ。
    二つ目の方法では、局所的な炎症を利用して、腫瘍に届く栄養と酸素の供給を増やそうとする。免疫による攻撃を避けようとするのではなく、免疫細胞を引き寄せるタンパク質分子を分泌し、あえて免疫細胞に囲まれるようにすることによって得られる恩恵を利用して生存する腫瘍細胞もあるくらいだ。そのような腫瘍は、免疫反応の性質を変化させるホルモンを分泌して免疫細胞の攻撃を和らげつつ、しかし局所炎症は維持させることで腫瘍の増殖を促進している。このような腫瘍では、けっして治癒することのない傷のようにいつまでも炎症が続くことになる。

    p182
    体温の上昇は、体の感染との闘いをあらゆる方法で支援する。病原体に直接働きかけることもあれば、免疫システムの活性を高めることもある。私たちを悩ます病原体のほとんどは、平熱で繁栄するように進化してきた。そのため温度が四〇〜四一度まで上昇すると、たとえばウイルスの複製率は二〇〇分の一にまで低下する。一方の免疫システムは、発熱によって活動が盛んになる。骨髄から血液中へと新たに送り出される免疫細胞の数が増え、かつ免疫細胞による受容体タンパク質の産生が促進されるため、より多くの免疫細胞が炎症部位へと向かうことになり、結果的に必要な場所に送り込まれる免疫細胞の数が増える。さらに、どの種類の免疫細胞も正しい場所に送り込まれさえすれば、現場にでの働気も発熱によって強化される。マクロファージはより貪欲に細菌を貪食し、B細胞はより多くの抗体を産生し、樹状細胞はより効率よくT細胞のスイッチを入れる、といった具合だ。

    p195
    コルチゾール値は早朝に上昇しはじめ、朝七〜八時に最高値に達し、夜間に最低となる。これは、朝の目覚めに伴う活動の変化に体を備えさせるためだと考えられる。しかしらストレスによるコルチゾール値の変化はこれよりはるかに劇的であり、免疫システムの働くまで抑え込めるほどだ。免疫細胞による病原体の貪食、サイトカインの産生、罹患細胞の死滅など、個々の免疫細胞の効率を落とすことで実現している。短時間であれば問題ないが、ストレスが持続すると、免疫システムが弱まった状態が続くことになりかねない。

    p216
    人体は置かれた環境に合わせて進化してきた。つまり地上で感じられる重力、二四時間サイクル、社会との関わり方などに適応してきた。太陽系のどこか別の場所へ人類を移住させる計画が進められているとしたら、免疫システムや他の体内器官が地球にいるときと同じ感覚で動けるように工夫する必要がある。

    p218
    総じて小規模試験というのは、新たに生まれたアイデアを単なる夢物語とかのようにみせることもあれば、前途有望であるようにみせることもある。アイデアに従って現場医療を変更した場合に実質的な利益が得られるかどうかを間違いなく検証するには、大規模試験が必要である。

    p223
    がんは細胞が過剰に増殖したときに発生するが、老化は細胞にその逆の行動を取らせる。つまり、細胞を自然死へと導くために「アポトーシス」と呼ばれるプログラムを発動させるか、あるいは、生きているがもはや増殖しない「セネッセンス」と呼ばれる状態へと細胞を変化させる。セネッセンスの状態になった「老化細胞」は、生涯にわたって体内-とくに皮膚、肝臓、肺、脾臓-に蓄積され、有益な作用と有害な作用の両方をもたらす。損傷組織の修復を助ける因子を分泌する点は有益だが、長期的には、老化細胞はしだいに数を増やしていうため、器官や組織の正常な構造を崩しかねない。

    p226
    新たに作られる免疫細胞の多くを成熟させる胸腺が、高齢になると十分に機能しなくなるのだ。胸腺は両肺のあいだに位置し、T細胞はこの胸腺で発達してから、病気の徴候を探しに体内に巡回に出る。(中略)たまたま体内の健康な細胞に結合するような受容体をもつT細胞があれば、そのT細胞は胸腺で死滅させられる。そのため、体内の細胞・組織には反応しないTd細胞のみが体内を巡回し、病原体の構成要素など、体にとって異物となる分子の検出にあたっている。
    ところが、たいていの器官とは異なり、胸腺のサイズは小児期に最大となり、その後、縮小していく。免疫システムは若いうちに劇的に発達するからだ。私たちはみな、母親から一時的な防御能を借り受けて生まれてくる。生後しばらくすると、この防御能は自分自身の免疫システムに置き換えられるが、思春期を過ぎると、新たに作られたT細胞を入念に精査する胸腺の能力は衰えはじめ、胸腺自体のサイズも縮む。(中略)高齢者の胸腺の活性は、小児期なの一〜五パーセントほどである。思春期を過ぎた段階で、残りの人生で必要となるT細胞の大半はすでに準備できたと体が判断するかのようだ。
    T細胞が真新しい受容体をめったに産生しなくなると、体がもつT細胞のセットは、その人物がそれまでの人生で遭遇してきた一連の病原体に特別に対応したものになる。そのため、特定の病原体と闘える能力を備えたT細胞の占める割合が増えていく。

    p285
    免疫システムを利用する薬の開発は、製薬業界全体のなかでもとくに成長著しい領域である。

    p291
    PD-1ブレーキシステムの阻害ががん患者のためになるかどうかを事前に調べることについては、意異議を唱える人はほとんどいないが、バイオマーカーが普及していけば、病気が明らかになる前から人々の免疫システムの特徴を調べられるようになる可能性がある。つまり、ある種の個人情報として免疫システムの状態を詳細に検査できるようになるということだ。

    p303
    生死に関わる重大な問題を扱ってはいても、製薬会社はあくまでビジネスであって、慈善活動ではない。研究の優先度を決めるにあたり、収益が見込まれるかどうかは、決定的な要因ではないにせよ重要な要因になっている。

    p306
    人間が人間について考えるのは、自分の本当の姿を知りたいからだ。科学の本質は、知識と探究の旅である。知れば知るほど、私たち人間がけっして単純な生き物ではないことに気づかされるだろう。

  • ラルフ スタインマン教授の樹状細胞発見と治療応用の話を始め、稲葉カヨ、坂口志文、本庶佑など日本人研究者の貢献にも心を動かされる。
    免疫研究の歴史を俯瞰できる良書である。

  • 90年代以降の免疫学の成果
    免疫機能にまつわる謎解きドキュメンタリーとして面白いはずだが、詳細過ぎ、情報量が多過ぎて門外漢の私には消化し切れなかった。読破は諦め。

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著者プロフィール

英国マンチェスター大学免疫学教授。これまでに2冊の著書がある。前著『美しき免疫の力 人体の動的ネットワークを解き明かす』(NHK出版)は、2018年の英国王立協会科学図書賞の最終候補作に選出されたほか、同年のロンドン・タイムズ紙、デイリー・テレグラフ紙、週刊科学雑誌のニュー・サイエンティスト誌の「ブック・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれた。『適合性遺伝子(The Compatibility Gene)』(未邦訳)は、2014年の英国王立協会科学図書賞の候補作、王立生物学会図書賞の最終候補作となった。免疫細胞生物学における超高分解能顕微鏡を用いた彼の研究は、ディスカバー誌の「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」のトップ100に選ばれた。ネイチャー誌、サイエンス誌、サイエンティフィック・アメリカン誌の掲載論文を含む140本を超える学術論文の著者であり、被引用数の総計は13,000回を超える。

「2022年 『人体の全貌を知れ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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