NHK「100分de名著」ブックス 三木清 人生論ノート 孤独は知性である ( )
- NHK出版 (2021年4月23日発売)
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感想 : 15件
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Amazon.co.jp ・本 (160ページ) / ISBN・EAN: 9784140818541
作品紹介・あらすじ
ニヒリズムを超越する真の勇気は、孤独を知り、理想を手放さない知性にこそ宿る!
三木清(1897-1945)は、日本初の哲学者といわれる西田幾多郎と師弟関係を結んだ思索のひとである。また、孤独や貧窮を味わった在野の哲学者である。そんな彼が、日本が戦争へと突き進んでいくなか、「文學界」(1938~1941年)に寄稿した連載が「人生論ノート」だ。人生のなかで、誰もが一度は煩悶するであろう困難(「死」「虚栄」「孤独」「嫉妬」「偽善」「利己主義」など)への向き合い方や願望(「幸福」「理想」「成功」「希望」など)への道筋について、思索を深めた哲学エッセイである。その文章は、晦渋であるうえに、時局を踏まえ細心の注意が施された表現なため、難解で真意をつかみにくい側面がある。その難解かつ迂遠な表現の核心を、三木清を長年研究してきた岸見氏が懇切かつわかりやすく解説する。
岸見氏が注目するのは、三木が掲げた「理想主義」。それは、ひとが困難を乗り越えるために必要不可欠な態度であるのに、現代人に著しく欠けているセンスだと、氏はいう。「どうせ」や「いまさら」といったニヒリズムは現実を変える力を持たず、楽観的に見える理想主義こそが、ひとを幸福へと導く力だという三木。「人生は運命であるように、人生は希望である。運命的な存在である人間にとって生きていることは希望を持っていることである」。人間の負の側面を認めつつ、そこから一歩先へ進むための杖として、「希望」を失ってはいけないと説いたのだ。
また、真の勇気は「孤独」を恐れない、知的な姿勢にこそ宿るという。組織や集団の欠点・瑕疵を指摘するには、孤立を恐れない勇気が必要だ。社会のため、幸福のために孤独は重要な要素だと、三木はいうのだ。
1945年3月思想犯を匿ったかどで逮捕され、同年9月獄中で死を迎えた三木の、人生をかけた言葉の連なりは、閉塞した社会を生きる私たちを鼓舞し、勇気づける。哲学的な示唆とともに、人間の尊厳と幸福を希求したその人生もまた、読者を勇気づけるだろう。
みんなの感想まとめ
人生の困難や理想について深く考察したエッセイは、孤独を知り、理想を追求することの重要性を説いています。著者は、ニヒリズムを超えるためには、希望を持つことが不可欠であり、現代人が忘れがちな理想主義の価値...
感想・レビュー・書評
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人生論ノート再読前テキストとして。
2017年が、三木清生誕120年にあたり、NHKで取り上げられたようです。その時解説された岸見さんの著書。ということは、後5年で130年ですねえ。
著者と同じく高校の時の何かの課題として手にしたことがあります。読みきれず、興味も持てずという思い出しかないような。
ネットなどなく、情報が少なかった当時、戦争中であるため、言論弾圧をさけ、発禁処分を受けないように、わざわざ晦渋な書き方をしているだけで、一般向けの作品なんだよって、誰か私に教えてくれたかなあ。知ってたら、もう少し読んだと思うのだけど。
それでも、やっぱり読みにくい「人生論ノート」これは、優しい語りで良きテキストです。
そして、岩波書店で編集顧問をしていた三木清様が、日本に文庫本スタイルを導入されたと知れば、それだけでも、尊敬に値する業績ではありますまいか。
本書は、三木の人生、人生論ノート各項目、そして死について解説し、特別章として、「孤独は知性である」が寄稿されています。最近では、斉藤孝さん等が孤独の力を書かれてます。一人でいることは孤独ではないけれど、孤独に近づく手段ではあると。
孤独は町にあり、人と人の間にあると。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
S図書館
本書は三木氏の京大の後輩にあたる「嫌われる勇気」でお馴染みの岸見先生が解説
《感想》
岸見先生ばかり拝見するので、他に研究者はいないのでしょうか
読みやすいことは間違いないが
三木氏の経緯は掴めたが、内容は本当にさらっと断片的で上っ面だけの印象だった
体系化した解説を読んだ方が私には合っていたかもしれない
また三木氏が研究した著書なども確認しようと思った
《三木 清》
1897年生まれ
京大で西田幾多郎、 独でリッケルト、ハイデガーのもとで学び、仏でパスカル研究に没頭した
114人生論ノートが刊行された1941年8月
その年の暮れ太平洋戦争が始まる
翌年1942年1月に中央公論で「戦時認識の基調」を発表
これが軍部の怒りを買い 、論壇から締め出された
1942年1月に徴用フィリピンのマニラに配属
1945年3月 逃走中で旧友の高倉輝を泊めたことから疎開先の埼玉で逮捕
当局は以前からマークしていたので理由は何でもよかったようだ
獄中で終戦を迎えるが釈放されず、 刑務所で感染した疥癬に苦しみ、 急性腎炎を罹患した9月絶命した
《人生論ノートについて》
8人生論ノートの新聞連載は1938年41才から4年間
度々不掲載や発禁処分を受けてきたおり、哲学用語やレトリックを駆使して晦渋(かいじゅう)な書き方をする他なかった
難解ではあっても、読む人が読めば真意は伝わるはず、そう信じ続けてきた
彼はこの本を完成形とは見ていない
これは一種の研究ノート
これで終わるべき性質のものではなく、さらに深め発展させていくことを読者に託している
死、幸福、懐疑、習慣、虚栄、名誉心、怒、人間の条件、孤独、嫉妬、瞑想、噂、利己主義、健康、秩序、感傷、假説、偽善、娯楽、希望、旅、個性の23項目
196 今日の人間の多くはコンヴァレサンス(病気の回復)としか、健康を感じることができないのではなかろうか
197パスカルはモンテーニュが死に対して無関心であるといって非難したが、 私はモンテーニュを読んで彼には何か東洋の智恵に近いものを感じる -
三木清の思想自体には共感するところが多いのだが、この人の解説が…すぐに現代の事象に(かなり雑に)結びつけようとするし、三木清の思想を叩き棒にして説教したがっているようにしか感じない。これはまさに三木の言う「虚栄心」の表れではないかとすら考えてしまう。
人生論ノートはかなり難解なため他の解説本にも当たりたいのだが、この人の本じゃない方がいいなぁ。 -
人生論ノートの解説書。全文引用して解説している訳ではなく、要所要所ピックアップしてという感じ。原本の難解な用語も注釈として解説してくれていたり、三木清の人生、時代背景、他の著作についても触れられていて俯瞰的に理解出来る様に配慮されている。が、しかし、やっぱり全部人生論ノートを理解するのは難しい。何回も原本を読むべしだな。
-
自分の居場所は、「ここではないんじゃないか?」 小学校入学式の日、教室でそう思ったことを覚えている。周りの新1年生達は、大声を出しはしゃいでいたが、僕は島から引っ越して来て、ランドセルが間に合わず、風呂敷きに筆箱を包み教室の端に座っていた。
教室には二人掛けの木の机が並び、一番前の席の廊下側に僕は座らされていた。着物姿で行きかうソワソワした母親たちを見ていた。隣には、おかっぱ頭の女の子が胸に大きなリボンをつけて頭をくるくる回していた。先生が入ってきて、最初に僕の名前を読んだ。
「はい!」
と右手を挙げて答えた。一斉に他所から来た自分への視線を浴びた。ひとり風呂敷きを持つ自分が人と違うのが悲しいとも思わなかったが、ここじゃないんじゃないか?との、意識が芽生えたのを思えている。もちろん、その後、小さな町のひと学年90名の学校にはすぐに慣れた。50年経った今でも、その何人かとはよく会い酒を飲み、5年に1度の同窓会にはだいたい出ている。
小学校を卒業し、中学で「孤独」という漢字を習い、二度転校した。
「ここではないんじゃないか?」という気持ちは、「孤独」という意味なのではないかと思うようになった。中学、高校とサッカー、ラグビーと団体スポーツをやっていたから、常に男友達とワイワイ騒いでいたのだが、「孤独」という意識はあった。中学校3年の時に、サッカー部の友達と喫茶店かなにかの店に入り、その店にあった客が自由に書き散らすノートに、「孤独な人は連絡ください」と書いた。
思春期の頃は誰でもそう思うのかもしれない。
自分をわかってもらいたい、自分と同じような人に会いたい、と思い、仲間とつるみ、誰かを好きになるのかもしれない。そんな時、高校1・2年生だったと思うが、三木清の『人生論ノート』を読んだ。理由は、宿題か試験に出るからという理由だった。読後の感想などは覚えてないが、難しいことをわかりやすく伝えようとしている、という印象が残った。
時が経ち、常に集団の中で仕事をして、普通に家族も持ったが、「孤独」という意識は消えず、だんだんと馴染んできたのか、「孤独」も悪くないと思うようになった。むしろ、自分は「孤独」を望んでいることもわかってきた。
さらに時が経ち、僕は図書館長になり、経済学部の新しい図書館を視察することになった。新しい図書館の中には、古い本を集めた書庫があり、薄暗い中を案内してもらった。暗闇に木々が立つ森のように、本棚が並んでいた。
「電気つけますね」
司書さんの声と共に、本の背表紙が浮かび上がった。
「古くは、江戸時代くらいのものからあります」
背表紙の漢字やローマ字は難解で、ほとんどが読めなかった。中には、鎖国時代に持ち込まれたものもあるという。司書さんの説明に感心しながら、下の階に行くと、僕でも読めるような比較的新しい本が並んでいた。
僕は思わず「おー」と、声をあげて一冊の本を手に取った。
三木清の『人生論ノート』。
初版本だったかどうか忘れたが、かなり日に焼けて茶色くなったページには、あちこち線が引いてあった。戦前、1940年代に出版された本だから、昔の漢字や仮名が並んでいたが、読めるには読める。ページの隙間に、万年筆の青いインクが滲んだ文字があった。
「青春は、孤独だ」
本書は、NHKの番組『100分de名著』の番組解説本である。この番組は面白い。
▼NHK「100分de名著」Webページ
https://www.nhk.jp/p/meicho/ts/XZGWLG117Y/
1冊の本を3回にわたり解説するのだが、タレントの伊集院光さんが専門家へ質問するという形式だ。それを本にまとめているので、一般の人にわかりやすい。僕もこの本で初めて、三木清が哲学者であり、ベストセラー作家ということを知った。戦争に反対し、非業の死を遂げたことも知った。1ページ目に「今、再読する意味」とある。確かに、今、そうだ。いくつかの文を紹介する。
「孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのでなく、大勢の人間の「間」にあるのである。孤独は「間」にあるものとして空間の如きものである」
「我々が孤独を超えることができるのは、その呼びかけに応える自己の表現活動においてのほかない」
なるほど。僕が文章を書くのは、孤独を超える自己表現活動なのだろうか。そう思えば、孤独も悪くはない。ホ~ホッホ~。フクロウもきっと孤独を愛している。 -
孤独は感情ではなく知性に属する。
すべての人間の悪は孤独であることができないところから生じる。
私は一人であるという自覚に基づいた意識であれば、それはむしろ知性に属する、そこに顕れるのは寂しさではなく勇気、覚悟です。 -
4.5 生きた時代の違いが大きいが,真理をえぐる
-
片道2時間、計4時間の移動のお供で読む。
嫌われる勇気の岸見先生の解説のおかげで、印象に残った言葉がたくさんあった。
とくに今、働き方とか仕事はこのままでいいのかとか、収入やローン、子育てとか、、1日24時間・少なめの給料・中年以降の人生についてモヤモヤとしており。。
最近、人事から上司の360度評価のヒアリングがあり、いろいろ書いた結果「もっと働け〜」みたいなことになったんだが、それいう必要ある?上司もサボってるわけでなく、意味不明に兼務が多いだけで。不満はあるが上司つうか組織にも問題あるし、ヒアリングの前提が「出世=幸福」みたいな図式になっているような違和感が。そこなのよ。そもそもこの会社つうか、親会社の価値観とミスマッチなのよ私。え、じゃあ辞める?そういうことでもない。おそらくその点マッチする会社があったらあったでなんか嫌。異分子としてどうやってこの環境で呼吸していくか、これが私の課題。ということにいったんします。孤独上等。
きになったところメモ。
………
・幸福について考えないのはなぜか
すでに十分幸福だからではなく、幸福について考える時間的余裕も気力もないからでは
・成功することが幸福なのか
否。成功とは一般的な量的に考えられるもの。幸福は、各人においてオリジナルなもの。あれなら自分にもできる、と思えるのは成功。成功は他人の嫉妬を買いやすく、嫉妬する人は「幸福=成功」と見ている場合が多い。
成功と幸福を混同していると、簡単に上司や組織にコントロールされてしまう。
・すでに人は幸福で「ある」。幸福そのものが徳である。
・成功は冒険の結果の1つでしかなく、成功したかは問題でない。結果によらず目指すものに努力した過程はその後の人生の糧になる。成功主義者に真の冒険はない。
・真に生活を楽しむ者は、作ることによって楽しむことが大切
・節約とはケチではなく、浪費を慎みつつも、使うべきところには正しく使う暮らしの姿勢。出費に秩序をもたらし、経済の良い形を作る
・人生においては何事も偶然である。しかしまた人生においては何事も必然である。このような人生を我々は運命と称している
・知識人とは単に知識を持っている人ではなく、その知識を礎として「他の人が作りえない物を作り得る」技術を持った人
・頭で考えるだけでなく、現実に働きかけることによって経験的に学ぶことが大事、道徳も同じ
・しかし、手工業的な道具の時代から大量生産の機械時代へと社会が変容する中で、道徳でさえも大量生産されたものが押し付けられているのではないか
・誰かに「こうすべき」と言われたこと、あるいは習慣的に「普通はこうするもの」「こうするのが当たり前」と無自覚に従うのは危険なこと
・孤独は山になく、街にある。1人の人間にあるのではなく、大勢の人間の「間」にある。
・人生は旅である。大切なのは動きながら止まることであり、止まりながら動くこと
・エキセントリックに生きる
自然に決められていると思っていた中心から離れて、主体的に存在論的中心ともいうべきものを定立すること、定立する自由を持つこと -
自分の居場所は、「ここではないんじゃないか?」 小学校入学式の日、教室でそう思ったことを覚えている。周りの新1年生達は、大声を出しはしゃいでいたが、僕は島から引っ越して来て、ランドセルが間に合わず、風呂敷きに筆箱を包み教室の端に座っていた。
教室には二人掛けの木の机が並び、一番前の席の廊下側に僕は座らされていた。着物姿で行きかうソワソワした母親たちを見ていた。隣には、おかっぱ頭の女の子が胸に大きなリボンをつけて頭をくるくる回していた。先生が入ってきて、最初に僕の名前を読んだ。
「はい!」
と右手を挙げて答えた。一斉に他所から来た自分への視線を浴びた。ひとり風呂敷きを持つ自分が人と違うのが悲しいとも思わなかったが、ここじゃないんじゃないか?との、意識が芽生えたのを思えている。もちろん、その後、小さな町のひと学年90名の学校にはすぐに慣れた。50年経った今でも、その何人かとはよく会い酒を飲み、5年に1度の同窓会にはだいたい出ている。
小学校を卒業し、中学で「孤独」という漢字を習い、二度転校した。
「ここではないんじゃないか?」という気持ちは、「孤独」という意味なのではないかと思うようになった。中学、高校とサッカー、ラグビーと団体スポーツをやっていたから、常に男友達とワイワイ騒いでいたのだが、「孤独」という意識はあった。中学校3年の時に、サッカー部の友達と喫茶店かなにかの店に入り、その店にあった客が自由に書き散らすノートに、「孤独な人は連絡ください」と書いた。
思春期の頃は誰でもそう思うのかもしれない。
自分をわかってもらいたい、自分と同じような人に会いたい、と思い、仲間とつるみ、誰かを好きになるのかもしれない。そんな時、高校1・2年生だったと思うが、三木清の『人生論ノート』を読んだ。理由は、宿題か試験に出るからという理由だった。読後の感想などは覚えてないが、難しいことをわかりやすく伝えようとしている、という印象が残った。
時が経ち、常に集団の中で仕事をして、普通に家族も持ったが、「孤独」という意識は消えず、だんだんと馴染んできたのか、「孤独」も悪くないと思うようになった。むしろ、自分は「孤独」を望んでいることもわかってきた。
さらに時が経ち、僕は図書館長になり、経済学部の新しい図書館を視察することになった。新しい図書館の中には、古い本を集めた書庫があり、薄暗い中を案内してもらった。暗闇に木々が立つ森のように、本棚が並んでいた。
「電気つけますね」
司書さんの声と共に、本の背表紙が浮かび上がった。
「古くは、江戸時代くらいのものからあります」
背表紙の漢字やローマ字は難解で、ほとんどが読めなかった。中には、鎖国時代に持ち込まれたものもあるという。司書さんの説明に感心しながら、下の階に行くと、僕でも読めるような比較的新しい本が並んでいた。
僕は思わず「おー」と、声をあげて一冊の本を手に取った。
三木清の『人生論ノート』。
初版本だったかどうか忘れたが、かなり日に焼けて茶色くなったページには、あちこち線が引いてあった。戦前、1940年代に出版された本だから、昔の漢字や仮名が並んでいたが、読めるには読める。ページの隙間に、万年筆の青いインクが滲んだ文字があった。
「青春は、孤独だ」
本書は、NHKの番組『100分de名著』の番組解説本である。この番組は面白い。
▼NHK「100分de名著」Webページ
https://www.nhk.jp/p/meicho/ts/XZGWLG117Y/
1冊の本を3回にわたり解説するのだが、タレントの伊集院光さんが専門家へ質問するという形式だ。それを本にまとめているので、一般の人にわかりやすい。僕もこの本で初めて、三木清が哲学者であり、ベストセラー作家ということを知った。戦争に反対し、非業の死を遂げたことも知った。1ページ目に「今、再読する意味」とある。確かに、今、そうだ。いくつかの文を紹介する。
「孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのでなく、大勢の人間の「間」にあるのである。孤独は「間」にあるものとして空間の如きものである」
「我々が孤独を超えることができるのは、その呼びかけに応える自己の表現活動においてのほかない」
なるほど。僕が文章を書くのは、孤独を超える自己表現活動なのだろうか。そう思えば、孤独も悪くはない。ホ~ホッホ~。フクロウもきっと孤独を愛している。 -
岩波文庫の巻末「読書子に寄す」の草稿を手がけたのが、三木清だった。
各章の表紙の写真はいろいろと語りかけてくるようだ。
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著者プロフィール
岸見一郎の作品
