はじめての宗教論 左巻 ナショナリズムと神学 (NHK出版新書)

著者 :
  • NHK出版
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レビュー : 36
  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140883365

作品紹介・あらすじ

宗教はなぜナショナリズムと結びつくのか?近代とともに宗教はどう変わったのか?ナショナリズムの歪みから生じた現下21世紀の様々な困難に、どう対峙するか?キリスト教神学の基本を明快に解説し、宗教の変貌とともに生じた人間の自己絶対化の果てに、戦争の世紀が訪れたことを鋭く読み解く。危機の時代を生き抜くための知的体力が身につく実践的宗教論、待望の続編。

感想・レビュー・書評

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  • ・シェリングの世界観では、この世の中は泥沼のようなもので底は見えません。しかし底なし沼とはいえ、底の底のほうまで潜っていくと、「無底」という名前の底がある。その無底の向こう側に神の世界がある。無底に触れることができるような、一種特殊な才能を持った人は瞬時にして世界の構造を知ることができると考えるわけです。

    ・中世のスコラ学では、神はすべてをなすことが可能かどうかが問題になり、結局は不可能ということになりました。神を善であると規定するならば、悪を作り出すことはできないわけです。この立場にしばられることによって、悪は存在しないという結論になっ た。
    ところが聖書を読む限りにおいて、悪は厳然として存在するし、キリスト教の特徴というのは原罪感にあるわけです。人間による悪事というのは善の欠如などという水準のものではない。そうなると結局神が悪を作り出したということになります。悪を作り出すのは神ではなくて悪魔だとすれば、神と悪魔は同一のものになってしまいます。

  • 『はじめての宗教論』の続編です。現下21世紀の様々な困難にどう対峙するか?ということが神学的な見地から語られていますが、はっきり言って入門書ではありません。

    これは『はじめての宗教論』の続編になります。右巻同様、やっぱりある程度、キリスト教に関する知識がないとこの本を読んで理解するのは難しいでしょう。この本は手元において、2度3度と読み返して、
    『あぁ、きっと筆者はこういうことを言いたいんだなぁ』
    そういうことがおぼろげながらわかってくると楽しいと思います。

    僕も、最近の読書傾向が実用書にばかり偏っている傾向がありましたので、こういう本をたまに読むと、ガツンと打ちのめされるような経験をすることがあるので、そういう意味では、大変有意義な本でございました。読んでいて僕がなんとなくですがつかみかけたことは欧米、特にヨーロッパの人間の潜在意識の中に彼の説く世界観や精神観が内在していて、これを少なくともある程度は理解していなければ洟も引っ掛けてもらえないんだな、ということでした。

    僕個人を言えば、キリスト教はおろか、ほぼ無神論者で、宗教関係の本がある程度読んでいますが、基本的に信仰は持っていません。そして、作者は論壇に入る前に外務省で官僚を務めていましたが、よくここに書かれている世界観と外務省というガチガチの官僚組織での職業人として、両立ができたなぁといまさらながら舌を改めて巻くしだいでございました。

    しかし、むしろ逆にこういった宗教観や世界観を彼が持っていたからこそ、ロシアの国家中枢や上流社会にインテリジェンスの世界で深く食い込んで、なおかつ逮捕されて小菅の東京拘置所で自らを見つめつつ、収監された日々を送ることができたのではないか?そんなことを考えさせられました。でも、僕自身にとって、ここで記されている世界観や宗教観が果たして役に立つのかどうかとは、また別の話ですが…。

  • 2016年度「哲学演習」後期。
    演習の発表でじっさいに用いた一冊。
    前書きと第一章にあたる部分はていねいに段落単位で抜き出し、あとの章は通読して大意を要約した。発表のレジュメでは、すべての章のそして一冊ぶんの「問い」「答え」「論拠」をメインとし、参考資料として第一章の作業過程を添付した。
    内容としては、シュライエルマッハーを足がかりとしてナショナリズムと宗教の関連性をあきらかにしていく。宗教は現実と乖離したものではなく現実と直結したもの、という感想。

  • 本書は、シュライエルマッハーから弁証法神学(バルト、ゴーガルテン)への神学的発展と、その社会史的意義について記されている。

    シュライエルマッハーは「天上」にいた神を、人間の内面に持ってくる道筋を与えた。そしてそれによって、ナショナリズムが「神」として人々の心に滑りこみ、その結末は第一次大戦の悲惨であった。それを受け、バルトは神を再び人間の内面から取り上げ、「絶対他者」として人間の外側に置いた。それはナチズムへの戦いにもつながったが、同じ弁証法神学者でも、ゴーガルテンは決断を重んじ、ナチズムへの迎合を「決断」してしまった。以上のような、神学=社会史的なとらえ方は、おそらく正しいのだろうと思う。

    興味深く読めたのは、神学諸科へのイントロダクション。ここには著者の神学的関心の濃淡がよく表れていた。信仰者共同体としての教会論や、サクラメント論については大変薄く、記述もかなり怪しい。伝道学や宣教学についてはまったく触れられていなかった。

    著者自身は、神学は「公共神学ではありえず教会の神学だ」と言っているが、実践的には、やはり公共神学者に分類されるのではないか。

  • フォトリーディング&高速を交えて熟読。ジムの自転車マシンで1時間半で読了。
    右巻に続きリベラル神学の歴史などを学べた。右巻には聖書解釈があって、氏のいうファンダメンタリストとしては解釈の違いに辟易させられたが、左巻では神学の(リベラル派から見た)歴史がよく分かった。啓蒙思想と神学、またナショナリズムと神学、そしてそれを克服したとされるバルト以降の(リベラル派)神学の流れがよく分かった。しかしその次については全く言及していない。福音主義やペンテコステ運動については、いわゆるメインラインの神学では無視を決め込むのかも知れない。あるいは知らない?

    下記に付箋を貼った箇所の要約をのせる:

    13:自由主義神学の父、シュライエルマッハーは、神を人の心の中にいる物とした。そして「主教の本質は直感と感情だ」とした。宇宙の精神を直感で察するというのはそのままロマン主義であると佐藤氏は指摘する。

    14:第一次大戦後、自由主義神学はその無力を露呈して崩壊。代わりにカールバルトは弁証法神学(危機の神学)でシュライエルマッハーを批判し、人間の心理作用から神を隔絶させ超越した神を再確立させる運動を起こした。

    16:その後、ドイツの弁証法神学の一部はナチスの神学の構築に邁進することとなった。

    52-53:金(拝金主義)とナショナリズムは現代の二つの主流宗教。

    60:民族が国際的に尊敬されるのは富のおかげ。アジアはマルコポーロの時代に尊敬され、第二次大戦以後は欧米から低く見られた。

    82:シュライエルマッハーは自由主義神学の父。バルトは彼を批判し、自由主義神学を葬った。(故にバルトは自由主義神学ではなく、リベラル派というべき。)

    96-97:バルトは「教会教義学」のした原稿を愛人に書かせた。しかも妻も住む自分の家に住まわせて書かせた。そんな環境で愛人(キルシュバーム)は精神を病み入院。それ以後「教会教義学」は未完となる。
    日本の神学者はバルトのこの部分を知らず、ものすごく立派な人と思い込んでいる。ブッシュの「バルトの生涯」には多生(2行ほど)そのことが書いてあり日本語訳も出ている。
    ヘーゲルも私生児を産ませ、カントには複数の女性スポンサーが在ったので金のために独身を貫いた。

    124-125:シュライエルマッハーによると、救いを感じさせない教会はだめ教会。彼は教会は病んでいるという意識があった。

    131:バルトの「教会教義学」の第三巻第四部「創造論Ⅳ」だけは読んで置いた方が良い。

    144:弁償学とは異教徒とどのように論争するかという学問。論争学とはキリスト教徒同士の内ゲバの学問。

    234:教父アウグスティヌスの悪い影響は、マニ教の影響。彼は罪が遺伝するとした。これは優生学にも通じる考え。氏によると教会はこの影響をいまも受けているとのこと。

  • 日本とキリスト教。

  •  著者は、将来、牧師か神学者になるつもりなのか。話は面白いが、救済につながる人となるか疑問。キリスト教というのは、本当にユニークな救済を示している。現在の状況では、心に届くか。

  • 120224

  • フォトリ55。キリスト教がなぜ戦争を抑止できないのか、ナショナリズムと親和性があるのか、近代以降の歴史を追いつつ解説。
    佐藤さんの勉強術、処世術のファンは多いと思いますが、宗教系の本を手にするかは「人の実存をも破壊する神」や「人が知る由もない真理」のあることを無条件に信じるか否かによるのでしょうか?宗教にアレルギーのある方にも、後書きはおすすめです。

  • 自由主義神学の祖、シュライエルマッハーの功績と限界から始まります。彼は「宗教の本質は直観と感情である」「絶対依存の感情である」との考え方。そしてイエス・キリストが見失われていったとのこと。ナチスに毒されていくことを予言しているような言葉である。カール・バルト、ゴーデルマンらの弁証法神学の意味。「人間は神について語ることはできないが、不可能であるとはいえ、神について語らざるを得ない」という緊張感があるという危機の神学について及んでいきます。宗教がナショナリズムになぜ陥りやすいのか、シュライエルマッハー、ゴーデルマンなどの系譜の中にその危険性を示しています。この著者の博識には今回も驚きましたが、私たちの信仰とのスタンスの違いは何となく感じざるを得ませんでした。

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プロフィール

作家・元外務省主任分析官。1960年東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア連邦日本国大使館勤務等を経て、本省国際情報局分析第一課主任分析官として、対露外交の最前線で活躍。2002年背任と偽計業務妨害罪容疑で東京地検特捜部に逮捕され、512日間勾留される。09年、最高裁で上告棄却、有罪が確定し外務省を失職。05年発表の『国家の罠』で第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。翌06年には『自壊する帝国』で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

「2018年 『宗教と生命 シリーズ:激動する世界と宗教』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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