悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える (NHK出版新書 549)

  • NHK出版 (2018年4月7日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784140885499

感想・レビュー・書評

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  • 第二次世界大戦中にドイツからアメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレント。彼女が執筆した『全体主義の起原』をはじめとした著書を通して、ナチズムやホロコーストを推し進める背景にあった社会の流れや大衆心理を説いていく。

    『蠅の王』(ウィリアム・ゴールディング)や『一九八四年』(ジョージ・オーウェル)を読んだときに感じた背筋がヒヤリとする感覚は、本書を通してかなり補完されました。

    ヒトラーが大衆心理を熟知し巧みに操り、自身の「法」に従うよう扇動していたのはその通りです。アーレントはさらに歴史的惨事が起こった時代背景として、政治や社会が混沌とし敵味方の見通しがつきにくい、将来が不安定、蔓延した閉塞感などを挙げています。そのような不穏な世の中にいると大衆は求心力のある「分かりやすい」対象・イデオロギーを求めるメンタリズムが働くと説きます。当時ドイツは近隣国から今まで経験のない圧を受け、国はそれに一丸となって対抗する必要がありました。連帯感・仲間意識を維持強化するための安易な近道は「敵」をつくること。つまり当時のドイツ政府は早急に国民の統制を取らねばと考え、その格好の対象となったのが国内の社会コミュニティのなかで異分子でもあったユダヤ人でした。彼らを大衆の憎悪の対象に仕立て上げ“排除”しようとすることで国民の足並みを揃えようとし、未曾有の殺戮へと繋がります。

    分かりやすくレッテルを貼り自分達の存在や立場を正当化する、善良性を証明しようとする行為は大小さまざまな規模で起こっています(子供のケンカから戦争レベルまで)。おそらく自分が自分らしくあるために人間に備えられた安全装置なのだと思います。無くなることはないでしょう。

    至って平凡に生まれ平凡に育ってきたと自覚している自分でさえ、大衆の渦に飲まれたときに冷静でいられるかと問われると自信がありません。
    本書を読む前は「歴史」に触れるつもりで手に取りました。しかし読み進めるほど本書で書かれていることは歴史ではあるけれど過去ではない、そして他人事ではないと痛感します。むしろ国内外問わず社会情勢としては当時の状況下とかなり共通点が多いのでは……と邪推するのは考えすぎでしょうか。

    memo:ハンナ・アーレント『全体主義の起原』『エルサレムのアイヒマン』など

  • 全体主義は突然変異だと思っていたのだが、ヨーロッパの歴史の中で産まれて来たのだとわかりびっくりした。アフリカを植民地支配したことにより優生思想、人種主義。金融業を独占していたユダヤ資本。国を持たない彼ら。歴史的に突き上げて来た差別意識が総合し、排他的というのか、あのナチスの全体主義が発生した。その中心を担った大衆の存在。ユダヤ虐殺の実行者の語った罪の意識の皆無。難しいが学ぶべきものが多い本であった。

  •  Kindleでセールしてたので読んでみた。本来であればハンナ・アーレントの原著を読んでから読むべきなのかもしれないが入門編としてオモシロかった。ナチスのユダヤ人迫害を取り上げて、そこから全体主義とはなんぞや?という説明・論考をしてくれていて大まかな全体像を知ることができた。そして単純な昔話ではないことも…
     ナチスはユダヤ人を強制収容施設に押し込んで機械的に虐殺した、この事実のインパクトがデカすぎて、どういう経緯でそうなったのかがあまり知られていないように思う。極悪!ナチス!っていうだけなら事態は簡単だけど、そんな簡単な話でもない。当時のドイツ人に蔓延していた陰謀論、周到に設計されたナチスの組織とプロバガンダなどが全体主義という考え方を育んできた経緯がある。その結果、道徳的人格(自由な意思を持った、自分と同等の存在として尊重し合う根拠となるもの)を破壊して、当事者たちが何も感じずに迫害できる状態まで持っていった。こういう細かい経緯を知れて勉強になった。また自分の歴史に対する勉強不足も痛感…世界史の授業とか意味ないなーと寝ていたあの頃の自分に真面目に聞いておけと言いたい。すべては過去から脈々と繋がっており、いきなり起こるわけではない。
     著者のまとめ方も意図的だとは思うけれど、最近の社会情勢と既視感があるのが怖かった。「ダイバーシティ」と口ではいくらでも言うけど日本の社会制度としてはほとんど変わっていないし、一方で特定の国家や民族に対して露骨なヘイトをぶちまける。分かりやすい敵を用意して、その敵へのヘイトで団結する場面はしょっちゅう見るので、それが全体主義の萌芽なのだとしたらそれはもう始まっている。だから麻生氏のナチスへの憧憬はもしかするとしっかり勉強した上での本心なのでは?と思ったりもした。
     終盤には悪法に対してどのように対応すべきか?というさらに哲学めいた話は出てきて興味深かった。虐殺を主導したアイヒマンは裁判で「自分はあくまで法律に従っただけでユダヤ人への憎悪など無かった」と答弁しており、その盲目な遵法主義に対してアーレントは疑問を呈している。人間にとって法とは何か?政治とは何か?理性的に考えて自発的に従っていることが自由であると著者は説明していた。またアーレントのこのパンチラインもイケてる。

    政治は子どもの遊び場ではないからだ。政治において服従と支持は同じだ。

     あと刺さったのは考えることの大事さ。人間どうしても分かりやすいものや同じ意見の人に惹かれるけど、自分が間違っていた場合に素直に正せる力が必要だと感じる。著者のこのラインは自戒の念をこめて日々反芻していきたい。

    私たちが普段「考えている」と思っていることのほとんどは「思想」ではなく、機械的処理。無思想性に陥っているのは、アイヒマンだけではないのです。

  • 読了。
    難解と云われるアーレントの著作を著者視点で解説。アーレントは、ドイツ憲政史上最も民主的とされたヴァイマル憲法下で、ナチスドイツが勃興した歴史的背景を紐解きつつ、アイヒマン裁判を通して「凡庸な悪」の正体を詳らかにする。そこにあるのは、複数性の重要性を軽んじ、無思想性の罪を自覚しない大衆への危惧だ。アメリカ、ヨーロッパ、そして日本に於いても、情勢の不安定化、不確実性の増加に伴い、より単純で、一見力強い主張が支持されつつある。アーレントが主張する「悪」は、善の対極というより、哲学的に思考することをやめた人が陥るものとしてイメージされており、今こそ「思想」、つまり哲学的思考が問われると再説されている。

  • いまの本邦がかなり全体主義的な雰囲気に満ちているので、そこに引きずられないようにするための手がかりとして、また全体主義とは具体的にどういうことでどういう経緯で起こって、現在に至るまでにどう影響してきたのかが知りたくて読んだ
    読んでみて思ったのは全体主義は同質性に基づいているということで、やっぱり共感を重要しすぎてしまうと、自分と異なった意見を持つ人、それがエスカレートして自分と生きてきた環境や文化が異なる人を異質なものだと排斥してしまう可能性も充分にあって、自分と同じ意見を集めやすい環境ではかなり自覚的に気をつけなければなと思った。ハンナ・アーレント自身はナチスのユダヤ人迫害からアメリカに亡命してきた立場であり、本書でも彼女の著書や理論からナチスがユダヤ人にどういったことをしてきたのか、なぜそんなことになったのかを世界史の流れやドイツという場所の地政学的観点から論じていた。この地政学的な観点というのはなかなか出会わなかった視点でおもしろくて、もっとこういった歴史の出来事や流れを地政学的に分析した本とか読みたくなった
    また彼女の著書「エルサレムのアイヒマン」についても書かれている章があるのだけれど、迫害や虐殺というのはいかにも凶悪な人間がやるわけではなく、凡庸で誰でもしうるということが書かれており、昨今のガザの状況を考えると非常に示唆的でもあった
    敵か味方かなどの二項対立的な考えやわかりやすさを希求することが全体主義を引き起こし、それに染まる可能性があるとのことで、ネガティヴケイパビリティというか曖昧さや複雑さに耐え、自分と異なる意見を持つ人の背景を想像し、考えていく。地道にしっかりとそういう営みをしていくしかないのだと思う

  • 悪い本ではないと思うが、「結局エリート主義しかないのでは?」という問いには答えられていない。まあ難しすぎる問題ではあるが。ただ、この点を突破できないと今アーレントを読む意義を上手く説明できない気がする。

  • ナチス全体主義の戦略的な均一化に対する、古代ギリシアにおける市民政治の複数性。言葉や教養を重視せず無思想であるが故に、不安から分かりやすい友敵の二項対立や陰謀論に飛びつく大衆、すなわち動物的なヒト。カント的法道徳を単に組織規律的に解釈したアイヒマンの従順な凡庸性。例外的な人間でなくとも社会的な悪につながることから人間の条件を考える。
    アーレントが著した『全体主義の起源』『エルサレムのアイヒマン』だけでなく、活動と複数性を議論した『人間の条件』や『革命について』にも触れ、アーレントの政治哲学を現代日本とも比較し解説した著書。
    "「政治」の本質は、物質的な利害関係の調整、妥協形成ではなく、自律した人格同士が言葉を介して向かい合い、一緒に多元的(plural)なパースペクティヴを獲得すること。"
    "アーレントのメッセージは、いかなる状況においても「複数性」に耐え、「分かりやすさ」の罠にはまってはならない──ということ"
    "「無思想性」と言っているのは、「複数性」が消滅しかかっている空間に生きているがゆえに、「法」や「道徳」など、人間の活動的生活にとって重要なものについて、別の可能性を考えることができなくなっている状態"
    "言語に関わる文法学・修辞学・論理学の三学と、数学に近い算術・幾何・天文学・音楽の四科です。これらを「自由七科(septem artes liberales)」と言います。英語だと〈seven liberal arts〉。「自由人=市民=人間」として必要な科目"
    "近代のヒューマニズム、普遍的な人間理性や人類愛を前提とするヒューマニズムが生まれてきたわけですが、後者のヒューマニズムは、「教養」、つまり言語を中心とした活動のための能力を鍛えなくても、人は分かり合える、共感し合えるという発想になりがち"
    "自分の依拠している政治的・道徳的原理を把握するだけでなく、自分と対立している(ように見える)人の拠って立つところも理解する訓練を積む、ということ"
    "肝心なのは、自分に敵対してくる人たちのうち、最も筋が通っていて、論理的に反駁するのが難しそうな人の議論に集中すること"
    "聞いていて辛い、と思えるような対立意見をよく聴き、相手の考え方の原理を把握する。そこからしか、アーレントの言う意味での「思考」は始まらないのではないか"

  • アーレントの思想を知る際に、最初に読むべき本。現代の文脈も挟まれており、分かりやすくて挫折しない。

    現代社会にも見られる「排外主義」は非常に恐ろしいイデオロギーで、そのことはまさにナチスの歴史を見ればよく分かる。陰謀に惑わされ、思考をやめてしまうことがどれほど危険なことなのか、アーレントによる全体主義の考察を読めば痛感させられる。

  • 全体主義についてハンナ・アーレントの著書に解説、考察を加えながら、ドイツやヨーロッパの歴史的、社会的背景の解説とともに論じられています。別の書籍の解説書的位置づけなので、教科書的な面があり、物足りなさを感じた。

  • ハンナ・アーレントの重厚な著作は、存在こそ認知しているものの手に取ったことがない。
    気にはなっている、しかし手に取るには様々な意味で重たい。しかし気にはなっている…
    そんな自分にとっては実にありがたい一冊だった。

    強烈なリーダーシップを発揮する独裁者が全体主義を作るのか?ここでは明確に「ノー」という答えが提示される。
    大衆の動きが作り出すものであり、またそのメカニズムに組み込まれた大衆はそのシステムから求められる行動が、規範が悪であるのかはもはや判定不可能になる。なんとも恐ろしい話であるし、遥か昔に片付いた話というわけではない。全体主義は隣で、自分の中で息づいているのだ。

    立ち止まって物事を捉える、Whyを問いかけ続けることの重要性に気付かされる一冊だ。

  • 結局全体主義の起源とは、国民国家の誕生による「均質に見える国民の出現」と階級社会の崩壊によって「お上から何か良いものが与えられるのを待っている無知蒙昧な大衆の出現」ということか。ここで言う全体主義の『全体』とは国家、あるいは国民の全体ではなく、全国民から異分子を除いた全体という事であって、随分と狭い意味で使われていることに気づかされた。
    最近の日本でもアメリカでも全体主義の兆しが見えるが、国民が"99%"に均質化され、かつ愚民化政策で複雑なことを考えることをやめた大衆が増えた結果と言えようか。

  •  ハンナ・アーレントから全体主義を紐解く。

     アーレントはナチス時代を体験し、アイヒマン裁判を見て、全体主義とは何かを考察した。
     民族国家をつくるという民族主義がやがて全体主義へと移り変わっていく。全体主義は個人の思想、道徳に侵食し暴走してしまう。
     この暴走を防ぐのはある種の分かりにくさしかない。ここに現代の問題をいい方向に導くヒントがあるように感じた。

     非常にタイムリーな一冊。

  • 国民意識の芽生えは、異端者に同化を強いた。民族主義は、仮初の自尊心を与えた。階層社会の崩壊は、無関心な大衆を生んだ。誰もが持つ心の弱さに社会不安が重なったとき、人間は思考を止め、無自覚に大きな悪を成す。 西洋史と差別史、ナチスの巧妙な手法、そして戦後のアイヒマン裁判までを描いたのち、話題は古代ギリシャ・ローマへ移る。原著者はユダヤ人だが、あくまでも中立的に全体主義を考察している。解説文も示唆に富んでおり、好感が持てる。コロナ禍の現代日本にも響く名著。大好きな本の1つ。

  • ハンナ・アーレントが著した「エルサレムのアイヒマン」等がわかりやすく解説されている。
    ナチスとオウム真理教の共通点やmob、ホロコーストの概念などを知ることができた。
    ナチスのユダヤ人東欧移送に協力したユダヤ人評議会を批判したことにより、ハンナ・アーレントは多くの友人を失い、厳しい批判にさらされたという。

    わかりやすさに慣れてしまうと、思考が鈍化して、複雑な現実を複雑なまま捉えることができなくなる。思考停止したままの同調は全体主義につながる。
    思考停止は楽な道ではあるけれど、人間性を放棄する行為だと思う。
    人間であり続けるためにも、考え続けなければならない。

  • アーレント思想のポイントをとても分かりやすくおさえている。とはいえ本書が指摘するように「分かりやすく」ではいけないわけで。アーレントから考えていく。その出発点に最適だ。

  • コンパクトながら大変読み応えがあった。

    全体主義やそれに対するアーレントの分析、批判。
    悪は誰にでも宿りうるという、一部の人に受け入れ難い考察。
    わかりやすさに溺れない、無思想性な服従に陥らない必要性。

    知的に誠実であり続けることは容易ではない。ましてや社会全体でそれを維持し、全体主義に陥らないようにするにはなおさら。でも、勤め続けなければならないと改めて理解。


    ーーーーー
    全体主義
    明確な定義があるわけではない
    ・大衆の願望を吸い上げる形で拡大していった政治運動、大勢
    ・ファシズムや社会主義の共通性を強調するために使われた言葉
    ・近代的自由主義を否定し、諸個人を共同体としての国家に完全に取り込み、共同体のために生きるよう教育することを当然視する体制

    強烈な"共通の敵"の登場
    →仲間意識が希薄だった人たちに連帯感がうまれる
    →一致団結、運動に発展

    古代ローマ帝国
    帝国という名前ではあるが多民族、多宗教からなる地域を、法を統治原理としていた。

    民族的ナショナリズム
    歴史やルーツ、血の同一性を同族意識の拠り所にする
    国民国家とは異なる。国民国家は言語の同一性など目に見えるものがあるが、民族的ナショナリズムはあえて定義が曖昧。過去の事実に照らした実証もせず将来への団結の実現を呼びかける
    ナチスは民族的ナショナリズムの延長で発生したとアーレントは分析

    全体主義群衆はピラミッドではなく台風の目。
    不安定さこそが安定の鍵

    強い不安や緊張感に晒されるようになった時、人は救済の物語を渇望する
    明快な世界観、陰謀論的なもの
    全体主義は"自分は分かっている"と思い込む人たちの集まり

    戦後イスラエルで裁きを受けたアイヒマンはナチスの熱狂的信者でもなければ、上の命令に嫌々従う臆病者でもなく、極めて遵法意識の高い人間であった
    →アイヒマンが従った法自体が誤っていた?でもそれは現代から見る我々だから言えること。また、我々の今の法は正しいのか?
    →法の正しさを説くには"哲学"が必要

    人が他人を心置きなく糾弾できるのは、自分が善で相手が悪だという二項対立がはっきりしている場面。

    政治においては服従は支持と同じ

    ミルグラム実験
    →人間は一定の条件下では権威者の命令に服従し、善悪の自己判断を超えた残虐性も示す
    →法に従い史上最大の罪に加担したアイヒマンの服従の姿勢は、彼特有のものではなく、誰にでもまとめられる陳腐なものだった

    "複数性"(多様性)の衰退、無思想性の顕在

    "教養科目"、リベラルアーツとは元々ギリシア、ローマ的な意味での「人間」になるための科目が由来。知的エリート、いわば当時の"市民"として弁論化として他者を説得するために必要な能力。

  • アーレントの導入本として。NHKのムック本はもう手に入らない感じなのでこれを。

    ハンナアーレントの主要な作品を彼女の人生と重ねながら解説する。必要な世界史の知識はときどき項目立てられていたり、注がついて読みやすい。主に全体主義の起源とエルサレムのアイヒマンが取り上げられている。

    今回の読書経験を英語授業に無理やり紐付けるのであれば、批判的な思考を持ち続けることの大切さだろうか。これは複数性ということばで表現されている。英語教育が平和教育に関わるとしてもここが大切だろう。

  • #100分de名著 で紹介した『全体主義の起源』に加筆し再構成したもの。よって内容的には「解説本」になっており、構成的にはオーソドックスではあるのだが、著者曰く「分かりにくさが魅力」のアーレントを「分かりやすく」解説することのジレンマは残る。
    「分かりやすさ」を求める危険性を、分かりやすく理解したい、というジレンマからどう脱却すればよいのか?というのは結構難解なテーマであるように思えるが、その分かりやすい答えを求めてしまうという無限後退?が続くだけのような・・・。

  • ハンナ・アーレントの著書”全体主義の起原””エルサレムのアイヒマン””人間の条件”を読み解き優しくアーレントの考える全体主義を説明してくれる一冊。

    闇雲に幸せになりたいと願う、しかし何が幸せかは選べない、陰謀論は冷笑し、何か分かった風の自分には刺さりました。アーレントの原文も読んでみて自分なりの解釈をみつけてみたい。

    以下好きなとこ抜粋。

    "「市民」社会における政党が特定の利益を代表していたのに対し、何が自分にとって利益なのかわからない「大衆」が自分達に「ふさわしい」と思ったのが全体主義です。"

    “「市民社会」を構成する「市民」が、自由や平等に関する自らの権利を積極的に主張し、要求を実現するために各種の政党やアソシエーションを結成することに熱心な人たちだとすれば、「大衆」は国家や政治家が何かいいものを与えてくれるのを待っているお客様です。"

  • アーレントは全体主義は大衆の願望を吸い上げる形で拡大していった政治運動と捉え、大衆自身が、個人主義的な世の中で生きていくことに疲れや不安を感じ、積極的に共同体と一体化していきたいと望んだからと考えた。
    ナチスを反ユダヤ主義を例にして、アレントが全体主義を考察した解説本。
    今、また世界は大衆として安易な解決に飛びつき、また、「敵」を排斥しようとしている。
    他者意識を認識し、議論していき、思考していくことの大事さを学んだ。
    色々身につまされる話。

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著者プロフィール

1963年広島生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。 現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また近年は、あごうさとし構成・演出の数多くの演劇に、ドラマトゥルグを担当し自ら訳者を演じるなど、現代思想の芸術への応用を試みにもかかわっている。・主な著作に、『新版 集中講義! アメリカ現代思想』(NHKブックス)など。・主な編・共著に、『政治思想の知恵』『現代社会思想の海図』(ともに法律文化社)。最近の主な翻訳に、ハンナ・アーレント著 ロナルド・ベイナー編『完訳カント政治哲学 講義録』(明月堂書店)など。

「2026年 『京都に、劇場をつくる 京都で、演劇をする』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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