明智光秀 牢人医師はなぜ謀反人となったか (NHK出版新書 608)
- NHK出版 (2019年11月11日発売)
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感想 : 10件
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784140886083
作品紹介・あらすじ
「謎多き素顔」に気鋭の中世史家が迫る!
文武兼ね備えたエリート武将は、いかに本能寺の変へと追い詰められていったのか。牢人医師としての出発点から、延暦寺焼き討ちで見せる冷酷さ、織田家中における異例のスピード出世、武官としての比類なき実力まで。近年急速に進む光秀研究の成果を踏まえ、謎多き素顔に英雄史観・陰謀論を排し、実証的に迫る。気鋭の中世史家による、渾身の一作!
みんなの感想まとめ
歴史の裏側に迫るこの作品は、明智光秀の実像を実証的に描き出し、彼が本能寺の変に至るまでの複雑な経緯を明らかにします。著者は、光秀の冷酷さや異例の出世を追いながらも、彼を「勝者が作る歴史」の枠から解放し...
感想・レビュー・書評
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その名が知られた史上の人物について、種々の史料を掘り下げ、新たにその人物像を打ち出すという感の内容であった。大変に興味深く読み進め、素早く読了に至った一冊である。
「明智光秀」とでも言えば、本能寺で織田信長を討ち、やがて羽柴秀吉と争って敗れてしまった人物ということが真っ先に想い起される。「“本能寺の変”の人」ということになるのであろう。
しかしその“本能寺の変”に至る迄には長い経過も在る。織田信長の家中の将として頭角を現して活躍していた明智光秀だが、「それ以前」というのは余り明確でもない。織田信長の家中での活躍に関しては、それを伝える様々な挿話も在り、加えて様々な想いの中で活動をしていたことであろうし、史料に遺るその言行からそうした想いが読み取れる場合もあるであろう。そして一言で如何こう言えないのかもしれないが、“本能寺の変”に至った胸中というのも想定出来るかもしれない。
本書はそういうように、「明智光秀」という「人物」により一層の厚みを持たせるべく掘り下げているような感の内容だ。実に興味深かった。
題名に在る「牢人医師」という語である。「牢人」というのは定まった主家に仕えているのでもなく、方々を移動しながら世の中を渡っている武士階級に属するということになっている人物を指し示す。そうした人物は各地で何とか生計を立てようとするが、そんな中で「医師」という活動をする例が在ったのだそうだ。
「医師」というのは、主に居合わせた地域で負傷者の手当をし、体調を崩した人の相談に乗って助言をする診察のようなことをし、必要と診れば薬を用意するということになる。明智光秀が生きた16世紀、或いは更に後の江戸時代の前半頃迄、村落の住民が通じているという程でもない「医師」の知識を有しているのは「何処かからやって来て住み着く牢人」という場合が少なくなかったようだ。明智光秀もそうした形で、住んでいた村で「医師」の活動をしていたと見受けられる。
そんな位置から足利義昭に仕え、更に織田信長に仕えるようになって行く。立場が変わって行く中での様々な経過が本書では挙げられる。
殊更に興味深かったのは、「実際に会って言葉を交わすとどういう感じ?」というのが窺える史料が引かれていることだった。
明智光秀は多岐に亘る様々な仕事に携わっている。そういう中、大和国で起こった係争を巡る訴訟を裁いた経過が在った。興福寺と東大寺との係争で在ったが、これに関して報告を受け、関係者と話し合いながら結論を導いて伝えさせている。そんな中、明智光秀と会って話した人物が「このように仰った」というような調子の“直接話法”的な感じで、明智光秀の言う内容を綴っている。それを観て判るのは、明智光秀というのは伝わっていて把握している内容を「一つ…。一つ…」と箇条書きのように挙げて、問題について論じる理路整然とした話し方で、人名が聞き悪く曖昧な書き方になっている辺りから、話し口調は少し早口だったのではないかと本書ではしている。こういう辺りが、能吏であって、任された戦線を支えると同時に多彩な仕事を効率的にこなす、凄く頭の回転が速い人物というようなことを色濃く感じさせる。
そんな明智光秀が“本能寺の変”へ突き進むのは、色々な出自の人達を取り立てる自由闊達な織田信長の家中が、少し変質して硬直化した中、自身の立ち位置を確保するために行動を起こさざるを得ないと考えたのではないかと本書では纏めていた。
これらの興味尽きない話題に巡り合える本書は御薦めだ。色々な意味合いでの「変化」がもたらされた、明智光秀が生きていた時代、その少し後というようなことも含めて、示唆に富んだ内容が本書には詰まっているのだ。出会って善かった一冊でもある。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
麒麟がくるがものすごく面白いので、関連本を読んでいるうちにたどり着いた本の一冊。
ミーハーなもので、中高の知識もすっかり抜け落ちた上に、これまで戦国時代にさして興味もなかったうえに、最近読んだ戦国ものがへうげものだったおかげで、大した印象もなかった光秀のことが、帯にある通り、まさに「勝者が作る」歴史書や伝記などではなく、当時の書簡や存在にびっくりした「裁判記録」などによって実証的に光秀像を浮かび上がらせてくれた。
ドラマや最近の各局の関連番組で作り上げられる「心優しき名君」とか、ちらっとみたルイスフロイスの「腹黒い謀略家」とも違う、生々しい光秀像を得られた気がする。
何より驚いたんは、「光秀には信長の側室になった妹がいた」という点で、この妹の存在と、その死が光秀を最終的に謀反に導いたんだろうなぁ、という感じで。この妹が大河にはまだ出ていないから、お駒さんが養子になるのかなぁ、などと思った。
加えて、いろいろ過剰評価、逆ハリの過小評価も極端な信長の実際の革新性、そして問題点も浮かび上がってきていて、目から鱗が何枚も落ちてしまった。
本能寺の変の実際は、信長が推進した領国内の街道整備と、それが下支えする拡大政策、さらに平定された勢力圏内での一族優遇、という革新性と守旧的な政策に、最前線で東から西へ奔走しなければならないうえに、妹を失って家的な繋がりがなくなり、「検地よりも指出」なシステムによる統治を優先する光秀が家臣団の中であまり良い立場をもてずに、焦りと疲れから、という感じなんだろうかなぁ。
悪辣な魔王を成敗、というよりは、他の家臣もわかってくれるやろてきな発作的な行動で、結局人心掌握がうまくなくて失敗したんだろうなぁ。
いやー、面白い本だった。 -
光秀が謀反に至るまでの経緯が整理されており、また理解しやすい内容だった。また、その背景には現代の職場環境との共通点が見られる。特に以下の3点が顕著である。
1. 人材不足に伴う一人ひとりへの業務過多
2. 成果に対する過剰な質とスピードの要求
3. 一部人材の優遇に起因する立ち位置への不安・不信感
これらは現在の組織においても課題となり得る要素であり、光秀の事例は「過度な負担や不公平感が組織全体に及ぼす影響」を考えるうえで示唆的である。 -
今年(令和二年)の大河ドラマの主人公は明智光秀ですね。彼の研究が進み、謎めいていた彼の若かった頃の様子が明らかになりつつある様です。
織田信長の家臣の中で、秀吉と並んで筆頭であった彼が、自分を引き立ててくれた信長をなぜ討つ必要があったのか、いまだに私にとっては謎があります。今回読んだ本の類書を読むことで、彼が決断したり理由を私なりに見つけていこうと思いました。
以下は気になったポイントです。
・在村医の第一世代は、牢人上がりが在村医になった17世紀、18世紀になって医者を村が自前で出せる様になったとされる。しかしそれ以前の16世紀も、牢人上がりが、地域の医療の一翼を担っていたと判断するのが妥当である(p51)
・足利義昭麾下担って最初に獲得した所領は、年に300万円程度の収入が見込まれる所領であった、その前提は、一石=500文=30貫=300万円で、永禄十三年当時の相場から計算(p64)
・愛宕神社にあった勝軍地蔵は15世紀以来、軍神として足利家を筆頭に武家からの信仰を集めて、それと合わせて愛宕権現信仰も16世紀に流布されていた(p75)
・天正三年の夏の時点で織田政権が大量の人員動員を可能にしていた事実が明らかになる、この要因として天正二年以来に進められていた道路整備事業がある、これは当時から見れば常識はずれの企てであった(p99)同様に、規格の統一という発想も斬新であった(p175)
・天正四年には、息子信忠には尾張・美濃を与え、かつて光秀が有していた洛中土子銭も、信長の娘に与えられた、武将たちと前線に立たせて酷使する一方で、その内側にある整備の済んだ領地は一族に与えていた。織田家中の武将たちはこの時代としては未曾有の距離の行軍を強いられる様になっていた(p189)
・山崎の合戦にて、伊勢貞興を筆頭とする伊勢家家臣の多くも戦場で討ち死にしており、ここに室町幕府官僚の系譜を引く人々が歴史の舞台から消すことになり、人材の上からも中世は終わりを迎えた、光秀は自身が継承した統治のための人材は秀吉に渡さず道連れにした、なので全く新しい家柄から秀吉政権の完了集団が登用されて行った(p194)
2020年12月31日作成 -
今年の大河ドラマの主人公、明智光秀について、牢人医師、早口など新たな人物像を提示している。これまであまりみたことのない資料を根拠に示しているところが興味深い。
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○目次
まえがき
序章:新時代の子供たち
第一部 明智光秀の原点
第1章:足利義昭の足軽衆となる
第2章:称念寺門前の牢人医師
第3章:行政官として頭角を現す
第4章:延暦寺焼き討ちと坂本城
第二部 文官から武官へ
第5章:織田家中における活躍
第6章:信長の推挙で惟任日向守へ
第7章:丹波攻めでの挫折
第8章:興福寺僧が見た光秀
第三部 謀反人への道
第9章:丹波制圧で期待に応える
第10章:領国統治レースの実態
第11章:本能寺の変へ
終章:明智光秀と豊臣秀吉
あとがき
○感想
明智光秀を史料を通して見たとき、様々な側面で、光秀個人や織田政権の構造の実態を垣間見ることができた。
本書で学び得たものは多いが、特に興味深い織田政権の実態でいえば、光秀のような義昭麾下の足軽衆や朝山乗全、木下秀吉などの中途採用組が運営していたことから、在地でのトラブルが起きたり、慢性的な人材不足からの労働過多が起きていたこと。
また一方で、光秀は、室町幕府の政所執事を務めた伊勢家などの旧幕臣などの能吏を自下に組み込み、後半な任国統治の運営・支配に当たるスペックを持っていたこと。
織田政権は、こうした光秀ら多様な家臣に対象さし、明確な指示ではなく、大きな基本方針を示すに留まり、家臣はその基本方針に忖度して臨むことで忠節を示すという、前近世的な政権運営であったこと、など興味深い点は多々あった。
本書は上記のような事柄だけでなく、光秀の動きを丹念におった時系列確認用としても使えるので、是非オススメしたい。
著者プロフィール
早島大祐の作品
