人間の本性を考える 下 心は「空白の石版」か (NHKブックス 1012)
- 日本放送出版協会 (2004年9月30日発売)
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感想 : 18件
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Amazon.co.jp ・本 (344ページ) / ISBN・EAN: 9784140910122
みんなの感想まとめ
生物学的視点から人間の本性を掘り下げる本書は、政治、暴力、性、育児、芸術というテーマを通じて、私たちの性質や気質の理解を深めます。上巻と中巻での空白の石板仮説を否定した後、下巻では具体的な事例を用いて...
感想・レビュー・書評
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生物学的視点から「政治」「暴力&戦争」「ジェンダー」「子育て」「芸術」にスポットを当てて解説した最終巻。最終章に生物学的人間の本性を見事に表現した文学を紹介。
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空白の石板仮説を上、中巻で丁寧に否定してきたことを踏まえて下巻では人間の性質が重要な論点となっている政治、暴力、性、育児、芸術という5つのテーマについて改めて個別に論じていく。育児では生まれか育ちか、について改めて遺伝要因と、環境要因の影響について解説がなされるのだけど、兄弟等で共有される共有環境と、それ以外の個別の体験や影響である非共有環境に分けることができ、共有環境の影響はとても小さいことや、遺伝要因は大きいけどとはいえ遺伝じゃない影響としての非共有環境の影響が大きいことが、直感的に理解しにくいけど重要なところだなと感じる育児を、あるいは社会の仕組みをじゃあどうすればいいの?にシンプルな答えを示しにくいところも科学的な知見をそのまま受け止めにくく、空白の石板仮説に甘んじたくなるところだと思うけど、解説でも述べられた通り科学的な知見はゴールではなく議論の前提でありスタートとして、そこからどうしていくべきかを考えていくということを様々なレイヤーでの議論や対応に反映していきたいものですが、とりあえずピンカー節はそのままでは他者に説明がしにくいので、引き続き勉強を続けようと思います。
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人間は空白の石版なのか?という人の本性に関わる基本部分を上巻と中巻で展開してきた著者は、下巻において具体的な例を取り上げて捕捉をしていく。性差、家族、暴力、子育てなどの具体例を通じて、人は環境に起因する気質を獲得するのとは別に、生まれ持った気質がDNA的に刷り込まれていることを説く。人の生まれ育ちに色づけをしないことは理想論のように見えるが、到達できない能力、性質、生理的反応があるということを知る上で重要なまとめという感想を持った。ちなみに、その気質がどのようなものであり、人間の本質(本性)とはそもそも何であるのかについての展開は別の著作(『思考する言語』他)に委ねられている。
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サイエンス
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上中下の下巻。さいご。
上巻、中巻であきらかになった人間本性が個別のトピックに示唆するものとはなにか、従来のかんがえのどこが間違っているかについて書かれています。
とりあげられるトピックは「政治」「暴力」「ジェンダー」「子育て」「芸術」の5つ。
「自分は空白の石板なんて信じていないよ」というひとでも、本書の知見にはびっくりするだろうと思います。
たとえば「女性の職業選択は差別の結果であると同時に、女性じしんの生まれついての傾向の結果でもあるかもしれない」とか「育児において家庭環境の影響はきわめて小さい」とか。
個人的な関心と重なるのが「芸術」で取りあげられる「サバンナ仮説」です。人間は進化の結果としてある風景–青と緑、低くて傘の広い樹木、水場…を好んでいる。という仮説です。くわしくはこのブログ(他人まかせ)→https://shorebird.hatenablog.com/entries/2014/05/25 -
上中下3巻の大作だが非常に読む価値あり。特に育児に関する部分はずっと座右の銘になっている。「お子さまの心は真っ白なキャンバスです。お母さまの育て方次第で才能は伸ばせます。」自分はこういうのが大嫌い。心は真っ白なスレートではないのだ。しかしだからといってどう育ててもいいわけではない。子供の未来は握れないが今日幸福にできるのは親なのである。深くうなずくばかりであった。
人は誰でも、人間の本性に関する一つの理論をもっている。
皆、他者の行動を予測しなくてはならないから、行動の出どころについての理論を必要とする。
左脳は左脳の関知しない状況で右脳が選んだ行動の説明を求められると、一貫性はあるが間違った説明をでっちあげる。
「プロクルステスの寝台」−物事を一定の枠にはめ込もうとすること(山賊が旅人を無理やりベッドに寝かせ、丈に合わせて熨したり足を切ったりするという神話から)
ゲノムの遺伝子数は、生物の複雑さとはあまり関係がない。
「石のスープ」「石でスープをつくる」と言って材料を出させスープを作ってしまう
サイコパスは男性の3〜4%
限られた時間とリソースで判断を下さなくてはならず、ある種のエラーが高くつくような場合は、その人を判断する基礎として何らかの特性を使わざるをえない。そういう場合は必然的にその人をステレオタイプに従って判断することになる。
2つの集団の重なりが非常に小さくて、片方を無条件に差別しても心苦しくない、というケースもある。
(例外が発見される可能性はすべてのチンパンジーをしらみつぶしに調べるコストに見合うほど高くない)
もし、才能や動因などの心理的特性に個人差がないなら、裕福な人はみな強欲か盗っ人に違いないということになる。
自然主義的誤謬=ある特性が道徳的なら、それは自然に根ざしたものに違いないという誤謬。不自然なものは悪いという誤謬。
仲介者の寄与はわかりにくく、しばしばピンはねや寄生虫に見られる。歴史上繰り返し見られるのは仲介者に対するゲットー化。(ユダヤ人・中国人・レバノン人・・・)
至近要因と究極要因の混同
「道徳的茫然自失」道徳感情
”よいこと”と”きれいなこと”の混同が起こりやすい
こんにち、「社会批判と呼ばれるものの多くは、下層階級の好みを非難する一方で自分を平等主義者とみなしている上層階級のメンバーによって構成されている。
”「育児のアドバイス」に参ってます”
仮に遺伝というものが存在しないとしても、親子との相関は、育児が子供の人格を形成することを意味しない。
子供は、形成されるのを待っている画一的な存在ではない。
親は関係がないということではない。たいていの場合、親が子供に下一番重要なことは”死なせなかった”ということである。
それでは、親が子にどう接するかは問題ではないのか?否、親は子供に大きな力を行使し、その行動は子供の幸福に多いに影響する。
「私たちは、子供の明日を掌握してはいないかもしれないが、今日を掌握しているのは間違いないし、明日を悲惨にする力も持っている。」 -
160430 中央図書館
ダイバーシティと「平等主義的左派」の緊張関係についての本。
左派は、性差、人種、社会的階層ということについて、極端にハリネズミ的である。たとえ著名な科学者であっても、そのイデオロギーカルトにはまってしまっていると、かえって「差異」があるものを差別している、ということに自ら気づかないということだ。 -
貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784140910122 -
5 五つのホットな問題
6 種の声 -
人間についてのあくなき興味から。
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【出版社による内容紹介】
なぜ男はレイプするのか。男女の違いなど人間観を見直す――豊かな人間本性の存在を認めることは、現実問題にも新しい視野をひらく。男女の心の違いには生得的なものが関与している。男のレイプもその一つ。生得的違いを知ることは、女性差別の撤廃に役立つ。子どもの知能や性格の生得性を知ることは、育児の負担を軽減する。日常に真の現実性と元気をもたらす新しい人間観を提示。 -
What am I supposed to do..?!
文章を追いながら自分はいったい何本のアンダーラインと覚書を書き出していけばいいのか、なんていう考えがよぎる。エキサイティング!
心は空白の石版、人の心はただ学習によってのみ決まるのか、それとも・・・ -
これから読破予定。
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<a href="http://booklog.jp/scorn/asin/4140910100">上巻を参照</a>
なお、下巻では、政治、暴力、ジェンダー、子育て、芸術の5つのテーマが取り上げられている。政治と暴力に関しては、やや生得的要因を重くみすぎではないかという印象を受ける。最も論争を呼ぶと思われるジェンダーと子育てについては概ね首肯できるが、子育てに関して著者が引用しているこれまでの様々な調査については本当にそこまで明確な結果が得られているのかなという疑問が若干。芸術については、全然ピンとこない。ブランクスレート批判のために取り上げるテーマとしてはあまり適切ではないのではないか。
著者プロフィール
スティーブン・ピンカーの作品
