- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784140911709
作品紹介・あらすじ
高杉晋作のもと奇兵隊の軍監として幕府軍と、そして英米仏蘭の四国連合艦隊と戦い、明治新政府で首相として二度組閣した男、山県有朋。閥族・官僚の総本山、軍国主義の権化、侵略主義の張本人と批判されてきたその実像を、俊英が描き直す。一九世紀型の欧州秩序が崩壊する中、形成期の大衆社会の危うさを憂慮し、あえて「強兵」路線を担った山県から、近代日本とは何か、権力とは何かを考える。
感想・レビュー・書評
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東2法経図・6F指定:312.1A/Y22i/Inoue
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[評価]
★★★★☆ 星4つ
[感想]
山県有朋に対するイメージが大きく変わる内容だった。
イメージとしては陸軍参謀本部を設置し、統帥権の独立を確立したイメージで後年における軍部の暴走が発生する原因を作った人のイメージが強かった。
しかし、本書で語られる山県有朋は政治家のイメージが書かれており、外交・安全保障で慎重で対米協調を主張していることには大変に驚いたことだった。本書では山県有朋が外交・安全保障で慎重姿勢をとった理由や政党政治を抑えこもうとした理由が見てくる
日中戦争や太平洋戦争へいたる経緯を知っているのであれば、山県有朋が外交・安全保障において慎重姿勢であること、その当時の国民の熱狂を考えれば国民が政治に強く影響を与える政党政治を抑えこもうとしたのも理解できる。
また、目的のためには敵対する人物とも手を組むことを厭わない、現実主義であるということは明治維新という荒れる時代を超えてきた人物ならではの考えだったのだと思う。 -
本書は、幕末から明治にかけての明治国家の形成過程を、山形有朋という明治の元勲の活動を通じて描いたものであるが、歴史的事実は詳細に追っているのだが、読んでもあまり人物のイメージがわきにくく、理解しにくい。これは文章が練れていないのではないのかとも感じた。
幕末・明治期の著名な人物のなかで、たとえば坂本竜馬などに比べると、本書で取り上げた山形有朋は知名度は低いが、明治国家のグランドデザインの形成に関与した重鎮であることがわかる。
軍人勅諭は1882年(明治15年)に山形有朋の指示で出されている。また日清・日露戦争も山県有朋は政府の中枢で担っている。彼は、国民軍を創出し、拡張し、地方自治制度を確立し、警察制度を整えた。もちろん彼一人でおこなったことではないだろうが、まさに日本国家の師父のような存在だったのかもしれない。
しかし、その山県有朋は業績のわりには、評価されていないように思える。その理由についての考察が本書にはあまりないこともちょっと物足りない。
また、明治日本が帝国主義的な国策を選択し、朝鮮・満州に進出する国家戦略を推し進めた事が、その後の昭和の戦争につながっていることを考えると。その国策選択の過程と考察を、もっとわかりやすく知りたいとも感じた。本書は、歴史を忠実に追っているかもしれないが読んでもわかりにくい。 -
昭和軍閥の礎を築いた,として悪名の高い山県有朋を再評価する本。
奇兵隊を指揮し,維新後は徴兵制を始めて国民軍をつくり,軍制改革を推し進めた軍事的リアリスト。奇兵隊も徴兵制も民衆の動員を必要とした。自由民権運動→議会開設→政党政治と時代が進むなか,イデオロギーの波及を避け軍隊内を統制するため,軍人勅諭・参謀本部の設置,統帥権の独立を確立する。山県のこういった仕事が,敗戦後に平和主義の立場から全否定されることになる。
しかし山県は軍国主義の権化だったわけでもない。軍備を充実させるとともに外交も重視していた。義和団事件・一次大戦・シベリア出兵では列国協調外交の観点から出兵を決めた。アメリカの台頭も早くに認識し,対米協調外交を日本外交の基本とした。
ただやはり山県が建国の元勲として長きにわたり,特に陸軍に対して影響力をもち,それがファシズムへとつながっていった感も否めない。明治の富国強兵は開発独裁みたいなもので,それが昭和軍閥の形成につながってく。歴史はずっとつながってる。だから歴史を学ぶんだし,歴史は面白い。