江戸日本の転換点 水田の激増は何をもたらしたか (NHKブックス)

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  • NHK出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140912300

作品紹介・あらすじ

なぜ水田を中心にした社会は行き詰まったのか。老農の証言から浮かび上がる歴史の深層。米づくりは持続可能だったのか?新田開発は社会を豊かにする一方で農業に深刻な矛盾を生み出した。エコでも循環型でもなかった"江戸時代"をリアルに描き出す力作。

感想・レビュー・書評

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  • 水本邦彦の試算によると、耕地を維持するためには、その面積の10倍以上の草山が必要だった。

    銚子の漁民は、17世紀後半から18世紀前半に紀伊国から移住してきたとの言い伝えのある家が多い。新田開発がピークに達しようとしていた頃に、畿内とその近国で肥料不足と干鰯ラッシュが巻き起こされていた(井奥成彦)。

  • p.67 シカやイノシシの侵入を防ぐために、苗代のまわりには竹や雑木が並べられていたが、十分に防ぐことはできない。江戸時代の農村には鉄砲が預けられていた。百姓が鉄砲を持っていたのは、まさにこの獣害を防ぐためであった。しとめられた獣は食肉となり、貴重なタンパク源になった。(武井 鉄砲を手放さなかった百姓たち)

  • ○目次
    序章:江戸日本の持続可能性
    第1章:コメを中心とした社会のしくみ
    第2章:ヒトは水田から何を得ていたか
    第3章:ヒトと生態系との調和を問う
    第4章:資源としての藁・糠・籾
    第5章:持続困難だった農業生産
    第6章:水田リスク社会の幕開け
    終章:水田リスクのその後と本書の総括

    よく、江戸日本社会は資源循環型の持続可能な社会であったという言説が聞かれる。しかし、江戸市中の不法投棄やたたら製鉄による禿山化など反論には枚挙にいとまがない。
    筆者・武井氏も果たして江戸日本社会は持続可能な社会だったのか、再検討を試みたのが本書である。
    内容をかいつまむと、17世紀後半までの日本社会は農業発展期と位置づけ、コメも白米・玄米・大唐米といったコメが植わっており多様性のある社会であった(第1章)。また、水田では稲作を行う場のみではなく、生物多様性を展開できる場所でもあり(第3章)、それに対応して農業・狩猟・漁労など様々な生業をも担保していた(第2章)。
    資源としての肥料の循環も行われ、コメ作で出た藁や糠は農業の動力としての馬などの家畜の飼料としても使われるなど、上手く資源の活用が機能していた(第4章)。

    しかし、第4章までに見た循環型社会は深層を探るとまた別の側面が浮かび上がってきた。17世紀末から18世紀前半にかけての水田開発による「日本列島大改造」期(停滞期)を経ると、ヒトによる資源の採集は激化していくことになる。主に、水田開発の乱発による生態系の崩壊、水害・土砂災害を招く、肥料の不足・値段の高騰など(第5章)、17世紀後半まで一見すると上手くいっているように見えた生産活動の歪みが、水田開発を引き金にして大きく現れることになった。
    こうした水田開発をきっかけにした「水田リスク社会」への対処法として、発展期の土屋又三郎、停滞期の田中丘愚の農書から読み解いている(第6章)。

    本書は多くの農書や「農業図絵」を活用して、江戸日本の農村風景を復原しており、江戸日本のヒトと自然の関わりをリアルな形で読者に提供してくれる点がおススメである。

  • とても面白かった。持続可能な循環型の社会として理解されがちな日本近世は、実は18世紀以降の開発が頭打ちになった時点で、水田の維持に相当の資金が必要になる社会へと変化していたという。

    また、18世紀以降、川沿いや里山まで新田開発の対象になった結果、水害のリスクが高まっていたっという指摘も。米を生産するときに発生する、藁・糠・籾などにも着目し、藁が18世紀までは商品価値をそれなりに持っていたが、18世紀以降はそうでもなくなった、という話も。

    総じて持続可能な循環型の日本近世というイメージは誤りで、資金力による農業生産の格差と、大きな災害のリスクを常にかかえた「水田開発リスク社会」であったと指摘する。いわゆる農業史がこんなに魅力的だなんて、著者の能力に脱帽である。

  • 歴史

  • [評価]
    ★★★★☆ 星4つ

    [感想]
    一般的にはエコで持続可能社会だったと知られる江戸時代。実際にはどうだったのかを農村を題材に検証している。
    この本を読んだ分かったことは、江戸時代の人間は生態系を意識して維持したわけではないということだ。ただし、全く知識がなかったというわけではなく老農と呼ばれる村の年寄りの豊富な経験からの知識が存在していたようだ。
    江戸時代の全期間を考えると前半は比較的に持続可能な社会だったようだ。ただ、後半に新田開発が進んでくると従来は肥料を取るためだった野原が田畑になり、肥料を別の場所から取ってくる必要が発生し、貧富の差が大きくなってきたとの事だった。
    これは中々に衝撃的な事だった。新田開発は良いことだったと思っていたから、良かれと思っての行動が結果的に悪い結果を生み出すというのは色々と考えさせられる。
    また、農民が年貢以外の農作物を作っていたことは意外だった。畦道に豆を植えたり、米の品種が豊富だったりとその光景は中々に面白かったよ。

  •  江戸時代はエコ時代などと持て囃す風潮が一部で見られるが、果たしてそれは真実なのであろうか。
     結論から言えば、単純に飽和状態を迎えるまでに時間がかかったというだけで、持続可能とは言えない。

     新田開発によって生産高も人口も増え、コメを中心にした社会が成立し、水田を中心とした生物相も形作られ、コメの副産物である藁、糠、籾も余すところなく利用され、いわゆる持続可能な社会であったかのようにも見える。水田に暮らすタニシやドジョウなどから始まり、人間とともにタカやキツネなどを頂点とする食物連鎖も構成されていた。
     しかし一方で生産を支えるための肥料を生産するために山は切り開かれ肥料になる草を生やす(草肥)。食べ物を失った鹿が里に降りてきて農作物を食い荒らす。この草肥が足りなくなれば鰯を干して肥料にしたものを遠くから取り寄せた。もはや地域の水田をその地域内で支えることができなくなっていたのである。
     平和な江戸時代に農業技術は著しく進歩し、石高(水田)は目覚しく増えた。しかし江戸末期には拡大が限界を向かえ、増産は停滞するのである。

     現代に繋がるかもしれない逸話を一つ。
     江戸時代の農政家、田中丘隅の「民間省要」より、筆者の現代語訳。
    「近年、役人は領主がとりわけ好む、さしあたって急ぐべき用事のみを優先し、それ以外は先延ばしにしている。村々もまた、その数が多いにもかかわらず、みずからの面目に関わることにしか強く身を尽くさない。領主と村々が、いつしか用水のことに疎くなっていることは言うまでもない」

     江戸末期の停滞期には田地に引き込む用水路やため池に不具合が多く生じ、日照りや増水の被害が発生しやすくなっていた。貨幣経済の拡大など社会の歪みがあちこちに現れ、財政危機を迎えていたことにより、インフラの維持管理に手が回らなくなっているのが見て取れる。
     インフラというのは大きなシステムであり、それゆえに多少維持管理をおろそかにしたところで、すぐには破綻しない。それは大きな質量を持つ鉄道がモーターを止めても慣性ですぐには停止しないようなもので、それでも間違いなく減速していくし、一度止まってしまえば再度動かすには大きな力を必要とする。
     にもかかわらず目先のことに追われ、土木工事の入札は悪徳商人に食い荒らされ、国土が荒廃していく有様というものが、遠い昔のことでありつつ、現代の日本にも相似形が見えるような気がしてならない。

  • 本書のテーマは明快である。江戸時代ははたして循環型社会であったのか? 著者は加賀藩の例など豊富な一次資料をもとに新田開発は社会を豊かにする一方で米作中心の農業に深刻な矛盾をもたらしたと結論づけ、それを「水田リスク社会」と呼ぶ。江戸時代の米中心社会の実像をリアルに描き出した力作である。

  • ●江戸時代はエコ社会のように言われるが、新田開発という列島大改造によって増やされた水田にささえられる社会は、根底において持続可能ではなかった。

  • 「江戸時代=循環社会=エコ社会」という、現代人がしばしば理想視する江戸時代の姿は、余っている土地を拓いていく新田開発が順調に進んでいた17世紀までだった。その後は開発する土地がなくなったにもかかわらず、強引に新田を作ろうとして、生態系のバランスを崩してしまう。発展が頭打ちになると過酷な競争がはじまり、結果、強いものが勝ってより栄え、弱いものが負けて没落するという展開は、ほかの時代と変わらなかった。

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著者プロフィール

一九七一年熊本県生まれ。琉球大学国際地域創造学部准教授。東京学芸大学大学院修士課程修了。博士(教育学)。専門分野は日本近世史。著書に『鉄砲を手放さなかった百姓たち』(朝日選書、二〇一〇年)、『江戸日本の転換点』(NHKブックス、二〇一五年、第四回河合隼雄学芸賞受賞)、『茶と琉球人』(岩波新書、二〇一八年)など。

「2021年 『琉球沖縄史への新たな視座』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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