「幕府」とは何か 武家政権の正当性 (NHKブックス 1277)

  • NHK出版 (2023年1月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784140912775

作品紹介・あらすじ

武力だけでは権力を維持できなかった。正統性なき政権の、支配の正当性とは何か。

700年におよぶ”武士の政権”について、私たちはどれほど本当に知っているだろうか。「清和源氏でなければ征夷大将軍になれなかった」「”鎌倉幕府”は後世の学術用語で、当時は使われていなかった」などの数々の誤解を正すところから始め、古典から最前線までの学説も総括。「京都を食糧で満たす」ことが正当性の根拠となった古代の「都市王権」から、「法の支配」も意識された鎌倉・室町期を経て、「伝統としての権力」が強調される江戸時代までをたどりながら、支配の正当性がその折々にどうアップデートされてきたのかを、歴史学・政治学・社会学・哲学の垣根を越えて描き出す。日本史を見る眼が一変する、かつてないスケールの歴史書!

みんなの感想まとめ

権力の正当性を探求するこの歴史書は、700年にわたる武士の政権についての深い洞察を提供します。著者は、鎌倉幕府の成立やその後の足利や豊臣政権における正当性の変遷を追い、都市王権や法の支配がどのように権...

感想・レビュー・書評

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  • 鎌倉幕府の成立が1192年から1180年代のどこかに変更になったことに興味があった。
    なんと、将軍の存在が幕府に必須条件でないからだと記載があり驚きとともになるほどでもあった。
    書籍として後半の主張は少しわかりにくかったが、このような見方を示されたことに今後の考え方に役立つと思った。

  • <目次>
    第1章  平家政権と「いくつもの幕府」
    第2章  鎌倉幕府、正しくは東関幕府~正統性なき北条氏の正当性
    第3章  足利将軍家の時代~二つの変動期と正当性の変容
    第4章  織豊政権~近世の始動と中世の終焉
    第5章  江戸幕府は完成形なのか~生存の近世化

    <内容>
    「幕府」について、副題のように「正当性」を問いながら、学説の流れをまとめていったもの。むろん、自説の主張のために打破していくだが、その筆致の圧力がすごい。言い方を変えると口が悪い。コテコテの関西人だと思う書き方だ。その論理は筋が通っている。基本、中世の泰斗、佐藤進一説推しである。

  • ・武家政権誕生の原点を一大消費地としての京都に求めるのが筆者の考え。
    ・院政期に入ると家父長の権限が強化され、イエの財産が集積される。すると大荘園領主の集住する京都周辺では財産保全のための武力が必要になる(ちなみに摂関政治期はいかに自分の娘を入内させるかが重要なので系図は横に伸びる傾向にあるが、院政期はいかに自分の息子にイエを継がせるかが重要なので系図は縦に伸びる傾向にある)。
    ・また、京都はすぐに食糧不足が発生する脆弱な都市で、京都への流通確保を優先課題とする王権ができる(都市王権論)。
    ・1133-1135年の飢饉では、稀少となった物資を海賊が強奪したことも相まって京都は飢饉状態になった。海賊を討伐する追討使として白羽の矢が立ったのが瀬戸内に権力基盤を持つとともに日宋貿易にも乗り出していた平忠盛だった。
    ・そう考えると、彼に続いて日宋貿易を推進し、福原遷都を敢行した子・清盛の権力伸長も忠盛路線の拡張になる。また、都市王権にとって東側の最重要の地であった伊勢・伊賀を押さえたという意味でも、平家政権誕生の最大の画期は忠盛の追討使再任に求められる。
    ・1184年の寿永二年十月宣旨が畿内に物資をもたらし、都市王権を維持するためのものとするならば、それは義経の擁する武力によって実効性が担保されたことになる。
    ・武家の世界は貴種である鎌倉殿とパーソナルな主従関係を結ぶことに強く規定されていたため、北条氏は権力の正当性の根拠として法や合議制を必要とした。
    ・承久の乱によって鎌倉幕府が全国支配の正当性を得たとする通俗説は誤りであり、乱に勝利したことで新たに正当性の説明責任が生じたと考えるのが妥当。
    ・泰時が御成敗式目をはじめとする幕府法の整備によって正当性の更新に成功したとすれば、次なる危機は1246年の宮騒動に求められる。名越光時は前将軍・九条頼経を反・北条氏嫡流の結集核として擁した。時頼は抵抗勢力を一掃し、徳政路線・合議制路線を選択。
    ・北条氏が直面した第三の危機はモンゴル襲来であった。1284年に時宗が没すると、安達泰盛は大きな負担が課された九州地方に重点的な保護を加えて政権の正当性を確保する弘安徳政を敷いた。
    ・1285年、安達泰盛が平頼綱によって滅ぼされる霜月騒動が起きる。安達泰盛が一般御家人の代表、平頼綱が北条氏の御内人とする構図が通説だが、安達泰盛が北条氏の外戚であり、寄合の主要メンバーであることから泰盛が得宗権力の公方的側面を担い、平頼綱が得宗権力の御内的側面を担う説が提唱されている。
    ・1293年の永仁の大地震の混乱の中で平頼綱は子息を将軍に擁立するクーデター(平然門の乱)を企て、北条貞時によって誅殺される。貞時は徳政路線の象徴たる引付を廃止して専制化したように見えたが、安定せず、まもなく引付は復活した。
    ・14世紀初期、後醍醐天皇は飢饉への救済策を通じて都市王権たることに依拠して正統性を示す。一方で足利直義は統治的支配を重視。
    ・1368年、義満政権の誕生とともに日本列島は緩やかな国境意識とともに東西に分割された。
    ・信長は神仏や天皇といった中世的権威・既存の価値観を否定せず、統合したという意味で革新的ではなく、近年の学説でも信長を足利幕府の枠内で説明しようとするのが一般的。
    ・秀吉のスラム・クリアランス(勧進者たちの凋落と排斥)は、異質なものを包摂する不透明な社会から排除する透明な社会への転換を意味した点で、中世から近世への転換の核心といえる。
    ・中世では「公」が多元的に存在するが、近世になると「公」が重層的な性格をもつようになる(将軍→大名→代官→領民と「公」から「私」へ)。

  • 東2法経図・6F開架:210.4A/H55b//K

  • 第1章 平家政権といくつもの幕府(幕府をめぐる基礎知識/平家政権をどう捉えるか)/第2章 鎌倉幕府、正しくは東関幕府ー正統性なき北条氏の正当性(都市王権と武力ー一一八六年、鎌倉幕府誕生の前提1/義経の結婚ー一一八六年、鎌倉幕府誕生の前提2/正当性の更新と「幕府」呼称の誕生)/第3章 足利将軍家の時代ー二つの変動期と正当性の変容(鎌倉末期~南北朝期の転換/統治権的支配とは何かー足利将軍家の正当性/足利将軍家の正当性の推移/足利政権中期の正当性の変化/物流構造の変動と転換期としての十五世紀後半/戦国大名と「公儀」の行方)/第4章 織豊政権ー近世の始動と中世の終焉(近世の始動と中世の終焉/中世の黄昏としての織田政権/豊臣政権と中世の否定)/第5章 江戸幕府は完成形なのかー生存の近世化(生存の近世化という視点/正当性から正統性ー家康の神格化と近代天皇制の創出/曲がり角としての一六八〇年代/幕府と「被災者」救済ー正当性の行方)

  • 支配の正当性の観点から武家政権を描き直す内容。個々の内容には興味深い点もあったが、総じて著者の見解がそれほど説得的とは思えず、強い自己顕彰の側面と、他研究者に対する傲慢な姿勢も相まって読むのに多大なストレスを感じた。読まなければ良かったと思うほどの不快な読後感を持ったのは近年ちょっと記憶に無い。研究者ではない身として内容の是非判断は難しいが、こうした見識下での立論にどこまで信を置けるかとなると、かなり厳しい。

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著者プロフィール

立命館大学教授。1967年、大阪府生まれ。東京大学文学部国史学専修課程卒業、同大大学院人文社会系研究科日本文化研究専攻博士課程修了、博士(文学)。著書に『公共圏の歴史的創造――江湖の思想へ』(東京大学出版会)、『自由にしてケシカラン人々の世紀』『〈つながり〉の精神史』(ともに講談社)、『日本の起源』(與那覇潤と共著、太田出版)など。

「2023年 『「幕府」とは何か 武家政権の正当性』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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