パスカル『パンセ』

  • NHK出版 (2012年5月25日発売)
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Amazon.co.jp ・雑誌 (112ページ) / ISBN・EAN: 9784142230150

感想・レビュー・書評

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  • 分かりやすかった。
    人生とは「死」を忘れるための気晴らしである。

  • パスカルの著書のパンセの解説を読んだ。 人間という本題の中に様々なことが語られている。 人間の生きる意味、人間は考える葦でる。 葦は宇宙の中でも非常に弱い存在であるが、考えることにより、宇宙よりも尊厳を高めている。 しかし、一方ではこの考えることが原罪であると説いている。 この差の中で人間は苦悩しながら生きている。

  • (2012.06.24読了)(2012.05.26購入)
    パスカルの『パンセ』は、大学生のころ読み始め、社会人になってから読み終わりました。読み切るのが大変でした。パスカルが、神の存在を証明するために準備していた本の遺稿集ということで、科学者として名を遺した人物が、神の存在を証明しようとしていたことに驚いた記憶があります。
    最近読んだ『ふしぎなキリスト教』によると、神の存在を証明することは、パスカルに限らず、多くの人たちが取り組んだテーマだったということが書いてあったので、さらに驚くとともに、パスカルも時代の子だったことが分かり、納得するところもありました。
    科学者と宗教は、対立するものという考え方もありますが、西欧の科学者にとっては、キリスト教が研究の推進力になっている面があるようです。
    科学の法則は、神の作った世界の秘密を明かすもので、その形はきれいですっきりしたものでなければならない、という面があるようです。下記のような本も出ていますので、興味ある方は手に取ってみてください。
    「科学者とキリスト教」渡辺正雄著、ブルー・バックス、1987.04.20

    この本によると、パスカルが神の存在を証明するための本を準備する中で、あれこれ考察した断片が、そのまま残されたためにいろんな読み方ができる、と言っています。
    ちゃんとした本にまとまっていたら、本筋に関係ないところは、本には入らなかったので、人生の悩みに答えてくれるような部分はなくなっていただろうということです。
    ということで、この本は、人生の悩みに答えてくれるようなところを取り上げて、『パンセ』の読み方を紹介しています。
    どうせだったら、鹿島さんが『パンセ』の中から人生の悩みにこたえてくれそうなところだけを抜粋した本を編纂したらどうでしょうか。
    ここまで書いたところで、念のためにアマゾンで検索してみたら、ちょうど出版されたところのようです。
    「パスカル パンセ抄」飛鳥新社 (2012/6/23)

    【目次】
    【はじめに】誰が読んでも答えが見つかる万能書
    第1回 人生は選択の連続だ!
    第2回 もっと誰かにほめられたい!
    第3回 生きるのがつらいのはなぜか?
    第4回 人間は考える葦である

    ●職業(11頁)
    人間は、屋根葺き職人だろうとなんだろうと、生まれつき、あらゆる職業に向いている。向いていないのは部屋の中にじっとしていることだけだ。
    ●不幸(34頁)
    わたしは、人間のあらゆる不幸はたった一つのことからきているという事実を発見してしまった。人は部屋の中にじっとしたままではいられないということだ。
    ●自我(45頁)
    自我は憎むべきものである。ひとことで言えば、自我は二つの性質を持っている。自我は自分をすべての中心におこうとする点において、それ自体で不公平である。また、自我は他人を従わせようとする点において、他人にとって不愉快な存在となるほかない。
    ●名声(53頁)
    人間の最大の卑しさは、名声の追求にある。しかし、まさにそれこそが、人間の卓越さの最も大きなしるしなのだ。

    ☆鹿島茂の本(既読)
    「「レ・ミゼラブル」百六景」鹿島茂著、文春文庫、1994.07.10
    ☆パスカルの本(既読)
    「愛の情念に関する説」パスカル著・津田穣訳、角川文庫、1950.09.30
    「パンセ 上」パスカル著・津田穣訳、新潮文庫、1952.01.25
    「パンセ 下」パスカル著・津田穣訳、新潮文庫、1952.02.20
    「三木清全集 第一巻」三木清著、岩波書店、1966.10.17
    (「パスカルに於ける人間の研究」収録)
    (2012年6月26日・記)

  • 人間の本質とは厄介だ。つくづく自分が厄介なのは人間だからだ。不幸だと感じるのは、いらんことを考える時間がありすぎるから。幸せを感じたいなら行動し、そして考え、また行動すること

  • '人間は考える葦である'や'もしクレオパトラの鼻が低かったら'など有名な言を残しているパスカル。その思索の草稿をもとに編纂された'パンセ'の断章を通して、パスカルの思考の狙いが紐解かれている。様々な局面で、ぶち当たった悩みを抱える人物群、それぞれの事例に対して、パンセの断章を照らし合わせることで、考えるという本質へのヒントが提示される。自明と感じるか、感性には個人差があるので、評価は分かれるだろう。

  • 莠コ髢薙?豺ア縺?エ槫ッ溘?ゅ?御ココ髢薙?縺ゅi繧?k荳榊ケク縺ッ縲?Κ螻九?荳ュ縺ォ縺倥▲縺ィ縺励◆縺セ縺セ縺ァ縺ッ縺?i繧後↑縺?→縺?≧縺薙→縲ゅ?堺ク?逅?≠繧翫→諤昴≧縲

  • パスカルさんになぜ惹かれたのか。

    それをも偶然に左右された結果で

    この本を読む前の私ではなくなっている。

    考える、ことがすべて。

    ともすれば

    考える中身の問題なのだ。

    完成系を目指すのではなく

    未完成であり続ける。

    変化し続けるこの世界に

    生きる1人として。

    悲惨を知る偉大な考える葦として。

  • NHKの番組からの本らしいのですが、元の番組は全く知りません。

    「鹿島茂さんがパスカルのパンセの話を柔らかく書いているんだな」

    というだけの興味で、衝動買い。電子書籍。

    電子書籍の長所もいっぱいありますが、短所はまずは、パラパラめくって内容を読めないこと。
    だから、実は「どのくらい分厚い本か」というのがよく分からないんですね。
    だから理想は、書店店頭で手にとったことのある本を電子書籍で買うのがいちばん良いんですが。

    で、この本は、薄かったんですね。

    あれれ?って読み終わっちゃいました。

    鹿島茂さんは、かなり以前、多分20年前くらいから知っていて、割と好きなんです。
    哲学的なコトでも歴史学的なコトでも、「なんだか良く分からないけどムツカシイ言葉でケムにまく」ということの無い人だと思っています。

    パスカルさん、パンセについては全く不勉強だったので、鹿島さんが語るなら聴いてみようかな、ということですね。

    内容ですが、手を変え品を変えて、分かりやすくパンセを解説してくれます。

    2012年の本なので、ほぼ現在ですね。

    「就職や仕事に悩む若い男女のケース」

    とか

    「定年退職後、今ひとつ楽しくない日々を過ごす元会社
    員さん」

    とか、というケースを作って、そのある種の劇中の人物がパンセの一文に惹かれていく。

    そういう設定の語り口で、身近に引き寄せて解説してくれます。
    かなり親切、コレデモカという感じです(笑)。

    パスカルさんがパンセで何を言っているか。
    というか、この本で鹿島さんが何を見せてくれているのか。

    「人は幸福を必ず、ココじゃないどこか、に設定するので、常に不幸せであるという不満に囚われる」

    「暇になるとイイ事は何もない。暇になると人生を考え、それを考えても不幸感に囚われるだけだ」

    「だから人は賭博でも娯楽でも仕事でも何かの興奮は未知性を求める」

    「大事なことは何の仕事をしているか、ということなんだけど、ソレはほとんどが偶然に作用されて決まる。偶然に決められちゃった仕事を習慣で続けることで、職業人になる」

    「人は自己愛が強い。どうしようもなく強い。だから他人の意見より自分の意見や発見を重視したい。理由は後からついてくる」

    「この自己愛は、基本は、ダメなもの、ぬぐい去るべきものである。難しいんだけどね」

    (⇒17世紀のフランスに生きたパスカルさんは、最終的にそこから「やっぱキリスト教っすよ」という信念。)

    「貧しく食べれなければ、そこから脱するために簡単に生きていく。そこを抜けると、幸せにならねばならぬ。それは難しい」

    「自己愛に支配される人は、周りの人、それが少数であっても、周りから認められて、感心され尊敬されるために色んなコトをする」

    「だから周りに自慢する。自己を語る。それを批判する人は批判することによって同じく、尊敬を得ようとする。その連鎖は止まらない」

    (この流れから鹿島さんの「ドーダ理論」に繋がるんですね。「ドーダ理論」そのものは、なるほどなあ、と僕は思います。)

    (また、この流れが最近たまに耳にする「SNSの若い人たちの認知願望」みたいなことにも繋がるんですね。まあ、そこに病理があるとすれば若者は批判しやすい氷山の一角に過ぎないワケですが)

    「と、いうような終わりと結論の無い連鎖を考えて考えて、完全は無理でも考えることで、ソレではイカンのだ、と思うことしかないのではないか」

    「人間は考える葦である、というのは、葦というのは、か弱い生きものなんだよね、というところから始まる。弱いけど、考える。考えることで、動物的な行動を忌み、ヒトらしくあろうとする。それが道徳で、ソレが偉大なのではないか」

    「デカルトさんと違ってパスカルさんは、割と割り切らないというか。理性と合理主義で全ては測れない、という主張をしています。そのファジーな感じの方が、現在振り返ると正しい知性なんじゃないか」



    みたいなこと。だと思います。言葉は僕が雑にまとめてます。

    根っこのところはまあ、そりゃそうだよなあ、ということを確信もって分かりやすく主張してくれています。
    そんなパスカル流で言うと、

    「子供に中学受験をさせようとしているけど、塾通い、勉強漬けにするのは正しいんでしょうか」

    という現代の母親さんの悩みに対して、

    「それをしなかったら、その代わり暇ができて、ゲームしたり良くないことをしたりする時間がいっぱいできることになるから、させても良いんじゃないですか」

    というような返答になったりします。

    そういう応用的各論になると、「程度問題」というコレマタ偉大な真理もありますから、ド正直間に受けるこたぁ、無いと思いますけど。

    だからなんていうか、特段な結論は無いんです。当たり前ですが。

    そこが妖しき宗教や、一束いくらの叩き売りの自己啓発本とか、有名人さんの雑な人生論とは違いますね(笑)。

    だって、「考えよう!」っていうことですからね。

     ただ、就職や転職といった現実的な悩みとか、日々人生の無為索漠的な良くある思いに対して、ある種人体解剖するように「だってコウだからさ」とズバっとコトバにしてくれる。
     それは、分析とか解剖とか図解とか俯瞰図とか、あるいは地図みたいなモノですね。どう進むのか、ドウするのかは、その人なりで。
     多分、パスカルさんの思いとしては、「・・・だからほら、やっぱりキリスト教は無敵っすよ。みんなカモン!」ということだったようですね。
     でも鹿島さんはその結論を押し付けたりは当然しませんし、そもそもその結論のお陰で「パンセ」が名著である訳ではないんですね。

     しかし、17世紀でよくもまあこれだけの、中世という生活習慣?を脱した思考ができたものだなぁ、と思うとスゴイんですけど。
    それはやっぱりモトモトが科学者・数学者だったからなんだろうなあ、と。デカルトさんも異見が多かったとは言えやっぱり科学者・数学者だったそうですし。
     世間の都合がどうでも、権力者が何を言おうと、1+1=2。三角系の内角角度の合計は180ですものね。

     ココからパスカルを更に読んでいくのかと言われると、僕はソウでもないです。
     でも、「ああ、なるほど。そういうことでパンセは有名で価値があるんだ。歴史的な価値を超えて今でも」という落ち方は納得。
     それに、寂しくても虚しくても悲しくても不安でも、流されずに「なんで?」「どうして?」と考え抜くコトの偉大さは、今でも同じですねえ。

     ヒトの業、ヒトのココロの弱さみたいな事の分析は見事です。
     それに鹿島さんがそれをお腹いっぱいなくらい柔らかく食べさせてくれます。アッっと言う間に読み終えちゃうし。
     もうチョット噛み応えが欲しいくらいですけど(笑)。

     パンセって、短いエッセイみたいな文章の寄せ集めだったんですね。アフォリズムとまで言いませんが。長めの論考的な「侏儒の言葉」(芥川さん)というか。
     でもって、未完成の草稿を寄せ集めた本だったそうです。その「隙間感」みたいな融通性が、時代を超えたんでしょうね。

     まあ、鹿島さんであることの期待は裏切られませんでした。
     また、ふっとしたときに鹿島さんの文章、モチョット噛み答えのある文章・・・を、愉しみたいなぁ、と思いました。

  • 難しい内容を紹介や説明する時にどのような方法があるのか。
    この本のように物語で語る方法があるということが、まず大変興味深かった。
    そのおかげで、パンセの「パ」の字も知らなかった自分でもすらすら読むことが出来、内容も大変理解しやすかった。

    内容では、自身の「生」について「悩む」ことを「原罪」としながらも、その行為こそが「人間」たる「証」であると、肯定的かつ希望を含ませて内容解説を終わらせている点に、大変救われる心地がした。

    「悩む」ことは辛いし否定的に捉えられがちだ。
    しかし、それでもうじうじ悩んでしまう自分がいることも確かで。
    「悩む」自分を否定して苦しんでいる時に、ふと思い出したい一冊である。

  • 私の読解力では一読で理解するのは難しいんですが、難解であるだろうパンセを分かりやすくまとめているんだろうなと言うことは理解できたので再読してみようと思います。

  • ★★★人間は考える葦である。自由は選択肢が増え、苦悩も増える。人間には、もっと誰かに褒められたいという「自己愛」がある。自己愛と自己嫌悪は表裏一体。真実は時として人を傷付ける。人生は「死」を忘れるための気晴らしである。目的なしで何もしないことが一番辛い。常に考え続けることが一番大事。

  • 鹿島茂さんの、エッセイの中に出てきたパスカルの言葉が気になった。いきなり「パンセ」を読むのはきつそうだったので、まずはこのNHKテレビテキストを読んでみた。シンプルにまとまっていて、短時間でパスカルの思想が把握できる内容。研究対象を幾何学から人間へスイッチしたということで、人間に対する観察力と本質をついた分析は、さすが研究オタクだけあって深く本質をついている。

    また面白いなと思ったことのひとつに、日々の生活場面で遭遇する身近なテーマに関することが題材となっていて、そんなことまでも「格言」になってしまうから何か親しみを感じてしまった。

  • テレビがおもしろくて、かといってパンセを読み切る自信がなくてこれ読んだ。
    テレビの内容とはちょっと違ったんで読んでよかった。(テレビの方が面白かった)
    パスカルが考え抜いた結論、それがパンセでそれ自体目から鱗で、さらにそこに至る思考の方向っていうのも気づかされるものあった。内容についても感想書きたかったが、まとまらないんでやめとく。
    100分de名著はこれの前の「変身(カフカ)」から見るようになったんだけど、面白いわー。取り上げられる本を自分も読んで、自分の解釈と比較するような見方したい。(6月のパンセも7月の源氏物語も、長くて重そうなんで手出せなかった…)

  • 「人間は考える葦である」という言葉が文字通りの意味だけでなく、パスカルの考えた、人間の「考える」ということの本質を突く言葉である事に驚いた。100ページちょっとなのに、内容の濃さがすごいと感じた。

  • 薄い入門書。読後感薄い。はじめてのパスカル。

  • 鹿島茂が出るなら見れば良かった、、、残念。。。

    NHK出版のPR
    「人類の偉大な遺産である古今東西の名著の魅力を、25分×4回の100分で解説する番組の人気テキスト。

    私たちの本性は、
    なんと偉大で卑しいことか

    科学が進歩し、キリスト教に基づく世界観に疑問を呈する声が広がり始めた17世紀に、人間の理性を賛美することに懐疑的だった思想家パスカル。「人間は一本の葦に過ぎない。だが、それは考える葦である――」。現代文明の脆さが露わになったいま、私たちが思考し続けることの限界と可能性を読む。
    目次
    【はじめに】 誰が読んでも答えが見つかる万能書
    第1回 人生は選択の連続だ!
    第2回 もっと誰かにほめられたい!
    第3回 生きるのがつらいのはなぜか?
    第4回 人間は考える葦である 」

  • 「人間は考える葦である」という言葉は誰でも知っているし、パスカルの定理も習った記憶があるけれど、パスカルの思想に触れたり、さらに「パンセ」を通読したひとは、それほどいないと思う。(少なくとも周囲には)
    NHKの100分de名著シリーズで「パンセ」が取り上げられていたので、衝動買いしてみましたが、満足感大です。

    人間は部屋の中にじっとしていられない。幸福を求めて次から次へと快楽を求め続ける。それは、自分自身と向き合い考えることから逃げているのである。人間はいつか死を迎えということを考えることから逃げている。それは必ずしも批判されるべきではないだろう。だが、本来あるべき姿を考えることができるというのが人間の気高さであり、私たちの尊厳は考えることの中に存在する。

    やっぱり「パンセ」もそのうち読んでみたくなりました。

  • ■書名

    書名:パスカル『パンセ』 2012年6月 (100分 de 名著)
    著者:鹿島 茂

    ■概要

    NHK教育テレビで放送している番組のテキスト版。
    パスカルの"パンセ"を4つのテーマに分けて、紹介しています。
     
     1.人生は選択の連続だ!
     2.もっと誰かに褒められたい!
     3.生きるのがつらいのはなぜか?
     4.人間は考える葦である

    ■感想

    『パンセ』は、パスカルが晩年に、ある書物を構想しつつ書きつづ
    った断片的なノートを、彼の死後に編纂して刊行した遺著、と言わ
    れています。

    内容も、パスカル自身の思想なので、多岐にわたる内容となってい
    ます。(諸説では、護教書執筆の構想があり、それの材料となる断片
    を書きためていたらしいです)

    私はパンセを直接読んだわけではないので、偉そうな事は全く言え
    ないですが、人間についてかなり研究された本のように感じました。

    まあ、だから何?と言われればそれまでの部分も多々あるような気
    がしますが、それでも、非常に的を得た思想であり、人間を考える
    には面白い本だと思います。

    本書では、パンセの一部を抜粋し紹介しているだけですので、これ
    でパンセに興味が出た場合には、正式なパンセを読んで見ると思し
    ろいと感じました。(私も近いうちに読みたいと思います。)

    100分de名著シリーズの中では、良い出来だと感じました。

    ■気になった点

    ・願望と現実は、永遠の追いかけっこをしているのです。

    ・人間というのは概して、自分の頭で見つけた理由の方が、他人の
     頭の中で発見された理由よりも深く納得するものだ。

    ・人間は全て幸福を求めています。それに例外はありません。

    ・人間のあらゆる不幸はたった一つの事から来ているという事実
     を発見してしまった。人は部屋の中でじっとしたままではいられ
     ないという事だ。

    ・休息は労働があるから楽しいので、毎日が日曜じゃ人間を腐らせ
     てしまう。

    ・地位があがると真実から遠ざけられていく。

    ・真実というのは、地位の身分や上下に関係なく、言われた人を常に
     傷つけるものなのね。

    ・人は精神が豊かになるにつれて自分の周りに独創的な人間がより
     多くいる事に気が付く。しかし、凡庸な人というのは人々の間に
     差異があることに気づかない。

    ・好奇心のかなりの部分に虚栄心や自己愛が働いていることは否定
     できません。自分が研究して知りえたことを全く書き残しもせず
     人に話もせずにいられる学者というものは考えられないからです。

    ・私の場合新しいのは、内容の配置だからだ。
     同じ言葉でも異なった並べ方をすると別種の思想が生まれるのと
     同様に、同じ思想でも異なった並べ方をされると別の論旨が形
     作られるものだから。

    ・気に入らないからこそ、その理由が分かるのだ。

    ・気晴らしがあるからこそ、人間は自分の置かれている悲惨、すなわち
     死すべき運命にあるということを考えないで済む。
     
    ・賭け事、狩りにしろ、すべては不幸な状態から目をそらすためにある。

    ・人間の本質は、考える事にあるのです。

    ・人間は、本質的にみじめな状態(死を待つ状態)にある
     人間は気晴らしがなくなって<考える事>を余儀なくされると、そのみじめ
     な状態を知ってみじめになる。
     
    ・人間は考える存在だからこそ、悲惨で偉大な存在である。

  • アンケートで推薦した本が取り上げられた。
    この本は学生時代に読んだ思い出がある。

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