100分de名著 松尾芭蕉 おくのほそ道 人生はかるみだ (2013年10月) (NHKテキスト)
- NHK出版 (2013年9月23日発売)
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感想 : 13件
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Amazon.co.jp ・雑誌 (132ページ) / ISBN・EAN: 9784142230310
感想・レビュー・書評
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この「おくのほそ道」は紀行文だとばかり思っていた。しかし芭蕉は46歳の時に旅をし、51歳で亡くなるまで筆を入れ続けたそうで、中には当然フィクションも含まれているという。芭蕉は純粋に文学作品を書こうとしたものだそうだ。
全体としてもそれほど長くもない。原稿用紙にして30枚程度だという。それを5年以上も死ぬ間際まで推敲を重ねたという。だからこそ素晴らしい作品に仕上がり今日まで江戸時代の代表的文学作品として伝わっているのだろう。
「おくのほそ道」といえば日本人なら誰しも松尾芭蕉がみちのくを歩いた旅の文学として知っていると思う。しかし翻って自分自身を考えてみると、知っているのは、
『月日(つきひ)は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行(ゆき)かふ年も又旅人也。』
に始まる冒頭部分のみで、あとはいくつかの有名な句だけだ。
先ず冒頭部分に続いて出てくる最初の句
『草の戸も住替(すみかわ)る代ぞひなの家』
平泉・高館では、
『夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡』
中尊寺・金色堂を見て、
『五月雨(さみだれ)の降りのこしてや光堂』
そして立石寺(りっしゃくじ)・山寺での、
『閑(しずか)さや岩にしみ入(いる)蝉の声』
この句は旅立つ数年前、隅田川のほとりの芭蕉庵で詠んだ、芭蕉が俳句に初めて心の世界を開いたといわれる、
『古池や蛙(かわず)飛びこむ水のおと』
という「蕉風開眼の句」を踏襲しており、みちのくの旅はこれを実践するためのものだった。
結局いまだに「おくのほそ道」本体の方は読んでいないが、このテキストと放送により「おくのほそ道」の奥深さを知ることができた。本体はKindle版をダウンロードしたので、これからじっくり鑑賞したい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
『おくのほそ道』はざっくり言って"こころの旅の記録"。
俳句とは、詠む人の心象表現なのは今や当たり前と思うが、それを始めたのが芭蕉だった。でも、長谷川さんによれば、和歌の世界は当初からそうだったから、芭蕉によってやっと和歌と肩を並べたという。
現実を知覚し、それによって得たこころの動きに合う言葉で詠む。その技術をさらに磨くために、芭蕉は旅に出た。奥州(実際には日本海側も旅しているが)だったのは、古の歌人たちが憧れを持ってかの地を多く詠んでいたから、技術の完成に相応しいと思いうことだった。
有名な、
夏草や 兵どもが 夢の跡
は、実際に現地に脚を運ばなければ詠めない句だ。
しかし、そもそも歌人たちは"旅をしていない"。空想の世界で詠んでいたから、芭蕉が実際行って、その場所が発見できなくてガッカリするくだりもある。でもこの事は、ただの笑い話にはならないと思った。いろいろな出来事が、芭蕉の思考、作風に影響を与えたと、長谷川さんの読み解きから分かる。
芭蕉がたどり着いた、人の生きたかに「かるみ」というのが出てくるが、それはテキストを読んでほしいがいつの時代でも問えるあり方だ。 -
わずか17文字からなる俳句に息吹を与え、芸術性を高めた松尾芭蕉。46歳のとき、弟子の曾良とともに、江戸深川を起点として東北4県をめぐり、日本海側に抜けて、大垣まで至る。この旅程を通じて芭蕉がたどり着いた心の世界が解説されている。代表作'古池や蛙飛こむ水のおと'で、現実世界で見聞きしたことから、心の世界を開くという融合に目覚める。おくのほそ道は、この心の世界を展開すべく始められた。全旅程が4段階の変遷として捉えられ、'不易流行'という宇宙観、そこからさらに'かるみ'という人生観として結実する。この自問の旅を通して、芭蕉の生き方への回答が提示される。俳句という制限された世界から心の世界を解き放った感性は卓越しているのだろう。
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馬生の俳句の凄みって正直良くわかってなかったんだけど,その一部について腑に落ちる答えをくれる一冊.現実+心とか文章をあえて破るとか.それ以前に,奥の細道って完全実話で無いことに驚いた.
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TV放送が良く本書を購入し、やっと読了。
じんわり心に染み入る芭蕉の声。
古文をそのまま読んで、そのまま理解できるほどの能力がないため、この本を読んで本当によかった!
「おくのほそ道」の本文のみならず、出発前から帰宅後まで、読みながら芭蕉の人となりもわかり、みちのくの土地や人や戦国時代~みちのくの地で起こった震災にまでの人々の心に至る。
物語の中にすうっと入りこむことができた。
この本は旅程を地図で示してあるから更にわかりやすい。
毎度言うが昔の人はつくづくエライ。芭蕉はちゃんと自分の身体と心を砕いて旅をし、身体はへとへとになりながら心は研ぎ澄まされ創作した。本書を開いて目に飛び込む大滝秀治にも似たお顔。簡素な和服で山を往くすごさよ!草履で山を越え谷を下ったとは。
ある種の極限。肉体の疲労が極度に達し、ハイな状態になって不易流行やかるみの思想を生み出したと思われ。素晴らしい。素晴らしすぎる。
巻末の著者の東北震災との関連の句もまた素晴らしく涙。
ぜひともおくの細道やその前に書かれた芭蕉の旅の本、全編を読んでみたいと思った。 -
松尾芭蕉の道のりをたどり,俳人として何にたどり着いたかを説く。不易流行,かるみ。これが結論のようだ。まだ,肚から鑑賞できたわけではないのでなんともいえないが,俳句の可能性の豊かさに気づかされたことは間違いない。芭蕉のことは俳句好きのおっさんくらいにしか認識していなかったが,残された句の世界観や言葉の選び方に恐れ入るばかりである。
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(2013.11.11読了)(2013.09.25購入)
『おくのほそ道』は、紀行文とはいいながら推敲に推敲を重ねた文学であることは、何年か前に推敲中の切り貼りした古文書が発見されたというニュースの際に聞いた事があります。でも、このテキストを読んで、『おくのほそ道』は、厳密な意味での旅行記ではなく、周到に構成され、虚実入り混じった物語であることがわかりました。
また、みちのくは、歌枕の宝庫と言われ西行なども訪れています。歌枕の旅というのは、多くの詩人・歌人などが訪れてそこで読んだ詩や短歌を自分も訪ねながら鑑賞する、という行為なのだと思っていたのですが、違っていました。
「歌枕は現実に存在する名所旧跡と違って、人間が創造力で創りだした架空の名所です。みちのくは辺境の地であったがためにその宝庫だったのです。」(6頁)
【目次】
【はじめに】『おくのほそ道』への旅
第1回 心の世界を開く
第2回 時の無常を知る
第3回 宇宙と出会う
第4回 別れを越えて
【巻末カラー特集】続 松島
●古池や(13頁)
ある日、芭蕉は隅田川のほとりの芭蕉庵で何人かで俳句を詠んでいました。すると庵の外から蛙が水に飛びこむ音が聞こえてきます。そこでまず「蛙飛びこむ水のおと」と詠んだ。その上に何とかぶせたらいいか、しばらく考えていましたが、やがて「古池や」と決めました。
(古池のほとりで、蛙が水に飛びこむのを見て作ったわけではありません。蛙かどうかも見ていないのではないでしょうか。水音を聞いただけでしょう。)
●『おくのほそ道』の構造(24頁)
『おくのほそ道』を読むと、歌仙の構造が面影のように浮かんできます。月の座、花の座など細かなところまで完全に一致するはずはありませんが、歌仙が四部に分かれるように『おくのほそ道』も四つに分かれています。
第一部(江戸-白河) 旅の禊 ―初折の表
第二部(白河-尿前) みちのくの歌枕の旅 ―初折の裏
第三部(尿前-市振) 宇宙の旅 ―名残の表
第四部(市振-大垣) 人間界の旅 ―名残の裏
●歌枕の誕生(37頁)
ある場所があって、そこが歌に詠まれるのではない。まず歌が詠まれ、つぎに歌に詠まれた場所が決まる。歌が現実を写すのではなく、現実が歌をまねる。みちのくにはこのようにして生まれた歌枕がいくつもあります。
●松島で詠んだ句(43頁)
嶋々や千々にくだきて夏の海
(嶋々の部分は、原文と表現が違いますけど、…)
☆関連図書(既読)
「おくのほそ道」松尾芭蕉著・板坂元訳、講談社文庫、1975.08.15
「松尾芭蕉」嶋岡晨著、成美堂出版、1988.05.10
(2013年11月14日・記)
内容紹介(amazon)
大震災後に歩む、芭蕉の「みちのく」
松尾芭蕉の『おくのほそ道』は単なる紀行文ではなく、周到に構成され、虚実が入り交じる文学作品であった。東日本大震災の被災地とも重なる芭蕉の旅の道行きをたどり、その思考の痕跡を探る。また、芭蕉の旅における最大の目的地「松島」に焦点をあてた特集企画「続松島」をカラー増ページで掲載。 -
著者は言う。
『おくのほそ道』は、「単なる旅の記録としてではなく、確固とした文学として書こうとした」と述べ、「虚実相半ばすることによって、芭蕉の宇宙観や人生観を反映した世界的な文学作品」、と(5p)。4章からなる。
最初は「心の世界」。
名句のひとつ「古池や蛙飛び込む水の音」。「蛙飛び込む水の音」は現実の音にして、「古池や」は、心の世界(古池)が開け、「言葉遊びの俳句」から「異次元なものが一句に同居して、(略)芭蕉の句に躍動感をもたらした」点で、画期的なものとする(14p)。
次は「時の無常」。
歌枕の地を訪ねるも、「時の無常を知る」ことに。歌枕は「現実に存在する歌枕」「歌に合わせてできた歌枕」「どこにも存在しない歌枕」(38p)があり、「想像上の名所」をどのように訪ねるかのジレンマにおちいることになる。
「不易流行」。
「不易」は「時が流れても変わらない」、「流行」は「時の流れとともに変わる」。歌枕で「時間の無常迅速を痛感」し、無常迅速(流行)と見える宇宙が実は永遠不変(不易)であること=宇宙観に気づいたという。
むすびは「かろみ」。
「かろみ」は「悲惨な世界を軽々と生きてゆくこと」(91p)「不易にたって流行を楽しみながら軽々と生きてゆくという生き方」(93p)とする。そして、その「かろみ」概念にゆきついたのは、金沢。その後、山中で「かろみ」の対となる「おもし」が浮上したのでは、とする(92p)。
芭蕉は日本文学の「巨大なダム」に位置するとする。「それより前の文学はいったん芭蕉というダムに流れ込み、その後また芭蕉から流れはじめる」(8p)、と。
芭蕉の俳論の形成と軌跡。まことにコンパクトに凝縮されているのいではないだろうか。(日本放送協会 2013年)。 -
長谷川櫂氏の著書は読んだことがあり、大きな感銘を受けていたので氏が出演されるのが楽しみであった。芭蕉の句は、有名どころをいくつか知ってはいたが、耳にすれば「確か芭蕉の句だったな」程度の知識しかなかった。丁寧かつ大胆な解説で、芭蕉の気持ちと情景の移り変わる様子が大変よくわかった。テレビでは氏が女優の内山理名と実際に現地へ旅をする。実際に芭蕉本人が目にしたであろう風景をみられることから、テレビとのコラボで読まれることをお勧めする。
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■書名
書名:松尾芭蕉『おくのほそ道』 2013年10月 (100分 de 名著)
著者:長谷川 櫂
■概要
大震災後に歩む、芭蕉の「みちのく」
松尾芭蕉の『おくのほそ道』は単なる紀行文ではなく、周到に構成
され、虚実が入り交じる文学作品であった。東日本大震災の被災地
とも重なる芭蕉の旅の道行きをたどり、その思考の痕跡を探る。
また、芭蕉の旅における最大の目的地「松島」に焦点をあてた特集
企画「続松島(仮)」をカラー増ページで掲載予定。
(From amazon)
■感想
だめだ・・・・・
久しぶりに最後まで読めなかった。
半分ぐらいまでは読んだけど、あまりの興味の無さにさすがに途中
で止めました。
俳句の解釈を色々としているのですが、どうにも後付けのこじつけに
思える部分があって、解説を受け付けなかったです。
間違っていないのかもしれないけど、本当に間違えていないのかよう
分からん。。。。
松尾芭蕉の俳句に興味がある方は楽しめるかもしれません。
「みちのくが想像上のもので実在しない」という点は、面白かった
ですけどね。 -
古典中の古典「おくのほそ道」の2013年10月放送のNHKテレビテキストで、4回の放送(100分)で、内容を理解してしまおうという忙しい現代人向けのものです。内容は古文の解釈は最小限にとどめ、何故、芭蕉は「おくのほそ道」に旅立ち、その結果どういう変化をもたらしたかを、要領よく纏めている。
これまでの解説書と違うのは、日本文学史の中での芭蕉の立ち位置を詳しく説明し、また前半の「みちのく」の旅では、東日本大震災と重ね合わせています。
日本文学史においては、応仁の乱の戦火により、過去のものがかなり焼失し、その後、この喪失感の灰の中から失われた古典をもう一度甦らせようという運動が起きている。謂わば「日本版ルネサンス」です。
本阿弥光悦や俵屋宗達が「嵯峨本」として、「伊勢物語」「徒然草」「方丈記」等の名著を華麗な装丁を施した古典として甦せたり、北村季吟の「源氏物語」「徒然草」「枕草子」「伊勢物語」の注釈本では、過去の学者達によって積み重ねられてきた研究が集約されている。
季吟との師弟関係にあった芭蕉は、季吟等の前世代の成し遂げた古典復興の成果を享受した世代という訳です。確かに「おくのほそ道」を読むと、芭蕉の博学ぶりが随所に見て取れます。
本の末尾には、著者である長谷川櫂の、震災後に東北の地を訪れた時に作った俳句も付録としてついている。
まさに、震災後の現代版「おくのほそ道」としての、格好の入門書と言えるでしょう。
著者プロフィール
長谷川櫂の作品
