100分de名著 薔薇の名前 ウンベルト・エーコ 笑いは知の限界を暴く (2018年9月) (NHKテキスト)
- NHK出版 (2018年8月28日発売)
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感想 : 21件
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Amazon.co.jp ・雑誌 (116ページ) / ISBN・EAN: 9784142230907
感想・レビュー・書評
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難題だったももの、好奇心は尽きず…
とはいえ、知識不足の身
誰かにおすがりしたく、いつもお世話になっている100分de名著
(ありがたいですね このシリーズ)
指南役は和田忠彦氏
イタリア文学研究者であり、エーコ様と交流があった
あまりにも多岐にわたり、深いため、今回は
記号学とアリストテレスの「詩学」に絞ることにする
まずはなぜ世界的な記号学者が小説を書いたか…
~理論化できないことは物語らなければならない
学術論文では書ききれない、あるいは論じきれないことをどのように読者に伝えれば良いか…
現実の世界と異なるもうひとつの現実のなかでなら明晰に言い表せる可能性に賭けた~
む、難しい
何となくイメージ的にはわかる気がする
「書物の中の書物」として作品を書いたり、各キャラクター達も実在の人物に置き換えることができる
作中の事件だって、その時代の歴史的事実や事件になぞらえることができる
こういうトリックをたくさん使い、エーコ様はメッセージを送っているのだろう
本来は記号学者というものをしっかり認識したかったのだがなかなかわかりづらく、
哲学にまで及ぶのでそこは割愛
~書物は信じるために作られるのではない
研究に供されるべきものとしてつくられる
書物が何を言っているのかと自分に問うのではなく
何が言いたいのかを問うべき
書かれたことをそのまま信じるのではなく、経験から合理的に判断する
観念とは事物の記号
イメージは観念の記号、ひとつの記号についての記号
イメージから観念は復元できる
が、ここで満足せず事物まてたどり着かなければならない~
ふ…深い
難しいものの、何となく言いたいことは伝わってくる
あらゆる事物の記号を集め、理論的に物事を考えるのは当然の基本
その上で熟考を重ね、想像力を駆使し、固定観念にとらわれず冷静に事物にたどり着くのだ!
(たぶん…)
アリストテレスの「詩学」
26章からなるその大部分を悲劇論が占める
喜劇を論ずる第二部があったことは確実であるが、失われてしまった
エーコ様は「薔薇の名前」の中で、悲劇よりも喜劇をより高く評価していたのかも…という仮説を元にしている
エーコ様は詩学の中で扱われている「悲劇」というものについて考える
~「悲劇」の基本要素とは、小説で言えばプロット(筋)であるという結論に至る
「悲劇」として成功する作品はカタシルス(精神の浄化作用)をもたらすことができる
カタシルスの効果は書かれるものでもなければ演じられるものでもなく、受け止められるもの(受容)として悲劇の中に存在する
「詩学」は人間が最初に書いた受容の美学
受け手が作品の美のありかたに深く関わっている
薔薇の名前においても、ウィリアムやアドソが事件や出来事をどう受け止めたか、受け止め方の結果は本人たちに何をもたらすのか
読者にカタシルスをあたえるか
この、詩学の受容の美学はさまざまな思想家や文学者たちのなかに息づいている~
エーコは大きな影響を受け理論に重きをおいた
では「笑い」をどうと捉えたのか
~アリストテレスの哲学思想がキリスト教世界にとって基盤となるものであり、とびきり危険な影響力を持っている
アリストテレスの喜劇論が流布すれば、人々は笑いによって神への畏怖を忘れてしまう
笑いが危険なのは真実を暴く力を持っている~
つまりは、中世修道院における図書館、ここを禁断とした本書と通ずる
書籍というのは「未知の世界に通じる窓」なのである
権力者はこれを恐れ、窓を閉ざす
好奇心「悪」とする考えを権力者たちは持っているのだ
逆に言えば、本書で相反する思想ながら
ウィリアムもホルヘも「笑い」の影響がいかに大きいかを知っているのだ
好奇心を悪とし、閉鎖した世界で洗脳する…
宗教だけではなく、残念ながら子供の教育も似たような部分がある
~人間だけがいつか死ぬことを知っている唯一の動物
人間が笑うのはいつか死ぬことを知っているからではないか
笑いにより死から距離をとって世界を眺めようとするのではないか~
ああ、わかる
「死ぬこと」を知っているって今まで当たり前に思っていたが、よく考えたら凄いことだよなぁ
いつも「死」と隣り合わせで生きていることを知っている我々人間
「死」に近づかないために、「死」を忘れようとするために、「死」はずっと先のことにするために…
「笑う」のだろう
笑うのだって人間だけだもんね
まさに哲学です!
~犯罪はそれぞれ別の犯人がいるか、さもなければ犯人はいない
殺そうと思って殺したわけではない
生真面目に読んできたけど、結局ただ一人の真犯人などいなかった~
和田氏は
「もう笑うしかない」という(笑)
「脱力感のなかに、そうしたカタルシスを味わわせてくれるこの物語の醍醐味という真実が感じられる」
「頭脳明晰なウィリアムが結局謎を解けなかった → 理性の限界、人間の知への驕りへの警告」
いちいち納得させられた
が、一番強烈なのはこのひとこと!
↓↓↓↓↓
「ミステリーのパロディ」
一瞬絶句したものの、まさに!確かに!と何度もうなずいてしまった
そうか!
エーコ様は喜劇や笑いの持つ力を使って本書を書いていたのだ
だから全体的にユーモアに富んでいたうえ、結末が肩すかしと驚愕で終わったのだ
私は哲学には疎いが、カタルシスって喜劇でも味わえるんじゃないの⁉︎
もしかして…
本書だけでなく、さらにこちらの解説書にまで深く深く考えさせられた
悶々、モヤモヤから始まったものの、考えを重ねるにつれ、少し霧が晴れてきて…
ああでもない、こうでもない、もしかしたらこういうことか?いや、違うか…
そんなことの繰り返しで…
ああエーコ様の仕掛けにまんまとハマってしまった
でもなんだか清々しい
ん?
これもある意味カタルシスなの?
もしかして…
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春に読んでなかなか難解だったので、テキストでお勉強。結果、記号の解釈がまだよくわからず混乱しているが、エーコが意図して書いたところなど成程と思える解説だった。タイトルの意味は単純に、好きになった少女の名前かと思っていたが、薔薇の花びらのように多様な解釈ができると考えると、それもまたロマンチック。また何年後かに再読したい。
「理論化できないものは物語られなければならない」を信条に書かれた学術論文など興味があるが、小説よりもっと難しく、歯が立たないだろうな。 -
わかったような、わからないような
いや、本編を読んだ時に感じた「わからない」が「わからない」はずであることが「わかった」 笑
なんだそれ 笑 -
結局下巻読まなかったけども。
テーマごとに切り取るのではなく、小説の順番通りに語られるので、小説と同時進行で読める。
簡単に整理されているので、このくらいの理解でいいのかー、と気が楽になります。
ただ、文章の引用を、講師の方がイタリア語から日本語に訳しているので、日本語版の小説とは違う。小説のほうが言葉が綺麗、、、
手稿なんて言葉、普段使わないからぴんとこないし。あなたは美しい、のほうがいい。
若い女の子が東北弁で話していると、違う生き物みたいで恐ろしい。関西弁の子供は生意気で可愛いのに。
外国語も平気な音と嫌いな音があるので、子音が尖る北方民族の言葉が苦手なのかな。
あなた、があんた、になると突然彼女の美しさが半減というかマイナスになります。
下巻は読まなかったけど、エーコの作品に興味はあるので、バウドリーノは読むと思う。
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中世、北イタリアの修道院で起こる連続殺人事件。探偵役はバスカヴィルのウィリアム、語るのは助手役メルクのアドソ。見るからにホームズとワトソン。
中世と現代、教皇と皇帝、正統と異端、さらには二重のコード……探偵小説、歴史小説、時代小説……いろんな読み方がありうる。しかも、執筆当時(1978年)、イタリア中が騒然となった2つの事件も取り入れられている。小説自体は入り組んでいるのに、世界的なベストセラーにまでなったのはそれだからか。
登場人物、盲目の老修道士のホルヘは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスがモデル。彼へのオマージュ(ボルヘス自身、そしてボルヘスの小説「バベルの図書館」と「死のコンパス」)もきっちり解説されている。そして最後に、なぜ『薔薇の名前』なのか、その由来も説明されている。ガイドブックとしてはほぼ完璧。
主要登場人物一覧のページがいい。そのバックには、舞台のモデルとなったサクラ・ディ・サン・ミケーレ修道院の雄姿の写真。もとはベネディクト修道会の総本山だった。場所はピエモンテ州、エーコの生まれ故郷だ。 -
TVみてました
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本は1回しか読んでいない。これを気にもう一度読んでみたい。
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NHKラジオのこのシリーズは初めて手に取ったが、原作未読者を対象にしているのか思ったより解説よりストーリーを追う箇所が多かった
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イタリア文学に興味は沸いたが、背景のキリスト教を知らないと?ラングドンの本に通じると感じました。
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『薔薇の名前』をとにかく一回読んでからこの本で復習。その上でもう一度読み返すとより理解が深まるだろう。でももう一度読む気力はない。若い人ならともかく年寄にとってはこういう『薔薇の名前』のような(面倒な)本をじっくり読むのは大変なのだ。
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映画しか観ていないので、原作が読みたい。
原作を読んでいないので、この解説がどうなのか、判断が」つかない。
が、地図や登場人物が載っていて、わかりやすいのではないだろうか。
いつ文庫になるのだろう。 -
本でも映画でもなくBBCドラマで見た。
BBCは裏切らない。いい仕事をしてくれる。
ジョン・タトゥーロ(バスカヴィルのウィリアム)、
ダミアン・ハルドン(アドソ)、
ルパート・エヴェレット(ベルナール・ギー)、
マイケル・エマーソン(アッボーネ) -
「ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』」和田忠彦著、NHK出版、2018.09.01
123p ¥566 C9497 (2018.09.28読了)(2018.08.27購入)
Eテレのテキストです。
『薔薇の名前』は、いつか読んでみたいとは思っていたので、近いうちに読んでみようと思います。映画は、テレビで放映されたときに見たように思います。
物語の時代は、1327年11月末。場所は、北イタリアのベネディクト会修道院。
ダンテの『神曲』が書かれたのが、1321年。ボッカチオの『デカメロン』が1351年に書かれているので、このころの時代ということになります。『デカメロン』は、縮約版で読んだのですが、『神曲』は、積読です。
図書館に収蔵されている本をめぐっての事件が主題のようです。グーテンベルグが、聖書を活版印刷で印刷したのが、1455年ということですので、物語の時代の本は、ほとんど写本ということになるだろうと思います。
本の題名の『薔薇の名前』は、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のセリフ
『バラはどんな名前で呼ぼうともよい香りがする、どんな名前で呼んでもバラはバラ』
から思いついた、とのことです。
作中に出てくる本は、アリストテレスの『詩学』、「新約聖書」の『ヨハネの黙示録』などです。
【目次】
【はじめに】いざ、知の迷宮へ
第1回 修道士は名探偵?
第2回 知の迷宮への旅
第3回 「異端」はつくられる
第4回 謎は解かれるのか
☆関連図書(既読)
「ウンベルト・エーコの文体練習」ウンベルト・エーコ著、新潮文庫、2000.09.01
「デカメロン物語」ボッカチオ著・野上素一訳、現代教養文庫、1969.07.30
(2018年9月30日・記)
内容紹介(amazon)
「知の迷宮」に挑む!
14世紀、北イタリアの修道院で連続殺人事件が起こる。これは「ヨハネの黙示録」に示された世界の終末の光景なのか──。世界30か国以上で翻訳され、映画化も果たすなど、多くの人々の心をとらえてやまない『薔薇の名前』。世界的記号学者ウンベルト・エーコはなぜこの「小説」を書いたのか? 20世紀を代表する知性がつくり出した「知の迷宮」の謎に迫る。 -
毎週、番組の放送をまず視聴して、その後テキストの該当箇所を読むという楽しみ方をしたのですが、番組内では触れられなかった(たぶん、放送時間的に全部は盛り込めなかったんだろうなぁと…)話がテキスト版の方にはちょいちょい入っているので、今回のこのテキストは買って良かったテキストですね。
この作品の多元的な楽しみ方、アンチミステリとしての位置づけ、エーコの諧謔精神など、作品を読んでたときには意識しなかった視点を得ることができて、もう一回読み直したくなります。
著者プロフィール
和田忠彦の作品

エーコ様の書評を書評するという難題に挑戦されていると拝読いたしました。
それをさらにコメントするということ...
エーコ様の書評を書評するという難題に挑戦されていると拝読いたしました。
それをさらにコメントするということはいったいどういう‥‥、笑うしかないのか!?
コメントありがとうございます!
(笑)確かに!
書評にレビュー→書評のレビューにコメント
これをユーモア...
コメントありがとうございます!
(笑)確かに!
書評にレビュー→書評のレビューにコメント
これをユーモアと捉えるkuma0504さんの着眼はさすがです
こういうのエーコが喜んでくれそうですね♪