シュピリ『アルプスの少女ハイジ』 2019年6月 (NHK100分de名著)

著者 :
  • NHK出版
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感想 : 15
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  • Amazon.co.jp ・本 (125ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784142230990

感想・レビュー・書評

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  • 著者の松永美穂さんはそもそもアニメに感動して原作にたどり着いたわけではない。アニメが放映されたとき松永さんは中学生。アニメを毎週待ち遠しく思うほど幼くはなかった。
    そんな松永さんが大学教員としてドイツ文学を教えるようになっていたとき、学生の1人がシュピリのハイジを取り上げていて、自分でも原作を読んでみたら、ハイジだけでなく、シュピリが大人の登場人物の人間的成長も深く描いているのに気づいたというのが正しい。

    松永さんの解説を読むと、核心的な部分でもアニメと原作との違いがけっこう多いとわかる。だがそれをもって優劣をつけるのは間違い。アニメ版は独立した作品として、それはそれで名作だと思う。
    アニメのクライマックスで、クララの父のゼーゼマンが山に着いたとき、ハイジとペーターとに両側から手をとられて座っているクララが立ち上がり、2人が次第にクララから離れると同時に、クララが1人で父に向って歩みを進める場面は、ゼーゼマンならずとも「おお、神よ」と思わず言ってしまうだろう名場面だ。

    だが実は原作では、ハイジやクララもさることながら、大人の登場人物にとっての“癒し”や“恢復”が重要なテーマとして描かれているというのが、松永さんの解説の要点だ。例をあげて見てみよう。

    まずはペーターのおばあさん。ハイジが都会から帰ってきたとき、おばあさんを一番驚かせたのは、ハイジが素直さを失っていなかったことだけではない。白パンを持って帰ってきたことでもない。では何かというと、ハイジが字を読めるようになって、おばあさんのために賛美歌集の一節を読んであげられるようになったことだ。
    おばあさんは目が見えない。ペーターや彼の母は字が読めない。家の中で誰も開くことのなかった賛美歌集をハイジが読んでくれたことは、信心深いおばあさんにどれほどの喜びをもたらしたか想像に難くない。だが、おばあさんとキリスト教との関係性はアニメでは描かれていない。

    それと、おじいさんについても書いておく。おじいさんはなぜふもとの村の人と疎遠なのか。松永さんは、資源に乏しいスイスの男性が近隣ヨーロッパ諸国の傭兵として“出稼ぎ”に行かざるをえなかったという歴史的背景に触れる。原作では、おじいさんもおそらく傭兵として戦場で苛烈な体験をして、それが村人や信仰から距離を置く遠因であったことをうかがわせている。

    だが、おじいさんの“氷の心”をとかしたのは、ハイジの素直さだけではなかった。
    フランクフルトで神様への祈りを教わったハイジは、祈り続けることで、かなわないと思っていたアルムへ帰れるという自分の願いがある日突然かなったことから、神様はちゃんと見ていて、祈る者を決して放っておかず、いつか願いをかなえてくれるのだという神の恩恵を信じるようになっていた。
    複雑な人生経験ゆえに神への信仰をほとんど失っていたおじいさんは、帰ってきてからのハイジが何げなく発した言葉によって、神の恩恵を再び信じることができるようになった。

    なお、おじいさんのことを元傭兵と書いたが、原作では、山にようやく着いたクララをおじいさんが器用に抱きかかえて車いすに乗せかえるシーンを見たクララのおばあさんがとても感心する場面がある。松永さんは、おじいさんは元傭兵ゆえに傷病者を介抱するのに慣れていたのだと指摘し、おじいさんの心のわだかまりがとけると同時に、他人からも受け入れられる象徴的なシーンとしてあげている。アニメでもこのシーンはあったが、おじいさんの戦争体験者としての背景を含めてそこまでは深く描いていない。

    このように、ハイジの主題を構成するのは、子どもの純朴さや動物や、自然の美しい風景だけではない。
    松永さんは大人の視点からシュピリの書いたハイジを読み解き、この本はゲーテなどと同様に、大人にとって真の意味での人間的成長とは何かを熟考するために適した本だと考えたのだ。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      たまどんさん
      猫は、ハイジがフランクフルトで疲れていくのが観ていて辛かったです、、、
      それと、モミの木のように何も言わないけど、デ〜んと存在...
      たまどんさん
      猫は、ハイジがフランクフルトで疲れていくのが観ていて辛かったです、、、
      それと、モミの木のように何も言わないけど、デ〜んと存在するコトの必要性を。。。
      2022/07/09
    • たまどんさん
      猫丸(nyancomaru)さん
      ところが原作では、フランクフルトでの生活があってこそ、ハイジが人間的に成長できたという描き方のようです。ペ...
      猫丸(nyancomaru)さん
      ところが原作では、フランクフルトでの生活があってこそ、ハイジが人間的に成長できたという描き方のようです。ペーターが原作では粗野に描かれていることからも、自然児一辺倒を原作者は良しとしていないことがわかります。
      またハイジのホームシックは、「スイス病」と異名をもつスイス人傭兵が外国で望郷の思いを強くするあまり精神的にダウンする様子を文学的に表したものと考えられています。
      2022/07/17
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      たまどんさん
      > フランクフルトでの生活があってこそ
      何と、ハイジを見た直後くらいに 福音館古典童話で読んだのですが、全く記憶にない。再...
      たまどんさん
      > フランクフルトでの生活があってこそ
      何と、ハイジを見た直後くらいに 福音館古典童話で読んだのですが、全く記憶にない。再読したくなってきた。。。

      「侍ジャイアンツ」同時期だったんですね。
      猫はスポコンとか興味が無かったし、もう仔猫の時期は過ぎていたのですが、チャンネル権は女王が持っていたので「ハイジ」を見ていました(全話じゃないけど)。。。
      2022/07/19
  • 2020年7月、古本で購入。


    テレビでまたアニメが始まったので、原作を読もうと思い検索するとこれが出てきたので購入。
    最後の章はちゃんと原作を読んでから、読もうかと。

    TVアニメの方は子供の頃から好きで、何回も見て、ただあの生活に憧れ、自分の祖父母の家に重ねていた。宗教的意味など考えたこともなかったけど、原作を読むのが楽しみ。

  • 「シュピリ『アルプスの少女ハイジ』」松永美穂著、NHK出版、2019.06.01
    125p ¥566 C9497 (2019.07.05読了)(2019.05.27購入)
    Eテレのテキストです。
    著者のこと、作品の時代背景、スイスのこと、鉄道のこと、作品の登場人物、あらすじ、等が丁寧に解説してあります。翻訳上の苦労や言葉の使われ方の変化などにも触れています。言葉の使われ方が変化するのは、日本語だけの現象ではないということですね。
    『ハイジ』は、1997年11月に読みました。子どもたちが、高校や中学に入ってから、子供向けの名作文学というものを読んでこなかったのに気付き、このころ、せっせと読んでいました。講談社の『少年少女世界文学館』シリーズに収録されている作品を全部読みました。大人が読んでも十分楽しめるものが多いことに気がつきました。
    『ハイジ』のドイツ語原文からの初の完訳は、竹山道雄さんによるもので、1952年に刊行された。(7頁) 僕が読んだ『ハイジ』は、その本でした。
    『ハイジ』の第一部は『ハイジの修業時代と遍歴時代』、第二部は『ハイジは習ったことを役立てることができる』と題されています。(10頁)
    「ビルドゥングスロマン」を日本語では「教養小説」と訳すことが多いのですが、「人格形成小説」と言ったほうがわかりやすい(11頁)
    「ビルドゥングスロマン」は、主人公が人格を形成し、発展させ成長していく過程が描かれる小説のこと(11頁)
    「ハイジ」は、「アーデルハイト」という名前の省略形です。(20頁)
    スイスは資源に乏しく、昔から貧しい男たちが家族の生活を支えるために、しばしば外国の傭兵になったのです。(25頁)
    バチカンの衛兵は、現在もスイス人です。
    外国に行った傭兵が故郷を恋しく思う「ホームシック」という言葉は、ドイツ語で「ハイムヴェー」(Heimweh) といって、当時はそれによって体調を崩し、ひどいときには死に至ることもある病気とされていました。フランスではその名を「スイス病」と呼んだそうです。(26頁)

    【目次】
    【はじめに】子どもも大人も味わえる魅力的な原作
    第1回 山の上に住む幸せ
    第2回 試練が人にもたらすもの
    第3回 小さな伝道者
    第4回 再生していく人びと

    ◆解説のなかで挙げている本
    ・「ビルマの竪琴」竹山道雄
    『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』ゲーテ
    『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』ゲーテ
    「ブローニの墓に捧げる一葉」シュピリ
    ・「新約聖書」
    ・『ファウスト』ゲーテ
    「マルテの手記」リルケ
    「魔の山」トーマス・マン
    ・「秘密の花園」バーネット
    ・『智恵子抄』高村光太郎
    ☆関連図書(既読)
    「ハイジ 上」スピリ著・竹山道雄訳、岩波少年文庫、1952.09.15
    「ハイジ 下」スピリ著・竹山道雄訳、岩波少年文庫、1953.07.15
    ☆講談社「少年少女世界文学館シリーズ」セット
    ギリシア神話、ロビン=フッドの冒険、ロミオとジュリエット、ガリバー旅行記、ロビンソン漂流記、宝島、クリスマス キャロル、シャーロック=ホームズの冒険、若草物語、小公子、トム=ソーヤーの冒険、あしながおじさん、黒猫・黄金虫、赤毛のアン、飛ぶ教室、アルプスの少女、ああ無情、三銃士、十五少年漂流記、イワンの馬鹿、ドン=キホーテ、クオレ、西遊記、三国志、(全24巻)
    (2019年7月6日・記)
    内容紹介(amazon)
    アニメには描かれなかった「喪失と再生」の物語
    世界的な人気を誇る日本のアニメ作品が、ゲーテによる教養小説の流れを汲み、19世紀のヨーロッパ社会や宗教観を色濃く反映した原作をもとに作られたことは、あまり知られていない。登場人物の心の葛藤や闇、豊かな宗教性・自然観にも焦点を当て、アニメには描かれていない原作の深淵な魅力に迫る。

  • アニメのハイジは断片的に観ましたが、全体のストーリーを知ったのは初めてでした。心温まる、優しいお話で原作を買ってしまいました。楽しみです!

  • アニメも見てないし、初めてストーリーを知った。ハイジという少女を通じて、本人もおじいさんも血縁を超えた関わる色々な人たちが復活していく希望に溢れた物語。

著者プロフィール

翻訳家、早稲田大学文学学術院教授。ベルンハルト・シュリンク『朗読者』(新潮社)の翻訳で2000年に毎日出版文化賞特別賞受賞。カトリーン・シェーラー『ヨハンナの電車のたび』(西村書店)で2015年日本絵本大賞翻訳絵本賞受賞。そのほかヘルマン・ヘッセ『車輪の下で』(光文社古典新訳文庫)やインゲボルク・バッハマン『三十歳』(岩波文庫)など。

「2024年 『人殺しは夕方やってきた』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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