レイ・ブラッドベリ『華氏451度』 2021年6月 (100分 de 名著)

  • NHK出版 (2021年5月25日発売)
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Amazon.co.jp ・雑誌 (116ページ) / ISBN・EAN: 9784142231263

作品紹介・あらすじ

本が燃やされる「ディストピア」は、SFか、現実か。

読書が有害とされ、本を所持しているのが見つかるとファイアマンに家ごと焼き払われてしまう全体主義的な近未来社会。人びとは甘い仮想現実世界に浸り、考えること、記憶することを放棄している。職務に忠実なファイアマンである主人公モンターグは、ある少女との出会いをきっかけにその職務や、社会のあり方、自らの実存に疑問を感じ始める……。「近未来SF」の姿をとりながら、反知性主義が広がる「現実」を鋭く風刺するこの予言的作品に込められたメッセージを、「思考」「知識」「論理」についての著作も多い科学哲学者の戸田山和久氏が読み解く。

感想・レビュー・書評

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  •  作品内にちりばめられた対比の構造が面白かった。たぶん、解説が無ければ気づかなかったであろうレトリック 暗喩についてまでも解説されたので、たいへん濃密な読書体験だった。(もちろん、通常の読書体験とは別物であることには留意されたい)
     映画版への言及があったのもよかった。私は映画版の存在を知らなかったし、きっと知っていても、価値を見出せなかっただろう。映画版でより洗練された描写がある、という指摘は、まさしく解説ありきの支店だった。
     原著の伏線の数々には脱帽する。特に、鏡の暗喩については言われなければわからなかっただろう。そういったこまごまとした伏線=物語としての説得力の強さが、この原著の魅力の一つなのかもしれない。
     それだけに、未熟な読者である私は「啓蒙」の手段を教えてほしかったと悲嘆せずにはいられない。現実を生きる私たちにとって、神の鉄槌による強制リセットはあまりにも非現実的で、期待できない手段だ。私たちがこれからどうしていくのか、それは、それこそ悩みぬいた主人公のように、私たち自身で悩めということなのだろうか…わたしは、このめくらの洞窟から抜け出せるのだろうか。まさしく鏡を覗き込むような読後感だった。

     ざんねんなところ。少しだけ解説者の政治思想が現れていたのが目に障った。当たり前だが、外国の昔の人間である原作者は、今の日本の政治なぞ知らないし、考慮していない(していたとしてもせいぜい母国のそれだろう)。だのに現在の日本の政治を揶揄するのは、名著の解説といった役割から逸脱していたように思う。
     それだけ原著が克明に未来を見据えたものであったといいたいのだろうけれど、それこそ読者が察するべきところであって、口(文字)で説明するのはナンセンスだ…美意識の違いなのだろうか。

    原著は……いつか読めたらいいね……

    自分のブログ記事より引用しました。

  • 華氏451度を読み終わりこちらも読む。解説の本であるためわかりやすい。
    解説により解像度もあがるというものです。
    こちらも共に手にしてよかった。

  • こんな世界に生まれてたら絶対に生きていけない!と本気で思いました…最後の終わり方がビミョーなので☆4かなぁ?

  • 本より大切なのは、記憶し伝えること(本はその手段)と、それに基づく反省的思考です。

    知性への信頼を取り戻し啓蒙への営みを立ち上げ引き継ぐ。

  • 「レイ・ブラッドベリ『華氏451度』」戸田山和久著、NHK出版、2021.06.01
    125p ¥600 C9497 (2021.07.15読了)(2021.05.26購入)

    【目次】
    【はじめに】寓話としての『華氏451度』
    第1回 本が燃やされるディストピア
    第2回 本の中には何がある?
    第3回 自発的に隷従するひとびと
    第4回 「記憶」と「記録」が人間を支える

    ☆関連図書(既読)
    「華氏451度」レイ・ブラッドベリ著・宇野利泰訳、ハヤカワ文庫、1975.11.30
    「ウは宇宙船のウ」萩尾望都著・レイ・ブラッドベリ原作、集英社文庫、1978.12.31
    (アマゾンより)
    本が燃やされる「ディストピア」は、SFか、現実か。
    読書が有害とされ、本を所持しているのが見つかるとファイアマンに家ごと焼き払われてしまう全体主義的な近未来社会。
    人びとは甘い仮想現実世界に浸り、考えること、記憶することを放棄している。職務に忠実なファイアマンである主人公モンターグは、ある少女との出会いをきっかけにその職務や、社会のあり方、自らの実存に疑問を感じ始める……。
    「近未来SF」の姿をとりながら、反知性主義が広がる「現実」を鋭く風刺するこの予言的作品に込められたメッセージを、「思考」「知識」「論理」についての著作も多い科学哲学者の戸田山和久氏が読み解く。

  • 番組の解説がとても良かったので、テキストも買ってみたのだが、番組よりも詳細に解説が書かれていて非常に良かった。
    まだ原作を読んだことがないので、このテキストを読んでなお一層映画と書籍の両方に触れたいと思った。

  • なかなかに痛烈な物語と解説。
    「古典は十五分のラジオプロ[グラム]に縮められ、つぎにはカットされて二分間の紹介コラムにおさまり、最後は十行かそこらの梗概となって辞書にのる」
    これなんてこの「100分de名著」シリーズの企画にも喧嘩を売っているようだ。

    現代にありがちな(と表現してみたが恐らくはどの時代にもあったはずの)軽薄で、わかりやすいが思考力が要らない、そんな書籍もまた「読書」を駆逐していく尖兵だ。
    思考力を介さない読書に意味があるなら、本を読み咀嚼し嚥下し消化してやがて己れの血肉となす、そんな「本来の読書」の入り口となるときかもしれない。
    天国への門は狭いが、読書への門は広くみえる。門が広いほうが門をくぐるひとは多くなる、そういう意味で救いがある。ただし門の価値は広いか狭いかには左右されない。門はあくまでも、その奥に何が待っているか、どこに辿りつくか、によってのみ価値が定められる。

    現代(そしてあらゆる時代)の活字中毒。書籍フェチズム。本を読むのが好きだが、消費するだけで取り込むもののない読書。精神を肥沃にしない洪水。飲み込みはしてもそのまま己れを通り抜けて排泄されるだけの文字群。
    かたちだけ読んでみて「わけわからない」「読者に(=自分に)寄り添っていない」「共感できない」。理解できず自己の信条と相反するから不愉快だと感じてしまえば、そこで終わり。
    娯楽の読書ならそれでも用は足す。でもちょっと悲しいよね。そこから壁を打ち砕いたら新しい地平が待っているかもしれないのに。

    新しく本と出会うことは新しくひとと出会うことと同じで、理解不能や対立は新しく世界を拓く前触れ。
    誰かにかちんと反発を覚えたら胸をときめかせて一歩を踏み出したい。そんなことを内省とともに読書習慣に刻み込んでおきたい。

  • お題本は未読だが、戸田山氏の別著作で内容を聞き齧っている。普段の語り口よりも随分真面目だとはいえ相変わらず読みやすく、原著への肯定的解釈と批判的意見の両方を取り入れた解説は読み応えもあった。にしてもファストへの批判をファスト的要素のある本で聞く皮肉よ。本はテレビ番組に比べてゆっくりした媒体だというのは同意。そして本著内の定義に沿えば、テレビゲームもゆっくりした媒体だ。私がテレビゲームを好きな理由の1つでもある。

  • 3月19日読了

    華氏451度は以前読んだことがあり、面白くはあったのだが、深くまで解説を見ることでこの描写とは?の意味が深まった。
    これを踏まえてもう一度読んでみたい!

  • 現代社会だけではなく、アメリカの1950年代の大衆消費社会のパロディとも読み取ることができるのか。葬式の平等性。死んだ時、葬式にどれだけ参列してもらえるかで人生の価値がわかるとはよく言ったもんだ。死後即刻に処理するというのは、人生を称賛するわけでも、否定するわけでもないから、一理あるのかもと思った。これからの時代は速読なんかより遅読、一つの物事にどれだけ思考を巡らせることが大事だという軽いHow to本みたいな要素も入ってる、先見の明も兼ね備えた本でもあるのだなと。この本を読み、より解像度が上がった。

  • め……めちゃくちゃ本の読み方わかりますね……すごい現代の話している……

  • 初読。大学の授業っぽく感じた。これを読む前よりは本編をわかったような気になってる。でもわかりやすさを求めて自分で考えることを放棄しているとも言えるなと思った。

  • なるほど そうゆう事か

  • 未来予知に関してはかなりの精度を誇るが、終わり方含めてこんな未来しかないのだろうかというストーリー。
    本編で気づかなかった観点からの考察をもらえるのは嬉しい。
    先生がこの話を好きじゃないと仰ってたのも新鮮でした。
    過去の名作を自分が紹介しにきてるのにテレビで好きじゃないと言えるのは先生のこの話の考察の説得力を上げていると思いました。

  • 「戸田山節」成分は少なかったが、相変わらずこの先生はおもしろい。映画との差分も知れて良い。

    終わり方に関しては、「蒙を啓く」ことで終わるのもあまりに楽観的(というか、作中通りの単純なストーリー展開になりさがってしまう恐れがある)ではあるから、批判されて然るべき(むしろ批判があることに意味がある)だとは思うが、あえて真の理想郷ではなくて、諦めのうえにある理想郷を創ることにしたのではないかと考えた。

  •  『華氏451度』を読んだ後に、この本に目を通してみた。『華氏451度』を最初に読んだ時は、現実の風景を描写しているのか、雰囲気を作り上げるために想像の場面を表現しているのか分かりにくいところがあった。私が想像の場面だと思っていたところが、この解説本では現実の風景の描写だと述べられていることもあって、もう一度読み直したくなった。
     『華氏451度』を読みながら、本が忌むべきものとして扱われているディストピア的な社会の物語から、過去を記録することや疑問や疑いの目を持つことの重要さを受け取ったけど、それって常に素晴らしいものでありうるのか?とも感じていた。だから、解説本で、啓蒙は「目覚めることを強要する暴力」でもあると言っているところに共感した。

  • とても面白い
    本作を読んだこと無いけど、十分すぎるほど楽しめた。
    遠い未来の話ではなく、そこかしこに身近で起こってることが散りばめられており、日常の中の小さなデストピアをたくさん発見することにつながった

  • NHK
    20221219本作読了

    朗読をした朝倉あきさん、玉置玲央さんがすばらしかった

  • 破壊する炎→継承する炎。
    メディアはどんどん簡略化していく。知識人にならなくても生きていける世界になる。

  • 反知性主義。2020年代の課題。また言語(読み書き)が失われて、感情が他者に取り出されるほど浅くなってしまっている。本を読めばいい。本を。画面ではなく本を。本が燃やされる社会とは、画面をみる社会なのではと。

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著者プロフィール

1958年生まれ
1989年 東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学
現 在 名古屋大学大学院情報学研究科教授
著 書 『論理学をつくる』(名古屋大学出版会、2000年)
    『誇り高い技術者になろう』(共編、名古屋大学出版会、2004、第2版2012)
    『科学哲学の冒険』(日本放送出版協会、2005)
    『「科学的思考」のレッスン』(NHK出版、2011)
    『科学技術をよく考える』(共編、名古屋大学出版会、2013)
    『哲学入門』(筑摩書房、2014)
    『科学的実在論を擁護する』(名古屋大学出版会、2015)
    『〈概念工学〉宣言!』(共編、名古屋大学出版会、2019)
    『教養の書』(筑摩書房、2020)他

「2020年 『自由の余地』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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