アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』 2021年8月 (100分 de 名著)

  • NHK出版 (2021年7月26日発売)
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Amazon.co.jp ・雑誌 (116ページ) / ISBN・EAN: 9784142231287

作品紹介・あらすじ

何百人もの「声」がきこえる。戦争を「事実」ではなく「感情」で描く証言文学の金字塔

プロパガンダに煽られ、前線で銃を抱えながら、震え、恋をし、歌う乙女たち。戦後もなおトラウマや差別に苦しめられつつ、自らの体験を語るソ連従軍女性たちの証言は、凄惨でありながら、圧倒的な身体性をともなって生を希求する。そうした声に寄り添い「生きている文学」として昇華させた本作をはじめ、アレクシエーヴィチの一連の作品は「現代の苦しみと勇気に捧げられた記念碑」と高く評価され、ノンフィクション作家として初のノーベル文学賞を受賞した。原発事故、差別や自由、民主主義等、現代世界に投げかけられた問いを提起し続けるアレクシエーヴィチの文学的価値について、彼女とも親交の深いロシア文学研究者の沼野恭子氏が解説する。
★スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチとその作品について
1948年、ソ連ウクライナ共和国スタニスラフという町で生まれる。父はベラルーシ人、母はウクライナ人、執筆言語はロシア語。父の除隊後、一家はベラルーシのミンスクに移住。
1972年、ベラルーシ国立大学ジャーナリスト学部を卒業後、新聞記者、雑誌記者として活動。アレシ・アダモヴィチによるパルチザンの証言集『燃える村から来た私』(ウラジーミル・コレスニクとの共著、未訳)を読んだことがきっかけで1978年より第二次世界大戦ソ連従軍女性への取材を開始。その証言集は、ゴルバチョフによるペレストロイカが始まった1985年に『戦争は女の顔をしていない』として刊行される。その後も一貫して時代の証言者の「感情を聞く」というスタイルで、第二次世界大戦時に子供だった人たちの証言集『ボタン穴から見た戦争』(1985)、アフガン戦争の実態を伝えた『アフガン帰還兵の証言』(1991)、史上最悪の原発事故の証言を集めた『チェルノブイリの祈り』(1997)、ソ連共産主義時代およびソ連崩壊後の混乱した社会を描いた『セカンドハンドの時代』(2013)を刊行。この5作は、共産主義という「赤いユートピア」を目指した人類の実験がどのような経緯をたどり、それを人々がどのように受け止めたかを克明に記そうとしたアレクシエーヴィチのライフワークであり、「ユートピアの声」五部作と総称される。(※いずれも刊行年はロシア語版の刊行年。タイトルは邦題)
ベラルーシでは著作が反体制的とみなされ出版が許されず、2000年~2011年にかけてヨーロッパ各国で暮らしたのちに帰国。
2015年、ノンフィクション作家として初めてノーベル文学賞を受賞。
2020年8月の大統領選挙に端を発した民主化運動で「政権移譲調整評議会」の幹部に名を連ねたことから再び亡命せざるを得なくなる。

感想・レビュー・書評

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  • 名著112「戦争は女の顔をしていない」:100分 de 名著
    https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/112_sensouwa/

    100分de名著 アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』 2021年8月 | NHK出版
    https://www.nhk-book.co.jp/detail/000062231282021.html

  •  番組と連携して読んでいました。

     戦争だけではなく、独裁者と戦う為の大変さはあの大祖国戦争の頃と変わらず。
     
     それでも、彼女は小さな声を聞き取るために生き続けることでしょう。
     
     とても美しく尊い言葉を……。

  • 本編を読む前に、予習としてこのテキストを読んだ。
    沼野恭子さんの解説は、私たちにとって縁遠いロシア関係の専門的知識は必要最小限にされ、まさにアレクシエーヴィチが求めた「市井の人々の語り」のようなやさしい語り口。
    また、来日したアレクシエーヴィチと沼野さんが東京都内の本屋を訪れ、店内で撮ったツーショット写真がP77に掲載されているが、沼野さんが住む地元に初めて来た実の姉を案内しているような親密さがうかがえて思わず頬が緩む。

    だがここに書かれているのは私たちの想像をはるかに超える現実であり、読んでいて頬が緊張で固まることの方がはるかに多い。仮にそれが人間存在というものの真実だとしても、読み進めることで自分の常識とのギャップに苦しめられるおそれもあり、その意味では誰もが親しめるタイプの本ではないのかもしれない。(でも、そもそも本物の良書とはそういうもの。)

    そして読後、私には2つの疑問が生じた。

    1つ目の疑問。アレクシエーヴィチによって、戦場で戦争を体験した数多くの女性が内に秘め、隠していた感情がロシア語で文章化され、それらの「小さな声」が集まることで交響楽団の演奏のように胸を打つ音となって多くの人の心を震わせたのは間違いないはず。なのに、なぜこの本が出版された後のロシアで、まるで本書で書かれた第二次世界大戦での辛苦など忘れ去られたかのように戦争が起こり、それが終わることなく続けられているのか?

    2つ目の疑問。1985年にこの作品が出版され、アレクシエーヴィチが生み出した、人々の小さな声を寄り集めて作品にする手法については、彼女の故郷の国だけに収まらず日本でもその有用性を認められたと言えるはず。なのに、なぜ日本人が遭遇した数々の災難、例えば東日本大震災などの、戦争ではないものの、戦争と同じように人生の大切なものを心ならずも失わせ、それでも生き続ける人たちがいる状況で、日本ではアレクシエーヴィチがしたような小さな声を拾い集めて文学作品化したものが出てこないのか?私が知らないだけなのか?

    1の疑問について、私はトランプ氏が再び大統領に選ばれた事象との類似点を見出す。一般論では「戦争は良くない」「トランプは横暴」で通っている。しかしふたを開けてみれば、どちらも逆の結果が生じているのだ。私もアレクシエーヴィチの手法は正しくて、それによって集められたものが真実を写しているのは間違いないと考えている。しかしどこで“反転”が起こるのか?

    そして2の疑問につながるのだが、これからの(特に日本の)作家には、アレクシエーヴィチが育てた文学的手法とその効果を充分に理解したうえで、文学者としてのさらなる一歩として、その先に待つ“人間がもたらす未解明で不可解な現象”の真実を明らかにしてほしい。
    でも日本では(手法は異なれども志が同じという点で)アレクシエーヴィチと同列で語ることができる作家は(故)石牟礼道子さんしか思いつかないような残念な状況ではあるけれど…

  • 作品の背景と アレクシエーヴィチの文学について、行き届いた解説がなされる。

    私は「100分de名著」などのNHKテキストを、元の番組を観ないまま、手頃な入門書として読むことがわりとよくある。
    テキストは後日新書などにまとめ直されるケースが多いのだが、テキスト自体を買ったほうが安いのだ(セコい話だがw)。

    本書も、小梅けいとによる秀逸なマンガ版『戦争は女の顔をしていない』を読んでアレクシエーヴィチに興味を抱いた人が、次に読む一冊として好適だ。
    いきなり『戦争は女の顔をしていない』の原作を読むのは、けっこうヘヴィーだから。

    ロシア文学の研究者で、アレクシエーヴィチに何度も会ったこともある著者の分析は、さすがに深い。印象に残った一節を引く。

    《私が専門とする文学の研究の視点から見ると、アレクシエーヴィチの作品は、文学と歴史学の関係性を問い直す作品でもあります。文学とはいったい何なのか。これは、アレクシエーヴィチの作品群がノーベル文学賞を受賞したという事実が提起している問いでもあります。アレクシエーヴィチの作品は、文学と歴史学の狭間、境界領域に位置するものとして、これからも考察されていくでしょう》

    《たとえ一つ一つの証言に噓や偽りがあっても、それらがたくさん集まることで、互いに是正され浄化される、というのが彼女の考えです。いろいろな人のいろいろな証言が、響き合い、浄化し合い、作品の大きな輪郭を作っていく。そうした考え方もまた、アレクシエーヴィチの証言文学の特徴であり、面白さだと思います》

  •  「100分de名著」に感銘を受けたので、テキストを買う。引用部分はいずれも感動的。原作を買うべきだったろうか。
     番組の資料映像で、にこやかに行進する女性兵士らを視て、「マンガやアニメみたいなことが現実にあったのか」と思う。
     マンガ化されたというが、樹村みのりがもう少し若ければ任せてみたい仕事だった。

  • 恐らく「同志少女よ敵を撃て」はこのアレクシェーヴィチの原作にヒントを得て書かれたんでしょうね。
    有名で読む価値ありそうだけれど、でも読み通せそうも無いのは「100分で名著」がよろしい。

  • ロシアの文学のことも知れて面白かった。
    『戦争は女の顔をしていない』読んでみたくなった。

  • アレクシェーヴィチ戦争は女の顔をしていない 沼野恭子 NHK

    沼野さんの通訳を介さずに
    本人の本を直に読んで感じるべきだ
    「戦争は女の顔をしていない アレクシェーヴィチ 岩波現代文庫」

  • 原作を読まねばならぬ。こんな作品がありながら、なぜ戦争がおこるのか。

  • 時代背景がより分かった。

  • 「戦争は女の顔をしていない」その本の背景で
    わかりにくかった部分が解説されていたので、
    より本の理解が深まった。
    声を記録する。証言文学。歴史か文学か。
    小さき人々の声のコラージュ。
    エンパシー。
    薄い本だけれど、考えることの多い解説本だった。

  • 「大きな内容を秘めたちっぽけな人たち」から得た証言文学
    「戦争は女の顔をしていない」ー『屋根の下の戦争』(アレシ・アダモヴィッチ)

  • Audibleで『戦争は女の顔をしていない』を聞いた後、読む。
    証言者からの言葉を引き出すときに、対面でなく、横に座ったり、話したくなるまで静かに待ち続けたり。老女たちが振り返る自身の物語には、虚飾も入り交じるだろうが、小さき人間の語る大祖国戦争がずんと心に入ってくる。
    時代背景などの解説も合わせて、「戦争は女の顔をしていない」を文字としておさらいするのには非常にわかりやすかった。

  • 著者の沼野さんは直接アレクシェーヴィチにインタビューするなど、アプローチできていることは、解説書として意義は大きいです。やっぱりリアルには敵わないですね。
    「証言文学」はアレクシェーヴィチのまったくの”オリジナル”ではなく、タイトルも”先駆者”の文からとられています。しかしそこから自分の伝えたいことを素直に表現したら「声によるロマン」という独自の手法になった。自分のことを「声の作家」と呼んでいて、典型的な表現者としての成功者です。
    『戦争は女の顔をしていない』のオリジナルはまだ読んでいませんが、ソ連が100万人もの女性を兵士として動員させていたことは、本書がなければひょっとして本国でも知らない人が大勢いたかもしれません。まさに「小さい人間」「声なき声」を拾い上げる意義を感じますが、アレクシェーヴィチが伝えたかったのは、そういう人々の「感情」です。人間の感情に重点を置くならば、それは文学といえます。
    証言者は数は少ないけど、男性も登場します。この人の言葉は女性をなぜ証言者として採用したのかを端的に表現しています。「私のはもっと具体的な戦争の知識だ。彼女〔妻〕のは気持ちだ。気持ちの方がいつだってこういうことがあったという知識よりもっと強烈だ。」男性が指摘してるのは面白いですが、アレクシェーヴィチが描きたかったのは、年表のような歴史じゃないんですね。
    沼野さんは、アレクシェーヴィチの取材は時として、証言者に「癒し」を与えたといいます。それが分かるのが結婚はしたけれど夫が出て行ってしまい、独り暮らしをしている女性の言葉です。「それっきり、一人で暮らしています。天涯孤独の身です。来てくれてありがとう……」普通の歴史書では決して見出されることのない「小さい人」。それをきちんと本に書き残し未来につなげていく。名著である意味も分かります。
    アレクシェーヴィチの”凄さ”がわかるエピソードを最後に一つ。取材で「友達」のように話してくれた女性へ、後に〔本に載せようとした原稿なのか〕文書を彼女へ送ったところ、返送されたのが「ずたずたに削られた原稿」だった。
    これは「人間の二面性」についてのエピソードとして登場しますが、アレクシェーヴィチは回想のなかでこう言っています「私は忘れられない、ニーナさんの台所で打ち解けてお茶を飲んだことを、そして二人で泣いたことを。」
    彼女の証言者への絶対的な共感力と信頼感がこの言葉に表れています。

  • 原作は読んでいないが、ざっくりと本の内容を掴むことができる良書だと思う。
    引用部分のどれもに衝撃を受けた。
    また、アレクシエーヴィチがどのような人であり、どのような姿勢や手法でこの本を書いたのかということも非常に分かりやすく解説されている。
    引き込まれるようにして一気読みした。

  • NHK
    20230214 本書

    ペレストロイカが始まった1985年初版発行
    ユートピアの声5部作と言われる
    1991年ソ連崩壊
    第二次世界大戦戦独ソ戦の従事した女性たちの 聞き取りがまとめられている
    2015年ノンフィクション作家として初、ノーベル文学賞受賞

    ・ソ連の女性自ら志願100万人動員
    ・スターリン の「兄妹姉妹よ」と愛国心を鼓舞され建前として女性が含まれる
    一方で女性は家事と子育てだけという考え
    家父長制度が根強い

    ・女性らしさ
    当時長い髪を切ることは涙すること、結婚時に髪を編んでもらう
    銃剣にスミレ
    集めた包帯でウエディングドレスを作る
    恋愛する

    ・プロパガンダ
    ポスターと歌、戦争に協力するよう仕向けられた

    ・戦後
    ドイツの捕虜になりながらも戦後国に戻ったら逮捕、ヨーロッパの家など見たものを言わせないため
    これは長年タプーな話、レーニン死後解禁

    戦争に行った女性も、社会から特に既婚女性からいじめ
    男性が少なく取り合いになっていることから
    国の利益にとっていいように女性は利用された、だんだん口をつぐむようになる

    ・文学目線から
    セカンドハンドの時代より
    歴史が扱うのは事実だけで、人の感情はほったらかしにされている。歴史に感情持ち込んではいけないことになっているのだ。
    だからこそ私は歴史家の目ではなく人文学者の目で世界を見る。

    ・著者の共感
    血が怖い、電気が怖い、トラウマになってしまった
    お腹を空かせた捕虜達にパンをあげた
    男達もはじめ揶揄していだが、魚の油が入ったおかゆを敵にあげた
    著者は同情でなく共感として載せた

    ・動物と人間の共生
    撃たれた馬の悲鳴のようないななきは恐ろしい、牛、鳥何もかもが人間の言葉を叫んでるように聞こえた
    2016年福島に訪れた
    もっと動物と人間の共生考えなければ
    そのため新しい哲学を生み出さなければいけない、エコロジカルな哲学を
    ソ連崩壊、拝金主義のような古い資本主義の道を選ぶ、絶望する人も
    そしてナショナルスティックな指導者を求める声が強くなってしまった

    ・現在
    著者の国ベラルーシ
    2020年大統領不正疑惑
    訴えた民主化の評議会のメンバーは、逮捕や国外追放を強いられている
    幹部の著者も同様に国外追放のため海外で活動している

    著者はインターネットで声明をだした
    「私たちは政変を企てたのではない
    自分たちの国の分裂を防ごうとしたのだ
    社会で対話が始まることを望んだのだ
    同胞達に言いたい、私は皆さんを愛している、誇りに思っている」

  • テレビで戦争を語っている若い今どきのコメンテーターに、是非これを読んで語ってもらいたいと思う。

  • 第二次世界大戦に従軍した女性達にインタビューしたものをまとめた本。原作本も読んだ。旧ソ連の体制が変わったことによって、やっと話せる人もいるという、今も続く彼女たちの苦悩。

  • 第二次世界大戦期のソ連において軍務に従事した女性兵士への聞き取りをまとめた2015年のノーベル文学賞作品「戦争は女の顔をしていない」を解説した番組をテキスト化したもの。
    おもに同作の特徴、文学的意義、アレクシエーヴィチ作品の作風とそのルーツ、大戦当時のソ連の戦時体制について解説している。

    「戦争は女の顔をしていない」は500人にもおよぶ元女性兵士への証言記録を連ねた、オーラル・ヒストリーに近い証言文学だ。
    内容としては、戦争中の酸鼻な光景、戦後に渡って続くPTSD、男性から・あるいは従軍しなかった女性からの差別、戦場における恋愛など、情緒に訴える体験が多く、
    戦略・戦術の評価をしたり、戦争の政治的意義を論じたものではない。
    しかし、ソ連のイデオロギーに沿った"正統な"作品が軽視してきた感情の歴史、女性の語りに価値を見出し、ひとりひとりの「生」のディティールをすくい上げることに成功している。

    通常、証言とは作者の意見を補強するための資料であるが、同作ではあくまでも証言がメインであり、作者自身の地の文や意見はところどころに挟まれる程度にしか書き添えられていない。
    証言とは主観的な記憶によるものであるから当然、思い込みや錯誤はあるのだが、膨大な数の証言(ひとりで行う取材数として500人は相当な人数だろう)を集めることで互いに補正しあい、彼女らの生きた時代の輪郭を浮かび上がらせている。
    以上のような独創的な手法をもって証言記録が文学であると認められ、「文学の定義」が拡張された点に、同作の文学的意義がある。

    証言文学は社会の言論の自由度によって増補・改訂される可能性があり、実際に同作も2004年に増補版が刊行されている。初版が出版された1985年時点では検閲で削除された内容があり、ペレストロイカ、ソ連崩壊などの社会の大きな変化を経て言論の自由が広まるにつれ、かつての証言者が訂正や証言の追加を求めたため、加筆の必要に迫られたからである。
    このように、時代の変化とともに成長する作品、アレクシエーヴィチのいう「生きた文学」の形が示されたことの意義も大きいだろう。

    ひとりひとりの証言を丁寧に拾うアレクシエーヴィチの作風はどのようにして生まれたのか。
    直接的には、大戦期にパルチザン部隊で活動したベラルーシ人作家アレシ・アダモヴィチの執筆スタイルを受け継いでいるが、「小さな人間」や「ちっぽけな人間」に焦点を当てるのは、プーシキンやゴーゴリ、ドストエフスキーといったロシア文学の伝統に根ざしており、そこにベラルーシ人の父・ウクライナ人の母をもち、ロシア語で執筆するアレクシエーヴィチの、複数のスラブ文化を横断する出自が重なって形成されたと言えるだろう。
    アレクシエーヴィチという作家は突然変異的に発生したのではなく、地理的・文化的土壌の下地の上に生まれたのである。

    以上のように、作品を読むだけではつかみにくい特徴や考察が述べられており、同作の理解を促進するための良質な副読本になっている。
    「戦争は女の顔をしていない」を読む際のかたわらに、あるいは事前に100分de名著を呼んでおくことで、より深い理解を得られるだろう。

  • 2021I091 051.1/2021.8
    配架場所 A5 新着図書

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著者プロフィール

1957年生まれ。東京外国語大学名誉教授。ロシア文学、比較文学。著書『ロシア万華鏡』(五柳書院、2020年)、『ロシア文学の食卓』(ちくま文庫、2022年)、共著『アレクシエーヴィチとの対話』(岩波書店、2021年)、共編書『ロシア文化55のキーワード』(ミネルヴァ書房、2021年)、訳書ウリツカヤ『ソーネチカ』(新潮社、2002年)、クルコフ『灰色のミツバチ』(左右社、2024年)など。

「2024年 『ロシアの暮らしと文化を知るための60章』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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