読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』 別冊NHK100分de名著 (教養・文化シリーズ)

  • NHK出版 (2018年8月28日発売)
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Amazon.co.jp ・雑誌 (128ページ) / ISBN・EAN: 9784144072369

感想・レビュー・書評

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  • 大人になるとは、どういうことなのか?。結局、それが「坊ちゃん」のモチーフだったのだなと思うのです。清の死とともに物語が終わるのが、いかにもと思えた。話しが横道にそれたまま脱線していく場面が多々見られ、何かよくわからなかった。少し期待外れ。

  •  どこかで読んだ『坊っちゃん』の紹介文に「痛快小説」とあり、疑問符が浮かんだことがる。読了後は痛快と言うよりほろ苦い気持ちになったので。本書でも書かれていたように、坊っちゃんと山嵐はうらなり君の仇討ちを果たすが、学校を去らねばならないのは赤シャツではなく坊っちゃんたち。勧善懲悪で終わらないところが意外でもあり、興味深かった。その辺の理由も書かれており、またひとつ新しい解釈が増えて深くなった。

  • 「特別授業『坊っちゃん』」養老孟司著、NHK出版、2018.09.30
    132p ¥864 C9490 (2018.09.04読了)(2018.08.27購入)
    養老孟司さんによる読書案内です。対象は、中学生です。紹介する本は、夏目漱石の『坊っちゃん』です。僕は、高校生のときに読みました。内容はあまり覚えていません。
    養老さんの講義は、『坊っちゃん』の内容半分、養老さん自身の体験半分といったところです。作者の漱石のことも話されています。
    『坊っちゃん』の事より、養老さんの体験や考え方の方に圧倒される感じです。

    【目次】
    はじめに 本ばかり読んでも意味がない
    第1講 「大人になる」とはどういうことか
    第2講 自分の頭で考えろ
    第3講 先生が教えない大切なこと
    第4講 寄り道のすすめ
    特別授業を受けて 生徒たちの感想
    夏目漱石略年表

    ●読書をすれば(5頁)
    いつの頃からか、「読み聞かせをすれば賢くなる」「読書をすれば賢くなる」と勘違いする親が増えてきた。
    ●本ばかり(6頁)
    私は本が好きだったが、「本ばかり読むな」「本を読むと自分で考えなくなる」とよく言われたものだ。
    ●読書が(7頁)
    読書が人生を変えることもある。
    私にとってそれは、デカルトの『方法序説』と、R・D・レインの『引き裂かれた自己』だった。
    ●『坊っちゃん』(32頁)
    『坊っちゃん』は、子どもが大人になっていくある種の過程です。その過程は松山の中学校を舞台に、教員の世界として描かれている。その裏に流れているのは、大人になって日本の世間とどう折り合うか、すでに折り合って生きている人をどう見たらいいのかということです。
    ●大人になる(43頁)
    「自分で考えるしかない」
    考える人の自立です。
    世間が何と言おうと、自分で考え、選んだ道をゆく。(48頁)
    ●基本は独学(74頁)
    教育の基本は独学、その根本は学ぶ気持ちです。学ぶ本人に「学びたい」という気持ちがなければ、何を教えても伝わらない。
    ●面白い本(84頁)
    本を読みなさいとあれこれ指導しなくても、面白い本に出合えば、ひとりでに読むようになる。

    ☆関連図書(既読)
    「坊ちゃん」夏目漱石著、新潮文庫、1950.01.31
    「唯脳論」養老孟司著、青土社、1989.09.25
    「解剖学教室へようこそ」養老孟司著、筑摩書房、1993.06.25
    「考えるヒト」養老孟司著、筑摩書房、1996.07.10
    「解剖学個人授業」養老孟司・南伸坊著、新潮文庫、2001.04.01
    「虫眼とアニ眼」養老孟司・宮崎駿著、徳間書店、2002.07.31
    「バカの壁」養老孟司著、新潮新書、2003.04.10
    「ほんとうの復興」池田清彦・養老孟司著、新潮社、2011.06.25
    (2018年9月11日・記)
    内容紹介(amazon)
    学校では教えない、生きる上で大切なこと
    「本は読まなくてもいい」「効率は求めない」……。生徒との対話は、世間の常識を覆すことから始まった。人間が成熟するとはどういうことなのか? 他人の評価を気にせずに道を切り開く術とは? 漱石と「坊っちゃん」の姿を自身に重ねながら、養老流・人生の極意を伝授!

  • 著者が夏目漱石の坊ちゃんを題材として、中学生に特別授業した内容が纏められている。著者と作家と小説がシンクロしているように感じ、ふさわしいテーマとして仕上がっている。大人になる、というプロセスや意味合いを、著者の視点や思いでわかりやすく説明している。著者の人となりを知っている人には予想通りの展開であり、小気味良いテンポである。坊ちゃんのお世話役であった下女の清(きよ)の取り上げ方がいい。

  • 本ばっかり読んでるとだめだ。と本に言われた。

    時間を支配されていると幸せじゃない、みたいなことが書いてあったが、たしかになと思った。今のソシャゲとかゲームは、ひたすらに時間を吸い取られていって、気づけば睡眠時間が削られてしまう。
    時間を支配、、、は強い言い方だが、コントロールすること。

    それと、インプットばかりするのではなく、アウトプットも大事にすること。
    なにか感想を残しておこうと思ったのはこの本のおかげとも言える。

  • 夏目漱石は世間と自身のズレを描いた。大人になるとは、年齢や身長ではなく自分自身で考えるということ。坊っちゃんが大人になる過程を通してそれを小説に落とし込んでいる。

    新聞は当時はゴロツキの集まりでエリート集団ではなかった。仕事は10のうち6か7でよい。清が最後の数行で死ぬのもリアリティのある構成。など、タメになる要素も数多くあった。

  • 養老先生が中学生と共に読み解く、「坊っちゃん」と夏目漱石。

    坊っちゃん読了後、コミカルで面白かったなと感じていた私。
    その奥に「大人としての生きる姿勢」が読み解かれており、非常におもしろかった。


    以下引用。

    漱石が描いたのは、人の成熟と社会との関係。
    本来の教育の目的というのは、時代がガラリと変わっても、どこに行っても生きていけるすべを身につける場を提供することだ

  • 養老孟司、ラオスの森に虫取りに行くの凄くない?だってラオスって地雷沢山埋まってて勝手に入っちゃ行けない森とかあるのに。でも、タイで東南アジアの森沢山行ってみたけど、自然のジャングル感が凄いし虫取り好きな人からしたら聖地なんだろうな。

    「声に出して読んでみるとよくわかりますが、漱石の文章にはリズムがあります。正岡子規(* 1)と同窓で、俳句や漢詩に造詣が深かったこと、落語が好きだったことも関係しています。  皆さんはどんな印象を受けましたか。──流れるような感じがする。──ほかの文豪と違って、読みやすい文章だと思った。  この小説はとても短い時間で書かれたそうです。まさに私がいま話しているように流れるように書いており、原稿には修正の跡もほとんどない。一週間から一〇日間くらいで書かれたと言われています。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著


    「 言葉は時代とともにどんどん変化します。しかし、漱石の場合は一〇〇年以上も前の作品にもかかわらず、現代の日本語と大差ない。漱石は、いまにつながる日本語を作った作家だといえます。  私が文章を書き始めた時も、漱石の文章が私にとってのテキストでした。漱石の文章はわかりやすく、構築能力も優れている。『三四郎』(* 10)などはその典型で、明解です。  多くの作家には、その作家固有の言い回しや表現があり、いい意味でも悪い意味でも引っかかるところがあります。しかし、漱石にはそれがない。誰が読んでもわかりやすい。「わかりやすい =易しい」わけではありません。  漱石の文章は私にピッタリくるんです。以来、漱石の作品を次々と読んで、中学生でほとんどの作品を読み終わりました。当時は『三四郎』までは面白かった。ただ、『明暗』や『それから』は少し大人の小説で、あまりピンときませんでした。  読みやすく、わかりやすく、誰もが知っている。私が子どもの頃、漱石は国民的な作家でした。いまでもそれは変わっていません。毎年、読書感想文の課題図書にもなっている。日本人の多くは漱石の作品が好きなのです。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    「漱石においてはロンドンでの英文学の研究が影響しているのかもしれません。イギリスの作家は物語の構築が非常に上手い。『クリスマス・キャロル』や『二都物語』を書いたチャールズ・ディケンズ(* 14)や、『虚栄の市』のウィリアム・ M・サッカレー(* 15)など、一九世紀に売れた作家はみな、巧みなストーリーテラーです。  そして、漱石自身も、権力や世間とうまく折り合うことができず苦労してきた。それが、『坊っちゃん』の主題になったのでしょう。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    「私はそもそも自分で問題を見つけることが苦手でした。だからこそ、私は医者になってはまずいと思った。問題が向こうからやってくる「楽さ」に慣れて、自分が怠けてしまうのではないかと危惧しました。そもそもあまり自分が持っていなかった「問題を考える能力」がなくなってしまうのではないかと思ったのです。  自分が学ぶためにはどうするのがよいかと考えた末、臨床医学ではなく解剖学を選びました。そういう意味では大変なほうを選んだ。わかっていたことですが、やっぱり苦労しました。  でも、いいこともあります。臨床の患者さんは噓をつくんです。噓をつくというと語弊がありますが、「痛い」と言っても、どこまで痛いのかはその人の感覚でしかありません。頭が痛いといっても原因は違うところにあることもある。  ところが、死んだ人は噓をつきません。ですから非常に安心です。自分が間違えるだけのこと。相手に騙されることはありません。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    「日本人が「大人になる」のは、結構難しいことです。皆さんもご存知の通り、日本の社会は「忖度の社会」です。周りを敏感に見て、波風を立てないようにしていれば無事に過ごせます。でもそこで、自分で考えて生きることは難しい。  坊っちゃんはまさに、その「忖度の社会」で、自分で考えて生きようとしている。それは、悪戦苦闘することにつながります。  赴任早々、生徒たちとの間で次々と騒動が起こります。天麩羅蕎麦を四杯食べては「天麩羅先生」と冷やかされる。団子を二皿食べた、温泉の浴槽で泳いだと、生徒が一挙手一投足を見張っている。  宿直の夜には布団に大量のバッタを入れられるという嫌がらせを受けます。それについて、教頭の「赤シャツ」と腰巾着の「野だ」と「坊っちゃん」でこんなやりとりがありました。「赤シャツ」に誘われて三人で釣りに出かけた時の会話です。少し読んでみましょう。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    「「同じ」を見つけられるようになることは、偏見を持ち始めるということです。偏見がないと何を見ているのか全く見当もつかない。それではものは見えない。観察するためには、そのものを見るための偏見が必要です。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    「先生はなぜ偉いのか。肩書きがあるからとか、実績があるからではない。東京大学を出たから、ノーベル賞を受賞したから、そんなことは関係ありません。こちらがその気になれば、猫だって立派な先生になる。うちの猫は毎日寝てばかりですが、ああして楽しく生きていけるとは人生の達人だ、学びたいもんだと私は思います。  学ぶ側が、「この人は自分にないものを持っている」「この人からこのことを学びたい」と思えば先生になる。君たちにはそういう人がいますか。自分に足りないものを持っている人が自分にとっての先生です。自分に足りないところ、欠けているところがわかっている人は、何も教えなくても自ら学ぼうとします。  学生やインターンを教える時も、一番大事なのは、本人の「学びたい」というモチベーション。それがない人は誰に何を言われても勉強しません。そんな人は大学に来る意味はない。  いま、そういうことは横におかれています。自分が何を学びたいかもわからない。それどころか、大学に合格したらもう何もしたくないという学生が入試で高得点をとって入学してきます。だから、入学後に何をしていいかわからなくなって五月病になる。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    「厄介なことに、東大は特に「東大だから入りたい」という人がやって来ます。東大医学部なんてその典型です。東大医学部に入れる成績だからという理由で、医学に興味もないのに入学するやつがいる。数学のほうが好きなら数学科に行けばいいのに、医学部のほうが偏差値が高いからと入ってくる。そういう学生を二人くらい数学科に送り込んだこともあります。  いまの教育は、一人一人の「学ぼうという気持ち」を潰しているんじゃないかと思います。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    「英語を使う脳と日本語を使う脳、これは様々な言語がある中で、最も使う脳の部分が離れていると言われています。だからそもそも日本人には難しい。  また、それ以前に、日本人が全員、正しい英語を話す必要なんてない。外国人の中に日本語がちゃんとできる人がいるように、日本人の中に英語ができる人もいるのは当然で、お互いにそういう人がいれば事足りる。必要な人だけ学べばいい。全員がやる必要は全くないと思います。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    「読書も、やっぱり人によって好き嫌いがあると思います。本を読まない人は、本を読まなくてもほかに楽しむものや学ぶものはある。無理強いすることはありません。本をたくさん読めば、何かいいことがあるのか。私の経験から言えば、文章を書くことは上手になるかもしれない。最終的に役に立つのはそれくらいでしょう。  子どもの頃、私の家にはあまり本がありませんでした。一〇歳年上の兄が呑兵衛で、亡くなった親父の本を持ち出して売ってしまっていた。でもなぜか気がついた時には、本が好きになっていました。古本屋で手に入れたり、学校で読んだりしていました。岩波文庫は家にあったかもしれません。岩波文庫に漱石全集もありました。布張りの表紙をよく覚えています。  小学校二年生の夏、終戦の年のことです。鎌倉駅前に住んでいたので強制疎開となり、家も取り壊され、母の田舎に数ヶ月疎開しました。母の妹にあたる叔母は、本をたくさん持っていました。いわゆる文学少女です。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    「本を読みなさいとあれこれ指導しなくても、面白い本に出会えば、ひとりでに読むようになる。なかなかいい本に出会えずつまらない本ばかり読んでいると、嫌になってしまうのも無理はない。私だってつまらない本はつまらなかった。  その人が本気で書いた本はだいたい面白い。漱石はその一人です。小説ですから漱石が実際に経験したことばかりではないけれど、胃潰瘍で死んでしまうくらい本気で小説を書いている。だから面白いんだと思います。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    子どもの頃には、漱石のほかにもいろんな本を読みました。芥川龍之介(*5)も子ども向けのものを書いているのでかなり読みました。しかし、この人の書いていることは作り話だなと思っていた。漱石のほうがずっと現実を映している。  芥川の話は、『蜘蛛の糸』や『杜子春』など、完全にお伽話、ファンタジーです。『羅生門』『鼻』『藪の中』などは『今昔物語』の焼き直しです。芥川は『今昔物語』を近代的に解釈し、見事に書き換えている。芥川がいうところの『今昔物語』の「美しい生々しさ」を解釈し直し、心理劇に編纂しているのです。  例えば、『鼻』に出てくる禅智内供という僧の鼻は、なぜだか長い。鼻は何度も縮んでは二、三日で元に戻る。鼻という身体の一部が勝手に伸び縮みして主人公と周囲の人物を振りまわします。それだけの話で、もともと心理的なことが描かれていたわけではありません。しかし芥川は、それを題材にしてその「鼻」をめぐる本人と周囲の人物の心理の葛藤を描いたのです。  それを読んで、子どもながらに、芥川は噓くさい人だと思っていました。ずいぶん後になって、その噓くささが何かに気がつきました。  芥川は、頭で考えて作っている。それは、人間の心理の世界であり、身体が置き去りになっている。「身体という自然」が「心理という人工」に加工されている。  感覚を使って生きることと、それを抽象化して文章にすることを、つなげるのは大変なことです。そういう意味でも、ジャン=アンリ・ファーブル(*6)の『昆虫記』は面白い。日本では『ファーブル昆虫記』。

    「その後も漢文をはじめたくさんの本を読みましたが、大学ではこんな忠告を受けました。「本は読むな」  これには色々な理由がありますが、第一に、昔の研究には外の光が必要だった。当時は鏡で外の光を取り入れて研究したので夜には研究ができませんでした。だから、「昼間は本を読むな」と言われた。本を読んだ分だけ顕微鏡を見る時間が減るからです。要するに、本を読んでいると、「実際に何かをする時間がなくなる」ということです。  君たちも、スマホを見ていると実際に何かをするヒマなんて全くなくなってしまうでしょう。あっという間に時間が流れていく。当時は、本を読むのはそれと同じことだと言われました。  本を読むよりも、山などの何もないところに何も持たずに出かけて、仕方がないから歩く。そういうことをやりなさいと言われた。実際に体で何かすることと、本を読むことのバランスをとれということです。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    それから、本を大事にとっておく人が多いようですが、私にとって本は実用品です。大きな本は重くて持ち歩けません。だから大きい本はなるべく読まない。どうしても読みたい本なら、必要なところだけ破いて持ち歩きます。バラバラになったらそれをまたまとめればいい。ちゃんと読んだ本ほどバラバラになる。綺麗な本は読んでいないことになる。  いまはコピーしたり、デジカメで撮影してデータにして、スマホにでもパソコンにでも入れておけば楽なものです。電子書籍で買えばもっと楽です。 『種の起源』を書いたチャールズ・ダーウィン(*8)。彼も本を破いていました。特に雑誌は、自分にとって必要のない情報がたくさん載っている。ダーウィンは必要な論文だけを切り取って、あとは捨てていた。この気持ちはすごくよくわかります。  情報は自分で必要なものを選ばなければ、きりがない。どこが必要かを見分ける力が大切です。情報はそのように読むものです。スマホもそうです。ネットニュースやSNSなんて、自分に必要なところだけ読まないと、時間がいくらあっても足りない。  だから、私は図書館には行かない。人の本も借りない。図書館の本や人に借りた本を破ると怒られます。必要な本は購入します。買って、躊躇なく破る。ただ、破いて持ち歩いた本には危険も多い。旅先のホテルに破いた本を忘れたことがありますが、探してもらっても見つからなかった。破いた本は、ほかの人にはゴミにしか見えません。

    「 日本では、楽しんで仕事をすると怒られる。難行苦行で、渋い顔をしてするものが偉い、それが良い仕事だと思われる節がある。  だから、日本ではモーツァルトよりもベートーベンが人気があるのです。モーツァルトは美味しいものを食べて機嫌のいい時は、メロディがどんどん出てくると言っている。日本人はそんなものは仕事としてあまり認めたくない。道楽だと思ってしまう。苦虫をかみ潰したような顔のベートーベンのほうが、ありがたいと思うのでしょう。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著

    「ただ一つの目的だけを効率よく達成することが大人になることではありません。無目的に山を歩き、ふと気がつくこと。虫を探すという目的がありつつも、違う目的が思わぬことで達成されることもある。自然の中には全く予期せぬ出会いもある。寄り道や回り道をすることで、人間は思いがけず成熟していくのです。  最近の人は、安全な範囲内で物事を済まそうとする人が増えてきた。そうすると面白いことは起こりません。私は、「これをやろうと思うんですけど、どう思いますか」と聞かれると、「やってみなきゃわからない」と応えます。すると「無責任だ」と言われる。それなら人に忠告など求めず、自分で決めたらいいのです。ダメでもともと、試してみてダメなら仕方がない。そういうことを若いうちにたくさんやっておくことをお勧めします。」

    —『別冊NHK100分de名著 読書の学校 養老孟司 特別授業『坊っちゃん』』養老 孟司著


  • めちゃくちゃ面白かった。
    『坊ちゃん』に限らず、読者の楽しみ方を学べるテキスト。でも全然テキスト感はなくめ、養老孟司先生のエッセイを読んでいる感じ。口語調だから、自分に話しかけてくれているような感覚になる。

    夏目漱石の魅力も存分に紹介されていて、漱石の本を読破したくなった。

    漱石にしろ、養老先生にしろ、知的な人の頭の中をのぞくのは面白い。

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著者プロフィール

養老 孟司(ようろう・たけし):1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士(解剖学)。『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。『バカの壁』(新潮社)で毎日出版文化賞特別賞受賞。同書は450万部を超えるベストセラー。対談、共著、講演録を含め、著書は200冊近い。近著に『養老先生、病院へ行く』『養老先生、再び病院へ行く』(中川恵一共著、エクスナレッジ)『〈自分〉を知りたい君たちへ 読書の壁』(毎日新聞出版)、『ものがわかるということ』(祥伝社)など。

「2023年 『ヒトの幸福とはなにか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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