別冊NHK100分de名著 自分の感受性くらい 茨木のり子 若松英輔 特別授業 読書の学校 (教養・文化シリーズ)

  • NHK出版 (2018年11月27日発売)
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Amazon.co.jp ・雑誌 (124ページ) / ISBN・EAN: 9784144072383

感想・レビュー・書評

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  • 若松英輔さんが東京の豊島岡女子学園中学校を訪れた授業。

    詩の読み方が変わる授業です。
    テキストは茨木のり子さんの詩。

    若松さんは私たちにも詩を書いてみようと勧めています。

    ・書きさえすれば詩との関係はすぐによくなる。
    ・詩を読んで詩を書く。書いたらまた読む。それを繰り返す。そしてできるなら詩をめぐって信頼できる人と、たくさん話をするとよい。
    ・詩を書くことは「答え」を探すことではなく「問い」を見出すこと。必要なのは「答え」ではなく「応え」「手応え」のような実感。
    ・本当の「問い」と出会うことができればその「問い」がみなさんを人生の深みへと導いてくれる。
    ・困難はさまざまな思索と工夫を私たちに求めてくる。そこに真の創造性が宿る。詩を深く味わうための近道は詩を書くこと。
    ・詩を書くことには真剣に真摯に書くことが求められる。誰かに褒められようと思って書くと、本当に必要な言葉に出会うことができない。
    ・心でつむがれた詩には必ず、今日の一語がある。今日しか見つけることのできない言葉。この今日の一語を見つけることが詩を読むということ。


    私に詩が書けるとは全く思えないけれど、この授業を受けた生徒たちは皆「詩を書いてみたい」と感想を綴っています。私も詩という形でなくとも何らかの形で「問い」を探すために書いてみないとこの本を読んだ意味はないかもしれないと思いました。


    若松英輔さんが生徒の感想に宛てた詩より一篇を抜粋。


    「黄金の手紙」
    目で 文字を追うのではなく
    こころで コトバを読む
    そのとき 詩は
    彼方の世界から送られた
    黄金の手紙になる

  • 「特別授業『自分の感受性くらい』」若松英輔著、NHK出版、2018.12.30
    120p ¥864 C9490 (2018.12.12読了)(2018.11.28購入)
    『自分の感受性くらい』は、茨木のり子さんの詩集の題名です。この本は、この詩集を題材に若松さんが、女子中学生に行った講義をまとめたものです。
    「この本で、君たちといっしょに考えたいのは詩を読む方法ではないんだ。詩と共に生きてみる喜びなんだ。ぼくたちが困難に直面したとき、詩がどれほどたしかな同伴者になってくれるかという事実なんだ。」(8頁)
    「詩は、やはり書いてみないとその世界を確かに感じることは難しい。でも、別な言い方をすると、書きさえすれば、詩との関係はすぐによくなる。」(4頁)
    「「読むと書く」「聴くと話す」は、呼吸のような関係になる。「読む」は吸うこと、「書く」は吐くこと。「聴く」は吸うこと、「話す」は、吐くこと。好きな詩を書き写してみると、世界が変わり始める。」(5頁)

    茨木のり子さんの本は、読んだことがなかったので、この本を読む前にかみさんの本棚にあった「おんなのことば」(童話屋)を読みました。「おんなのことば」は、茨木さんの6冊の詩集からのアンソロジーです。冒頭にあるのが「自分の感受性くらい」でした。「知命」も収録されています。

    ◆茨木のり子の略歴
    1926年、大阪生まれ
    1937年、母・勝死去
    1943年、帝国女子医学薬学理学専門学校(現・東邦大学薬学部)に入学
    1949年、三浦安信と結婚
    1955年、第1詩集「対話」を刊行
    1958年、第2詩集「見えない配達夫」を刊行
    1965年、第3詩集「鎮魂歌」を刊行
    1969年、「茨木のり子詩集」(思潮社)を刊行
    1971年、詩集「人名詩集」を刊行
    1975年、夫が死去
    1977年、詩集「自分の感受性くらい」を刊行
    1979年、「詩のこころを読む」(岩波ジュニア新書)を刊行
    1982年、詩集「寸志」を刊行
    1992年、詩集「食卓に珈琲の匂い流れ」を刊行
    1999年、詩集「倚りかからず」を刊行
    2006年、79歳で死去
    2007年、詩集「歳月」を刊行

    この本で紹介されている詩は、「鍵」「自分の感受性くらい」「内部からくさる桃」「知命」「言いたくない言葉」(「茨木のり子詩集」1969年・所収)「歳月」(「歳月」2007年・所収)の6篇です。その内、『自分の感受性くらい』に収録されているのは、4篇だけです。

    【目次】
    はじめに これから詩を書こうとする君たちへ
    第1講 詩とは何か
    第2講 感受性とは何か
    第3講 生きるとは何か
    第4講 言葉とは何か
    ◆生徒と講師、言葉を贈り合う
    ◆詩と出会うためのブックガイド
    (既読のもの)
    「おんなのことば」茨木のり子著、童話屋、1994.08.17
    「智恵子抄」高村光太郎著、新潮文庫、1956.07.15
    「新編 宮沢賢治詩集」宮沢賢治著、角川文庫、1953.12.20
    「汚れちまった悲しみに……」中原中也著、集英社文庫、1991.01.25
    「地獄の季節」ランボオ著・小林秀雄訳、岩波文庫、1938.08.05
    「折々のうた」大岡信著、岩波新書、1980.03.21
    「みだれ髪」与謝野晶子著、新潮文庫、2000.01.01

    ●批評(12頁)
    批評の本質は、「これは何なのか」「この人は何者なんだ」ということを考える営みです。目の前にいる人、事、思念をめぐって「これは何なのか」ということを考えていくのが批評です。
    ●詩を読む(12頁)
    詩を読むという営みは「世界とは何か」「生きるとは何か」「言葉とは何か」ということを考えていくことに通じる
    ●心(18頁)
    私たちの身体が食べ物でできているように、私たちの心は言葉でできています。
    ●感受性(42頁)
    感受性というのは、みなに平等に与えられた感性が、その人らしく開花している状態のことを指します。
    ●知命(69頁)
    「知命」とは五〇歳のことです。孔子の言行録である『論語』に由来する言葉です。

    ☆関連図書(既読)
    「おんなのことば」茨木のり子著、童話屋、1994.08.17
    「内村鑑三『代表的日本人』」若松英輔著、NHK出版、2016.01.01
    「石牟礼道子『苦海浄土』」若松英輔著、NHK出版、2016.09.01
    「神谷美恵子『生きがいについて』」若松英輔著、NHK出版、2018.05.01
    「for ティーンズ」ヤマザキマリ・瀬名秀明・若松英輔・木ノ下裕一著、NHK出版、2018.08.01
    (2018年12月14日・記)
    内容紹介(amazon)
    生きづらさを抱える人へ
    なぜ人には詩が必要なのか? 国民的詩人・茨木のり子が遺した素朴な詩は、なぜ日本人の心に響くのか? 「詩」を感じることができれば、言葉は人生を支える糧となる。詩と出会う大切さを知ることで、自分を励ますための言葉が見つかる一冊。累計15万部突破の「読書の学校」シリーズ最新刊!

  • 若松さんの悲しみの秘義を読んで、他の著作に興味がわいた。悲しみの秘義を読んだ時の、悲しみに抗うのではなく抱き締めるような表現が頭に残っていて、この人の「読み方」が知りたいと思った。



    批評の本質は、「これは何なのか」「この人は何者なんだ」ということを考える営み。だから、単に「これはいい」とか「これは悪い」とか、ものごとの判断をするものではない。

    目の前にいる人、事、思念をめぐって「これは何なのか」ということを考えていくのが批評。詩と出会うということは、批評の一端を学ぶことでもある。詩の中には、批評的な要素が沢山含まれている。

    真剣に書く。それは「作品」としては荒削りなものになるかもしれない。しかし、その言葉は個々の人生の根幹に関わるような問題とつながっている。

    それは、自分の人生にとっては決定的に重大な意味がある。他人にはあまり意味のないことでも、自分の人生にとってはとても重要なことというものがある。

    ーーーー

    文学とは、そこに何が書かれているかを確かめる経験ではなく、何が書き得なかったのかを味わおうとする営みを指す。
    (書きたいことがあって筆をとるが、書いてみると恐ろしく普通のことしか書けず、言いたいことが全部書き表せない経験はないか?)

    文章の読解は入り口で、その著者をもってしても語り得なかったことは何かを考える。

    文学は、言葉で語り得ないことを言葉で表現しようとする試み。だから、詩として文字になったものを味わうのではなく、文字にならなかった何かをも味わってほしい。

    人間が使う言葉を「言葉」、言語の形をしていないそれを「コトバ」とすると、
    絵を描く人にとって色はコトバ、
    楽器を演奏する人にとって音はコトバ
    鳥の囀りは鳥にとってコトバ

    茨木さんが詩で伝えようとしているのは、このカタカナの、コトバの存在。

    ーー

    読むと書くという行為は、あなたを必然的に独りにする。言葉は、あなたに、孤独になることを求めてくる。

    ーー
    感性は万人に平等に与えられている。だけど、万人が同じように感性を開花させてはいない。人によって異なる。知性や理性もそう。

    感受性というのは、みなに平等に与えられた感性が、その人らしく開花している状態のこと。現時点でどれだけ感性を育てられているかによって違い、広く深く育てることができる。

    ★言葉は種。心の土地に蒔かれた種に水を注ぐと、色々なものが育つ。畑があれば、自分と自分の家族が食べていくくらいの食糧を育てることができる。これは比喩ではない。むしろ、日頃見過ごしている現実。

    我々はいつ、人生における心の水やりを怠るのか?それは、汗を流すことを忘れる時、涙を流すことを忘れる時。

    懸命に生きれば、人は知らぬうちに汗を流す。他者の心を感じ取るように生きていれば、愛する何かがあれば、必ず涙を流す。

    懸命に生きることをやめたとき、愛することをやめたとき、他者との繋がりを断ち切る時、人は水やりを怠る。

    ーー

    人は普段、自分を守るために鎧を着ている。他者に対しても自分に対しても鎧を着ている。鎧はある種の攻撃から身を守るもの。だが、鎧に自分を乗っ取られてはいけない。学歴、組織、地位、職歴、財産、権力など、いろいろな鎧がある。これを打ち捨てる必要はない。しかし、本当の人間性はこれらの奥にあることを忘れてはいけない。

    社会的弱者という表現があるが、そう呼ばれる人々はいわば、この鎧を失っていることが多い。鎧がないことは責められるべきことじゃない。守られるべき存在。人は誰でも弱者になる可能性がある。天災や病気など。

    ーー
    心で紡がれた詩には必ず今日の一語というものがある。今日でしか出会えなかった言葉。この一語を見つけることが詩を読むということ。

    ーー
    声にしたり文字にするとたちまち大切な意味が薄れ色褪せるようなそんな言葉がある。人には、そんな、声にならないコトバ、言葉にならないコトバがある。それを味わうのが詩。

    表に現れるのは、その人が感じている豊かな思いのうちの、ごくわずかでしかない。それを理解した上で他人と関わる。世界と関わる。

    語り得ない心の交わり、コトバの交わりの世界があることを知る。

    ーー

    大切な人と長く一緒にいたいと思うのは、自然なこと。でも茨木さんは、そういったおもいがある一方で、私たちは「稲妻のような真実」、たった一日でも稲妻に打たれたような衝撃とともに真実を経験することがあるという。 たとえ何十年もの長い間、一緒にいたとしても、もしかすると、その歳月は時間とともに記憶から消え去っていくかもしれない。しかし、私の心に落ちたこの「稲妻のような真実」は永遠に過ぎ去ることがない。この「たった一日っきりの/稲妻のような真実」は、私たちの人生に幾度か訪れるもの。

    ーー

    詩は、おもいを言葉に置き換えることであるよりも、言葉のちからを借りて、容易に言葉に収まらない何かを世に送り出そうとする試みなのかもしれない。

    言葉にならないことを言葉で書こうとするなんて、おかしなことをいう、と感じるかもしれない。でもよく考えてみるとぼくらは、毎日、言葉によって言葉ではいえないことを相手に伝えようとしているのではないだろうか。

    好きな人に好きだといえないから、おはよう、という。本当に大切だと思うから、心からありがとう、という。 文字の上では、単に「おはよう」「ありがとう」であっても、ある人たちのあいだでは、また詩の世界では、この上なく美しい、情愛に満ちた言葉になる。
    試みは、うまくいかないこともある。強いおもいを心に秘め、あることに挑戦している人が、君たちの前にいる。でも、この人の挑戦には困難が多いから、そう簡単にはうまくいかない。当然、失敗することもある。でも、どこまでも真剣だ。
    こんな人の姿をみて、君たちは笑うだろうか。うまくいかなくても諦めないで、何度も何度も試みる人の姿をばからしいと感じるだろうか。

  • 中学生対象の読書の学校を本に纏めてあるものだが、対象年齢は、限定されるものではなく、詩とは何か、生きるとは何かを問う、深淵なる自己との旅を応援してくれる一冊でした。

    若松秀輔さんの人生観は、自分の中に1番良い先生が眠っている、必要な言葉は自分の中にあるというもので、中学生、読者に、コトバ、詩を読み書く事で、自分と向き合うことを提案されていました。
    生きることに誠実になり、より深く自分と向き合うことに、詩が助けになるよ、ということで、読み終わると言葉を紡ぎたくなります。

  • 自分の人生を支えていく言葉を、どこからか見つけるだけでなく、自分で手作りしてもよいのだなという発見があった。気恥ずかしいと思いつつも詩を書き始めたくなる。誰に見せるわけでもなく自分のために。

  • 詩を読む、詠む、書くことが楽しくなる一冊。何度か著者の講座に参加させて頂いたが、言葉の本質を見極め、深い洞察力や感性を言葉の端々から感じた。

    本著では、学生と共に詩を身近に感じる特別授業の形式になっている。
    学生自身も詩への興味を持つきっかけになる良い経験になっていることを感じさせてくれる内容だった。
    巻末には詩に関する著名な詩人の作品が紹介されており、良著であると思う。

  • 茨木のり子の誌を通じて、自分の人生を支える言葉を見つけることの意味を伝えてくれている本。

    自分の人生を支える言葉は、名言や格言ではなく、難解な用語を駆使したものでものない。自分自身に向けて書かれ、自分自身が読むための言葉が、自分を支えてくれる言葉になる。

    筆者はそのために、「詩」を書くことを勧めている。そして、茨木のり子の詩も、そのように自分自身に向けて書かれた言葉であると感じた。

    この詩人を知ることができてよかったし、それによって言葉の力を再確認することができて非常に良かった。

  • 詩とは何か、感受性とは何か、生きるとは何か、言葉とは何か。茨木のり子の詩と向き合いながら、若松さんがそれらの問いに彼の言葉で応えようとする。だから響く。中学校の生徒を前にしての講義を文章化したもので、読み手にも語りかけるような優しい言葉たち。読みやすいが内容は深い。巻末には生徒たちの感想。真摯で飾らない言葉にホッとする。その一つ一つに若松さんから詩が贈られていて、とても素敵なテキストでした。

  • ブックオフでたまたま見かけて手に取った本。詩ってもちろん自分だけで味わうこともできるけど、他の方の解説・解釈を取り入れるのも新たな発見があって好き

    『はじめに』に書いてあった、茨木のり子さんの言葉はしなやかな筋肉を持って躍動している、というのがよく分かった。引き締まって無駄がないようで強くてうつくしい。作中でとりあげられている詩のどれも好きになった。「歳月」だけは鋭さのようなものがなくて、柔らかい優しい印象だった

    茨木のり子さんの詩の批評に加えて、自分のための言葉を自分で編みなさい、というまっすぐなメッセージも嬉しくなった。今の私には日記が同じようなものかもしれないな。

    岩崎航さん、原民喜さん、石牟礼道子さんたちの言葉にも触れてみようと思った。

  • 2022.01.08 朝活読書サロンで紹介を受ける。『自分の感受性くらい』は茨木のり子(1926-2006年)の詩集。

    2007年版金パツ先生で、茨木のり子の詩が取り上げられる。本書著者の若松氏は東工大リベラルアーツの教授。

    自分の感受性くらい自分で守れ。
    「どう生きるのか」と「生きるとは何か」は違う。HowではなくWhatを問う。

    「自分の感受性くらい、自分で守れよ。ばか者め」

    自分の思っていることを言葉として吐き出す。それが詩。

  • タイトルになっている茨木のり子の
    詩が大好きで読んだが、
    これは、茨木のり子の詩を題材に
    詩というものが人にとって
    どういう存在かを語る、入門書。

    ラストの生徒の乾燥に触発された
    一連の詩が特に素晴らしい。
    思わず手帳に書き留めた。

  • 詩を書くことは、内なる自分と向き合い、コトバを紡いでいくことなのだと教わった。

    誰かに褒められようと薄っぺらい言葉を選ぶのではなく、生きる意味を深く深く問い、真摯に書くことの大切さを教わった。

    昔出会った茨木のり子さんに、出会い直せた一冊。

  • 思わず手帳を開いて五行詩を書いてみました。自分との対話、言葉にならない言葉を読み取る心耳、心眼という言葉も印象に残りました。茨木のり子さんは元々好きな詩人ですが、若松さんは、違った角度での捉え方をたくさん示してくださりより深く理解できました。

  • ■メインテーマ
    詩を感じることができれば、言葉が人生を支える糧となる理由とは?

    ■著者の主張
    生きるとは何かという人生の根本にある問いを見つけるのに必要な自分の感受性を磨いてくれるのが詩である。

    ■感想
    普段わたしたちは、自分のうちに秘めた生きるとは何かという人生の問いを追うことはせず、どう生きるかばかりを生活の中から一生懸命掴みとろうとする。生活の中で身につけた学歴、地位、財産、権力などの鎧を作ることばかり追ってしまっている。

  • 詩人・茨木のり子の「自分の感受性くらい」を取り上げて高校生に授業をした時の講義をまとめたもの。ざっくりと茨木のり子のことが分かる。

  • 18/11/27。

  • ◆身体は食べ物で、心は言葉でできている◆
    詩は自由に読んでいい—そう思っていても、いざ読むと「よくわからない」と戸惑うことも。詩が難しいと感じる人にこそ手に取ってほしい一冊です。この本では、批評家・若松英輔が茨木のり子の詩を手がかりに、「詩とは何か」「読み方に正解はない」ということを丁寧に教えてくれます。
    言葉と向き合い、込められた思いを想像し、限られた文字から広がる世界に出会う…そんな読み方がしてみたい、そして自分でも詩を書いてみたいと、きっと思えます。

  • 詩とは、書き手(詩人)のやむに止まれぬ想いがあって、溢れ出たものだと著者はいう。
    茨木のり子の詩は自分も好きだが、この人の凄さはありふれた言葉で、人間の”物語”の本質を表現できることだ。本書を読んで、改めて確認できた。「本質」は読めば重たい気持ちになるものだけど、どんな言葉を使ってやろうかと貪欲になることもなく(いや、言葉選びには苦労されたであろう。そこは詩人ならではの苦悩があったはず)、表面上はサラッとしながら、読む人に鋭く突きつける。それが茨木さんの詩の特徴かと思う。
    若松さんは、ずっと「言葉」の大切さを説かれているが、本書もしっかり主張されている。

  • とても面白かった!普段話したり聞いたりがほとんどで、読むことや書くことは他人とのLINEや仕事でのメールやチャットでしかできていない。仕事は関係なく自分自身について向き合う際に、他人や自分と話す、聞く、読む、書くことについて、それぞれに特徴があってどれも大切だと感じた。詩について知りたいなと安易な気持ちで読み始めたが、意図せず、コミュニケーション全体について深く考えるきっかけとなった。また、言葉以外の非言語コミュニケーションについても触れていて、本当に大切なことだと感じた。茨木のり子さん、岩崎航さんという素敵な詩人を知ったので、機会を見つけて詩集を読めたらいいなと思った。

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著者プロフィール

1968年新潟県生まれ。批評家、随筆家。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」にて第14回三田文学新人賞評論部門当選、2016年『叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦』(慶應義塾大学出版会)にて第2回西脇順三郎学術賞受賞、2018年『詩集 見えない涙』(亜紀書房)にて第33回詩歌文学館賞詩部門受賞、『小林秀雄 美しい花』(文藝春秋)にて第16回角川財団学芸賞、2019年に第16回蓮如賞受賞。
近著に、『あなたが言わなかったこと』『詩集 見えないものを探すためにぼくらは生まれた』『自分の人生に出会うために必要ないくつかのこと』(以上、亜紀書房)、『霧の彼方 須賀敦子』(集英社)、『光であることば』(小学館)、『藍色の福音』(講談社)、『読み終わらない本』(KADOKAWA)など。

「2026年 『[増補新装版]本を読めなくなった人のための読書論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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