NHK出版 学びのきほん ブッダが教える愉快な生き方 (教養・文化シリーズ)
- NHK出版 (2019年6月25日発売)
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感想 : 81件
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Amazon.co.jp ・雑誌 (112ページ) / ISBN・EAN: 9784144072444
作品紹介・あらすじ
仏教は、まったく難しくない。ブッダが教える愉快な生き方
ブッダの出家から悟りまで──その人生から、仏教と禅の「原点」を学ぶ。「ただ坐る」「何もしない」「受け入れる」など、ブッダが教える「オーガニックな生き方」とは。スターバックスやフェイスブックなど、アメリカ大手企業に坐禅を指導した禅僧が考える、「ブッダが本当に伝えたかったこと」の集中講義!
みんなの感想まとめ
日常生活における気づきを深め、自己成長を促す内容が魅力的なこの書籍は、ブッダの教えを通じて愉しい生き方を提案しています。著者は、伝統的な仏教の修行が辛いものであるという先入観を打破し、心が軽くなる実践...
感想・レビュー・書評
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仏教とは愉快に生きるための方法を教えてくれるとのこと。
考えてもどうしようもないことは闘わず逃げず、受け止めた上でその時自分のすべきこと、できる事だけを楽しく淡々とする事は、愉快に生きるために必要かもしれない。
医学は闘うもの、芸術は逃げるもの、仏教は向き合うもの。とのことだが、仏教の考え方を理解するかどうかを別としてもこういった考え方は生きやすさにつながりそう。
本で読んだからもうわかった!と思わず、実際に体験してみたり、さらに学んだりするような姿勢も人生にさらなる彩りを加えるだろうな。
そして坐禅をせずとも、今置かれている状況をもがかずゆっくり受け止める時間を作るのは良いことなんだろうな。実践したい。
仏教は人生を楽しむエッセンスが詰まっている!と言われている感じで、もっといろんな教えも知りたいと感じた。入門にぴったりの本だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
【まとめ】
1 ブッダの学び
仏教は「行の宗教」である。「行」とは、身心丸ごとで行う修行のこと。特に、私が学んできた「禅」の世界では、坐禅はもちろんだが、掃除や食事などの日常生活全般を修行ととらえる。生きることそのものから「学ぶ」ことが修行である。
いつどこで学んだのかは本人もわからないけれど、周りとの交流全体から自然に何かが学ばれていく。このような学びを私は「オーガニック・ラーニング」と呼んでいる。
「仏教の学び」は、もちろん経典などを読んだりもするが、日々の生活全体から、いつでも、どこでもオーガニックに学んでいく。教科書もないし、先生が手取り足取り教えてくれるわけでもないので、何をどう学ぶかはその人次第だ。
「ブッダのように修行して生きる」とは、 誤解を恐れずに一言で言えば、それは「愉快な生き方」のことだ。仏教は、各自が自分の愉快な生き方を学ぶための参考書である。
2 学ぶことは変わること
ドゥッカとは、パーリ語で「思い通りにならない人生の絶対事実」という意味。「苦しみを乗り越える」というのは、生老病死それ自体をなくすことではなく、それを深く理解し、受け入れて生きることだ。
ブッダは、生老病死という事実を恐れたり、それから逃げようとする代わりに、むしろ縁起という真理を深く学ぶために、それにきちんと向き合って理解しようとした。
人生の厳粛な事実を理解し、生きる条件として素直に受け入れることは、「愉快な生き方」のポイントである。ドゥッカがあっても、いや、むしろあるからこそ愉快に生きることができるという逆説だ。
学得よりも「体得せよ。自得せよ」というのが禅の根本思想である。
ブッダは経典を学んだのではなく、ただ生きることを学びとした。そのブッダの生き方に倣おうというのが、禅の、そして仏教本来の立場だと私は理解している。経典はあくまでもそのための参考書にすぎない。
学校的な学びとは、知識を得ることと同義。しかし、林先生の主張では、学ぶことは、自分自身が変わること。つまり、何かを本当に学んだら、「それまでの私」ではなくなって、「新しい私」がそこに生まれるということである。
坐禅で大切なことは、そういう人間の作為的努力を手放して、身心を自ずからなる働きに任せて調和させ、現在に何も足そうともせず引こうともしないことである。おおらかにのびのびと坐ることで、安楽(身は安らかで、心は悦ばしいこと)の世界へと入っていけると言う。
この安楽こそ、私が愉快と呼んでいるあり方だ。禅が大事にするのは特殊な苦行や荒行ではなく、坐禅で味わう安楽と同じクオリティをもって日常の何気ない行為の一つ一つを行うことである。
3 愉快な生き方
ドゥッカに対して、ブッダは、「闘う」でもなく「逃げる」でもない、第三の道を示している。それは、「触れてよく観る」ということだ。
勉強にしても、仕事にしても、修行にしても、そして人生にしても、 どうせやらなければならないことなら、どうせ引き受けなければならないことなら、まず「受けたもう」とその気になって取り組むことが肝心である。私が山伏修行でしたように、自分に起こってきたことに対してまずは「受けたもーう」と声に出して受け取ってみよう。
どんな体験でも「受けたもう」の精神で愉快に受け止めていくためには、生きている本来の「自己」と、頭が作った、思考や感情で悩む「自我」の大小関係や本末関係をしっかりと認識しておく必要がある。その上で、小さくて枝末にある「自我」よりも、大きくて根本にある「自己」のほうに軸足を置いて生きるようにしなくてはならない。
「学ぶ」は英語で「ラーン(learn)」だが、仏教の修行においては、「アンラーン(unlearn)」も同じように重視される。「ラーン」は「身につける、獲得する」というプラスの営みですが、「アンラーン」は逆に、「知識を捨て去る、学んだことを意識的に忘れる、知識・先入観・習慣などを捨て去る」といったマイナスの営みである。
自分や世界は刻々と更新されていくもの。だからこそ、学んだ既知に居つかずそれを手放し、未知に対してうぶな心でワクワクしながら出会っていこう。 -
本書で語られる「愉快」とは、単なる表面的な「楽しさ」よりも、もっと深いレベル(自分の存在や魂そのものが身体を通して感じられる悦び)の状態を指します。これは、常に溌剌と元気で「自分が生きていること自体が心地よい」という存在の根本レベルでの肯定感です。
この愉快の体得のため、本書は「学校的学び」から、「オーガニック・ラーニング」(身体で体得し、全身で変わっていく学び)への転換を強調しています。禅の実践は、このオーガニック・ラーニングの核となります。思い通りにならない現実に対して、結果や答えを求めて焦るのではなく、そのままの状態を受け入れていく在り方です。坐禅や瞑想なども身体感覚を研ぎ澄まし、「今、生きている自分を受け入れる」という意識で行うことが重要です。
また「禅問答」の主目的も「知識を増やす」ことではなく、「既存のものの見方を根底から転換すること」にあります。これは正解を導くためのやり取りではなく、学問的な問い答えを超えて、自我や思い込みを“揺さぶり”、心や身体で真実を直接体得するための修行方法だということがわかります。
さらに著者は、どうにもならない現実や未解決の問題、もやもやや違和感に対し、「今のまま」を受け入れて耐える力(ネガティブ・ケイパビリティ)が大切であると強調します。禅の実践は、ポジティブ思考だけでなく、こうした受容の在り方を身につけることができます。
私たちは「自分でコントロールできない」因縁のネットワーク(縁起)の中で存在しています。生老病死などの苦しみは、その事実自体ではなく、「自分ではどうにもならないこと」に対する私たちの反応によって生じます。苦しみの本質は、それを避けたり無くしたりすることではなく、深く理解し、受け入れることにあるとされています。ブッダの初期の修行の失敗から、苦痛に耐えるのではなく受け入れるという姿勢が本質的な解放につながることが本書からわかりました。そのプロセスは興味深く、禅の実践などを通して実践できると思いました。 -
この本はどちらかというとブッダに関する専門書のような説明が多め。
日常生活に落とし込んで実践したい自分には「反応しない練習」の方が好きだった。
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原始仏教、ブッダのことについてわかりやすく簡単に書いてある
入門書としては最適 -
人生は学びで満ちている
学校的な学びだけが学びではない
五感で捉える
真に幸福とは何か
自分で辿り着く -
仏教の修行とは辛いものという先入観があったが、愉しいものであるべきということを伝えられている。
読んでいて特に参考になった気づきは以下3点。
・「豊かな生活」を過剰に追及して「豊かな人生」を犠牲にしていると、精神的に貧しくなる。
・幸せ=快感÷執着 、苦しみ=痛み×抵抗
・doing(すること)→being(あること)、座禅はやることを最大限に減らしていく
書物や経典から学ぶこと以上に、生きること全てから学びがあるという意識を持つようにします。 -
書店のヨガコーナーで発見。ヨガをしばらく練習してきて、いまどこに向かっているのか悩んでいたけど、この本を読んで方向性が見えてきた。たくさんの知識や技術を身につけたことで、逆にガチガチになって、頭でっかちになっていたんだな、と素直に思えた。先人のことばもいろいろ紹介されているから、また折りに触れて読みたい。
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初心者のこころを忘れずに。触れて、観察してみる事。
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仏教は慰めるための宗教ではなく、今を生きるための宗教なんだと改めて思った。
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とても分かりやすく書いてあるが逆に疑問も増えてしまった。ありのまま受け入れる。難しい
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ブッダをただ単に崇めるのではなく、ブッダの生き方に憧れ、自分の生活に取り入れよう
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少し読みにくく、私の心にはあまり響かなかった。
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学びのきほんシリーズ。サラッと読めるので早起き出来た朝活用に。
元々仏教の思想には興味あって色々読んでみたりしていたけど、いまいち難解で入って来なかったけど、きほんというだけあって腑に落ちる内容だった。
そしてそもそも仏教の基本にある思想は長年生きてきた中でそれなりに感じてきた思考だったと再認識できたのは良かった。
上手く生きてるってこと。
ただ、この感じを上手く言語化出来ている藤田師の凄さが何より感じいるところだった。
俄然、禅の思想に興味を持つ事が出来た良書。
藤田師の他の著作も読んでみようと思う。 -
仏教的学び方の一端を垣間見ることが出来た。
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禅とは何か、考え方の枠組みを示した入門書。
学問仏教(学得)を脱し、仏陀がそうしたように自ら実践し体得、自得せよ、というのが核。
筆者曰く、禅とは「オーガニックラーニング=赤ちゃんが遊びながら深い学びを自然と得ているように、すべての活動が学びになること」。そして生涯にわたり終わりがないものであること。
また、自己(生きている本来の己)が根本であり、自我(道元は「吾我」と定義。思考や感情で悩むもの)は枝葉とのこと。それを混同し、自我による不平不満に振り回され、「何をするか(ドゥーイングモード)」で考えることは、むしろ自我の肥大化を招く。自己の在り方(ビーイングモード)であり、ありのままを受け入れることが平穏で愉快な生き方につながると説く。
禅のイメージを持てたのはよい読書体験だった。いつか禅を体験してみたい。 -
ふわっと仏教についてわかった。また気が向いたら、深めようと思った。
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学びは愉快なり
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藤田一照の作品
