アデスタを吹く冷たい風 (ハヤカワ・ミステリ 646)

  • 早川書房
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感想 : 11
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  • Amazon.co.jp ・本 (197ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150006464

感想・レビュー・書評

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  • 短編集。本書がトマス・フラナガンの全集ともいえるようです。
    非常に寡作で、シリーズのテナント少佐ものでさえたった4編しかない。
    これは残念。とても残念です。なんたってすごくおもしろい!
    久しぶりに読みたいけど読み終えたくないという至福の時間を過ごせました。
    まさに珠玉の短編集。傑作です。


    【アデスタを吹く冷たい風】テナント少佐シリーズ。このシリーズの舞台は
    地中海にある架空の「共和国」なので、この「アデスタ」もおそらく架空の地でしょう。
    葡萄酒を運ぶ商人が国境を越えて銃を密輸しているようである。一体どこから銃を調達し、どうやって運んでいるのか?
    銃の運搬方法については特に驚くことはありません。しかし、テナント少佐が語るこの密輸の重要性、彼の祖国への想いに心打たれます。この熱い想いが、結果としてあのような結末に繋がっていくのが素晴らしい。この短い物語の中で、テナント少佐のこの国での立ち位置や、彼の人となりがよく分かります。

    【獅子のたてがみ】墓地での博士と領事の会話場面と法廷場面が交互に描かれ、やがて驚きの真相が明かされるという構成が上手い。法廷場面で大体の事の顛末が分かり、墓地の場面ではそれについて語り合う2人がおり、2つの場面は事件についてを互いに補っているように思います。
    が、終盤でまさかの展開。テナント少佐の優秀さと狡猾さが際立ちます。独裁支配下の共和国という変わった状況下でこその事件です。読み終えるとタイトルが素晴らしい。

    【良心の問題】殺されたのは重要人物でもなんでもない一人の男。殺したのはナチスドイツでも悪名高き国際手配の男フォン・ヘルツィッヒ大佐。義憤に燃える医師だが、少佐は男を国外へ逃がすという……。
    テナント少佐がどういう人物なのか読者としては分かっていますが、医師の視点から見れば憤懣やるかたない展開です。
    しかし最後に語られる少佐の「おとぎ話」にひっくり返ります。散りばめられた手がかりもおもしろいですし、戦時下を生きた男たちの矜持や悲哀もみえます。
    そして登場した共和国の将軍の胡散臭さがまた良いです。

    【国のしきたり】「何か」が密輸されているという情報を掴んだものの、国境を治めるバドラン大尉はどんな密輸品も見逃さない優秀、勤勉、そして愚直な男。この男の目をどうやって欺いて密輸されたのか?
    融通の利かないのバドラン大尉のキャラクターがおもしろいです。どうやって密輸が成されたのか。バドラン大尉の性格が密輸事件だけでなくラストの結末にも重要な要素となりました。最後のテナント少佐とバドラン大尉の会話が良い。バドラン大尉からみた二人の優秀な上官というのもおもしろかったです。

    【もし君が陪審員なら】妻の殺害容疑をかけられていた男は無罪になった。しかしその後に明かされた男の驚くべき過去。男は本当に無実だったのか?
    弁護士がとった法律家としての行動はうなずけます。もし私が陪審員なら無罪をだしたかもしれません。結末に意外性はないですが、結局この結末であっても男が有罪か無罪かは分かりません。驚くべき、しかしいまいちピンとこない動機も含めて、ぼんやりとした終わり方がより気味悪いです。

    【うまくいったようだわね】嬉々として犯罪事件を語り合う男たちを想像するに、推理小説を楽しく読んでいる自分のことを顧みてしまいました。
    夫を殺しておいて都合のいいことばかりを言う妻に辟易としますが、同じくらい口ではあーだこーだいいながら偽装工作に真剣に、楽しそうに取り組む男にも呆れます。最後の種明かしの仕方が劇的で素晴らしい。直前の狂ったような女の描写もおもしろいです。彼女は夫たちの話をそばでずっと聞いていました。

    【玉を懐いて罪あり】「北イタリア物語」。献上する緑石が盗まれたという密室事件ですが、密室の謎よりもミスリーディングがおもしろいです。
    15世紀イタリアを舞台に歴史上の偉人も出てきて、歴史に疎いわたしには難しかったですが最後の一行には驚きました。

  • 再読。何度読み返しても素晴らしい絶品短編集。
    革命により「将軍」支配する軍事政権となった架空の国で、職業軍人であり官憲であるテナント少佐。自身は革命戦争時には「将軍」と敵対する立場だったが、革命後の独裁政権下では将軍の下で官憲としての忠実に働いている。
    この背景設定と、密輸、スパイ事件など不穏な空気をまとった事件が絶妙にマッチしている。将軍の部下でありながら一匹狼として己の大義を貫くテナント大佐の絶品の頭脳戦、堪能しました。素晴らしいの一言。
    ノンシリーズの「うまくいったようだわね」は舞台で見てみたいサスペンスの良作。どれを読んでも外れなしでした。

  • これはよい短編集。
    特にファシズム政権の国を舞台としたテナント少佐物の4編はブラウン神父のような逆転劇を見せてくれて面白い。そのような国で大義をつらぬく警察官であるというのは難しい。それ故に事件を解決するだけでなくそれ以上の手を打ってゆく探偵という特殊なキャラが生まれたのだと思う。

  •  鮮やかな短編小説。小品ながら鮮やかなトリックが印象的だが、同時に「奇妙な味」も感じさせる。作者はこの7作のみを残して消えた謎の作家だという。

     最後の「玉を懐いて罪あり」のみは既読であった。とても残酷なトリックで、こういうトリックを思いつく犯人を生み出す時代そのものが、すでに犯罪的である。

     ヨーロッパの独裁国家を舞台としたテナント少佐シリーズも、盲点をつくようなトリックが素晴らしい短編で、そういう点ではブラウン神父ものに似ている。ただ、世界観は冷え冷えとしていて、ブラウン神父とは、まるでネガとポジの関係にあるように感じる。

     怖いけれどつい入り込んでしまうような雰囲気は魅力的で、できることならばテナント少佐が登場する長編を読みたいものだが、無い物ねだりであるのが残念である。

  • 7つの短編が収められています。
    私はそもそも、短編がそんなに好きではなくて。それというのも、短編と言うのは、一面から光を当てる、と言う書き方になることが多く、欲求不満になってしまうことが多いからですが、これは、とっても良かった。

    7作中4作が、架空の軍事国家を舞台に、テナント少佐と言う傲慢で無遠慮な男の織り成す物語。
    密輸品を国境で捜査したり、スパイ射殺事件の責任者だったり、ナチスの残党に関わったり、いつも、一筋縄ではいかない状況に彼一流の方法で対処します。
    そして、この少佐が、実に、良い。
    短く、ぶっきらぼうな物語を読むうち、架空の国とテナント少佐が、本当にそこに存在するんだなあと言う、実在感が感じられてきます。彼の人となりもその背景も、少しづつし書かれていないのですが、窮屈な状況の中で信念を曲げない骨太な男性像が、まざまざと浮かび上がって魅力的。もっと読みたい!と思ったのに、4作で終わってしまうのがすごく残念でした。

    残りの3作品も、私好みの夫殺しと言うモチーフもあって、すごく面白かった。
    ぜひ、一読をお勧めしたいですね。

  • ハヤカワ・ミステリ復刊希望アンケートで1位を獲得した2003年の復刻版だが、1961年に発行されたものと同じ内容。宇野利泰さんの訳は、昔クイーンやクリスティ、ガードナー、カーなどで何冊も読んだことあるが、今読むとやはり古いな。この作品も、新たに現在の訳者が新たに訳したら、私のイメージも変わって来るかも。ただ、最初の4編のテナント少佐ものは1952年から56年に書かれたものだが、設定や登場人物は決して古臭くない。主人公のテナント少佐も非常に魅力ある人物のように思える。でも、結論的には今一つ私は入り込めなかったなあ・・・

  • HPB646
    ポケミス50周年記念「復刊希望読者アンケート」で、5年前の同アンケートに引き続き連続1位に輝いている短編集。

  • テナント少佐かっこいい~!

    この短編集の7編のうち4編は独裁者「将軍」が支配する「共和国」が舞台。主人公のテナント少佐は将軍を支持してはいないが、おもてだっては反抗できない。共和国の正義と自分の良心をともに満足させるために上手く立ち回りながら事件を解決する。このニヒルでクールな、でも実は熱い名探偵にしびれます。内面をあまり描いていないところがいいんでしょうね。いや~、かっこいいっす。

    「アデスタを吹く冷たい風」「国のしきたり」は密輸事件、「獅子のたてがみ」と「良心の問題」は殺人事件。この中だと「獅子のたてがみ」が特にいい。スパイ行為を疑われたアメリカ人ロジャースを部下に射殺させたテナント少佐。その真意は? ロジャースの正体は? 最初と最後をアメリカ人領事の視点にしているのが効いてます。

    ミステリとしてのみ見ると衝撃的というほどではなく、小粋な、よくまとまっている短編という感じを受けます。アメリカが舞台の現代物(といっても発表はそれぞれ1958年と1955年)「もし君が陪審員なら」「うまくいつたようだわね」はまさにそういう話で、さらっと読めてそこそこ楽しめる。
    そうそう、今の題名でもわかるように、「っ」や「ゃ」の表記が大きいままなんですよね。どうして昔の本ってこういうことがあったのかな?

    とりを飾る「玉を懐いて罪あり」はチェーザレ・ボルジアの時代の中世イタリアを舞台にした密室殺人。密室としてはたいしたことないんだけどなかなか残酷な結末で、考えてみるとこれもテナント少佐ものと同じく、政治と犯罪のあいだのバランスをとるために腐心する話なんですね。

    日本オリジナルの短編集で、トマス・フラナガンの本はなんとこれが世界初(たぶん)! 英語のウィキペディアをみると、後年の歴史小説(らしい)三作しか記述がない。日本版の方が詳しいというね。2002年に亡くなっているようです。ミステリはほかにあるんだろうか? あるなら翻訳してほしいな。しかしなんといってもテナント少佐がかっこいい! これにつきます。

  • 『アデスタを吹く冷たい風』
    革命時に元共和国軍が隠した銃。国境の検問所でワインを運ぶゴマールを調べるテナント少佐。オマールに疑いを持つテナント少佐。検問所で働くボナレス少尉の証言。革命終了後に銃の調査のために建てられた建物をそのまま使用する検問所。

    『獅子のたてがみ』
    スパイ容疑のかかったアメリカ人医師ロジャースに対する暗殺命令を上司であるモレル大佐から受けたテナント少佐。暗殺実行の直前にロジャースを尋問し暗殺を実行するラマール中尉に彼の容姿を覚えさせたテナント。坊主頭の医師。カーテン越しに射殺された被害者。尋問を受けるテナント。

    『良心の問題』
    射殺されたドイツ人ブレーマン。戦争中に収容所に収容されていたブレーマン。犯人として逮捕されたのは戦争犯罪人として手配されている収容所の責任者フォン・ヘルツィッヒ少佐。アメリカなどからの引き渡し要求に拒否の姿勢を示す将軍。事件の秘密を握るテナント少佐。

    『国のしきたり』
    検問所で輸入禁止の品物が流れ込んでいるとの情報を得たテナント少佐の捜査。同行するチョーマン旅団長。逮捕されたメノウの首飾りを持った女の様子に不審を持ったテナント少佐の推理。没収された禁止品の中に隠された秘密。

    『もし君が陪審員なら』
    妻を殺した容疑で裁判にかけられたラッド。アメリイ弁護士の活躍で無罪評決を受けるが・・。裁判後ラッドが巻き込まれた事件を調査する弁護士。ラッドが音を感じる人間が次々に殺害されていく秘密。

    『うまくいったようだわね』
    夫を殺害したヘレン・グレンデル。呼び出した弁護士のティモシー・チャンセルに何とか罪に問われないようにしてほしいと頼み。事件のもみ消しを依頼するが・・・。ヘレンの仕掛けた罠。

    『玉を懐いて罪あり』
    フランス王に送られるはずだった宝石がモンターニュ伯の城から盗まれた。チェザーレ・ボルジアの使者とフランス王の大使が調査のためにやってきた。密室の現場2人の番兵のうち1人は殺害され1人は生き残る。生き残ったノフリーオは言葉を話すことができないということで絵を使った調査が行われる。絵について話すモンターニュ伯の秘密。使者がみたノフリーオの舌の秘密。

  • 110628/今年31冊目
    再読。シンプルかつ巧妙なトリックもさることながら、探偵役たるテナント少佐の絶対に妥協しない性格造形が圧倒的。

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