本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (328ページ) / ISBN・EAN: 9784150018689
作品紹介・あらすじ
"小さい息子を誘拐され殺された過去を持つ新聞記者ジョージは、あ
るきっかけから、二十年前に起きた詩人キャサリン・カーの失踪事
件に興味を持つが……。巨匠クックが繊細に紡ぎあげる贖罪の物語"
みんなの感想まとめ
複雑なストーリー構造が特徴的なこの作品は、失踪した詩人の謎を追う新聞記者ジョージの物語です。彼は、過去の悲劇を抱えながら、早老症の少女アリスと共にキャサリン・カーの行方を探ります。物語は、語り手が別の...
感想・レビュー・書評
-
詳細をみるコメント0件をすべて表示
-
トマス・H・クックの他著『ローラ・フェイとの最後の会話』を読み、その驚異的なストーリーテリング力に魅せられたので手に取った2冊目。
実在している姿は登場しないローラ・フェイの書いた小説を読む語り手と相棒のストーリーを、語り手が更に別の聞き手に語る、という二重の入れ子構造、
加えて題名となるローラ・フェイは自身の書いた小説に自分自身を登場させていてそれが実在した彼女とどこまで一致するかわからないために読者は語り手&相棒と共に二人の彼女を追わなければならないーー
という超複雑なストーリー構造をどうやって練り上げたのか、著者の創作ノートを見てみたい、というのが一番の感想。
そんな難解構造のために重要なポイントをいくつも見逃している状態でこのレビューを書くのはフェアじゃないと思うが、読み直したら書き直すとして、とりあえず一読後の感想としては、結局この小説が到達したのは読者を重複入れ子構造によって小気味よく惑わせただけなのでは、という気がする。
というのも、(『ローラ・フェイ…』を読んだ後では予想していたことではあるが)結局語り手とその相棒が取り組んでいた謎は明らかにされないように見える。一番外側のストーリーによって明らかにされたとも解釈できなくはないが、それであれば、小説の中で語り手自身が嫌っているようなかなり都合のいい強引な結論だ。
もちろん、ミステリー小説ではないので(本の中にも「これがミステリー小説だったら」という表現が出てくる)謎がすっきり解決されて大団円となることが美しいわけではないのだが、それにしても読後「なんのためにここまで来たのか」感に包まれる。
しかし『ローラ・フェイ…』で舌を巻いた、読者の予想だにしないながらも真実味がありウィットに富んでいる登場人物の発言は健在(健在、といっても本作の方が前に書かれているが)で、脱帽の一言。
一方で、これは著者の意図的な配慮と言えなくもないが、登場人物ひとりひとりの心的描写が物足りず、人物に肩入れできない点もまた然りではある。
全体的に否定的なレビューとなってしまったものの他の著作も読みたい作家であることには変わらない。 -
この著者の作品は、昔、夢中になって読んだのだが。。。これは。
最初から救いようのない暗い感じで始まり、失踪者の小説を中心に物語は進むのだが、謎解きなのか心霊なのか、ふわっとしてて、読むのが嫌になってしまった。
一応最後まで読んだが、それだけだ。 -
不思議系やけど、らしいっちゃあらしい。
-
単なるミステリーではない。謎は解かれず、事件は解決しない。キャサリン・カーの行方は分からない。しかし、希望は残る。著者ならではの、少しづつ少しづつ語り進める文体が、かすかな光の輪郭を描く。単なるミステリーではなく、もっと深い何かだ。
-
相変わらず陰鬱な内容なのだけど、今回珍しくファンタジーが混じっている。少し拍子抜けしてしまった。語り口は饒舌で一気に読ませる手腕は健在。
-
ストーリーがマヤワティの世界とアリスの世界とキャサリンカーと死んだ息子テディの世界が交錯する。その展開に正直ついていけませんでしたが
語り口には引き込まれました。 -
相変わらず、登場人物たちの心の描写が真に迫っていて、読んでいると苦しくなる。今回は特に早老症の少女がいい。変にお涙頂戴にならず、過剰な装飾のない最期を遂げる。主人公と少女の会話も盛り上がりそうでそうはならず、そこにリアリティーを感じた。だからこそ結末が納得いかない。
-
クックは語り口がとてもうまいので、なんだかんだクサしつつ読んでしまう。ただ今回は、ミステリ的興味で引っ張られたあげく、そういうお話でしたか…、という結末なので、不満も五割増し。
スピリチュアルとは言いきれない感じだし、ホラーでも幻想でもなし。「独特の世界」と言えばまあそうなんだけど、なーんかズルされたようで割り切れないなあ。よく「文学的」という評を見るけれど、それは違うと思う(キッパリ)。 -
-
マヤワティ氏必要? 必要なんです。ミステリファンからすると「これミステリ?」と思われ、純文好きからすると、読みを牽引するミステリ臭に違和感が持たれるかもしれない危うい境地に成立する小説。その感じは語り手が自嘲的につぶやく「これがミステリーかなにかなら」という文章にも現れているようにも思える。
-
第一部
第二部 -
老人症の少女アリスと、行方不明になった詩人キャサリンを追う。
クックにしてはかなり幻想文学的。
なんとなく釈然としない部分が多いのは、余韻とみなしていいのか。 -
20年前に失踪した詩人、7年前に息子を殺された男、そして早老症で死に行こうとしている少女。3人の思いが交錯する先にあるものは…。
詩人キャサリン・カーの残された原稿から失踪の謎を解こうとする男と少女。なので、物語は残された原稿と、現在という二重構造になっている。いや、冒頭で男は異国にいて、物語を語ろうとしているので、3重構造なのだろう。
故に、結局のところ、何が真実なのかわからない。
曖昧としていて、ただ、そこに悲しみがある。
子供の死は無条件に悲しい。
早老症の少女を謎の解き手にしたことで、それは深い。底が見えない。
けれど、生きるということは、そういう深さに戸惑うことなのかもしれないと思った。
「ローラフェイ」もそうだったけど、クックはもう<明確な答え>を必要としていないのかもしれない。
<明確な答え>がないことこそが、<答え>であり<全て>なのかもしれない。 -
『ローラ・フェイとの最後の会話』の前に書かれた作品にも関わらず、翻訳が四年も遅れたわけが何となくわかるような気がする。名クック訳者の村松潔さんが、これではなく『ローラ・フェイ……』の方を取り上げ、この作品を他の翻訳家に回した理由はなんだろうか? 訳しにくい? 作品に対して否定感がある? あるいは訳者としての作品評価が低い? 何であれ、あまり訳したいと思わなかった作品なのではないだろうか。この本を読んでぼくが最初に感じたのが(もしかしたら穿ち過ぎの見解なのかもしれないが)、そんな疑いだ。
もしかしたらクック初訳で慣れていない点があるのかもしれない可能性を鑑みて、駒月雅子さんというこの本の訳者をネットで調べてみたのだが、ハーレクイン畑出身ではあるものの、ローリー・リンドラモンドの『あなたに不利な証拠として』の訳(もちろんぼくも読んでいる)など、凄い翻訳も経験していた。本書が少しばかりクックらしからぬ点多きものだとしても、それは翻訳者の不慣れによるものではないだろう。本書は元よりクックらしからぬ点に満ちた異色作、と言ってしまったほうが正解なんだろう。即ち……、
クックらしからぬ点その一。やっぱり霊的(スーパーナチュラル)な要素が多々あるところだろうか。クックは余韻の残る語り口をやるけれども、霧の中に姿を消してゆくこの世のものともあの世のものともつかぬ存在のようなものを、奇をてらったように描くことはない作家だと思う。
クックらしからぬ点その二。プロローグとエピローグで、ジャングルを遡行する川船に居合わせた主人公ジョージ・ゲイツと放浪のインド人マヤワティ氏の出会があるのだが、本編との関わりの匂わせ方については相当奇をてらったように見える。マヤワティ氏が、ゲイツの語りを中途半端だと評したのも、後に述べるけれどだいぶ意味深である。クックは読者に対し、こんな謎かけをする作家であったろうか。
クックらしからぬ点その三。もちろん作中で展開するキャサリンの小説がクックの文体で書かれることはないとしても、ここまで奇妙な小説内文章、奇妙な小説内容を、クックの作品中で読むことになろうとは誰が想像したろうか。
そんなわけでいろいろと戸惑いを感じつつページを繰らねばならない、ある種、異物感のある読書経験となるために、このこと自体がもはや、読書の醍醐味を与えてくれるシックで流麗なるあのクックとは、少し異質であるように感じるのだ。
さて失踪事件のあった土地を調べて回る旅行作家(すごくニッチな職業とぼくは思う)だったが、息子テディを未解決殺人事件の犠牲にしてしまったことで罪悪感に悩み、今では地方紙記者をやっているジョージが、パートナーとして組む相手は、早老症という珍しい病気である12歳だが90歳に見える天才少女アリス。この風変わりなコンビが、元失踪人捜査課の刑事アーロウから持ち込まれた、20年前に失踪したキャサリン・カー事件に挑んでゆく物語である。
キャサリン・カーは詩人として知られていたが、実は未発表の小説原稿を残していて、自然を描いた美しい詩とは真反対の不気味なその原稿こそが、彼女の失踪事件の鍵を握るものではないかと、二人は注目する。早老症のアリスは十二歳であるにも関わらず肉体が老いてしまい、疲れやすいため、一面会時間が長くは持たない。ゲイツはだから、病室を訪ねる時だけキャサリンの小説原稿を切れ切れに読んで聴かせることになる。読者の気を持たせる語り口、だ。
その、作中作とも言える原稿の解釈が変遷するとともに、犯人像が変わってしまい、真相を追う視点が変わり、真相を追う人たちの話を追う川船の二人の視点が変わり、川船の二人を含めて真相を追う読者の視点が変わり、と……。三重の入れ子構造の作品というのは、ただでさえ、かくも揺らぎが大きいのである。
そんな中でクライマックスと思われたものが擬似クライマックスであったり、真相と思われるものが新たな謎の影に変わったり、ゲイツの幻覚めいた表現も交えられ、とにかくラストは予想もつかない。
マヤワティ氏がゲイツの話を中途半端だと評したように、ゲイツとアリスは、キャサリンの小説を中途半端な終わり方として失望する。では読者はこの小説をどう収めてゆくことができるのだろうか?
多重構造の小説は、そもそも難解の渕に陥りやすいが、最終的にはどこかに集約される。ネタバレは約束違反なので、こんな暗示に興味を覚えた方は、ジョージ・ゲイツの追跡と復讐の旅に是非ともご同行あれ。 -
いつもとは少し違ったクックでした。
過去の作品は真っ暗な中を手探りで歩くカンジだったけど、今回はキャサリンというかすかな光を求めていくカンジ… でした。
しかし、ただの話の聞き手だと思っていたマヤワティ氏が、あんな形で最後をしめてくれるとは… さすがクック巧いねぇ -
不思議な話。謎の焦点を過去に設定し、記憶を辿っていくという作者独特のスタイルではあるが、異質な感覚は拭えない。
入れ子構造のストーリーは、話が進むにつれてますます奇怪めいてくる。作中作も風変わりだが、それに挑戦する主人公と少女のコンビも癖がある。キャサリンの失踪事件をとっかかりにして、自分自身の苦悩に別の意味を持たせようとしている心理が感じ取れた。
多くの有名な事件が登場し、陰惨なシーンや表現もスパイスのように効かせてあるが、本作品は事件そのものではなく、被害者と加害者のシチュエーションがテーマになっているのだと思う。感情の根底にある怒りに対してどういう決着をつけるかという部分は、作中から読み取るしかないが、読み手それぞれが感じ取る“結末”に間違いはないような気もする。
複雑だけど柔軟。どの角度から見ても正解になるように、深読みの余白はやや広め。なんだかんだ言っても、読後に余韻を持たせる手腕はクックがずば抜けて巧いよね。同じ腕の振りで変化球を投げられたら、読者は簡単には打ち返せないわ。それはずるいよー、と文句を言いつつも、クック節は健在だからしょうがないのだ。そして、地味にいいタイトル。 -
トマス・H・クックの作品の中では、それほどいいほうに位置していない、と言わざるを得ない。
著者プロフィール
駒月雅子の作品
本棚登録 :
感想 :
