ありふれた祈り (ハヤカワ・ミステリ 1890)

  • 早川書房
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感想 : 51
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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150018900

作品紹介・あらすじ

〈アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞受賞作〉あの夏は、ある子供の死で始まった──四十年を経て、わたしは十三歳の夏を回想する。大人の入口に立つ少年たちの成長を描く切ない傑作ミステリ

感想・レビュー・書評

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  • 1961年ミネソタの田舎町ひと夏の物語。13歳の負けん気強い少年フランクと聡明だが吃音に悩む弟ジェイクを襲う悲劇。親しい者達の死をめぐる絶望や苛立ちや後悔が暑さと共に描かれる。謎解きより人間ドラマの濃厚さに引き込まれ一気読み。

  • 1961年、ミネソタに住む13歳のフランクと弟ジェイクとその家族の物語。
    その街に住むひとりの少年の死から物語は始まるものの、ミステリーというより、
    少年の成長や人間ドラマにポイントが置かれていて、じっくりとその世界を楽しめた。

    やんちゃでちょっと短絡的、だけど兄弟思いの兄と、
    吃音というハンデをかかえつつ、慎重で思慮深い弟の対比が良かった。
    最初は冒険を嫌い、前に出ない弟にヤキモキハラハラし、中盤からは「お兄ちゃんもいいとこあるやん!」と兄の印象も変化し、二人のことが大好きになった。
    ラスト付近で起こる奇跡にも胸が熱くなった。

    牧師であるこの兄弟の父親にも好感が持てた。
    信仰心を持たない自分にも、彼が場面場面で放つ言葉にうなづいたり、考えさせられた。
    怒りを抑えることや冷静に行動するためのヒントをもらえた。

    登場する他の大人たち、特に牧師と兄弟を精神的に支える男と
    犯人の嫌疑をかけられるインデアンの男も良かった。

    ※フォローしている方の読書記録は
    次に読んでみたいと思う本の参考になり、たいへんありがたく思ってます。

  • 評価はやや甘め。ジョン・ハートやトマス・クックを彷彿とさせる家族をテーマにした祈りと赦しの物語。死体は登場するが、謎解き目線で読むと失望する。

    ミネソタの田舎町を舞台に、主人公の家族と周囲の人々の生活を牧歌的に綴っているだけなのだが、序盤から引き込まれそのまま読了。中盤に大きく動き出すまでは普遍的なエピソードの繰り返し。でもどういうわけだかハマってしまい、このまま事件もなく終わってしまってもいいとさえ思ってしまった。主役の兄弟をはじめ、人物造形が巧い。あっさり描かれているのにそれぞれが活き活きとした印象で、登場人物の希望も苦悩もすんなり受け入れられる気持ちにさせられた。

    終盤ではちょっとしたサプライズもあるが、真相は予測可能。若干間延びした感じが残念だが、謎解きに対する肩透かしは想定内だったので、特に問題なし。

    タイトルの意味がわかる場面は秀逸。読み手の私が一番救われた気になった。全体を通して感じるのは浄化。年の瀬にのんびり読めたからかな、いろんなものが洗い流されたようで、気持ちのよい読書時間でした。つくづく、作品とタイミングの相性って大事よねー。

  •  アメリカには少年の冒険小説がよく似合う。トム・ソーヤーやハックルベリー・フィンに始まった少年が冒険する物語は、少年向けの小説であったとして、スティーブン・キングの『スタンド・バイ・ミー』やロバート・マッキャモンの『少年時代』などなぜかホラー作家の正統派少年小説として、かつて少年であった大人たちに読まれ、評価された名作として知られている。

     時を経て、リーガル・サスペンスの巨匠、兼売れっ子作家であるジョン・グリシャムですら、『ペインテッド・ハウス』というジャンル外の傑作をものにしている。そららの流れはミステリの世界にも受け継がれ、ジョー・R・ランズデールの『ボトムズ』や『ダークライン』などは少年冒険小説でありながら、一方でミステリの形を損なわないばかりかむしろミステリとして評価されている部分が注目される。

     同時に少年の冒険の舞台としてしばしば取り上げられたのが、アメリカ南部である。南北戦争の影、黒人差別の文化、そしていっぱいの手つかずの自然。少年の眼という純粋な感受性のフィルターを通して、驚きと発見に満ち満ちた世界で、様々な大人たちの生と死を見つめながら、人間生活の矛盾に満ちた世界の仕組みを理解してゆくには適した土地風土であったに違いない。

     だからこそ南部出身の作家はジャンル外であろうと少年時代の物語を書いてみないではいられないのかもしれない。

     さて、その少年冒険小説の系譜に、また一作の金字塔が登場した。本書は、ミネソタ・リバー沿いに広がる田舎町を舞台にしたの郷愁と抒情に満ちたミステリーである。作者はコーク・オコナー
    ・シリーズで知られる作家だが、シリーズ外作品を書いたことで、なんとこれがアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)を受賞、さらにバリー賞・マカヴィティ賞・アンソニー賞と続けざまに受賞し四冠に輝くことになる。

     なんと言ってもこの作品の魅力は、1961年に生きる12歳の少年を主人公にした作品世界がとても魅力ある登場人物たちと時代背景によって構築されていることだろう。2歳年下の純粋な正義感に溢れた吃音の弟、音楽の才能に恵まれた年頃の美しい姉、大戦の傷を引きずる教会神父の父に、その父の戦友で放浪者のガス。『大草原の小さな家』と同じミネソタを舞台に、自然いっぱいのミズーリ川流域で、川にかかる鉄道線路を渡る二人の兄弟の姿があまりにもみずみずしい。

     それでいながら、これはしっかりとミステリである。死と向かい合い、やがて少しずつ成長をとげてゆく少年たちの物語でありながら、死の絶望的なほどの悲しさと、生き残った者が心に負う痛みは、抉られるようだ。それでも少年たちの生命力は泉のように途方もなく、彼らは真相に迫ってゆく。小さな名探偵たちが辿る冒険の道は、このひと夏にこめられている。

     いくつもの死と別れ、真相の残酷さ、癒しと成長をこめたこの素晴らしき世界にこそ、少年たちの夏があった。一ページ一ページに作家の品格が滲み出ていて、少年のどきどきするような好奇心に連れられ読者はこの本から眼が離せなくなるだろう。ぼくにとっても『ボトムズ』以来の傑作登場が嬉しい。アメリカならではの少年時代の郷愁小説である。この種の作品は希少ゆえにとても価値があり、なおかつ誰の心にもあるノルタルジーに共鳴するせいか、いつまでも心に残る。そんな作品に餓えている読者にお勧めの一冊である。

  • この作者の作品は以前読んだがさほど好みではなかったが…。
    この作品は少年が遭遇したひと夏の出来事が抒情的に、そしてすごく視覚的に描かれている。
    サスペンスという括りにするとさほどの事件も起きないし、犯人(真相)もあっさりと分かるのでは?
    でもこの作品は殺人事件を核にしながら、61年夏のアメリカの田舎町の生活や人間関係を少年の視線を通して濃密に描きこんで、文芸作品に近い。
    この時代を過ごした人々から見るとたまらなく懐かしく切ない物語であろう。
    またこの時代を共有しない我々でも、トマス・H・クック、ジョン・ハードの小説や、「スタンド・バイ・ミー」「グリーンマイル」のような映画、ホッパーの絵画に描きこまれたアメリカの古き良き日常の生活が見事に再現され、懐かしさを感じる。
    運命の糸のように絡んだ人々の人生と、兄弟の少年時代の終わりと卒業が切なく描きこまれて傑作となった。

    こんな文章が書ける作者だったとは!改めて他の作品を読んでみようと思う。訳も丁寧だしおそらく原作にあるリズムが大切にしてあってとても気持ち良く読めた。

    ・・・エピローグは心に沁みる。

  • アメリカの家族もの、とりわけ父子ものはちょっと苦手だけれど、これはおもしろく読めた。主人公の少年、父母、姉と弟、周囲の人々、それぞれの造型にリアリティがあって、しみじみ胸に迫る物語になっていると思う。

    ミステリとしての「真相」は、そういうのに鈍い私でも途中で見当がついたし、すごく派手な展開があるわけでもない。同じようなのをどこかで読んだような気もする。それでも最後までぐいぐい読まされた。あざとさのない語りがいい。欠点のない人などいないし、苦しみのない人生もないけれど、人は生きていくのだ。そんなことを思った。

  • 作中に幾度も出てくる死。誰しもが迎える出来事の一つとして描かれている死はどれもとても静かである。しかし死は確実に世界を変える。神は常にともにある、という感覚は私には馴染みのないものだけど祈りは神に届くと信じたいし、神がいてほしいと心から願う。赦しと祈りの物語。

  • 好きな小説やテレビドラマは決まって、登場する人物たちがたまらなくいとおしく思えてくるのだが、この作品も同じだった。
    読み終わってなお、ニューブレーメンという小さな町とそこに住む住民たちが身近に感じられ、とても作者が創造した架空の町だとは思えない。
    何度も家族(とりわけ兄弟がたまらなくいい)、町の人との何気ない会話のシーンで涙があふれそうになり、ページを繰る手が止まった。
    全米4大ミステリ賞で最優秀長編賞を独占した本書だが、失礼な話むしろそれが余計に思えてしまうほど、ジャンルに囚われない新鮮な読後感と深い余韻をもたらしてくれる傑作だった。

    とりわけ主人公たちがブラント家を訪問する最初のシーンは印象深い。
    ポーチでは父親で教区の司祭を務めるネイサンと隠遁した盲目の天才ピアニスのエミールが籐椅子に座り談笑しながらブラインド・チェスをしている。
    家の中では将来を嘱望された音楽家である姉のアリエルが、そのエミールの口述した回顧録をタイプしている。
    庭では耳が聞こえず情緒不安定なリーゼを吃音症の弟のジェイクとその兄で主人公のフランクが手伝っている。

    牧歌的で平穏な交流場面がやがて悲しみに変わるのだが、作者は単なる悲劇で終わらせず、最後には再生と許しを用意している。
    「ありきたりの祈り」というタイトルの付け方も見事で、家族を救う小さな奇跡という込められた意味は明かされてなお胸に迫るものがあった。

    気に入った箇所をいくつか。
    「幸せとはなんだ、ネイサン? ぼくの経験では、幸せは長く困難な道のあちこちにある一瞬の間にすぎない。ずっと幸福でいられる人間などいないんだ」

    「喪失は、いったん確実になれば、手につかんだ石と同じだ。重さがあり、大きさがあり、手触りがある」

    「彼らはおれたちの近くにいるんだよ」
    「彼らって?」
    「死者だよ。違いはひと息分もない。最後の息を吐けばまた一緒になれる」

  • 子どもの頃映画で観たアメリカってこんな感じだったなあ、と懐かしく思い出した。ダイアン・レーンやトーマス・ハウエルが出てきそうな感じ。わかりますか?
    タイトルの「ありふれた祈り」の意味が明かされる場面は感動的だったし、家族とかゆるしとか信仰のあり方とかいろいろ考えさせられたり、差別などの問題提起もあったり、読み応えはあったんだけど、いかんせん描写が丁寧すぎて中だるみがけっこうきつかった。で、人死ななきゃダメ?ミステリにしないとダメ?と問いかけながら(誰に?)がんばって読み進めたんだけど、結局、終盤には犯人誰かとかいっぱしに推理してちょっとドキドキしたりもしたので、それはそれでいいのかと納得。普通の小説がなかなか訳されない今、やはり定期的に面白そうな翻訳ミステリを探しては読んでみようと思った。

  • ミネソタ州の小さな町に暮らす牧師一家を襲った悲劇、渦中におかれた13歳の少年の視点で事件の顛末が語られていく。1961年という時代設定もあってか、時間がゆっくり流れるような前半の語り口が味わい深い。感情の起伏を制御し家族や友人を慈しむ牧師である父親の言動と思春期の入り口で家族に降りかかる災厄に胸を痛める兄弟の姿が琴線に触れる。翻訳ミステリを丹念に読むという久しくなかった行為を楽しめる秀作。

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