猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353)

制作 : 伊藤 典夫 
  • 早川書房
3.66
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本棚登録 : 1460
レビュー : 148
  • Amazon.co.jp ・本 (367ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150103538

感想・レビュー・書評

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  • かわいいタイトルだけど、内容は相当に人を喰っている(笑)。
    ジャンルは終末世界SFになるのだろうか。架空のボノコン教という宗教が出てくるのだが、その『ボノコンの書』の冒頭はこんなだそうだ。
    「わたしがこれから語ろうとするさまざまな真実の事柄は、みんな真っ赤な嘘である」

    すべての物事は大まじめに進んで行くが、それらは同時にとても滑稽で、それでいて哀れである。
    目がまわる、目がまわる。うんざりするほどの混沌と単純さが入り混じった世界で、しかしヴォネガットさんは現実をありのままに語る。この作家さんは、そんな現実をそのままジョークにしてしまうのだ。いやはや。

    現実に対してユーモアで反骨しているのだと思う。ほんとに皮肉屋ね。でも、それは一つの許しなのだとも思う。人間は愚かだということへの。

    「<フォーマ>(無害な非真実)を生きるよすべとしなさい。それはあなたを、勇敢で、親切で、健康で、幸福な人間にする」 ――『ボコノンの書』第一の書第五節

  • これすごく好き。とても好き。

    すごく雑に言うと、科学と宗教と、世界が滅びる話。

    やっぱり人間は馬鹿で悲しいなと思うし、私も馬鹿でヘンテコな悲しい生き物だなと思うけど、だからといって私はもう、そのせいで死にたくなるほど若くもない。
    こういう皮肉的な物語があれば生きていける気がする。

    人間なんて、善人の面と悪いやつの面を上手に使うこともできずに、全く的外れな同族意識みたいなものを持ったりして、自然にしてたらディストピアに向かうもののような気がする。
    だから自分は自分自身でいなきゃ生きていけない。
    けどこんなのも全部たわごとで嘘かもしれない。

    ボコノン教はヘンテコだけど、でも世界も人間ももっとヘンテコね。
    そういう時は、私も「目がまわる、目がまわる、目がまわる。」と言ってみよう。

    良かった。

  • さー、久々にハードSFでも読んでみるか!と手に取ってみたら全然違った、という本。

    むかしSFはよく読んだけど、この著者は初めて読む。

    なぜハードSFだと思ったかというと、別件で調べものをしていて「アイス・ナイン」という物理学方面の単語に出合ったからだ。

    9番目の氷? なんか素敵じゃん。と。

    ところが、開いてみたらこれはそういった科学的興味の本ではなく、著者自身が冒頭で示唆している通り虚妄の大伽藍で、平たく言えば偉大なるホラ話だったのである。

    さて、作中でいうアイス・ナインは、常温・常圧で水を凍りつかせる「種」なのである。

    たとえばコップの水にそれを落としたら、その水はたちまち凍ってしまう。「種」に口をつけ、体の水分に触れさせたら、体がすぐに凍ってしまう。その遺体がもし海に落ちたら、海すらもあっという間に固体と化してしまうのだ。

    そうした世界の救いなき終末までを、この小説は描き上げる。

    猫のゆりかごとは、この本によるとあやとりのX字が重なったもので、指をほどけば解けてなくなってしまう象徴。すなわち絢なる世界もひと皮むけばすべて無意味で虚しいのだ、ということが主題らしい。

    たいへん面白かった。

    結末は、わたくし的には非常に納得の行かないものだったけどね。

  • ヴォネガットはいつも読み終わると唖然とする。
    
    スラプスティックとかブラックユーモアとかナンセンス・ギャグとか評されるけれど、つまりは「たわごと」であり、「たわごと」を語りながら人生とか神とか生きることの意味だとかを描いてみせる。
    
    そして読み終わると「いえいえ、これは何の意味もない、ただのたわごとですよ」と言われて唖然となる。そんな感じ。
    
    「猫のゆりかご(あやとり)ですよ、それ」
    「世界でいちばん古い遊びの一つですよ、猫のゆりかごは。エスキモーだって知ってる」
    「十万年もそれ以上もむかしから、おとなは子供たちの前でからめた紐をゆらゆらさせて見せている」
    「おとなになったときには、気が狂ってるのも無理ないや。猫のゆりかごなんて、両手のあいだにXがいくつもあるだけなんだから。小さな子供はそういうXを、いつまでもいつまでも見つめる……」
    「すると?」
    「猫なんていないし、ゆりかごもないんだ」
    
    「いったい、これには何の目的があるんですか?」と人はていねいにたずねた。
    「あらゆるものに目的がなければいけないのか?」と神はきかれた。
    「もちろん」と人は言った。
    「では、これの目的を考えだすことをあなたにまかせよう」と神は言われた。そして行ってしまわれた。
    

  • 平沢さんが好きな小説としてあげていたので、読んでみることに。
    SFは普段読まないので、馴染みがなく、時間がかかりました。
    架空の都市オセアニアを舞台に世界の終末までが描かれます。
    登場人物が多いせいか、独特なコマ割りのせいか、なかなか物語に集中出来ず。
    ただ、各方面に影響を与えたことはよく分かりました。

  • いやー、これは・・・
    面白かったぁ・・・
    読み終えるのが惜しいし、終わった直後に2回目を読みたくなりました。
    だからヴォネガット作品はクセになる。
    次は『母なる夜』が読みたい・・・。

    ヴォネガットはこれで3冊目。無理矢理に序列をつけるならば
    (一般的な)面白さだと『スローターハウス5』>『猫のゆりかご』>『タイタンの妖女』で、個人的好き度でいうと『猫のゆりかご』>『スローターハウス5』>『タイタンの妖女』です。
    タイタンは、なんか・・・そんな面白くなかった気がw

    評価の尺度、映画でも音楽でも小説でもアニメでも、
    なんでも一緒だと思うんですが
    「面白い!」というのと「好き!」は違うと思うんですよね。
    どっちもあればそれがベストなんだけど、
    「面白くないけど好き!」な作品もあれば
    「面白いけどあんまり好きじゃない・・・」作品もあるじゃないですか。

    『スローターハウス5』は、どっちものバランスが取れていて
    『猫のゆりかご』は個人的にすっごい好きなんだけど、
    読む人を選ぶかも、だからあんまり他人に薦める気にはなれないような作品。
    細かいディテールが大好き。
    ヴォネガットと出会えてほんとによかったです。
    読書を始めてよかった・・・。
    30過ぎて小学生みたいにワクワクできるとは・・・。


    おはなしの方は、色々書くとネタバレになっちゃいますけど
    この小説が書かれたのが1963年で、
    同年制作、翌1964年に某超有名監督の某超有名白黒映画、
    タイトルがすごく長いやつが公開されてて
    それと方向性が非常に近い。
    1962年のキューバ危機の直後ですので。

    あと、この小説は『ボコノンの書』、ボコノン教の話でして
    人工言語・人工宗教
    ピジン語・クレオール語とかそんなのも入っている。
    厳密に言うと作中ではただの訛りなんで違うんですけど。

    小説なのでフィクション、大概のお話は全て人工的なものなんだけども
    一応現代劇でここまでの世界観を作り上げるとは・・・。
    (あ、だからSFっていうのかw)
    人工宗教と科学、というのは
    ヴォネガット本人が最初科学を専攻してたり
    お兄さんも科学者だったり・・・
    あと無神論者だからでしょうね。

    ブラックユーモアとアイロニー、逆説的なお話でした。

  • ヴォネガット好きになりました。
    ブローティガンと並んで好きです。
    読んだらきっとボコノン教徒になります。

  • いわずと知れた代表作のひとつ。
    伊藤典夫さんによる名訳がぶいぶい冴えている。
    この話は浅倉さんではなく、伊藤さんで正解だったと思う。
    乾いたタッチ、クレイジーすぎる登場人物たち。
    猫、いますか。ゆりかご、ありますか。

    「フォーマを生きる寄る辺としなさい」...この本そのものがフォーマの塊だ。
    真実を見つめるのはあまりにもつら過ぎる現実。
    だから、無害な非真実=フォーマを見つめよう、とボコノンの書は解いている。
    それにしてもヴォネガットさん、どえらい宗教を作ったもんだ。
    無神論者・ヴォネガットの面目躍如。
    このタッチは、後の「チャンピオンたちの朝食」に引き継がれているように思う。
    好みは分かれるだろう。ナイス・ナイス・ヴェリ・ナイス。

    余談:フランシーン・ペフコがこの本から登場していたのを改めて発見した。ハイホー。

  • カート・ヴォネガット・ジュニア。初めて読む作家。
    架空の宗教と世界の終わりの話。結局世界は終わったのかははっきりしないけど。
    面白い。これは一時期爆発的に流行ったというのも頷ける。荒唐無稽なようで実際荒唐無稽なんだけど、それとは裏腹に語り口は緻密で無駄がない。
    あんまりあっさり話が進んでいくので、根っから読み飛ばす性質の私は何度か肝心な部分を見落として読み直してしまった。「あれ、いつのまに死んだの?!」みたいな。

    誰かの作り出した想像の世界がこれだけすんなり飲み込めるのは何か不思議な感覚。じつは万人がそれぞれ勝手に膨らませる想像の世界って、並べてみたら驚くほど似てたりするんじゃないかしら。
    そんなことをふと考える。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「それとは裏腹に語り口は緻密」
      緻密だから、カッチリした荒唐無稽になるんでしょうね。。。
      「それとは裏腹に語り口は緻密」
      緻密だから、カッチリした荒唐無稽になるんでしょうね。。。
      2012/08/30
  • 筒井康隆の名短編「あるいは酒でいっぱいの海」(1977年)を思い出したが、「猫のゆりかご」(1963年)の方が元祖なのか。

    書かれて50年を経過した作品とはにわかに信じがたい。半世紀経とうが、1世紀経とうが、ヴォネガットの人を食った作風を凌駕する書き方は、そうそう生まれるわけがない、か。

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