パーマー・エルドリッチの三つの聖痕 (ハヤカワ文庫SF)

  • 早川書房 (1984年12月12日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784150105907

作品紹介・あらすじ

謎につつまれた人物パーマー・エルドリッチが宇宙から持ち帰ったドラッグは、苦悶に喘ぐ人々に不死と安寧をもたらした。だが幻影にのめりこみ、酔い痴れる彼らを待ちうけていたのは、死よりも恐るべき陥穽だった! 鬼才ディックが、現実と白昼夢が交錯する戦慄の魔界を卓抜な着想と斬新な手法で描く傑作長篇!

みんなの感想まとめ

現実と虚構が交錯する混沌とした世界を描くこの作品は、未来の地球での人々の苦悩と、その逃避手段としてのドラッグの影響を探求しています。過酷な環境下で強制移住を余儀なくされた人々は、幻想的な世界に没入する...

感想・レビュー・書評

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  • 中盤以降、継ぎ目なくスムーズに描写される、現実と虚構の絡み合う混沌とした世界に目眩がしそうでした。

    地球は温暖化が進み、ニューヨークでは摂氏82℃を記録するほどの過酷な環境。地球滅亡に備えるために、人々は国連によって火星などの外惑星に強制移住させられはじめていました。しかし、移住した人々を待っているのは、不毛な土地を開墾する退屈な日々。唯一の楽しみは、ドラック「キャンD」を使ってパーキー・パット人形を介在して体現する幻想世界に溺れることでした。

    そんなある日、プロキシマ星系から星間実業家のパーマー・エルドリッチが、新種のドラック「チューZ」を携えて太陽系に帰還します。パーキー・パット人形と「キャンD」を独占販売しているP.P.レイアウト社の社長レオ・ビュレロは、市場を駆逐されかねない事態に恐れを抱き、社の予知能力者(プレコグ)であるバーニイ・メイヤスンとその助手ロニにパーマー・エルドリッチの居場所を探らせて、自ら敵地に乗り込みます……。

    この後、「チューZ」を服用して見せられる混沌とした幻覚の世界が、なんだか悪夢そのものという感じで描かれるのですが、比べると「キャンD」の方は天国かな。終盤は、徐々にパーマー・エルドリッチが世界に偏在して広まっていくところが不気味でした。

    ただ、最後まで読んで最初のレオ・ビュレロの言葉に戻ると、それでも希望が持てる物語として読むことができて良かったです。これは、解説でディックが「最初のパラグラフこそが小説で、あとは付け足しの、全てのいきさつのフラッシュバックに過ぎない」というようなことを書いてあったので、戻って読みなおして感じたことなんですけどね。

    万人向けではないですが、何作かディック作品を読んだ人にはおすすめかな。

  • 作品を発表年順に読むディック祭り再開。高校の頃ディックは薬でラリっている作家だと誤解させた元凶がこの作品で、二の足を踏んでたのだけど、ひとりディック祭りでは避けて通れない。覚悟して読んでみると・・・すごい!いや確かに薬による幻覚症状を描いてはいるけれどそれだけではない。それだけではないけれど、何がどうすごいのかということを言葉にするのは難しい。まだ興奮していてこの作品から自分が何を得たのか?今後どう変わるのか?なんて考えが全くまとまらない。ハアハア

    徴用制度によって強制的に火星や辺境の惑星開拓のために移住させられた人々は、日々の生活の苦しさを紛らすためにパーキー・パッドという人形セットに薬を併用して没入して現実逃避をしている世界。そこにプロクシマ星系の探査から宇宙飛行士が戻ってきて冥王星に不時着する・・・この薬を非合法に製造・販売する企業の販売予測をする予知能力者と深宇宙から帰還した宇宙飛行士、火星の開拓者が絡んでどのようなストーリー展開になるのか?小市民のオジには全く想像もつかない。異常な世界だけでは読者はキョトンとして終わるのだけれど、そこは真の幻視者ディック!人間の不安感やポンコツな愛情表現、尽きることのない欲望といった痛いところをつく描写を中心にもってくるからいつまでも古びない。
    アルテミス計画とか火星への移住計画だとかこんな展開になったら地獄だね。

  • 「私は惑星になるつもりだ」
    死ぬまでに一度は言ってみたいセリフ…の一つに仲間入りしました。


    最近仕事のことで脳内ごちゃごちゃなのもあり全く読書に身が入らない毎日。
    その状況でディックを読み始めるのもどうかと思いながら、序盤頑張って頑張って読み進め、、、
    しかし3分の1くらいまでくると、キマシタ。モード入りました。
    なんだなんだ??と一文一文に翻弄されているうちに瞬く間にディック感覚に包み込まれ、気がつけば半分を過ぎ、残りの厚みを見て「えええもうすぐ終わっちゃうの?いやだ!!!」
    なんて考えていたらあっという間に終わりました。

    全部読んだ後の感想としては
    いや、なんだこれ。。。
    結局どこからどこまでがソノ状態なのか?何度も読み返したいけど、多分これは何度読み返しても正解は分からないと思う。というより、それこそがこの本の真意なのだろう。
    インセプションの元ネタってこれだったのかな?と少し感じた。

    最近毎年夏の異常な暑さを更新してるけど、この未来はそう遠くはないのかもしれない…と思ってしまう。

  •  傑作。ディックの作品の大半を読んだが、個人的には本作がベスト1。

     火星やガニメデなどの辺境植民地への強制入植が行われている未来。奇しくも2016年!という設定。植民者たちは「キャンD」というドラッグで集団幻覚に逃避して、精神の荒廃と崩壊からギリギリのところで踏みとどまっていた。植民惑星の暮らしに希望はなく、無味乾燥で荒んだ暮らしだからだ。
     そこに、太陽系外のプロキシマ星系から実業家パーマーエルドリッチが、10年ぶりに突然帰還。宇宙船が冥王星に不時着したのだ(なんともしびれる辺境感!)。パーマーは地球外の未知のドラッグを持ち込み、「チューZ」なる商品として辺境の植民地に流通させる。この地球外ドラッグは、摂取者の時間と空間を侵食し、崩壊させてゆく、とんでもない代物であった。
    …というあらすじ、設定である。

     かようなわけで、ディックお得意の現実崩壊の悪夢が連なってゆく。
     ディックの作品はいずれも予測不能なストーリー展開をしてくれるので、一体どこに連れて行かれるのか?というワクワクした期待感と共に、グイグイ読み進んだ。その時読んでいるくだりが、一体「現実」なのか否か、判然としなくなってゆき、それもまた楽しい。まさにディックならではの読書体験が味わえる。

     しかも、太陽系外の遠い星系から帰還したパーマーの存在は、奥行きが深い。悪魔的なドラッグを携えて帰還し、尚且つ、異星の侵略者の思念が侵入し操られている。往還10年の恒星間飛行の道中(恐らくドラッグを媒介して)異星の悪魔的思念に憑依されてしまったのだ。これまたしびれる話だ。(後年のSF映画「イベントホライゾン」を思わせる)
     そして、幻覚の世界を多重に構築して、世界を統べてゆくパーマーの全能感は、あたかも神のような存在感を思わせるのだ。

     荒廃した火星植民地の荒んだ暮らし、そのリアルな生活感のディテールを描き込む虫の眼。一方で、地球、火星、ガニメデと広大な空間に展開するスケール感を併せ持つ。さらに、神と悪魔の形而上学にも到達する。
    魅力的な要素がこってり煮込んであり、味わい深い。
     

  • 温暖化が進み、過酷な環境となった未来世界。火星へ強制移住させられた人々は、ドラッグと模型によって、過去の地球を再現した仮想空間へダイブすることで心を支えている。やがて遥か遠い星系からもたらされた新種ドラッグが現実崩壊の恐怖を引き起こすが……。
    現実と幻想の狭間を描く、ディックの真骨頂。今はどっちの世界にいるんだっけ?という感覚を本書でも味わえる。ラスボスのような圧倒的な力を持った存在との対峙。人間くさい登場人物の意外な決断。全編通して読ませる力が強く、面白かった。ラスト付近は意図的にわかりにくくしているのか、読んでいる方も混乱してきて、トリップを疑似体験しているかのようだった。
    毎回ディック作品には魅力的な女性が登場するが、今回は特に恋愛や性描写も色濃く、パンクしそうな急展開の連続に華を添えてくれた。
    しかしこの作家はドラッグと壺が好きだな。

  • 結局異星人…パーキーパット好きだったからそこは嬉しかった

  • いや〜めくるめくディックの世界を堪能した。特に終盤は「幻影か現実か」「エルドリッチかメイヤスンか」で、エンドレスなマトリョーシカ状態。短編の方も読んでみたい。

  • パーマー・エルドリッチはそばにいる。自分自身にもあなたにも。

  • フィリップ・キンドレッド・ディック作、浅倉久志訳のSF長編。
    ディックの名短編『パーキー・パットの日々』を下敷きに、架空のドラッグによる、共同幻想への没入、過去への回帰、物質への転生、それら幻覚の現実世界への侵食…といったトリップ体験を融合させている。
    ディストピア小説でありながら、ドライな筆致、零れるユーモア、そして登場人物たちの見せる人間らしさによって、物語は陰鬱さを免れている。

  • 火星や金星に殖民するため、国連によって地球を追われ、過酷な環境下に強制移住させられた人々にとって、ドラッグ・キャンDは必需品であった。キャンDは目の前の模型セットに精神を投影させ、あたかも地球に居るかのごとくトリップすることができるのだ。P・P・レイアウト社の社長レオ・ビュレロは、流行予測コンサルタントとして働く優秀な予知能力者(プレコグ)バーニイ・メイヤスンらとともに順調にキャンDを売りさばいていたが、懸念すべきニュースが舞い込む。遥かプロキシマ星系から、謎の星間実業家パーマー・エルドリッチが新種のドラッグ・チューZを携えて太陽系に帰還したのだ!レオはパーマー・エルドリッチに対抗すべくバーニイの力を借りるが…

    うーん、傑作。今回もディックお得意の現実崩壊。
    「『さあ、これで現実の世界へもどれたぞ』と思った瞬間に、とつぜん幻覚世界からきた怪物が目の前を横切り、自分がまだもとの世界に帰っていないのに気づく、その恐怖だ」とは、訳者あとがきで引用されるディックの言葉ですが、本書では、この恐怖が迫真の筆致で描かれます。しかし、そんな恐怖で満たされた作品であるものの、決して救いのない物語ではなく、絶望にとらわれた主人公が、それでも暗闇の中で希望を捨てずに生きのびようと悪戦苦闘する物語です。なんといっても、冒頭で紹介される一文がそれを如実に表しています(というより、この一文を物語にしたのが、本書のようですね)。

    「つまりこうなんだ結局。人間が塵から作られたことを、諸君はよく考えてみなくちゃいかん。たしかに、元がこれではたかが知れとるし、それを忘れるべきじゃない。しかしだな、そんなみじめな出だしのわりに、人間はまずまずうまくやってきたじゃないか。だから、われわれがいま直面しているこのひどい状況も、きっと切りぬけられるというのが、わたしの個人的信念だ。わかるか?」

    うーん、よくよく考えると、ディックの長篇作品はそんな作品が多いかも。現実を疑い続けるディックの楽観とは少し異なる大雑把さに、なんだか励まされた気がします。

  • 「哲学」は分析し過ぎると対象を破壊し尽し、分裂と孤立と不安を生み、逆に「宗教」は理性の及ばない全体性をもって、人間の深い根っこの存在を抑えてしまう。こう考えて悩む人々にとり、「哲学」と「宗教」の「間」には、それらを媒介する決定的な何かがある筈だ。古典古代においてはそれはストア主義であったし、現代においてはそれに替わるものは精神分析あるいはSFであろう。このドラッグ小説は生まれてこのかた数十回は読んでいて、そのたびに圧倒され、自分の存在を根底から揺り動かされてしまう。(ついで、いつもこれが映画化されていない理由を考える。というのも、知り合いの高名な大学教授は、私の知る限り、『ブレードランナー』を36回見ていて、「36回目に初めて、あるシーンの背景に小さく映った絵が神護寺仙洞院の伝源頼朝像だと気付いた」、と言っていたからだ。)
    (選定年度:2016~)

  • フィリップ・K・ディックは、麻薬をテーマに扱った作品が多いけれど、この作品はその代表作。

    「麻薬でトリップ→ひどい悪夢→やっと目が覚める→と思ったらまだ悪夢の中」という恐怖を、しつこいほどに描いています。人間の意識なんてあやふやなものだと思わされます。

    麻薬による、人びとのそれぞれの夢の中に普遍的な神として君臨するパーマー・エルドリッチ。人間が己の瑣末な意識から逃れられない存在なら、神はその幻想さえ支配すれば神たり得るのかもしれません。

    途中まで、主人公をバーニー・メイヤスンだと思っていました。公式の主人公はレオ・ビュレロなんですね。

    タイトルは良いですね。美しいです。同じ作者の「流れよわが涙、と警官は言った」にも陶器の壺をつくる職業の女性が登場しますが、作者は陶芸する女性が好みなのかな。

  • 現在、未来、夢?空想?集団妄想?集合的無意識?
    主人公のひとりレオ・ビュレロがチューZ(薬物…?)を摂取してからが本番で、それ以降堕ちて目覚めたかと思ったらまた堕ちて、堕ちていたと思ったら堕ちていなくて、でも堕ちていて…と言った具合に非現実と現実が入り交じって入ってくる情報が目まぐるしく変化し、自分の見ているものはどこまでが本当で、どこからが非現実なのかがわからない…。読者である私が本当にトリップしてしまっているかのような読書体験でした。


    この本を読んだあとフィリップ・K・ディックの短編集『アジャストメント』の『人間とアンドロイドと機械』を読むと面白いかもしれない。
    人間はどこまで前後不覚に陥っても「人」であり続ければ迷わない。
    我思う、ゆえに我あり。


  • 高校時代にハードカバーで読んだはず

  • 作中の地球は、気温が上昇し、灼熱の地と化しつつある。ディックは地球温暖化を見越していたのかと思った。悪夢から覚めたら別の悪夢の中にいたという悪夢から覚められないかもしれないという不安。結末は、よく分からない。前作と同様、離婚した男が主人公なのは、ディックの私生活の反映か。浅倉久志訳。昭和五十九年十二月十五日発行。定価420円。
    収録作品:「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」、「訳者あとがき」

  • ディックは読むのがしんどい
    表紙   6点渡部 隆
    展開   6点1964年著作
    文章   6点
    内容 640点
    合計 658点

  • 絶望的だけれど、非常に前向き。

  • ハヤカワ文庫補完計画のフェアで購入。
    悪夢のループを見ているようで、SFというよりホラー小説といった趣だった。ディックの熱心な読者ではないのだが、これからぼちぼち読んでみるべきか……。

  • 20130913

  • 相変わらずディックらしい悪夢的な世界だった。
    しかし、自分の読み方が浅かったというかよみこめなかったので☆は作品に対してというより自分の読書態度に対して。
    ぜひ、も一度読み返したい。

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著者プロフィール

1930年生。英米文学翻訳家。大阪外国語大学卒。主訳書にヴォネガット『タイタンの妖女』、ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』、ラファティ『九百人のお祖母さん』、ティプトリー・ジュニア『たったひとつの冴えたやりかた』(以上ハヤカワ文庫SF)、著書に『ぼくがカンガルーに出会ったころ』(国書刊行会)。2010年没。

「2022年 『SFの気恥ずかしさ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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