パーマー・エルドリッチの三つの聖痕 (ハヤカワ文庫SF)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150105907

感想・レビュー・書評

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  •  傑作。ディックの作品の大半を読んだが、個人的には本作がベスト1。

     火星やガニメデなどの辺境植民地への強制入植が行われている未来。奇しくも2016年!という設定。植民者たちは「キャンD」というドラッグで集団幻覚に逃避して、精神の荒廃と崩壊からギリギリのところで踏みとどまっていた。植民惑星の暮らしに希望はなく、無味乾燥で荒んだ暮らしだからだ。
     そこに、太陽系外のプロキシマ星系から実業家パーマーエルドリッチが、10年ぶりに突然帰還。宇宙船が冥王星に不時着したのだ(なんともしびれる辺境感!)。パーマーは地球外の未知のドラッグを持ち込み、「チューZ」なる商品として辺境の植民地に流通させる。この地球外ドラッグは、摂取者の時間と空間を侵食し、崩壊させてゆく、とんでもない代物であった。
    …というあらすじ、設定である。

     かようなわけで、ディックお得意の現実崩壊の悪夢が連なってゆく。
     ディックの作品はいずれも予測不能なストーリー展開をしてくれるので、一体どこに連れて行かれるのか?というワクワクした期待感と共に、グイグイ読み進んだ。その時読んでいるくだりが、一体「現実」なのか否か、判然としなくなってゆき、それもまた楽しい。まさにディックならではの読書体験が味わえる。

     しかも、太陽系外の遠い星系から帰還したパーマーの存在は、奥行きが深い。悪魔的なドラッグを携えて帰還し、尚且つ、異星の侵略者の思念が侵入し操られている。往還10年の恒星間飛行の道中(恐らくドラッグを媒介して)異星の悪魔的思念に憑依されてしまったのだ。これまたしびれる話だ。(後年のSF映画「イベントホライゾン」を思わせる)
     そして、幻覚の世界を多重に構築して、世界を統べてゆくパーマーの全能感は、あたかも神のような存在感を思わせるのだ。

     荒廃した火星植民地の荒んだ暮らし、そのリアルな生活感のディテールを描き込む虫の眼。一方で、地球、火星、ガニメデと広大な空間に展開するスケール感を併せ持つ。さらに、神と悪魔の形而上学にも到達する。
    魅力的な要素がこってり煮込んであり、味わい深い。
     

  • フィリップ・キンドレッド・ディック作、浅倉久志訳のSF長編。
    ディックの名短編『パーキー・パットの日々』を下敷きに、架空のドラッグによる、共同幻想への没入、過去への回帰、物質への転生、それら幻覚の現実世界への侵食…といったトリップ体験を融合させている。
    ディストピア小説でありながら、ドライな筆致、零れるユーモア、そして登場人物たちの見せる人間らしさによって、物語は陰鬱さを免れている。

  • 火星や金星に殖民するため、国連によって地球を追われ、過酷な環境下に強制移住させられた人々にとって、ドラッグ・キャンDは必需品であった。キャンDは目の前の模型セットに精神を投影させ、あたかも地球に居るかのごとくトリップすることができるのだ。P・P・レイアウト社の社長レオ・ビュレロは、流行予測コンサルタントとして働く優秀な予知能力者(プレコグ)バーニイ・メイヤスンらとともに順調にキャンDを売りさばいていたが、懸念すべきニュースが舞い込む。遥かプロキシマ星系から、謎の星間実業家パーマー・エルドリッチが新種のドラッグ・チューZを携えて太陽系に帰還したのだ!レオはパーマー・エルドリッチに対抗すべくバーニイの力を借りるが…

    うーん、傑作。今回もディックお得意の現実崩壊。
    「『さあ、これで現実の世界へもどれたぞ』と思った瞬間に、とつぜん幻覚世界からきた怪物が目の前を横切り、自分がまだもとの世界に帰っていないのに気づく、その恐怖だ」とは、訳者あとがきで引用されるディックの言葉ですが、本書では、この恐怖が迫真の筆致で描かれます。しかし、そんな恐怖で満たされた作品であるものの、決して救いのない物語ではなく、絶望にとらわれた主人公が、それでも暗闇の中で希望を捨てずに生きのびようと悪戦苦闘する物語です。なんといっても、冒頭で紹介される一文がそれを如実に表しています(というより、この一文を物語にしたのが、本書のようですね)。

    「つまりこうなんだ結局。人間が塵から作られたことを、諸君はよく考えてみなくちゃいかん。たしかに、元がこれではたかが知れとるし、それを忘れるべきじゃない。しかしだな、そんなみじめな出だしのわりに、人間はまずまずうまくやってきたじゃないか。だから、われわれがいま直面しているこのひどい状況も、きっと切りぬけられるというのが、わたしの個人的信念だ。わかるか?」

    うーん、よくよく考えると、ディックの長篇作品はそんな作品が多いかも。現実を疑い続けるディックの楽観とは少し異なる大雑把さに、なんだか励まされた気がします。

  • 「哲学」は分析し過ぎると対象を破壊し尽し、分裂と孤立と不安を生み、逆に「宗教」は理性の及ばない全体性をもって、人間の深い根っこの存在を抑えてしまう。こう考えて悩む人々にとり、「哲学」と「宗教」の「間」には、それらを媒介する決定的な何かがある筈だ。古典古代においてはそれはストア主義であったし、現代においてはそれに替わるものは精神分析あるいはSFであろう。このドラッグ小説は生まれてこのかた数十回は読んでいて、そのたびに圧倒され、自分の存在を根底から揺り動かされてしまう。(ついで、いつもこれが映画化されていない理由を考える。というのも、知り合いの高名な大学教授は、私の知る限り、『ブレードランナー』を36回見ていて、「36回目に初めて、あるシーンの背景に小さく映った絵が神護寺仙洞院の伝源頼朝像だと気付いた」、と言っていたからだ。)
    (選定年度:2016~)

  • フィリップ・K・ディックは、麻薬をテーマに扱った作品が多いけれど、この作品はその代表作。

    「麻薬でトリップ→ひどい悪夢→やっと目が覚める→と思ったらまだ悪夢の中」という恐怖を、しつこいほどに描いています。人間の意識なんてあやふやなものだと思わされます。

    麻薬による、人びとのそれぞれの夢の中に普遍的な神として君臨するパーマー・エルドリッチ。人間が己の瑣末な意識から逃れられない存在なら、神はその幻想さえ支配すれば神たり得るのかもしれません。

    途中まで、主人公をバーニー・メイヤスンだと思っていました。公式の主人公はレオ・ビュレロなんですね。

    タイトルは良いですね。美しいです。同じ作者の「流れよわが涙、と警官は言った」にも陶器の壺をつくる職業の女性が登場しますが、作者は陶芸する女性が好みなのかな。

  • 結局異星人…パーキーパット好きだったからそこは嬉しかった

  • 温暖化が進み、過酷な環境となった未来世界。火星へ強制移住させられた人々は、ドラッグと模型によって、過去の地球を再現した仮想空間へダイブすることで心を支えている。やがて遥か遠い星系からもたらされた新種ドラッグが現実崩壊の恐怖を引き起こすが……。
    現実と幻想の狭間を描く、ディックの真骨頂。今はどっちの世界にいるんだっけ?という感覚を本書でも味わえる。ラスボスのような圧倒的な力を持った存在との対峙。人間くさい登場人物の意外な決断。全編通して読ませる力が強く、面白かった。ラスト付近は意図的にわかりにくくしているのか、読んでいる方も混乱してきて、トリップを疑似体験しているかのようだった。
    毎回ディック作品には魅力的な女性が登場するが、今回は特に恋愛や性描写も色濃く、パンクしそうな急展開の連続に華を添えてくれた。
    しかしこの作家はドラッグと壺が好きだな。

  • いや〜めくるめくディックの世界を堪能した。特に終盤は「幻影か現実か」「エルドリッチかメイヤスンか」で、エンドレスなマトリョーシカ状態。短編の方も読んでみたい。

  • 高校時代にハードカバーで読んだはず

  • パーマー・エルドリッチはそばにいる。自分自身にもあなたにも。

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