愛はさだめ、さだめは死 (ハヤカワ文庫SF)

  • 早川書房 (1987年8月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (410ページ) / ISBN・EAN: 9784150107307

みんなの感想まとめ

生物の本能や宿命を深く掘り下げた作品は、私たちの存在に対する根源的な問いを投げかけます。特に、肉体と電脳世界の相克を描いた短編は、現代のVtuberやSNSに通じるテーマを扱い、別人になりたいという願...

感想・レビュー・書評

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  • 共通するのは、生物の本能とは如何なるものなのか、ということを突き詰めている点だろう。

    現実の肉体と電脳世界におけるアバターの相克、あるいは融解。『接続された女』は、いまで言うとVtuberなんかに(てかSNS使ってる大概の人に)当てはめて読むことが出来そうだが、おそらくは、これまでも、これからも、何らかの形で表現されてきた「別人になりたい」という願望について目を向けた作品。宣伝につられる心理、表面のみを盲目的に信じること、ルッキズム。私たちは自分とは違う容姿を、自分とは違う人生を、心のどこかで希求していて、その思いが物語に希望と絶望を見出す根拠となっている。『接続された女』が語る物語は、そのような願望に対して深く鋭く絶望を与える。希望を持たせるような中途半端なことはしない。それがこの作者の誠実さであり、優しさのように私は感じる。
    あえて露悪的な語り口を採用し、読者を「オタク」と呼ぶ文体は見事にストーリーと呼応しており、ドライブ感が抜群だ。

    人とは違う身体、理によって生きている生物の一人称によって綴られていく『愛はさだめ、さだめは死』はもっともストレートに「本能」というテーマを描き出した短編。
    まったく別種の生物の”さだめ”を描きながらこうも胸を打つのは、さだめとはこの世に生まれた生物すべてが根源的に抱える「宿命」のことだからだろう。生まれ、老い、亡び、やがてまた生まれる。その過程には別の生命を喰い、遺伝子を受け継ぎながら循環している「生物」として避けようのない側面がある。繋がれてきた命の先に私がいて、そのまた先の別の生き物のためにいる「糧」としての私。そのような生物のライフサイクル。そのような愛と死の循環。これぞSFでしか描けない物語。素敵だ。

    常識を疑い、あえて論理を破綻させ、抽象的な概念を示すことで、新たな倫理を紡ぎだそうとした物語の数々。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの視点は先鋭的で力強く、私たちの本能を刺激する。

  • twitter アカウント Dappi の正体が法人であった と報じられた時 , Tiptree Jr. の "接続された女" を思い出さなくもないような という呟きを目にした。
    Tiptree Jr. "となりのヨンヒさん" 絡みで知ったばかり。早速 接続された女 --- The Girl Who Was Plugged in を読む。

    70ページほどの短編、Dappi.... というよりも MATRIX を連想する。あちらは 仮想空間に接続しているのに対し、本作は実態を持った身体に 遠隔操作で別の人体が接続されている。
    AR だの グリーンバックだのに慣らされ MATRIX を見てきた身には なんとなく感じ取れる 脳と身体性の乖離。

    これが 1975年の作品なんですね...... すごいわ.....!
    もうね 未来予知よ。
    発表当時にタイムトラベルして 40年後 マジでこんな感じよ〜と言いたい!
    21世紀のVFX作品作ってる人たちはみーんな読んでるよね、まちがいなく。

    さて Dappi の "脳" はあばかれるのか?
    その前に unplugged されちゃうのか.....

  • まず、字ちっさ!説明なく意味不明な単語が出てきて何度か挫けたけど、気にせず読めばいいことがわかってきました。
    お気に入りは
    「乙女に映しておぼろげに」軽快さが好き。
    「接続された女」これはホントに1973年に書かれたの?いやいや、VTuber・インフルエンサー・ステマ…完全に今の話じゃんとゾクゾク。ただ『日本式のチンチョーナ』とは何ぞや。気になる。
    「恐竜の鼻は夜ひらく」力が抜けちゃうコメディ。
    「男たちの知らない女」いきなりぶっ飛んだラストに口あんぐり。女は強い。
    「最後の午後に」私の頭に浮かんだのは完全に王蟲…繁殖期の王蟲。

    本書はティプトリーの紹介から始まり最後に解説もあるのですが、何より彼女の経歴が一番ビビる、ドラマみたいな人生。
    次は「たったひとつの冴えたやりかた」を読みます。

  • 1968年から1973年に発表され、
    数々の名だたる賞にノミネートされて受賞を果たした作品も含まれる、
    ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
    (=アリス・ブラッドリー・シェルドン)のSF短編集。
    奇想に満ちた過激な物語は時代を経ても古びず色褪せない……
    と思うのだが、それと好き嫌いの問題は別、ということで。
    一読者としては、刺激的で意外性に満ちていて面白いけれども、
    筆致が苦手なケースが多々。

    収録作は

    ■すべての種類のイエス(All the Kinds of Yes,1972)
    ■楽園の乳(The milk of Paradise,1972)
    ■そしてわたしは失われた道をたどり、この場所を見いだした
    (And I Have Come upon This Place by Lost Ways,1972)
    ■エイン博士の最後の飛行(The Last Flight of Doctor Ain,1969)
    ■アンバージャック(Amberjack,1972)
    ■乙女に映しておぼろげに(Through a Lass Darkly,1972)
    ■接続された女(The Girl Who Was Plugged in,1973)
    ■恐竜の鼻は夜ひらく(The Night-blooming Saurian,1970)
    ■男たちの知らない女(The Women Men Don't See,1973)
    ■断層(Fault,1968)
    ■愛はさだめ、さだめは死
    (Love Is the Plan the Plan Is Death,1973)
    ■最後の午後に(On the Last Afternoon,1972)

    環境に適応するのが困難で悩みを抱える人物が
    そこから脱するには畢竟、孤独を友とするしかなく、
    究極的には死によって安息がもたらされるのみ
    ――と言いたげな印象を与える作品群中、
    新天地を求めて冒険しようとする
    聡明な母と娘を描いた「男たちの知らない女」には
    喝采を送りたくなった。

  • 衝撃的で斬新で奇態。まさにSF。それもよく見かけるような「小説の小道具としてのSF」ではなく、「SFのためのSF」でした。
    「接続された女」は未来を先取りしすぎて他人ごとに思えない。個人と隔絶された情報のひとり歩きが怖い作品。twitterにしろlineしろ、現代人は画面越しのコミュニケーションを命綱にしている「接続された者」ばっかりな気がする。
    「愛はさだめ~」もよかった。音楽的なネーミングセンス。動物たちの外観は複眼や糸の排出から蜘蛛をイメージしていたけど、角が生えていたりしてもう少し違いそう。
    「楽園の乳」は、本当に異世界・別次元の中の誰も知らない出来事のようでうっとりする。おそらく地球で言うセックスを「流れる」というのも良い。
    でも一番好きなのは「すべての種類のイエス」。交流する宇宙人と地球人の純粋さがたまらない。これが一番最初にあってよかった。
    この本はSFとしての奇想天外な発想がすごいんだけど、裏テーマとして、「存在(≒生命)に対する愛」があるんじゃないかと思う。愛情深い短篇集。
    表題の「愛はさだめ、さだめは死」もすごくいい訳。

  • 実に独特な世界観を表現する短編SF集。表題の『愛はさだめ、さだめは死』に代表されるように、人間に限らずエイリアンを含めた生命というものの美しくない一面を精神的にあるいはグロテスクにえぐり出す。最後の物語『最後の午後に』が私にはいちばん興味深かった。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「美しくない一面を精神的に」
      タイトル買いしちゃって、衝撃を受けた作家№1と言っても良いかも。。。
      美しい美しくないを飛び越えてしまったとこ...
      「美しくない一面を精神的に」
      タイトル買いしちゃって、衝撃を受けた作家№1と言っても良いかも。。。
      美しい美しくないを飛び越えてしまったところが凄いですよね!
      2012/12/28
  • 素敵なSFだった。
    詩的な文体で世界観がナチュラルに作り込まれていて、作者独自の視点で生や愛について掘り下げられていて面白かった。
    様々な地球外生命体が出てくるのがツボ。
    さらっとエイリアン出てきて面白い笑
    全部面白かったけど特に「接続された女」と「男たちの知らない女」は読み応えがあって良かった。
    かなり創造力豊かで様々な設定に富んでいて、星新一みたいな作者だなと思った。
    あと登場人物に足悪い人が多かった気がするのは気のせい…?笑

  • 世界で1番想像力豊かな職業はSF作家だと思う。
    ほとんど意味を解せない覚悟で読み始めたけれど、気がつくと一つ一つの世界観にすっかりのめり込んでいた。特に「接続された女」は令和のこの時代でもまだ先進的な内容でとてもおもしろかった。SFは食わず嫌いだったけれど、興味をもついいきっかけになったと思う。

  • 10数年ぶりに再読。
    やっぱりよくわからないけど、私は好き。

  • 『たった一つのさえたやり方』に続き、ディプトリー二冊目。伊藤典夫、浅倉久志訳ということで安心して読んでいたのだけど、なかなか読むのに難航しました。。うーんディプトリーの文が肌に合わないのかな…

    好きだったのは、「エイン博士の最後の飛行」、「接続された女」、「断層」、「愛はさだめ、さだめは死」

    「接続された女」はプロット自体はわかりやすいのだけど、そのサイバーパンクな雰囲気、好きでした。

    表題作の「愛はさだめ、さだめは死」というのが、なるほどまんまそういうことね笑と、ある生物のライフサイクルの話で、本能という定めを超えようとしつつ、結局は種として残っていくには回避できない「死」が立ち上がってくる。かわいい赤だったり、リッリと呼びかけるモッガディートの可愛いこと可愛いこと…この作品が一番好きでした。

  • 『愛はさだめ、さだめは死』読みおわった。なんというか、いわゆる「サイケデリック」といった文章だなあ。だもんで何言ってるのかわからんというぶぶんも多々あるんだけど、おもしろいなあ。『たったひとつの冴えたやりかた』に対する期待感が高まった。


    『接続された女』のすさまじさ。『最後の午後に』も余韻がよかったなあ。全体的に、性別に関してのとんがったテーマと文章とのアンバランスさがなんだかとてもよい感じ。すごいぜ。

  • SFが苦手だった私が初めて「ニューロマンサー」を読んだ時と同じ位読みにくかった。なんだろう……すごく独特。読んでいてなかなかシーンが思い描けなくて自分の想像力の限界を思い知らされる。
    「全ての種類のイエス」、表題作の「愛はさだめ、さだめは死」がとても良く、またそれ以上に「接続された女」が凄かった。同情だか怒りだか、何だかよく分からない感情に駆られて本を放り投げたくなり放心した。

    そしてあとがきの、作者についての解説でまた呆然となる。

  • 「ティプトリーとはだれ、はたまた何者?」(ロバート・シルヴァーバーグ)
    「すべての種類のイエス」
    「楽園の乳」
    「そしてわたしは失われた道をたどり、この場所を見いだした」
    「エイン博士の最後の飛行」
    「アンバージャック」
    「乙女に映しておぼろげに」
    「接続された女」
    「恐竜の鼻は夜ひらく」
    「男たちの知らない女」
    「断層」
    「愛はさだめ、さだめは死」
    「最後の午後に」

    二冊目の短編集とのこと。初期のころの作品はけっこう手法が違うのだと感じた。「すべての種類のイエス」や「アンバージャック」などは、いまいちよくわからない。

    以下、好きな作品。

    「エイン博士の最後の飛行」
    短いながらも、最後の反転が見事。すっきり決まっている。

    「接続された女」
    濃密なサイバーパンク。朝倉久志の訳が『ニューロマンサー』ばりにキレ過ぎていて、収録作のなかで文章が飛びぬけている。

    「男たちの知らない女」
    後半の数作に通じる物語。このときから、もう果てしなく遠くに行きたいというモチーフが出ていたみたい。それが宇宙の果てまで行くと。
    男女の間合いの描き方が秀逸。

    「愛はさだめ、さだめは死」
    残酷さを感じしてしまうような厳しい生態をもつ、異星の生物の一人称で語られる本能と愛の物語。テクノロジーなどはないが、SFの面白さというものがこれにはあると思う。人間とはかけ離れた生物でありながらも、意思や愛をもち、さだめ=本能にさからい難いながらも、自分たちだけのさだめを創ろうと試みる。こうしたまるで異なったモノたちの生き様に、感動を覚える。

    「最後の午後に」
    映像で見たくないレベルで、襲来する怪物たちが怖い。
    甲殻類で、船なみの大きさかつ給水塔の高さまで性器を屹立させた雄に、同じく巨大で腹を膨らませた雌。生殖の際にはクレーターができるほどの荒々しさ。ちょんぎれる首。
    さらに巨大な10メートルを超えるものもやってくる……。
    悪夢のよう。
    生物の本能がそのまま剥き出しになったようなグロテスクな怪物たち。
    それと主人公が守ろうとする村の営みとの対比がなんとも。
    これも「男たちの知らない女」系列の作品。
    いい感じだったけど、やはり「ひえびえとした嫌悪感」に襲われてしまう。
    「血と生殖と子育てから永久に解放され、自分の本質、真の自己になって、たったひとりであそこへ……」

    ティプトリー凄いんだけど、著作数が少な過ぎて読むのがもったいなく感じる。訳されてるの全部読んだら未訳のあるようなので読みたい。

  • ネビュラ賞を受賞した表題作のほか、ヒューゴー賞に輝く「接続された女」など、全12編からなる短編集。

    最初の2~3編を読んだ時点で、本をやぶって窓から投げ捨てようかと思った。
    訳のせいもあるが、文章が荒れてて、とにかく読み辛い。内容を理解しようと読み手が歩み寄らないといけない。それだけ読者を遠く見離してる感があった。

    とはいえ、以前読んだ「たったひとつの冴えたやりかた」が比類なき傑作だったから、我慢して読み進めた。
    すると、「エイン博士の最後の飛行」や「接続された女」あたりから面白くなってきた。

    この作者、発想もさることながら、その描き方が極めてエネルギッシュで力強い。本能に抗う生物の苦悩と陶酔を描いた表題作を読み終えた後なんて、たった40頁の長さなのに、その圧倒的パワーの前に打ちのめされ、ただ茫然と虚空を眺めることしかできなかった。

    他にも「断層」「男たちの知らない女」「最後の午後に」など傑作が続く。

    「断層」は、時間から取り残されるという着眼点が面白い。
    極限の状況下で、人類という枠から外れることを迫られた人間たちを、したたかに描いた「男たちの知らない女」と「最後の午後に」
    とりわけ後者には、再び打ちのめされることになった。暴れ狂う怪物の造形は目を見張るものがあったし、その衝撃的な顛末のせいで、読後は底なしの虚無感に包まれた…

    そして、これら傑作と肩を並べる作品が、解説(というか作者の紹介)であろう。「事実は小説よりも奇なり」という言葉をかっさらう作者の人生は、それだけでひとつの優れた作品になる。
    まったく、何度この本にノックアウトされりゃいいんだ…

  • 面白い視点で物事を捉え、
    それを上手く表現できる人だ。
    様々なテイストの作品が綯い交じった素晴らしい短編集。
    表題作には強く惹きつけられた。

    「接続された女」1974 年 ヒューゴー賞中長編小説部門受賞。
    「愛はさだめ、さだめは死」1973 年 ネビュラ賞短編部門受賞。

  • 1973年に出版された中短編集。
    この中でいちばん有名なのは「接続された女」であり確かに面白いのだけど、個人的には初めて表題作を読んだ時の方が衝撃的だった。これを読むまで、一見残酷に見える生物の営みがその生物たちにとっては無上の幸せなのかもしれない、などと考えたこともなかった。
    あと鳥インフルエンザが流行った時、短編「エイン博士の最後の飛行」を思い出し、ゾクッとした。
    まえがき、あとがきも必読。

  • SF史に残るこの作家の強烈なプロフィールを知ってしまってから読んだので、感動の度合いが下がるかと思いきや、圧巻でした。粒ぞろいの短編集です。

    鴨がこれまで読んだことがあるのは「接続された女」1本だけで、サイバーパンク寄りの作家だと思ってましたが、収録された全作品を読んで実は作風にかなり幅のある人なんだということがよくわかりました。「全ての種類のイエス」「アンバージャック」あたりはまるでビートニク文学のようなサイケデリックな作風ですし、一方では「恐竜の鼻は夜ひらく」(←名意訳ヽ( ´ー`)ノ)のようにロバート・シェクリイを彷彿とさせる洒落た小話タッチの掌編もお手の物です。

    が、何といっても圧巻なのは、SFの体裁を取りながら個人の魂の相克へと切り込んでいく、エッジの利いた鋭い作風です。鴨が特に気に入ったのは「そしてわたしは失われた道をたどり、この場所を見いだした」「男たちの知らない女」「愛はさだめ、さだめは死」「最後の午後に」の4作。ストーリーこそ違えどもどの作品にも共通して描かれているもの、それは(一般には当たり前と思われている)世界/社会/環境への「違和感」です。登場人物はその違和感を克服しようと努力し、苦しみ、そして敗北して自滅していきます。ハッピーエンドの物語はひとつもありません。でも、後に残るのは虚無感や脱力感ではなく、何故か不思議な程に静かな諦観です。カタルシスを突き抜けた後に来る涙に似たようなものでしょうか。
    この「違和感」を向けられる相手が宇宙人であったりタイムスリップ後の別世界であったり、なーんて設定ならフツーのSFにまぎれてしまうんでしょうが、ティプトリーのすごいところは「違和感」の相手が自分と同じ人間であり、自分の暮らす社会であるということです。まるで作家自身が自分の人生において感じてきた違和感を、作品の形で表現しつつ吐き出そうとしているのではないかと思えます。やはり作家の強烈なプロフィールが書かしめた作品群なんですかね。
    機会があったら、他の作品にも挑戦してみたいと思います。

  • 短編集。異星生物のライフサイクルを一人称で書いた標題作「愛はさだめ、さだめは死(原題/Love is the plan the plan is death)」。これ本能という意味もある「PLAN」を「さだめ」と訳したのが見事。「たったひとつの冴えたやりかた」といい、ティプトリーは邦題で得しているかも)、むしろ現代でこそ描かれて然るべしなサイバーパンクの嚆矢「接続された女」などが有名だが、入院中に看護師さんたちの献身的な姿に感動と驚きを感じていた時に読んで、まさに個人的に納得してしまった「女性とは何か」を描いた「男たちの知らない女」が忘れられない。他の収録短編はちょっとわかりにくい感じのが多かったので全体として4点で。

  • 雑食、悪食を厭わぬ私、だが、「SF」と銘打ったものにはなぜか少し縁が薄かった。ヘソ曲りの私は「空想科学小説」という括りが気に入らなかったのかもしれない。なんであれ人間の空想(想像力)の産物なんだ、小説は小説でしょ、ナルニアだってなんだって時空を超えてるという意味ではSFだよ、火星人が出て来たって文学は文学だよ、わざわざ「空想」とか「科学」と謳って差別化しなくても……、あくまで私はヘソ曲りだった。この書はハヤカワ文庫ではSFに分類されている。それがわかっていて、タイトルが魅力的だったから手に取った。長年のヘソ曲りを反省した。おかげで「入り込む」のに少し頁数を要したが、つまり、面白かった。作者の経歴もすごすぎるし。喰わず嫌いもいけませんね。先入観や偏見は、日々排除するよう心がけましょう。(でも、相変わらず天の邪鬼でヘソ曲り)。

  • ●2026年1月1日、いま図書館で借りて読んでいる「マッチング・アプリ症候群」の著者が執筆のために潜入したマッチングアプリにて取材対象の相手男性とマッチングしたきっかけが共通のファンであるSF小説家だったと書いてあった。それがこのジェイムズ・ティプトリー・Jr.。【23~24ページ】

    カマキリのメスがオスを捕食するっていう話は、SMっぽくて、好き。

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