本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (544ページ) / ISBN・EAN: 9784150107468
みんなの感想まとめ
成長と戦闘をテーマにした物語が展開され、少年が困難な課題を乗り越えながら成長する姿が描かれています。ゲーム的要素が強く、特に戦闘描写は魅力的で、映像化にも適していると感じる読者も多いようです。一方で、...
感想・レビュー・書評
-
何かで推薦されてるコメントを見たのが残っていて古書店で見かけて購入した作品。物語的にも訳的にも相当に時代を感じながらの550ページ弱となかなか時間がかかりましたが、あまり読んだことのない類の作品で楽しみました。タイトルにも「ゲーム」というワードが含まれている通り、RPG的に少年が困難な課題をクリアしながら成長していくゲーム的な物語という側面が強く、そしてその肝心の「ゲーム的」戦闘描写もなかなか面白い(この辺りは確かに映画映えしそう)。一方で、大人たちのあまりにパターナリスティックな振る舞いであったり、戦争中にはほぼ触れられないバガー側の事情や視点が、終盤に勝者の体験を通してのみ語られ、しかもそのご都合主義的な受容、消費のされ方はいやいやいや、と呆れを通り越してもはやすごいと関心する部分も。映画はどこをどんな風に描いた作品なんだろうな。あと、訳がかなり時代がかっていたので、新訳も気になるが、もう一度読む気力が湧くかどうか。いつか映画を観て楽しめたら考えようかしら。
詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
SF としての面白さはあるけれど、この年齢設定で何でもかんでも結局はできてしまうのはどうなのだろうか。見せる弱さの割には強靭というか都合よすぎというか。歳の割には知性も思考能力も成熟しすぎているというか。
スラングを訳し切れていないのはちょっともったいない。 -
訳:野口幸夫 解説:山岸真
すごい小説を読んだなという満足感の後で気分の悪くなる解説。本人は他に贔屓の作家がいて芯からは評価していないのかどうか、なんかちくちく問題ある作者のように誘導してくる文章。どれだけ世間の評価が高くとも自分はさほど評価してないならそれで構わないのに、いかにも公平な目線で語っているかのような口ぶりが嫌。
あと精力的に活動していることの何がそんなに気に障るんだという言い回しだし、「倫理的なバイアス」ってなんだ。作品評価の軸は人それぞれだろうに、カードが倫理を軸にしたとしてなんの問題があるのか。恰も偏見にまみれているが如く「バイアス」という単語を選んだことも問題だし、自分は一切の偏見や好みや拘りから免れているかのような物言いに腹が立った。
今は新訳が出ていて解説も別の方らしくて羨ましい。なぜよい小説を読んだ後でこんな気分にならなければならないのか。解説は作品と作者に相応しい人が担当してほしい。 -
また虫系の敵かよ、と思ったが、発表年月考えたらむしろ、早い方か。宇宙の戦士とか別にして。
筋立てにまず、びっくり。
さらにその先に驚き。
唸った。これはすごいな。
だが、肝心の訓練とか戦闘中のシーンが、目の前に浮かんでこない描写は割引き。
んで、この、ガキどもの悪態っていうか、こういうのって日本人の感覚からすると、かなり違和感あるんだけど、こういうもんなんだろうね。
正直、続編読む気にはならないが、面白かった。 -
とても面白かった。主人公の人間として、リーダーとしての苦悩に、最後に向かうほど引き込まれていった。
アクションシーンも多いが、想像力の乏しさと文章の難しさで上手くイメージ出来なかった。
中2の子どもの英語の宿題で本書の原書が課題図書の一つになっていたが、日本語でわからないものが英語でわかるとも思えない。
続編がたくさんあるようだ。機会を見つけて読んでみたい。
-
「無伴奏ソナタ」所収の短編の方を先に読んでいたので、オチは知っていた。それでも物語にどんどん惹きこまれ、ちびっ子エンダーに魅了された。最後のバガーとの意思疎通を自らの心の中に見出したシーンは感動した。しかし、私をしばしば現実に引き戻してしまったのが、この微妙すぎる訳。意図的なのかそれとも訳者の力量不足なのか分からないほど稚拙な訳もあった。特に会話部分。実に惜しい。
-
何度読んでも、ただ、凄い、としか言えないのです。
本作は、ヒューゴー・ネビュラのダブル・クラウンに輝いています。
その事からして、凄いなんてことは分かり切っています。
だから本来は、何が、どう、というところを書くべきなのです。
そんな事は分かっています。重々承知しているのです。
けれど、読み終わってみると、凄い、の二文字しか浮かんでこない。
物語の軸は、言うまでもなくエンダーです。
彼の、バトルスクールでの成長が、物語の主軸です。
その道程は、残酷なまでに過酷です。
しかし、それには理由があります。
人類の存亡、という大きすぎる理由が。
人類の未来は、10歳の少年に過ぎないエンダーの双肩に懸かっている。
だからこそ大人たちは、情を捨ててエンダーを鍛えます。
それは、直接的な干渉による鍛錬ではありません。
環境を制御し、あらゆる手段を駆使して、窮地を創り上げるのです。
そして、その真っ直中に、エンダーという種子を放り込みます。
そんな過酷な状況を、エンダーは乗り越え続けます。
悩み、苦悩し、葛藤を繰り返しながら。
エンダーが居る場所は、バトルスクールという隔離された場所。
バトルスクールは、宇宙に浮かぶ専門機関なのです。
エンダーが成長を続けているのと同時に、地球でも変化が起こります。
その震源地にいるのは、ピーターとヴァレンタイン。
彼らは、ウィッギン家の長男と長女。
すなわち、エンダーことアンドルーの兄と姉です。
悪魔の化身のように、残虐さと狡猾さを兼ね備えたピーター。
聖母のように、尽きることのない慈愛を湛えているヴァレンタイン。
まるで正反対の気質を持った少年と少女が、世界を変えていきます。
これが、物語を構成するもうひとつの軸です。
そして、物語は驚愕の展開を迎えます。
全てが終息した後、エンダーにも転機が訪れます。
そして物語は、次作「使者の代弁者」へと繋がっていくのです。
本作は、excitingなSFであると同時に、壮大なprologueでもあるのです。
未読の方には、心から一読することをお勧めしておきます。
読み終わったとき、頭の中には、凄い、しか浮かばないことが分かりますから。
全編に渡って、凄くない場所がどこにも見当たらないことに気付くと思います。
まさに、歴史にその名を刻む、名作だと思います。 -
子供がやっているシミュレーションゲームの話しというとつまらない感じだが、最初からぐいぐい引き込まれて読ませる。さすがに、ダブルクラウンの本である。物語を通して保たれる疑問感。これがこの本を読ませるのだろう。戦争というものも少し考えさせられた。
-
-
人を傷つけることを好まぬ心優しい天才少年にして、根っからの殺し屋(というより、正しくは「生存本能に長けたもの」かと…)、エンダー。異性人バガーの侵略に備えるため、政府の意向により、彼は司令官の候補としてわずか6歳でバトルスクールに編入させられます。
矛盾した性質を持ち合わせる少年は、バトルスクールでの訓練で非凡な才能を発揮し、「戦争ゲーム」では類稀なる成績を残します。誰もが英雄の誕生を確信する一方で、少年は、周囲の期待と望まぬ立場に悩み苦しみます。誰も傷つけることを望まない天才少年がついに直面する事実とは…
ヒューゴー賞とネビュラ賞のダブルクラウンに輝く本書は、オースン・スコット・カードの代表作にして、SF史に残る名作です。
戦争SFとしては、ハインライン「宇宙の戦士」、ホールドマン「終わりなき戦い」と並び評されることもしばしば。これらの作品との類似点は、それこそ数えだしたらきりがないように思えますが、作品が訴えることは、当然ながら異なります。「宇宙の戦士」がハインライン特有の軍隊賛美のプロパガンダとすれば、「終わりなき戦い」はホールドマンが体験したベトナム戦争を下地に、正体がわからない敵との戦いを描き、戦争の目的不在を浮き彫りにしているかと思います。では、本書が描く戦争とは一体なにか。年端の行かぬ子どもさえも戦争に駆り出される卑劣さ?異性人バガーの性質から、全体主義と自由主義との争いを描いている?あるいは共産主義と資本主義という冷戦下を反映した作品?いくつもの考察は可能でしょうですが、どうしても着目してしまうのが、先にあげた2作品との大きな違い、すなわち敵の正体が明らかになることです。さらにこの作品では、敵との対話により、「戦争勃発の主因は意思疎通の欠落である」と語られます。戦争を経験していない世代からすると、これはなんとなく正しいように思えます(ハインラインからは「ぬるい」と一喝されそうですが…なんとなく)。ただ、バガーに勝利した人類が、すぐさま人類同士で戦争をはじめる終盤の展開をみるに、どうもカードはこのあたりを皮肉に描いているような気もするところ…
一方、本書ではエンダーと実兄ピーターとの対比がしきりに描かれます。ふたりとも天才にして、根っからの殺し屋である点は同じ。異なるのは、エンダーが善良な心を持ち合わせているのに対して、ピーターは邪心の塊であるところ。おもしろいのは、善良なエンダーが(その事実を知らないとしても)大量虐殺を実現するのに対して、悪鬼のピーターは人類の決裂を防ぎ、不毛な戦争を避ける役目を果たした点。無垢な殺し屋もいれば、悪魔の英雄もいるということか?いずれにせよ、人物の造形に力を注ぐ(らしい)カードとしては、戦争そのものよりも、この人物対比こそ、訴えたい何かであったのかもしれません。 -
沖縄県でファーストフード店といえば「A&W」(エイアンドダブリュ、通称エンダー)がメジャーである。そんなエンダーが最近、タイアップキャンペーンをしていたのが映画『エンダーのゲーム』。エンダー繋がりやね。
昨年アメリカで製作され、日本でも今年公開された映画『エンダーのゲーム』。原作は1985年にアメリカで出版された伝説的SF小説だ。SF界の2大栄誉であるヒューゴー賞とネビュラ賞を両方受賞している。
2度にわたる昆虫型異星人バガーの侵略を何とかしのいだ人類は、さらなるバガーの攻撃に備えバトル・スクールを設立。優秀な指揮官の養成に乗り出していた。
この頃、地球では少子化政策により子供は2人までしかもてなかったが、兄と姉の優秀さが認められ特別に3人目(サード)として生まれたエンダーことアンドルー・ウィッギンは6歳にしてバトル・スクールで才能を発揮、周囲の期待通り一足とびに同級生たちを出し抜いていく。
以上のように、基本的にはエンダー(ender=終わらせる者)という異名を持つ主人公がスクールで頭角を現し、やがて宇宙艦隊(IF)の指揮官へと育っていく成長物語である。だがSF的奇想や宗教的・倫理的思想にまつわる問題など様々な要素が物語を深く掘り下げているのが名作たる所以である。
物語の根本には「人間の優劣は生まれた時から決まっている」という考え方がある。エンダーは生まれた時から優秀な指揮官となることが運命づけられている。6歳にして才能を華々しく開花させるエンダーは周りの子供たちから恨まれ、妬まれる。それが暴力事件にまで発展することがあるが、スクールの教官たちは仲裁に入ったりせず傍観している。戦いの才能があるのであれば相手に負けるはずが無い。また才能の無い者を救う必要もない。3度目のバガーの攻撃を受ければ、人類は滅亡するかも知れない。種の存亡の前では個人の感情など取るに足らない物と考えられている。
冷酷なまでに非情な世界で幼少期を過ごし、葛藤するエンダー。自分の命運を自覚しているが故にその悩みは深刻だ。
<「わたしたちは、ただの普通の子供じゃないわ、そうでしょ。わたしたちの誰ひとり」/「時々、そんなだったらいいのにって願わないかい?」>(本書p393)
過酷な運命の中で、望むと望まぬとにかかわらず戦闘(=殺戮)の才能を見せつけていくエンダー。物語の終盤では彼の人生を決定的に変えてしまう大きな出来事が用意されている。この仕掛けに読者はかなり驚かされるだろう。その時にこの小説のタイトルが重い意味を持ってくる。
そうして人類の在り方という大きな思想に思いを至らされてしまうのがこの小説の凄みなのだが、一方でSF的ガジェットにも目を見張らされる。執筆されたのが1980年代だというのに、既にノートPCもしくはタブレットPCのようなアイテムが登場していて、インターネットもかなり今日的に描かれている。さらに驚かされるのは、単にPCやネットを描くだけでなく、ある登場人物たちがそれを駆使して世論を誘導する場面がある事だ。
作中ではどうやらIFはNATO軍のような位置付けらしく、その人物たちは二手に分かれ、片方はロシア率いるワルシャワ条約機構(懐かしいね)の脅威を喧伝、それだけでなくもう片方がそれに反論するという手法で世の中を徐々に右傾化させて行くのである。
これって現在やたらネット上で中国や韓国の脅威を声高に叫ぶ人たちの姿とよく似ていると思う。30年前の小説でこんな状況を予見していた作者の想像力が恐ろしい。
ちなみに施川ユウキの読書ネタギャグマンガ『バーナード嬢曰く』(一迅社REX COMICS)の中で、SF好きのキャラが『エンダーのゲーム』について語るシーンがある。
<翻訳がイマイチなんだよな……/機械翻訳のような読みづらい文体 「屁喰らい」「屁こき口」「おなら頭」等ダサダサの直訳スラング 唐突に現れる「~ちゃう?」という謎の語尾/来年 映画化に合わせて再翻訳される可能性がある(中略)それまで待ってくれ!!>
これが全部その通りなのだ。そんなんで昨年11月本当に新訳版が出た。旧版と読み比べるのも一興。「超名作なのに翻訳がイマイチ…」というSFファンが長年モヤモヤしていた気持もスッキリしたはず。まあ旧版もクセはあるけどSFを読み慣れている人なら難易度は高くないと思う。というかこの翻訳者他にいろいろ面白い仕事をしているので調べてみたら結構興味深いです。
映画版は邦題を原題通り『エンダーズ・ゲーム』(Ender's Game)にしなかったのが偉い。そうしてたらたぶん新訳版の文庫もそんなタイトルになっていたはず。最近のハヤカワ文庫はそんなんだし。長大な物語を2時間にまとめているのでちょっとダイジェストっぽいけど、大きな改変もなく原作ファンもまあまあ納得の出来。映像の迫力も凄いです。 -
物凄く冷徹で、物凄くナイーブである。ある意味、突き放している。しかし、途方もなく抱え込んでもいる。
エンダーはそのあまりの優秀さ、優しさ、繊細さゆえに、誰も信じられないのかもしれない。自分が優秀であること、優しいこと、そして繊細であるということを彼が認めるには、「ほかの人たちは決して自分ほどそうではない」ということを認めなくてはならないのだ。
それは、彼にとって残酷なことのように、私には思える。彼はそれに常に向き合わなければならない、彼が幼い時からすでに、世界は彼ほど賢くなく、また人々は彼ほど善良な人ばかりではないのだ。
彼の持つ長所が、彼にとってことごとく無力に思える、そのことが読んでいてとても苦しい。それらの長所に対して、世界はあまりにも即物的なのだ。
オーソン・スコット・カードは、『消えた少年たち』を読んで「うわっ……」となった思い出があるので、この話もどこまで行くのだろう、ととても心配だった。しかし、案外落ち着くべきところに落ち着いたように思う。
しかし、これはまだほんの序章だというようなことが解説で触れてあったので(?)、もしかしたら、私の安心もこの巻に限ってのことかもしれない。 -
「重力がどうあろうと、覚えておけ――― 敵のゲートは下だ」
すごっ。あー面白かった。プロットは、よく考えてみたらごくシンプルなんだけれど、すっかり引き込まれ、ラストでぽーんと放り出されて、え?え?となり…面白い本ってこういうものなのだろうな。エンダーかわいいよエンダー
書かれたのは85年、でも実に「あり得るかも」という部分もあって…インターネットのごくごく黎明期だけに、書かれた当初読んだ人々は、未来っぽい!と思ったことだろうなと。
映画化ほんとにするのか?チープにならないといいけど -
エンダーが……好きすぎる。読了後に読み終わりが寂しくなってしまう部類の本。オースン・スコット・カードさん……何年でも待つからエンダーの世界まだまだまだまだ出して下さいませ。
-
短編版も読んだはずだけど、全然思い出せない。というか、この本も読んだんちゃうかなぁ、発売されたころ。
最後の戦いまではおもしろく読んでいたけど、その後の話はどうなのかなぁ。深みを出そうとして、とってつけたみたいやけど。
あと、翻訳は結構悪い。日本語にはなってるけど、意味不明な文章がかなりあった。 -
名作SFキャンペーン。これはヒーローを描いた物語だけれど、とても残酷な物語でもある。ヒーローものというものは、そしてSFというものも、ときとしてとても残酷なものなのだ。脇役の少年たちもとても魅力的で、シリーズをもっと読んでみたくなった。日本語訳がかなりひっかかるところが多かったので、新訳を読めばよかったかなと後悔している。
-
オールタイムベストの常連でもあり期待が大きすぎたのか、世間での評価ほどのものは感じられなかった。主人公の年齢があまりに低くいため天才とはいえ現実味がなく入り込めなかった。ただラストは伸びやかであり一読の価値はあった。いつか再挑戦してみたい一冊。
-
今読むと、古さを感じさせる部分もありますが、それを差し引いても面白い作品でした。
単なるサブキャラかと思った、エンダーの兄ピーターと姉ヴァレンタインが、思わぬ形で物語に再び関わるところと、戦いを終えた後の展開が意表を突かれて面白かったです。
オースン・スコット・カードの作品
本棚登録 :
感想 :
