流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

制作 : 友枝 康子 
  • 早川書房
3.67
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本棚登録 : 1175
レビュー : 89
  • Amazon.co.jp ・本 (375ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150108076

作品紹介・あらすじ

三千万人のファンから愛されるマルチタレント、ジェイスン・タヴァナーは、安ホテルの不潔なベッドで目覚めた。昨夜番組のあと、思わぬ事故で意識不明となり、ここに収容されたらしい。体は回復したものの、恐るべき事実が判明した。身分証明書が消えていたばかりか、国家の膨大なデータバンクから、彼に関する全記録が消え失せていたのだ。友人や恋人も、彼をまったく覚えていない。"存在しない男"となったタヴァナーは、警察から追われながらも、悪夢の突破口を必死に探し求めるが…。現実の裏側に潜む不条理を描くディック最大の問題作。キャンベル記念賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 「流れよわが涙、というのは、ダウランドの楽曲から取っているらしいけど―――泣きたいってのは、どういう感情なんだろうね」
    彼は、ぼんやりとそんなことを言った。
    「まあ、『泣きたいわー』とか、よく言いますけどねえ」
    「ああ、君はよく言ってるね……」
    くたびれたソファで向かい合い、二人は同時にため息をついた。
    「にしても、秀逸なタイトル」
    葉月は、改めてその黒い表紙をまじまじと眺めた。
    「このタイトルがなければ、ただの不条理小説として読んでしまうところでした」
    「そうかもしれない」
    彼は頷き、恐らくはもう冷め切っているであろうコーヒーを、一口啜った。
    「これは、有名なTVスターが、ある日突然、誰からも忘れられ、役所の戸籍からも消え、しまいには身元不明の人物として警察に追いかけ回されるというストーリーだね。確かに、不条理小説のような展開だ。そのまま受け取れば、だけど」
    「何かの暗喩だと、解釈しましたか」
    「まあ、俺たちだっていずれは、全部失うんだよ。彼はただ暴力的にそれをはぎ取られたけれど。俺たちだって、人とは疎遠になるし、あるいは死別するし、やがては自分自身も死んで忘れられていくんだ」
    「……うわあ、泣きたい」
    「うん、それだろうね」
    彼は頷き、それから何か考えるように、自分の髪を軽く掻き回した。
    「いつだって、泣くのは何者かのためだ。誰かでも、何かでもいい。でもそれが何かしら、自分にとって呼びかけうる何者かであれば―――ちょっと飛んだ言い方をすると、魂の宿ったもの、と言ってもいい。そういうものが損なわれたときに、人は泣くだろう?」
    そんなことを、言葉を選ぶように、彼はゆっくりと話した。
    「その対象が、自分であっても?」
    「そう、自分のために泣くというのが、もしかしたら一番、多いかもしれないね」
    「じゃあ、どうして彼は泣かなかったんです? 自分自身がまるっと損なわれたのに?」
    言いながら、葉月ははっと気付いたように、彼に目を向けた。
    彼は、意地悪く笑って、言った。
    「それは、彼が自分自身にとっての、何者でもなかったからかもしれないね」
    そうして彼は立ち上がり、コーヒーを淹れ直すためにキッチンに入っていった。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「にしても、秀逸なタイトル」
      ほんと、タイトル買いしちゃう本の上位を争うくらいに、、、
      「にしても、秀逸なタイトル」
      ほんと、タイトル買いしちゃう本の上位を争うくらいに、、、
      2014/03/25
  • 何とも恐ろしい愛の物語であった。
    三千万人の視聴者を抱える人気歌手ジェイスン・タヴァナーが、
    或る日、目覚めると自分の存在がこの世から無くなっている。
    誰もが自分のことを知らず、あげく警察から追われる羽目に。

    触りだけ触れると、どんなトリックが隠されていて、
    どんな強大な陰謀がその裏で渦巻いているんだと思いがちだが
    物語はそんな単純なものではなかった。

    この物語のタイトルである、「流れよ我が涙、と警官は言った」
    このタイトルの示す意味に物語の後半で気付かされる。
    その時に初めて、この物語の本当の主人公に気付く。
    これは、何とも言い難い哀しい物語であった。
    それでも、どこか救われたのではないかと最後は思いたかった。

  • タイトルに惹かれて買った。
    ディックの小説はSF独自の舞台道具小道具を使って人間の本質を突き詰めて行くのが面白い。彼の作品はあまり読んで無いけれど、どれも鬱屈とした世界観だよね。ただそんな押しつぶされそうな世界において、決して諦めようとしない人間の強さ、意思を感じ取れる。

  • S・カルマ氏かと思って読んだらハルヒだった。

  • なんという人間らしいSFだろう? この物語の主人公は稿の8割方を彼が占めるところのタヴァナーではない、語られる世界を生み出した主体たるアリスでもない、愛する者を失い崩れ落ちるバックマンだ──そして同時に三者いずれもが主人公であり得る。

    中ほどでルース・レイが語る悲しみと愛についての言葉は、コンテクストから切り離された状態でさえ主題と深く関わっていることを悟らせる力がある。「悲しみは自分自身を解き放つことができるの。(略)愛していなければ悲しみを感じることはできないわ(p198)」「悲しみはあんたと失ったものをもう一度結びつけるの。同化するのよ。離れ去ろうとする愛するものや人とともに行くのね(p200)」工藤直子の詩──好きになるとは心をちぎってあげるのか、だからこんなに痛いのか──を思い出す。心を動かす軋み、つらくてもやめることの叶わない人の営み。

    アリスの見た夢にタヴァナー他が巻き込まれたという構図はまさに、「鏡の国のアリス」でディーとダムに「あんたはこの赤のキングの見てる夢さ」と宣告されるアリスを思い起こさせて暗示的だ。物語の世界設定と各所に鏤められたガジェットがSFであるだけで、その実は普遍的な文学を描いていることが感じられる。この逆転したアナロジー(夢を見たのはアリス)はもう少し突き詰めても面白いかもしれない。

  • フィリップ K ディック 「 流れよわが涙と警官は言った 」
    近未来SFの面白さもあるが、キーワードは 涙の意味であり、愛のサイクルの物語(愛する→失う→悲しむ→悲しみが去る→また愛する)だと思う。特に ジェイスンとルースレイの愛についての会話は素晴らしい

    近未来SFとしての面白さ
    *遺伝子操作→優生学→スイックス
    *KR3服用者の知覚対象全てが 現実世界から非現実世界へ移行

    愛のサイクルの物語
    *愛のサイクル=愛する→失う→悲しむ→悲しみが去る→また愛する
    *ジェイスンが愛するもの(失ったもの)=自分、人々の記憶
    *バックマンが愛するもの(失ったもの)=詩的な美しい世界、ルール→失った悲しみの象徴は 涙→涙により自分を取り戻せる

    ダウランド「涙のパヴァーヌ」にバックマンの詩的世界を投影しており、ダウランドを聴くことにより 失った悲しみを忘れることができる

    ジェイスンとルースレイの会話
    「愛しているときは もう自分自身のために生きているんじゃない、別の人間のために生きている」
    「愛は本能に打ち克つ。本能は私たちを生存競争に押し込む〜他人を犠牲にして自分が生き残る」
    「愛があれば あなたが消え去っても 幸福感をもって 愛する者を見守ることができる」

    「悲しみは あなたと 失ったものを もう一度結びつける」
    「悲しみは自分自身を解き放つことができる〜愛してなければ悲しみを感じることはできない」
    「悲しみは消え去って この世界でもうもう一度うまく折り合っていく」





  • 実際に読んだのはサンリオSF文庫の友枝康子訳版

  • オチがよくわかんない。面白いけども。
    二つの世界がでてくるのは 高い城の男と共通してた。

  • ハヤカワSFが読みたくて購入。電気羊も読んでる途中なんだけど、どうもしっくりこない。アメリカ的な会話のやり取りがダメなのか、込み入った話の構成がダメなのか。。とにかく海外SFはちょっと距離置こう

  • 誰からも忘れられ、IDも消えてしまった主人公。
    何故これが起こったか。そのタネがぜんぜん腑に落ちなかった。これが主題ではないからいいのか?
    彼を追う警官がだんだん主人公のようになっていく。

    エピローグは淡々としている代わりに、ラストは情感たっぷりだ。

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