決定版 2001年宇宙の旅 (ハヤカワ文庫SF)

制作 : Arthur C. Clark  伊藤 典夫 
  • 早川書房
3.83
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本棚登録 : 1662
レビュー : 149
  • Amazon.co.jp ・本 (300ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150110000

作品紹介・あらすじ

三百万年前の地球に出現した謎の石板は、原始的な道具も知らないヒトザルたちに何をしたのか。月面で発見された同種の石板は、人類に何を意味しているのか。宇宙船ディスカバリー号のコンピュータ、ハル9000はなぜ人類に反乱を起こしたのか。唯一の生存者ボーマンはどこに行き、何に出会い、何に変貌したのか…。発表以来25年、SF史上に燦然と輝く記念碑的傑作に、作者クラークの新版序文を付した完全決定版ついに登場。

感想・レビュー・書評

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  • 少し前、IMAXシアターで4Kデジタル復元の「2001年宇宙の旅」を観てきた(70mmプリント上映は行けなかった)この映画はこれまで家で何度も観てきたけれど、巨大サイズで観てなんぼの作品なんだなぁとつくづく思い知らされた。で、小説の方は未読だったので、この機に読んでみることにした。結論から言うと、これまで読まずにいたのは随分ともったいなかった。

    映画は作品として完成されているけど、良くも悪くも不親切である。一方の小説もまた作品として完成されていた。映像がない分、逐一説明が入る。HALにはHALの事情というものがあった(映画の淡々としたHALに慣れすぎていたせいかHALがいきなりタメ口でびっくりしたのだけど、今にして思えばあえてフレンドリーな口調に訳していたのかも?)終わり方もかっこよすぎた。解説本を読みあさるマニアでもないので、訳者の後書きも面白かった。

    こうしてみると、小説と映画、ことさら切り離して考えることもない、本で、映像で、二度楽しめる希有で贅沢な作品だと思う。小説を読むなら先に映画を観てからの方ががいいらしいけど、その逆だとやっぱりちょっとがっかりしちゃうのかな。

    2001: A Space Odyssey (1968年)

  • 名作と言われる本書を読みました。
    この決定版は1993年刊行ですが原書は1960年代だったハズ。
    いまから50年近く前ですか?その時代にコレが書ける?

    恐らくこの著者はタイムマシン持ってますよ!(文中にipad出て来るし・・・)

     スタンリーキューブリックの映画を見て、「何コレ?」と消してしまったのは誤りでした。映画の始まりのヒトザルが出る場面。あのダラダラ感に堪えられませんでした。あの後、我慢してもう少し見ていたら面白かったのかもしれない。(映画版の評価は色々ですね)

     読むキッカケは、「詩羽のいる街」のストーリー中で【映画とは比べられないほど原作は素晴らしい!】と書かれていた事です。 
    http://booklog.jp/users/kickarm/archives/1/404100019X

     読んで思ったのは、この話に準えたSF作品って思いつくだけでもいくつかある気がする。
     人智の及ばない所に突然現れるメッセージ。それに惹かれるようにヒントを探りながらその「未知」なる者に近づこうとする地球人。
    それだけ、その後の人々に影響を与えた作品なのですね。
    大好きなスターウォーズも、相当影響を受けてますね。

    堅い感じはありますが、面白く好奇心をくすぐられる作品でした。

    金星は地球の11倍の直径を持ち、表面積は80倍とか。
    土星はもっと大きくその輪は衛星の集まりで・・・

    もう一度映画見てみようかな・・・

  • 昔、日曜洋画劇場か何かで映画を観た本作。初めて原作を読みました。新版には本人による回想記も附録され、そちらにも書かれている通り、原作と言うよりも映画と相互に影響を与え合い作られた作品。そして、映画では表情でしか語られない(そしてHALには表情がない)内面も描かれ、多くの人を悩ましたモノリス接触後の出来事についても何がおこっているのかを克明に描写するなど、映像での消化不良を一掃してくれます。

    読後、映画を再見。冗舌なほどのワンカットの長さなど、今の時代にウケなさそうな作りではありますが、映像はとても美しく、各シーンに登場する未来の世界(年代的には今より過去!)はトンチンカンなものをほとんど感じさせない考証され、練られたものです。そしてカット割りのいくつかにエヴァンゲリオンに影響を与えたであろうものを散見し、ファンの方には一見をお勧めしたいと思いました。

    映画は映像で素晴らしさを堪能させてくれますが、小説はミステリーで楽しませて、テーマは警句に満ち、描写は想像する楽しさを感じさせてくれるものでした。

  • SFとして『伝説』を通り越して神格化されている向きも有る映画の小説版(ノベライゼーションに非ず)。スタンリー・キューブリック監督がSF作家のアーサー・C・クラークに「SF映画を撮りたい!」とストーリー案を相談し、シノプシス(アーサー)、脚本(キューブリック)が両氏による並行随筆作業で行われ、片方が小説、片方が映画として『完成』した経緯を持つ。 映画は監督のイマジネーションと当時の撮影技術の限界から、小説は後半から観念的な展開で、結局のところ映画も小説も両方でオチは読者の感性に「ぶん投げられた」まさに迷作。

  • SF映画の金字塔である「2001年宇宙の旅」は映画界を代表する傑作でもある。
    しかし、その内容は難解で観る人によって感想はまちまち、受け取る意味や解釈も人それぞれ。だからこそ、永遠におもしろい映画なんだろう。
    様々な解釈のできる映画って基本的に凄く好きなんで、この映画はもちろん大好きな作品。
    でも、少し深く内容を理解したいと思ってアーサー・C・クラークの小説を読んでみた。
    原作といってもキューブリックが話しを持ちかけて、共同でアイディアを出しながら完成したのがこの小説なんだって。
    だから映画になるのが前提で書かれたものなんだそう。なんで、基本的なストーリーは映画と全く同じだった。
    そして、映画ではあまり説明がなかったことに関して、この小説では全て説明してくれちゃってます。
    まさか、ここまではっきりした内容だとは思ってなかったからちょっとビックリした。
    映画の中ではかなり神秘的に描かれていた数々のシーンは小説ではかなり明確に描かれている。
    これは、ある意味衝撃的な出来事だった。
    だって、あんなに意味のわからない映画の内容が全部わかってしまったんだから。
    でも、映画はキューブリック独特の演出も加わり解釈も小説とは異なったものになってるよう。
    近々また映画を観ないとなぁーって思ったよ。
    SF小説としては、中盤のHALの反乱の部分がおもしろかったなぁ。
    宇宙船に搭載された人工知能であるHALが乗組員を次々と殺害していくシーンはこわい。
    しかも、それが宇宙の片隅で淡々と行われているんだから。

  • 宇宙という未知のフロンティアに挑んだ古典的SF名作。
    教養として読んでおくべきかと思って、Kindleで購入。

    1968年に書かれた「2001年という近未来」を舞台にした小説なので、そこから更に10年以上経った今読めば、発表当時の読者とは感じ方が違うだろうけど、そこもまた面白かった。

    「コンピュータ vs 人間」というテーマは、数々のSFで(今でも)描かれているし、中でも「コンピュータに感情が芽生え、生き残るために人間を殺す」というストーリーは、いったい何回模倣されたんだろう。
    (映画Matrixなんかもこの筋書きですね)


    ここで描かれる宇宙の果て(スター・ゲート)というものは、現代の科学からすればあまりに非現実的で滑稽にさえ思えるが、物語の中に出てくるHAL9000というコンピュータが興味深い。

    現代の現実世界において、最新かつ最も将来性が見込まれると言われる「ニューラル・ネットワーク」というAIの手法が、まさにこのHAL9000と似ているような気がする。そこが面白い。


    --

    引用:


    名前はHAL9000―船の頭脳と神経系をなす高度に進歩したコンピュータである。(中略)
    1980年代にはいって、ミンスキーとグッドが、任意の学習プログラムに従って、神経ネットワークを自動的に発生させる(自己複製させる)方法をおおやけにしたからである。人工頭脳を育てるのに、人間の脳の発達と告示したプロセスがとれるのだ。

  •  クラークの代表作ともいえる作品。映画を見たからといって本書を読まないのは愚の骨頂である。まさにここには映画が単なる挿絵にすぎなったという事実がある。映画を見て解らなかった人も必読の作品である。

     映画を見たから、そして難解だったから、さぞ書籍の方も難解だろう。私はこう思っていた。そかし読みはじめるとその先入観は一気に吹き飛んだ。映画は、この書籍の場面場面の描写に過ぎないのである。筋の通ったストーリーがここにある。映画を見て感じていた、長い間の疑問が吹
    き飛んだというのが私の読後感である。本を読んでいるだけでも感じることのできる色彩、そしてスケール。これはクラーク独特の世界だろう。

     別の作品「地球光」の戦闘シーンで感じたクラークのこの感性はこの作品では全体にわたってちりばめられているのである。

     映画も確かにすばらしい。芸術作品であろう。しかし、書籍こそ最高のサイエンス・ファンタジーである。クラーク作品を読んでいて、順番に注意する必要がある。私は最後にこれを読んだことによって、これまでの「幼年期の終り」などにでてくる”変態”の概念をここに見いだすことが出来た。オーバーロードの概念が理解できた。クラークの2001年宇宙の旅はサイクリックな映画だと称されたが、それは違う。クラーク作品全体がサイクリックな作品だったのだ。2010年、2061年と続くこの宇宙の旅シリーズはぜひとも読んでみたい作品だ(まだ読んでいないが)。

  • スタンリー・キューブリックの映画版は、もちろん観てます。何度も観てます。が、クラークの小説版は未読でした。ディテールに若干の違いがあるとはいえ、映画版とほぼ同じストーリー展開ですので、読んでも既視感が強くて面白くないんじゃないかな〜と思ってたんですが・・・すみませんorz クラークに激しく謝罪。脱帽し跪いて読むべし。
    繰り返します、ストーリー展開は映画版とほとんど変わりません。なのに、ここまで読ませる!しかも、綺麗だけどよくわからん映像美や神秘主義嗜好に頼ることなく、れっきとした正真正銘の「ハードSF」として最後の一行まできっちりと纏め上げる!驚嘆すべき筆力と構成力です。クラークすげぇ。SF界大御所中の大御所ですが、改めて感服。

    ここで念のため、鴨はキューブリックの映画版を否定しているわけではありません。あの美しくかつ実験的な映画版「2001年宇宙の旅」は、現実世界がとうに2001年を越えた今でも古びない、映画史上に燦然と輝く傑作だと思います。ただ、SFとしてどうなのか?と考えると、ちょっと違うんじゃないかな、と。映画版は、ナレーションも台詞も極力抑えられています。非常に静謐な作品です。それがあの映画の最大の特徴であり、独特の美学を確立するための不可欠なファクターでもあるのですが、あまりにも説明がなさ過ぎて、SFの最もSFらしいエッセンスであるところの"Sence of Wonder”に辿り着く前に「???」の状態で観客を放り出してしまっているんじゃないかと、鴨は思います。映画の方法論としては全然ありだと思いますし、その荒技をやっちゃったからこそ、時代を超えた傑作になり得たのだという気がしますけどね。でも、SFじゃないだろうと。
    クラークの小説版は、その「???」な状態をクリアカットに解明しています。「そうか、映画のあのシーンはそういう意味だったんだ!」と納得するポイントが多々登場。しかも、謎が解けたらその先つまらないんじゃないの、と思いきや、謎がひとつひとつ解明されることによってその先のストーリーがどんどんと繋がり世界観がばんばん広がっていく、この爽快感。数多くの謎が、ある事件をきっかけに一気に旅の最終地・土星衛星群へと照準点を合わせ、その瞬間に全てのストーリーがしゅっと一本のライン上に整列する物語的ダイナミズム。SFとしてはもちろんのこと、サスペンスとしても超一級品です。端正で引き締まった訳文も素晴らしいですね。

    また、この作品はSFとしてきっちり読ませる一方で、人間ひとりひとりの小ささや不安定さといったものも、要所要所で描かれています。月へ向かう宇宙船の中、眼下の地球で繰り広げられる政治情勢に想いを馳せるフロイト博士であったり、宇宙空間を流されて行くプール飛行士が(死んでいるはずなのに)自分に手を振っているようにみえて激しく恐怖するボーマン船長であったり・・・小さなエピソードではありますが、その積み重ねがこの作品をガチガチのハードSFではなく「人類の物語」としているような気がします。
    あのあまりにも有名なラスト・シーンは、「オカルトじゃないか」と評する人も多いですが、鴨はSFとしてクラークが出した解答なのだと思っています。彼のもう一つの代表作「幼年期の終わり」にも通ずる、人類進化への壮大なヴィジョン(それが良い結果になるか悪い結果になるかは別次元の問題として)を感じます。考えてみると、物語の大まかなプロットは「幼年期の終わり」とかなり共通してるんですよねぇこの作品。クラークの、というかSFの永遠のテーマですね。主人公は「人類そのもの」です。

  • 映画が視覚・聴覚にダイレクトに(そしてストイックに)訴えかけてきたあの世界観を、ロジカルな文脈を追って読み返すというのはとても面白い。個人的には映画が先でよかった。キューブリックのセンスと対照的な著者のおしゃべり具合(前書きは特に楽しい苦笑い)が功を奏して、あのナンセンスでシュールで暗示的世界観と物語を惜しみなく叩き付けてくれる。後半のぶっとびなんでもアリ感はなんだか映画より強いけれど。

  • 読書会のために映画を再視聴し再読。
    映画の描写は、今見ても、すごくしびれる。一方で、やっぱり意味のわからない、つかめない箇所もあって。ハルは、どうして反乱したのだろう?とか、ラストあたりは何を描いているのだろう?ボーマンはどうなったのだろう?といった疑問箇所は、クラークの本を読むと、そうだったのか!と目からウロコで納得、すっきりできる部分が多い。もちろん、それはクラークの解釈であって、映画は観た人がそれぞれ解釈するように、あの描き方なのかもしれませんが。
    クラークの本の方では、ハルの話が出て急速にストーリーが動き出す第4部以降はもちろん非常に面白いのが、その前の第3部のディスカバリー号が太陽系内を旅していくところの記述、船内の記述や木星を観察し通り過ぎていく辺りも、読んでいてとても面白かった。ホーガンや火星の人みたいに、科学的裏付けのあるネタを色々書いてくれるのは好きなので。
    一番惹かれる箇所は、クラークらが一番言いたかったであろう、結末近くの異星人との邂逅と人類の新しい段階への進化・・・よりも「ハル」の反乱あたり。このハルの反乱の理由、コンピュータが不安定になり、自己防衛に至るあたり、自我と欲望のようなものが生まれている辺りは、てっきりもっと描かれる部分と思ったので、以降に触れられないのは映画でも本でも不思議だった。気に入りのエピソードなので、絶対あってほしい部分と思いつつ、「でもハルの反乱のエピソードがなくても本筋は進むよね?本筋にはからむかと思ってたのにからまないよね?どうしてこのエピソードが入っているのか?」と疑問だったので、読書会で尋ねてみた。それに対し、「いや、これは本筋に関わる重要な部分。ヒトと人工知能が生存をかけて争い、弱肉強食でヒトが生き残り、スターゲイトにたどりついて進化したということではないかと思う、もしハルが生存競争に勝っていれば、ハルが進化の道をたどった可能性もある」との意見をきいて、なるほど!、そうは考えたことがなかった!。こういった自分では思いつかなかったり気づかなかった意見を聴けるのが読書会の良い所と思う。

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