青ひげ (ハヤカワ文庫SF)

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  • 早川書房 (1997年9月19日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784150112059

感想・レビュー・書評

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  • やっと読了。思っていたより大作だった。

    「猫のゆりかご」を読んだあと、heidiに「青ひげ」を薦められた。「猫のゆりかご」でヴォネガットに一定のイメージができちゃったので、「泣けるよー」と言われてもピンとこなかった。
    でも確かに”泣ける”話。泣きゃしなかったけどね。

    架空の画家ラボー・カラベキアンの一代記。この名前、あんまり大仰なもんだから、半分くらい読むまで主人公の名前だとうまく認識できなかった。

    おとぎ話だと思うんだけど、何とも変わってる。皮肉と怒り?悲哀?。しつこいくらい、自分と世界をシニカルにこき下ろす。熱さを感じるくらい真剣な皮肉。

    作中に出てくる女性、サーシ・バーマンにはほんと我慢ならなかったけど、この人物をはじめ極端にデフォルメされた人物がうまい。「猫のゆりかご」と同じ人が書いてんのかあ、と思ったけど、ムダがないなあと感じるあたりは確かに同じ。時期が後だから当然ながら、よりこなれた感じもするし。

    面白く、ずっとわかりやすい話だった。「猫のゆりかご」がダメな人にも薦められるかも。
    でも最後はちょっと……クサイかなあ。それがいいんだけど。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「クサイかなあ。それがいいんだけど。」
      うんうん。大いに頷く!
      「クサイかなあ。それがいいんだけど。」
      うんうん。大いに頷く!
      2012/08/30
  • 読んでいるときの感覚は星4くらいだったのだが、そのあとに思考を整理するために感想を長々と書いていたら、とてもよい小説だったなと思い改めた。
    以下、感想。

    ✴︎✴︎✴︎✴︎

    「青ひげ」の主人公・ラボー・カラべキアンは元画家の老人で、海辺の屋敷で大量の美術品を抱えながら独り暮らしている。コックやその子供、使用人もいるが独りである。彼が二番目の妻と長年暮らしたその屋敷は今ではコックの娘が友達を連れてきて好き勝手に遊んでいる。そして妻にさえ見せなかったジャガイモの納屋が建っている。
     そこにサーシ・バーマンという女性がやってくる。彼女はアメリカで大活躍中の作家であるが、彼にその姿は明かさず、海辺でカラべキアンがひとり佇んでいるところにやってきて、
    「ねえ、あなたのご両親はどんな死にかたをしたの?」
     と訊ねる。
     彼女はカラべキアンの屋敷にしばらくの間、住むことになる。そして彼女の登場をきっかけに、彼は自分の半生を振り返る自伝的小説を書き始める。

     この小説は、彼の書く自伝的小説の部分と現実でのバーマンとのやり取りが交互に展開されてながら進んでゆく。
     自伝的部分では、アルメニア人の父母のもとで育っていた彼が、彼を目にかけるマリリーと出会ってパリにゆくまでの経緯が語られ、現実ではバーマンの登場によってそれまで化石のように動かなかった彼のうちの時間が次々に塗りかえられてゆく様子がわかる。
     読んでゆくうちに、現在のカラべキアンと過去のダン・グレゴリーが重なり、彼をパリに呼んだマリリーがバーマンと重なるようにも見える。これは抑圧的に他者を抑え込もうとする父性的な象徴と、男性にとっての母性的な象徴を映すものとしてそれぞれがよく重なって見えたのであって、実際の彼らには少なからず差異がある。だがカラべキアンの視点を通して語られると、どうしてもそれが重なっているように見える。
     ダン・グレゴリーの家での数年間は、十代のカラべキアンにとって苦痛の滲むものであった。カラべキアンが来た時点でマリリーは階段の上から突き落とされて片足にびっこを引くような状態に陥っている。話がちがう。悲惨的な状況と言えるだろう。彼を呼んだ人間がいない中で彼はパリでの暮らしをはじめる。現在のカラべキアンの陰鬱な性格を形づくった日々とも言えるかもしれない。後に彼は自虐的に自らのことをこう表す。

      カラべキアン[名](二十世紀のアメリカ画家、ラボー・カラべキアンより)。ある人物が愚鈍さか不注意、またはその両方で、自分の業績と評判に泥を塗るような大失敗を演じること。
     
     画家だったときの知り合いはことごとく自殺を遂げている。たとえばキッチンは、父親に拳銃を向け、一発撃った後に(弾は頭をそれて肩に当たっていた)、拳銃の銃口を口にくわえてそのまま死んだ。
     ほら、また自殺だ。フォークナー、アーヴィング、そしてヴォネガット。
     彼らにとっての自殺は、という問いが自ずと浮かんでくる。その秘密に近づくためには、スローターハウス5の彼らみたいにヴォネガットの時代にまで遡らなければならないのかもしれない。その地点で生きてみる必要がある。ただひとつ明らかであるのは彼らの自殺と、日本文学における三浦哲郎が描いた兄姉の死や、芥川、太宰、三島が自らの身体をもって体現した死とは根本的に何かが違う。
     人が死を選ぶのはおおよそ、自身の生きる「自身」か「環境」に絶望するためだと思う。死は完全なる休符であり、そこから先に音やリズムを繋がないための唯一の方法である。それはある種の美しさとして捉えることもできるだろう。それを身体の劣化というような自然的要因に身を任せて遂げるのか、事故や殺人のような偶発的な事故として他者によって定められるのか。はたまた自殺のように、自らの理性をもって自らの生を決めようという意思なのか。恐ろしいことに、理性によって本能のベクトルを定めようとし構築されたこの社会では、自殺の周辺に薫るこの静けさを、ある種の美しさとも捉えることができる。ヴォネガット、フォークナーらが描いた自殺と、日本文学において重要な産物である自殺。自殺する理由が、客観的にはっきりと説明づけられるのはアメリカ文学に置いて描かれてきた「自殺」の方である。
     
     この小説は終盤にかけて、静かでまたドラマチックなあらすじに向かってゆく。ひどく緩慢な速さで。
     その終着点はどこかというと、ジャガイモの納屋がついに開けられて、その中にある絵をカラべキアンとバーマンが眺めるシーンだ。タイトルは「こんどは女性の番だ」。カラべキアンが戦争の終わった直後に見た谷での光景を描いた絵。とても長い絵で、どこから見ようとしても一目で全貌を見渡すのは不可能なほど大きい。
    「第二次世界大戦がヨーロッパで終わった日に、太陽が昇ってきたとき、ぼくがいた場所だ」
     と彼はバーマンに伝える。
     絵には戦争時には殺し合った人種たちが入り混じって描かれている。強制収容所の囚人、奴隷労働者、捕虜、ドイツ軍の兵士、地元の農夫とその家族。誰もが救いを待ち受けている。絵にはカラべキアンも描かれていて、画面のいちばん下の床すれすれのところにいる。
     これは戦争の話だ。読み終えたときには自然とそうわかる。戦争は、いつまでも語られるべきなのだ。語られながら、いつまでも起こされないものとして伝承されるべきものである。

  • 初ヴォネガット作品。なんてウィットに飛んだ語り口!超ヘビーな体験をシニカルな笑いで包んでくれることによって、説教くささがなく、読む人にぼーっとその時代に思いを馳せる余白を与えてくれる。素敵!素敵!
    そして最後はまさかのフェミニズム小説だった!時代ならではの「ん?」ってところはあるけれど、読んでおいて間違いない作家リストに入りました。次はスローターハウス5にしよう。

  • 読み終わっての印象が薄いのだが、それはこちらの読み方が悪いせいなのかもしれない。

    ヴォネガットの小説はこんなものだという先入観があって、期待通りにならないので、アレレという状態のまま最後までいってしまった。

    こちらの読み方が雑で急ぎすぎということもあるけれど、それだけ前期の作品群のインパクトが強かったのだ。

  • 青ひげ (ハヤカワ文庫SF)

  • SFを読んだ気はしないがヴォネガットマニアには感動作
    表紙   7点和田 誠
    展開   7点1987年著作
    文章   7点
    内容 731点
    合計 752点

  • 2007/08/01 購入
    2007/08/06 読了 ★★
    2014/10/10 読了

  •  画家ジャクソン・ポロックがモデル。
     年を取った画家の自伝という形をとり、回想と現実の世界が行ったり来たり。全体的に偏屈な年寄りの独り言のような感じを受ける。
     しかし、カート・ヴォネガット流の皮肉とあたたかさ、根底に流れる力強い意志が、ビリビリ伝わってくる。
     年を取って、失ったもの、忘れていたものを振り返った時、人は何を感じるのか。そんなお話。

    【ジャクソン・ポロック(1912~1956)】
      抽象表現主義の画家。この主義はアクション・ペインターとカラーフィールド・ペインターの二つに分けられる。前者は特別に何かを書こうとしたのではなく、絵の具に仕事をさせ、見方は観賞者に任せる。ジャクソンはこのアクション・ペインターの先駆者らしい。

  • 初めて読む作家だったので知らなかったが、どうも有名なSF作家らしい。ただ、この作品は現代を舞台にした一般小説。
    タイトルが「青ひげ」だし、粗筋に「鍵のかかったジャガイモの納屋」の存在がかかれているし、最初はもっとじっとりした、退廃的な話かと躊躇していた。が、実際のところはまるで違った。
    軽妙な乾いた文章で綴られる内容は、私が想像した陰鬱な雰囲気は全くなかった。扱っているテーマや作中で語られる歴史はなかなか重いのだが、その辺をさらりと読ませる。

    私は昔から、芸術というものがまるで分からない。
    絵画や音楽は授業レベルの通りいっぺんの知識しかないし、実物を前にしても、ぞくぞくするような「美」を感じることはあまりない。元々凡庸な感性しか持っていないうえに、それら強く興味を惹かれることがないからだろう。
    だから、作中に繰り返し出てくる「魂のない絵」というのがどういうものなのか、うまく想像できなかった。「魂がない」としてもとても精密に描かれているなら、私はそれだけで賞賛してしまいそうだ。この言葉も意味が経験的に分かる人が読むと、受ける印象も強いのだろう。そう思うと残念。
    芸術論を理解できるかどうかを抜きにしても、過去と現在が交互に描かれる物語はとても面白かった。こういう老人の回想ものを読むと、生きていくのもそんなに悪くないと思えるな。

  • 人間讃歌。に、辿り着くまでの人生劇場。結局どんなにブサイクな生き方をしていても自分だけには正直でいればなんとか形になるさ、とヴオネガットは言ってくれているような気がした。沢山の登場人物が自殺したり、戦争で死ぬが一様にいえぬそのいきさつの描き方に優しさを感じた。根底に流れる戦争体験からの思想に今現在生きる僕は学ばなければならない。

  • 今度は画家の話

     楽しみにしている作家の(けっこう)最新作。1987年である。戦争体験を持つ画家が自らの人生を振り返るというスタイルで書かれる。細切れに小さなセンテンスが区切られていて、あっちこっちへと時間がいったり来たりするものの、絶妙のタッチで読者が混乱することがない。多少冗長とも思える350ページの長編もスムーズに読むことができた。

     本来自分の死後にのみ公開する予定だったジャガイモ小屋に残した最後の作品とはどんなものなのか? このテーマを最後まで引っ張りながら、ラストで一気にその作品を見せる。主人公である画家がそれを公開する気になる部分といい、公開したときにとかれる自らに課した呪縛みたいなものがラストを締めくくる。なかなかいい本だった。

  • クリスマスキャロルのようなお話です。
    なにがしかの誇りを持っていたい人へ。

  • あるアルメニア人の絵描きが、老後カリフォルニアの孤独な邸宅で綴った自伝。最後の結実を迎えるための、数々のエピソード、彼がいかにして、ジャガイモ納屋に隠した真実を披露するかがこの小説の鍵。
    絵を人間が、時代に翻弄され、一介のつまらない老人となる。そんな彼が最後に仕組んだ、巧妙なフィナーレを大いに楽しんで欲しい。

    ヴォネガットの、悲哀とアイロニーの入り交じった文章は、小説が有益か、無益か以外のところで語られるための、よいサンプルとなるだろう。

  • 「ある一瞬がほかの一瞬にくらべてべつだん重要ではなく、
    すべての瞬間があっというまに過ぎ去ってしまうことを
    表現するだけの勇気、知恵、それともたんなる才能が、
    彼には欠けていた。」

  • 空っぽのラジオ/肉体よありがとう・/・/・「この作者には魂がない!」って絵が語る///宝石

  • え?コレってSFなの?

  • 面白かった。

    ロストジェネレーション。
    国が違うとほんとに違うんだなぁ。
    世代で言う戦争がそれぞれ違う戦争を指すんだもんね。

    文章がとても魅力的でした。
    なんか生きている感じ。それぞれがきちんと。

    これだけ1人の人生をでっちあげられるってすごい。
    なんか作家ってすごいなぁ、と。
    今更なことを思ったのでした。

    他のも読んでみようかな。

  • よくこれ書いちゃうよなぁ。
    まあ、ヴォネガットの中では一番入りやすい作品かな。
    わりとすらすら進む。

  • 久しぶりにヴォネガット。

  • 「こうした偶然の一致をいちいち真剣にとっていたら、
    だれでも気が狂ってしまう。この宇宙には、
    自分にかいもく理解のできないことがわんさと進行中らしい、
    と疑いを抱くようになる」(本文より)

    1987年のヴォネガットの長編です。

    戦争体験をベースに、しっちゃかめっちゃかになった
    人生の回顧録である点においては、いつものヴォネガット。
    「青ひげ」にはラストにオチが用意されているので、
    いつもよりもちょっとわかりやすいヴォネガットかなと思います。

    わたしがヴォネガットを好きな理由は、
    奇跡的な出来事が、それが幸運であれ、その真逆であれ
    いつ起きても、「ひとつの事実」として受け止める姿勢が
    貫かれているからです。
    登場人物がどんなに自分勝手でも自己中心的でも、
    どんなにはた迷惑な存在でも、「存在」として尊重しているところかな。

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著者プロフィール

1922-2007年。インディアナ州インディアナポリス生まれ。現代アメリカ文学を代表する作家。代表作に『タイタンの妖女』『母なる夜』『猫のゆりかご』『スローターハウス5』『チャンピオンたちの朝食』他。

「2018年 『人みな眠りて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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