火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (414ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150117641

作品紹介・あらすじ

火星への最初の探検隊は一人も帰還しなかった。火星人が探検隊を、彼らなりのやりかたでもてなしたからだ。つづく二度の探検隊も同じ運命をたどる。それでも人類は怒涛のように火星へと押し寄せた。やがて火星には地球人の町がつぎつぎに建設され、いっぽう火星人は…幻想の魔術師が、火星を舞台にオムニバス短篇で抒情豊かに謳いあげたSF史上に燦然と輝く永遠の記念碑。著者の序文と2短篇を新たに加えた新版登場。

感想・レビュー・書評

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  • 物語は2030年1月からはじまる。あらましを序盤、中盤、終盤にわけるなら、序盤はおもに火星人の視点での叙述となる。地球人の訪問と火星人の抵抗。中盤から視点は地球人に移り、ついに彼らの入植が完了する。そして終盤はふたたび火星人の、かつては地球人だった火星人の視点に戻る。およそ27年にわたる赤い星の記録である。

    序盤に関して、とかく2031年4月の叙述は、著者のもつ主要なテーマでもあるようだ。未来と過去の交代、奇妙なノスタルジア、動いているのに止まった時間。悲壮感と一種のエクスタシーに満ちた詩のように。

    中盤以降、頁をめくる指の動きが早まる。先へ次へ!きっかけは2033年2月の叙述である。地球からの移住者たちがまるでいなごの大群のように火星におしよせる。このあたりから、登場人物は増え火星はにわかに賑やかになる。しかしそれに反比例して、なにやら虚無感が強まる。新しく次々に生まれ出でる入植者の町、しかし傍にはつねに火星人の町、もはや誰も息をしない死んだ町がある。それはまるで、新たな町の行く末を予言するかのように。文明とはなんだろうか。人間の行いとはなんだろうか。それはどんな価値があるだろうか。どんな意味があるだろうか。そう問うかのように。ここで著者の端書きにある「エジプトのどこかに火星」が思い出される。彼の着想にある光景とはまさに、この膨張する虚無感ではなかろうか。新たにできては消える生きた現在と、圧倒的な現実感をもって佇む死んだ過去。
    途中の「第二のアッシャー邸」は、全体の流れのなかではすこし趣が異なるが、ポーのファンとしてはなかなか楽しめる。

    最終局面のはじまりは、2036年11月の叙述、「地球を見守る人たち」である。地球では戦争が勃発する。母なる地球が燃えるのをみた移住者たちの耳に「帰リキタレ」と電報がこだまする。そして12月の叙述、「沈黙の町」で予言は完遂する。個人的にはこの1話がもっとも印象深い。誰もいない町に突如鳴り響く黒電話ーここでもノスタルジアが物語をより高次の芸術に昇華する。

    そして最後の叙述、2057年10月。地球の戦火から命辛々逃れてきた家族が、新たな神話をつくる。かれらはアダムとイヴであり、アブラハムとサラであるだろう。地球人ではなく火星人の。著者は『火星年代記』という神話を編んだ。未来の入り口は過去とつながった。

    はじめから読んでも楽しめるが、気になる1話から頁を進めても本作のもつ魅力は褪せないだろう。SFだけれど叙事詩のような、壮大な物語であった。

  •  火星を舞台にした短編をオムニバス調に書き上げた連作。

     不思議さという点では『夜の邂逅』が印象的。言葉ではうまく書き表せないのですが、幻想的で登場人物の言葉にもあるのですが、不思議な夢を見たような感覚もありました。

    『火の玉』も幻想性では負けていません。話は宗教のあるアメリカ的な感じだったのですが、それでもどこかいいなあ、と思ってしまう短編でした。

    『沈黙の街』はこの作品群の中ではユーモアあふれる語り口でいい意味で浮いていて印象的でした。

    『百万年のピクニック』は状況こそ絶望的であるものの、登場人物たちに悲壮感は感じず、希望の感じられる短編でした。

     幕間的にはさまれる1~2ページほどの章がいくつもあるのですが、その文章がどれも詩的なイメージに満ち溢れていて、文章に酔ってしまうような感じを受けました。ブラッドベリの文章はいい、ということは知っていたのですが、ようやくその意味が分かった気がします。各短編それぞれ幻想色があふれていて素晴らしいのですが、それが一つの年代記としてまとめられているところがまた「火星」という場所の不思議なイメージを増幅させてくれているような気がします。

    作中でも火星に地球人が住む時代まで描かれるのですが、その一方で火星の本当の姿というものは書かれていないような印象を受けました。

     今後現実社会でも宇宙開発が進んで、火星を含む宇宙に人が住む時代が来ても、この本がある限り僕は宇宙の惑星に対し、神秘的なイメージを持ち続けるのだろうな、と思います。

  • 追悼ブラッドベリ第2弾。

    夏の朝の匂いをかぐと読みたくなるのが「たんぽぽのお酒」ですが、この夏は本書を新訳版で読み返すことに。

    50年代の作品ですが、今なお失われないその輝きに脱帽です。SFではないですねこれは。幻想小説としかいいようのない味わい。見知らぬ土地を見知らぬままでほおって置けず、これまでの景色と同じにしてしまう人間の浅はかさを描いているかと思えば、「第二のアッシャー亭」のようなホラーへの愛着を示すパロディーもあります。

    でも、全体を通じて感じられるのは、滅んでしまったもの、失われたのも、滅びゆくもの、失われてゆくものへの眼差し。郷愁を誘うというより、もう少し冷たく残酷な感じが強く、胸が苦しくなります。

    火星人とすれ違う「夜の邂逅」がやっぱり印象的ですが、「長の年月」も今回は心に残りました。歳とともに響く部分が違ってきますね。

  • 西暦2029年夏、地球に最も近い二つの月をもつ惑星・火星探検に向けて、新天地の夢を託したアメリカ合衆国のロケットが地球を飛び立ちますが・・・。鬼才【レイ・ブラットベリ】のオムニバス形式による26の挿話で構成された『火星年代記』は、痛烈な文明批判を芳醇な文学の香りで包み込んだ壮大なSF作品です。とどまることのない人間の野望と征服欲、途絶えることのない戦争、破壊と創造を繰り返す文明の歴史を〝地球〟と〝火星〟を舞台に展開されるエピソ-ドは、哀しいまでに人間の愚かしさを感じさせる作品です。

  • 1999年から31年後にされたそう。2030年からたった27年で地球も火星も滅んでしまう悲しい物語。

  • 中盤中だるみして読み進めるのに苦労しましたが、前半、後半は急展開に一気に読み進めました。 中でも火の玉、優しく雨ぞ降りしき が好きです。
    SFではなくSF要素のあるファンタジー叙事詩というか連作叙事詩という感じです。時系列にしてたった30年弱……個人的にはある星を支配する種族が入れ替わるには非常に短く感じました。なんとなく物悲しい、それでいて人の営みを傍観しているような、盛者必衰、諸行無常といった言葉がぴたりとあてはまるような、そんな感じがしました。

  • ブラッドベリーを知ったのは、萩尾望都さんのマンガだった。以来というか、つまり高校から大学の時分、次々にブラッドベリーの短編を読み耽り、詩的で美しい文章に魅了されたのだった。

    さて、本書。火星を舞台に様々な物語が展開する。時に心のなかで一番防御の弱いところをしっかり掴んで、甘酸っぱくて、残酷な話を聞かせる。もしかしたら、ブラッドベリーってワルイ人なのかも?
    その他、純粋な信仰の姿を描いた話、ポーのような異常でグロテスクな話などなど…。

    昔、神父と鞄屋の3ページの会話に泣きそうになったが、30数年振りの再読は結構冷静。なにしろ読み返す必要もないぐらい良く覚えている。それでもジーンと感じてしまう処は多かった。

    昔、ユリイカのブラッドベリー特集で、火星とは新世界アメリカの比喩とあって驚きつつ、納得した。そんなことも何度も頭に去来した。実際、技術的占有権があるからと判ったような判らない理屈でアメリカしか出てこない。そのアメリカも何故か、ニューヨークやLAじゃなく、ブラドベリの馴染みの田舎ばかり。それに気付いて読むと感想もかなり変わってくる。

    SFとは云い難いが、そんなこと拘らず、読み耽って戴きたい。

  • ・あらすじ
    2030年代の火星に地球から探検隊がやってくる。
    地球からの移住者、火星人たちの文明と滅亡が書かれた火星が舞台の短編オムニバス小説。

    ・感想
    海外SF小説が好きなYouTuberさんがレイブラッドベリを紹介した動画をみて興味を惹かれ購入。
    超超有名なディストピア小説「華氏451度」はずっと読んでみたいと思いつつ未読なんだけど、この作品から読んでみようと思い手に取った。

    あまり事前情報を仕入れずに読み始めたので「詩的な文章」という私がもっとも苦手とする表現が多く、抽象的というか想像力が必要な作品で序盤は雰囲気を掴むのにちょっと手こずってしまった。
    でも「第3探検隊」からの「月は今でも明るいが」が良すぎて、そこからはブラッドベリの魅力を堪能しながら読むことができた。

    特に「月は今でも明るいが」がよかったなーー。
    「生きるとは」「なぜ生きているのか」という思春期に誰しもが持つ純粋で普遍的、根源的な哲学的な問いと火星人たちの結論。
    科学と宗教と芸術の哲学が生活にどのように染み渡っているか〜的な解釈が好きだった。
    物質至上主義の地球人と、執着や即物的な欲望から肉体を捨て去ることで脱却し精神世界に全振りすることで解き放たれた火星人の対比。
    先住民族の文明・文化を壊し開拓する人間の傲慢さも描かれてるけど、そういう性質は何年経っても変わらないものなんだな。

    のちに第3探検隊の面子が出て来た時と彼らの行く末も退廃的で好き。
    最後の短編「百万年ピクニック」が綺麗にこの作品を締めくくってて良かった。

  • 未来の話なのに懐かしい。

  • いろいろ寄り道しながらも、ここ最近でいちばん夢中になれた本。
    ラストが
    ラストが!
    なーるーほーどー!
    手法としてはもう在り来りなのかもしれないけど、怖〜。

    最初は、謎系のSF感がとても面白くて読ませます。星新一さんみたいに。

    なかなか火星から地球に帰ってこない地球人。だのに、翌月も、また夏にも、地球人たちは火星目指してやって来て…
    メンタルを損なわれそうなファンタジーが少しずつ短編として連なっていく。

    途中私には難解になったり、すごく腑におちたり、バイロン卿の詩が現れたり。。

    神父たちが、火星には新しい罪があるのではないかと、ロケットにのっていってしまうという…シュールで詩的な画が浮かぶ、2033年11月「火の玉」は、急に面白くて、なんなんだろう??
    解説を読むと、新版でいくつか短編が差し替えられたりしているそうなので、あとで納得できたけれど。

    2036年の、「第2のアッシャー邸」も怖くて面白かった。アッシャー邸を作ったのは、スタンダール氏、
    地球人の政治が本を焼き、「むかしむかし は、二度とこんなことは起こらない になってしまった!」と地球の社会学社たち、有名な人物たちを第2のアッシャー邸に招待して…

    狂った地球人のせいで、火星人もだんだん絶滅していく。。

    時々訳が分からなくなると、「たんぽぽのお酒」を開いて自分を励ましながら、
    怖く、面白く、読み耽りました。
    地球は、核戦争により自滅する!

    SFって、本当に予言に満ちているんですね。

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著者プロフィール

1920年、アメリカ、イリノイ州生まれ。少年時代から魔術や芝居、コミックの世界に夢中になる。のちに、SFや幻想的手法をつかった短篇を次々に発表し、世界中の読者を魅了する。米国ナショナルブックアウォード(2000年)ほか多くの栄誉ある文芸賞を受賞。2012年他界。主な作品に『火星年代記』『華氏451度』『たんぽぽのお酒』『何かが道をやってくる』など。

「2015年 『たんぽぽのお酒 戯曲版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

レイ・ブラッドベリの作品

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