時は乱れて (ハヤカワ文庫SF)

  • 早川書房
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本棚登録 : 403
感想 : 30
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  • Amazon.co.jp ・本 (383ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150119379

作品紹介・あらすじ

新聞の懸賞クイズに正解し続ける男の秘密とは?――ディックの初期長篇、待望の復刊!

感想・レビュー・書評

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  • 新聞の懸賞クイズ〝火星人はどこへ?〟で全国チャンピオンの座を維持する有名人レイグル・ガムが、オ-ルド・タウンという田舎町で妹夫婦と住んでいました。レイグルは、事あるごとにディシャブ(既視感)の体験を重ねていて、本当の自分はいったい何者で、どこから来たのかと苦悩するようになります。物語は1959年に生きるレイグルが、40年後の未来の記憶に目覚め始め、読者をタイムパラドックスの世界に誘っていきます。時間軸の歪みに呑み込まれ、闘争社会に蠢く人間の精神的不均衡を描いた【P.K.ディック】初期のSF小説です。

  • SFマガジンのPKD特集に再度刺激され、ディック祭り継続中。
    57年の「虚空の目」と62年の「高い城の男」の間に位置する作品。何かが違っているように見えるのは自分が狂い始めているのか世界が本物なのか?普通小説にしか見えない出だしから、徐々に不安感が高まって・・・100ページ以内でどちらがおかしいのかがわかってしまうのですが、それは何のため?という謎がじわじわと深まっていくサスペンスは強烈。一気読みです。

    PGMにリゲティを流したところ、すがすがしい秋晴れの中で読んでも不安感MAX。実にディックな日となりました。やっぱりディックすげー。

  • 「与えられたものは信じるな、ってことなのかな」
    蛹はそう言って、小さく首をかしげた。
    「自分で掴んだものだけ信じろ、と?」
    葉月も同じように、小さく首をかしげる。
    「いや、それも疑っておいた方がいいんじゃないかな」
    「……どっちなんですか」
    ふたりは、蛹の家の居間にいた。
    いつものように、向かい合ったソファに、向かい合って座り、向かい合ってコーヒーを飲んでいる。

    「例えば家族や友人が、あるいは住み慣れた家や歩き慣れた町が、誰かから与えられたものだとしたら、っていう話」
    はあ、と、葉月は曖昧な相づちを打つ。
    「それってつまり、幸せが、誰かから与えられたものだとしたら、ってことですか?」
    「どうだろう? ここでは、そう言ってもいいかもしれないけど。その幸せから抜け出して、本来の自分のあり方を取り戻すことが正しいことなんだろうか、って」
    「でも、別に記憶を消されたり、書き換えられたりしなくても、元々幸せってそういうものじゃないでしょうか」
    「うん?」
    「何が欲しいとか、何が心地よいとか、みんな人から与えられた価値でしょう? それで、幸せとか不幸せとか言っているでしょう?」
    それを聞いて、蛹が笑った。
    「そういう幸せなら、いらないかもね。でも、正しさもいらないんだ」
    そして、その話題にはそれ以上、突っ込まなかった。

    「それにしても」
    と、葉月は独り言のように言う。
    「こっちは西暦二千年も過ぎたというのに、宇宙戦争どころか、地球から出ることもままならないんですよねえ」
    「描かれた未来が現実よりも先を行っていたなら、それは想像力の勝ちじゃないかな。悪くないよ」
    「ああ、それはそうかもしれませんね」
    「それと、実際に宇宙戦争になったら、月は敵に回さない方がいいという教訓もある」
    「月を制するものは、地球を制す?」
    「石と砂の世界から青い地球を見下ろすのは、どんな気分だろうね」
    これは単なる思考遊びだ。
    粘土をこねるように、頭の中の現実をこねる遊びだった。
    そして、それは休日の午後の過ごし方としては悪くないと葉月は思った。

  • 新聞の懸賞クイズ「火星人はどこに?」に2年連続で勝ち続け、クイズの賞金で生計を立てているレイグル・ガム。片田舎の小さいのどかな町で、妹夫婦と共に穏やかな日々を送っているガムは、しばしば自分を取り囲む現実が「現実ではない」という感覚に囚われていた。ある日、甥っ子が遺棄された空き地から拾ってきた古びた電話帳と古雑誌。電話帳に掲載された電話番号はどこにも繋がらず、雑誌のグラビアでは見知らぬ女優について報道されていた。疑惑を確信に変えたガムは、クイズを始めてから一度も出たことの無い町を出て真相を確認しようとする。彼の動きを監視するかのように振る舞う隣家の夫婦、何かを知っているらしい市民活動家の老婦人・・・自分は騙されているのか、それとも自分が狂っているのか?何度も困難にぶつかりながら真相に近づいて行くガムが、最後に見たものとは?

    表紙のアートワークで盛大にネタバレしているのはまぁご愛嬌として(^_^;
    いやー、久々にやられました。やっぱりディックは面白い!

    この作品がSFだという予備知識なしに読み始めると、前半で描かれる米国地方都市の日常の風景、その中でこじんまりと展開される市井の人々の日常が実に「普通」で、本当は主流文学を目指していたディックの筆力を感じさせます。お隣同士の交流とちょっとした確執とか、ちょっとしたアバンチュールとか、そんな本当に「普通」の風景の中から薄皮をはがすように立ち現れてくる「非現実」。この過程の背筋が薄ら寒くなる怖さは、前半の日常風景の丁寧な描き方があってこそ。
    少しずつ少しずつ、足元の現実が崩れ落ちて行き、それに追われるように真実へと突き進んで行きつつも実は自分が狂っているだけとの考えからも抜けきれないガムの焦燥感は、読んでいるこちらも本当にヒリヒリするほどサスペンスフル。ガムを取り囲む謎めいた登場人物達もキャラが立っており、物語にメリハリを付けています。

    物語全体のスケール感は他のディック作品と比べるとかなりこじんまりしており、SFのアイディアとしてもそれほど特筆すべきものはないのですが、無駄の無いストーリー展開で一気読み必至!の洗練された作品ですね。

  • SFとかミステリーとか全ジャンルを含めて考えても、P.K.ディックは私のなかで特異で特別な作家。

    彼の場合は、小説という創作物の「出来が良くない」方が、時として「読者としての満足感が得られる」事が多いという、グラフでイメージすれば反比例の曲線を持つ、珍しい作家。

    起承転結がうまくいっている作品とか、終盤の締めが鮮やかな作品は、実は、この作家に期待する「禍々しさ」「絶無のカオス感」に乏しかったりする。失敗作でも(むしろ失敗作こそ)価値を生んでしまう、失敗作の至芸とでも云うべきか。

    本作は、うまくいっちゃってるサイドの傑作。普段の生活空間が異世界に傾いていく過程が鮮やかで、P.K.=粗雑で上等、という前提として読むと面食らうかも知れない。

  • 映画ブレードランナーの原作SF作家として有名なヒィリップKディックの作品。初ディック。
    新聞の懸賞クイズに2年間勝ち続けている男が、日常の存在感に違和感を感じるところから物語が始まる。最初は古いアメリカンファミリーの日常描写かなと思っていたら、段々とSFになっていくあたりの展開がうまいと思った。映画にもしやすいような展開だ。ソ連やら核戦争のことを起こる可能性が高い前提で書かれているところが時代を感じる。ただし古臭い感じはあまりなく、すっきり読めた。
    ブレードランナー原作の「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」も読んでみようと思う。

    • jinfsさん
      直接の映画化ではないようですが、ジム・キャリー主演の「トゥルーマン・ショー」のプロットのいくつかはこの「時は乱れて」からだそうです。
      直接の映画化ではないようですが、ジム・キャリー主演の「トゥルーマン・ショー」のプロットのいくつかはこの「時は乱れて」からだそうです。
      2016/02/14
  • <火星人はどこへ?>-新聞の懸賞クイズに2年間ずっと勝ち続けてきた男。レイグル・ガム。その栄光とは裏腹に、懸賞に連勝することへの重圧、妻子や定職を持たずただひたすらクイズに挑戦することへの背徳感…決して満足できない自身に苦悩する彼は、時折幻想をみる。まるで自分が自分ではないような…
    あるとき、同居する妹夫妻の子供が拾ってきた古ぼけた雑誌。この雨露にさらされた古雑誌が引き金となり、驚愕の真実へ彼を導いていく…

    ディックおなじみ現実懐疑もの…にしては、そこまで混みいった印象のない作品。とはいえ、シンプルながらも現実が色褪せていく過程には相変わらずワクワクさせられます。散りばめられた不可解なキーワード。轟音を撒き散らし夜間飛行する謎の物体。無線が傍受する奇態なメッセージ…やはりディックの描き方はセンスに溢れますねぇ。

  • ディック祭り3冊目。

    50年年代のアメリカの田舎町、
    新聞のクイズで2年間連勝し続ける男レイグル・ガムが、ふとしたことから、日常に違和感を感じる。
    実は、彼の解くクイズは、月からの攻撃を防ぐための地球防衛のための重要な役割を担っているのだった…。

    という、見えている現実が崩れていくディックおなじみのSFなんだけど、これって逆に読むと…

    妹夫婦の家に居候して1日中新聞のパズルを解いたり、隣の色っぽい奥さんに妄想するレイグル・ガム。
    なんか面白くない現実の中、俺のやってるゲームは、本当は、地球を守るための重要な使命なんだ、
    と思いこみ始める…

    となると現実逃避のなんとも哀しいホラーになってしまう。
    さらに、純文学での成功を目指していた当時のディックの状況を思うと、ちょっと複雑。

    バスルームであるはずのない電灯の紐を探すところ、の現実の違和感から、え?これって違う現実じゃないの? ってなるぐにぐに感はたまらない。
    伊集院光の言うところの「空脳」か?

  • ディック流セカイ系SF。

    主人公レイグル・ガムは、無職で独身の中年男だ。弟夫婦宅に居候している。
    ディック先生お得意のダメ人間か...というとそうではない。レイグルは地元の有名人である。もちろんいい意味で。というのは、新聞の懸賞企画「火星人はどこへ?」に2年間も正解し続けているチャンピオンなのだ。
    この懸賞は、ファミコン版ロックマンのパスワードが複雑になったみたいなものらしい。一般人は分からないが、レイグルだけが分かる法則性と天才的な勘で正解を導きだしている。
    舞台は50年代後半のアメリカの小さな町。レイグルは平穏で満ち足りた日々をすごしていた。
    ところが、しっくりこないことがたびたび起こる。電気のスイッチを間違えた(ボタン式なのに紐を探してしまった)。甥のサミーが、架空の電話帳を拾ってきた。同じくサミーが造った鉱石ラジオから、軍事機密のような通信が聞こえてきた。などなど、デジャビュや幻聴にしては、どうも生々しい間違いが多いのではないか。
    レイグルは思い悩む。もしかしたら、仕事のしすぎて疲れているのか?いや、実は世界が...?
    レイグルの苦悩を追っていくと、SF的展開が広がっていく。さすがディック御大!面白い作品だった。

    細かいところも面白い。例えば、ガムの隣人ブラック夫妻の掛け合い。夫ビルはホワイトカラーで、妻ジュニーは(言葉が悪いが)尻軽だ。当然、相性が悪い。お互いにすれ違う様子は、ひどくリアルである。もっとも、どうしてこんな不釣り合いな夫婦であるのかが、だんだん分かってくるのだが。

  • 現実崩壊、エントロピー増大、ディックの作品に求めてる人は楽しめる

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