泰平ヨンの未来学会議〔改訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)

  • 早川書房
3.62
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本棚登録 : 194
感想 : 15
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150120092

作品紹介・あらすじ

地球の人口問題解決の討議のため開催される世界未来学会議に出席せんと、コスタリカを訪れた泰平ヨン。ところが、会議の最中にテロ事件が勃発。ヨンたちは、鎮圧のために軍が投下した爆弾の幻覚薬物を吸ってしまう。かくしてヨンは奇妙な未来世界へと紛れ込む…。レムがブラックな笑いでドラッグに満ちた世界を描きだす、異色のユートピアSF。

感想・レビュー・書評

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  • 自分史上いちばんエグいディストピアものだった。ドラッグで万能の理想郷に魅せられている間に、現実は地獄のように、自分の体がオリジナルじゃなくなっている恐怖。 映画『コングレス未来学会議』を先に観たんだけど、そのときは刹那的に世界や人間が変容していくことに対しびっくりするほど泣いた。ただ本作には泣く要素はなく、ブラックなユーモアの効いたSFだった。造語が沢山出てくるが、これらを意味の通るしっくりくる日本語に訳すのはとんでもなく骨の折れる仕事だったと思います。薬の名前とか、ドラえもんの道具みたいで秀逸だった。

  • レムのユーモアものってちょっと苦手にしているのですが、やっぱりレムなので読んでみる。

    70年代の冷戦時代に書かれた、ディックばりの薬物で現実がコントロールされてしまう世界。
    トリガーが薬物なだけで、自分が認識している世界は現実のものなのか区別がつかなくなってしまうという点では仮想空間と現実の融合が始まっている現代も同じなのではないでしょうか?ディックほど病的な精神状態を描くわけではありませんが、淡々と追い詰めていきます。国家間戦争ではなく、テロが横行してるっていうのも現代的。怖っ。

    レム祭りスタートするか!

  • 2019/3/8購入

  • 何でも薬物で解決してしまう未来社会を描いたSF小説。未来編になってから面白くなって一気に読み切った。深刻な薬物汚染に悩まされているアメリカを厳しく批判していると思った。

  • 泰平ヨンとかドラッグの名前とか。翻訳に感動だ。
    映画も観てみよう。

  • スタニスワフ・レムの泰平ヨンシリーズ。以前読んだ「泰平ヨンの航星日記」がとてつもないユーモアと深い洞察に富んでいたので、同シリーズのこちらを購入。

    またしてもタラントガ教授の甘い言葉に誘われたヨンは、地球の人口問題の解決を目的に開催される国際未来学会議に出席するため、単身コスタリカを訪れる。ところが、会議の最中にテロが勃発。避難するヨンや他の出席者たちであったが…

    いいオチです。というか、まさかここまできて、このオチがくるとは思わなかった笑 それまではレムの手がけるドラッグ社会の神秘と脅威が縦横無尽に飛び交っていたためか、もはや注意が逸らされてしまいましたよ。して、物語の中心となるそのドラッグ社会。いや十分おもしろいのですが、これがなんともブラックに富みすぎていて、食傷気味のきらいがあることは否定できません(ヨンシリーズ自体、そんなもんかもしれませんが)笑 ディストピアをドラッグで塗りたくったユートピアというこの構造自体は、すこし見方を変えると、まったく絵空事とはいいきれない気がするのですねえ。

    さてこの作品、どうやら「コングレス未来学会議」のタイトルで映画化されているようですね。こんな奔放な内容をどうやった映画にするのか…すごい観てみたい。

  • p.189
    「何事にたいしてももはや自然な反応をするものなどだれもいないのだー化学薬品の作用で学習し、人を愛し、反乱を起こし、ものを忘れるのだー薬物で操作された感覚と自然のそれとの間には違いがなくなっている。」

    レムのSFを読んだのは、ソラリス以来かな?相変わらず一文一文奇妙な文章だらけなのに伏線が回収されなくずっと話が続いていく感じで捉えどころがない。でもとんでもない未来への想像力、予想もつかない展開、そしてちらりと見える社会問題への皮肉など読んでいて楽しい。

    薬品がドラえもんの道具みたいで面白かった。
    一層剥がれるたびに残酷な現実が、という瞬間が恐怖。

  •  もう長いこと「泰平ヨン」だったから、変な名前だけどそういうものと受け入れていたが、これは最初の訳者・袋一平が、主人公の名前 Ijon Tichy をそのように訳したのが始まり。Tichyはロシア語の「静かな」を舌足らずにしたような感じらしく、苗字を「泰平」にして、名前のイヨン Ijon をヨンと表記したのだという。ニール・アームストロングが「腕強ニール」になるという感じか。泰平ヨンは『航星日記』、『回想記』のシリーズのあと、この中編『未来学会議』と長編『現場検証』、『地には平和を』で主人公として登場する、ピルクスと並ぶレムの重要登場人物である。
     今回ヨンは宇宙飛行士ではない。タラントガ教授の依頼で第八回世界未来学会議のためにコスタリカに来ているのだ。そこでテロが起こり、鎮圧のために軍が投下した精神活性物質を吸って、ヨンたちは幻覚にみまわれて何が現実かわからなくなってしまう。軍のヘリコプターに救出されたかと思うと炸裂音。入院して、少女の体に脳が移植されている。しかしどうもそれは幻覚らしくて、多量の幻覚剤を吸って精神に異常をきたした見込みのない患者は未来での治療に希望を託してガラス化の処置。
     そう『大失敗』にも出てきた冷凍冬眠技術である。ガラス化。
     目が覚めてみるとそこは未来。2039年。精神活性薬物によって精神をコントロールする精神化学文明のユートピア。泰平ヨンシリーズは基本的には風刺小説であって、このユートピアが徹底的に戯画的に描かれ、あまりのばかばかしさに苦笑しているうちに当然のことながらユートピアはディストピアの本性を現すという展開になる。
     本書が出てから三十余年、レムの描いた精神化学文明はネット社会という形で一部実現したかもしれない。他方、何が入っているかもわからない中国製の薬物に手を出して、他人を傷つけてしまう世の中なんてレムの予想を超えてしまったかもしれない。

     早川書房のレム復刊は多少進んでいたが、本書はむしろ映画『コングレス未来会議』の公開への便乗だ。1984年に集英社から故・深見弾訳で刊行されたものの訳文に大野典宏が手を入れて復刊したものである。映画のほうは2013年に公開されたのに日本公開が2015年となっている。泰平ヨンは出てこないのに本書の理念を忠実に映画化したものだとか。

  • アリエル・フォルマンの映画観たので原作読んでみた。あの『ソラリス』と同じ作家かと思うくらい、スラップスティックなテイストのディストピアSFです。
    人口爆発が深刻化している未来世界で開かれている未来学会議。テロ事件に巻き込まれた主人公は、政府の爆弾に含まれていたドラッグを摂取して、さらに未来の、ドラッグによる知覚操作が一般的になった社会を垣間見ることに。
    耐えがたい現実から人々の目を背けるために為政者が知覚に麻酔をほどこすという発想は、『華氏451度』など他のディストピアSFにも通じるものがありますね。それでも、大衆社会の統治技術としてドラッグが使用されるという発想は、生存を期待されない階層の間にドラッグが蔓延している今の状況から見ると、この作品が書かれた1970年代当時の「生きさせる権力」と今の権力のあり方が違ってきているのだということを、むしろ実感させる。「知覚の世界が広がれば広がるほど、われわれの実存は狭くなる」という哲学的な台詞が、いろいろ考えさせます。

  •  「ソラリス」の作者レムには泰平ヨンが主人公のシリーズがある。「泰平ヨン」とかいうダジャレ的なセンスが嫌いだった。「泰平」という字面は今も嫌いだ。そんな偏見で、こんなに面白い本を読まずにいたわけだ。
     主人公の泰平ヨンはコスタリカで開かれる未来学会議に参加する。その会議のテーマは、破滅的に人口激増した世界とその増加の阻止だ。この人口増加による危機というやつは、原著が書かれた頃(1971年刊)には良く言われたものだったように思う。近頃なら地球温暖化になるのだろう。さて、ヨンが会議に参加する理由がよく分らないというのっけからカオスが突っ走るが、テロ事件が起きてあっと言う間に氾濫する。軍部の出動、薬物爆弾という問題外の鎮圧戦術でヨンはメロメロ。ひっちゃかめっちゃかの挙句に冷凍保存され、未来で解凍される。未来は薬物まみれ、現実崩壊大パレードの、キ印世界。この途方もない阿呆くさい出鱈目の描写がこの小説のキモだ。
     この未来世界は言葉が変化して、言葉遊びの悪ふざけが度を越したようになっている。野生の鳥や動物は姿を消してしまった。再生医療が発達して、死体も蘇生可能になった。全面軍縮が達成されている。コンピュータとロボットが社会の至るところに進出しているが、知性という内面的自由を持ったコンピュータたちは考えられうる限りの逸脱をしている。要するに仕事をしない。そして何より、この未来世界では精神化学が鍵となっており、ありとあらゆる状況に適した薬物(薬名のダジャレが物凄い)を適切に服用することで人々は幸福な社会生活を営んでいる。ように見える。しかし、実のところは……と、暗鬱というよりはスラップスティック、不安感というよりは猛烈な空転感がぶちまけられ、引っくり返って、思ってた通りのオチになる。まあオチは、一応つけときましたくらいの感じだ。
     この小説は、薬づけの社会という現実批判を通り越して、どうやら読むドラッグに近い。ここで体験できるのは薬物による全体主義的社会という、肌が粟立つ幻覚だ。ブラックユーモアなどというお行儀のいいものではない。意地悪になってニヤニヤしながら読むべき小説だ。傑作。

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著者プロフィール

スタニスワフ・レム
1921 年、旧ポーランド領ルヴフ(現在ウクライナ領リヴィウ)に生まれる。クラクフのヤギェロン大学で医学を学び、在学中から雑誌に詩や小説を発表し始める。地球外生命体とのコンタクトを描いた三大長篇『エデン』『ソラリス』『インヴィンシブル』のほか、『金星応答なし』『泰平ヨンの航星日記』『宇宙創世記ロボットの旅』など、多くのSF 作品を発表し、SF 作家として高い評価を得る。同時に、サイバネティックスをテーマとした『対話』や、人類の科学技術の未来を論じた『技術大全』、自然科学の理論を適用した経験論的文学論『偶然の哲学』といった理論的大著を発表し、70 年代以降は『完全な真空』『虚数』『挑発』といったメタフィクショナルな作品や文学評論のほか、『泰平ヨンの未来学会議』『大失敗』などを発表。小説から離れた最晩年も、独自の視点から科学・文明を分析する批評で健筆をふるい、中欧の小都市からめったに外に出ることなく人類と宇宙の未来を考察し続ける「クラクフの賢人」として知られた。2006 年死去。

「2023年 『火星からの来訪者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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