逆行の夏 ジョン・ヴァーリイ傑作集 (ハヤカワ文庫 SF ウ 9-6)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (510ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150120191

感想・レビュー・書評

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  • 「まさかヴァーリイをご存知ない。なにも失くしたことがないならそれでいいけど。」

    すみません、読んだことありませんでした。ということで、円城塔氏の帯文に煽られ購入した本書は、ジョン・ヴァーリイの短篇集「逆行の夏」。ヴァーリイといえば、1970~1980年代に活躍し、サイバーパンクの先駆け的存在として名高い作家…ということは知っていたのですが、読むのはこれが初めて。どんな作風なのかとワクワクしながら読み進めましたが、これがもうおもしろい。特に「残像」と「PRESS ENTER■」にやられました。前者のラストには、思わず「うぉぉい、まじか…」と言葉が漏れてしまう一方、後者は、極めて良質なSFスリラー。物語がどう転ぶのかハラハラしながら読んでいましたが、「やっぱりそうなるのか…」と絶句してしまいました。

    さて、本書に収録される作品では、一風変わった「人間」が登場します。例えば表題作では、水星の気圧に適応するため、2つの肺のうち1つを摘出し、代わりに与圧機を取り付けたり、「バービーはなぜ殺される」では、外科手術により、姿形がまったくおんなじ人間(本作ではバービー人形に模される)が何万人と登場。そして、「さようなら、ロビンソン・クルーソー」では、水中での生活に適応するため、柔軟な指のあいだには大きな水かきができ、横隔膜は水を口から吸い込み、鰓穴から押し出すポンプになる。ヴァーリイの描く未来世界では、どうやら外科手術と遺伝子操作により、人間はそれぞれの望み、あるいは環境に容易に適応できるようになっているようです。
    これを変容と捉えるなら、彼の作品の片面は、未来における人間の変容を描いているのかもしれません。しかし、もう片面で描かれるのは、孤独や逃避、依存といった現代の我々も悩み苦しむ普遍性です。
    ヴァーリイの描く未来世界が突飛なものでありながらも、不思議とこころが動かされるのは、こういった作風にあるからかもしれません。

  • 引き続きヴァーリー

     既読がほとんど。

     「逆行の夏」、「さようなら、ロビンソン・クルーソー」、「バービーはなぜ殺される」、「残像」、「ブルー・シャンペン」、「 PRESS ENTER■」の6編。独特の世界観に乗り切れたら楽しめる作品群だ。

  • 全部よかった。テクノロジーの進化に対し適応していく人間の意識や社会の変容を、感傷的にロマンチックに綴る、ハズレなしのSF短編集。翻訳もよいのでしょうが文章が柔らかく軽やかで読みやすい。生々しさと熱を感じさせながらも、冷徹な視点が貫かれています。
    「逆行の夏」水星で暮らすぼくの元に、月からクローンの姉がやってくる。新しい家族の形と性のありかた。鮮やかな舞台描写がイメージを刺激する、さわやかな短編。
    「さようなら、ロビンソン・クルーソー」今回一番好きです。二度目の子供時代を、冥王星の地下にあるリゾート海浜で送る少年。謎の女性の訪れを契機に、子供でいられる時間の終わりが見えてくる。少しずつ見えてくる社会状況にわくわくする。もう少しだけ子供でいさせてよ。
    「バービーはなぜ殺される」個性を排し、同じ姿に身体を改造して共同生活を送る宗教団体の内部で起こる殺人事件、犯人を追う捜査官。個人を捨てた平和なはずの閉鎖社会で起こる犯罪の動機が面白い。
    「残像」視聴覚を失った人々のつくるコミューンの特殊な発展と、触覚によるコミュニケーションを掘り下げた傑作。切ない。
    「ブルー・シャンペン」リゾート地の〈バブル〉は月の周りを周回する大量の水の球体。その〈バブル〉の職員と、〈バブル〉を訪れたスター女優の苦い苦い恋物語。手足を動かせない彼女を補佐する機械の身体や、人の体験を感覚ごと記憶する装置といった道具立ての面白さが物語と密接に絡み、なにより舞台の美しさに圧倒される。
    「PRESS ENTER ■」隣人の死を調べるうちにコンピュータネットワークの闇に潜む何か恐ろしいものの存在に触れてしまう話。不安感とわくわく感の煽りが絶妙な良質のホラーサスペンス。

  •  ジョン・ヴァーリイはどうしているんだろう、と思っていた矢先の日本オリジナル短編集の登場。1970年代から80年代に独特な未来世界でSFファンの魂をつかんだ作家だ。代表作の〈八世界〉シリーズは地球が異星人に侵略され、月や火星など八つの世界で人類が生き延びているという設定。身体改変技術が発展し、衣服を替えるように性別を替え、身体を環境に適合させ、身体を脱ぎ替える世界。
     1990年代以降、ヴァーリイはハリウッドの脚本執筆で成果が上がらず(映画化されたのは『ミレニアム/1000年紀』くらい)、翻訳も先細りして現在に至っているようだ。
     本書も既訳作品とその新訳で、1975〜84年のものであり、新しさはないがヴァーリイを思い出してくれ、といったものである。6編収録で2編が〈八世界〉シリーズ、アンナ=ルイーゼ・バッハ・シリーズ2編、シリーズ外2編。ほとんどがSF賞受賞作。

     〈八世界〉シリーズは上記のようにクローン技術が当たり前の世界なので、「逆行の夏」と「さようなら、ロビンソン・クルーソー」はそれぞれ次のように書き出される。「クローンの姉が月から来るというその日、」「時は夏。そしてピリは二度目の幼年期を迎えていた。」
     「逆行の夏」は金星に住む「ぼく」のもとに3地球年年上のクローンの姉がルナ(月)からやってきて初めて会う話。「ぼく」は男性に生まれ、ママによって2〜3カ月で女性に変えられて15年間過ごしたのち2年前から男性だ。そのうちまた女性にチェンジしようと思っている。クローンの姉がいるというのは珍しい話で、その姉をおいて母とぼくが金星に渡ったのには何かいえない理由があるらしい。
     太陽が逆行して訪れる逆行の夏、力場の〈服〉に身を包まれ、沸騰しかかった水銀の池で「泳ぐ」金星人の生活、あまりに異質な世界がまったく現代のわれわれの生活の延長線上のように生き生きと軽やかに語られるのがヴァーリイの特徴だ。お話は結局、家族問題なのだ、〈八世界〉風の。そしてそのエッセンスにおいて現代風の。

     ピリは、クローンで子どもの体をつくって、二度目の幼年期を過ごしていたのだ。大人としての記憶は抑圧して。
     ところはディズニーランド。〈八世界〉でのディズニーランドとは惑星地下などに地球環境を模して作ったところをいう。ピリのいるのは冥王星地下の建設中のディスニーランド〈パシフィカ〉。海岸の環境で、彼は鰓呼吸と肺呼吸と両方できるように身体改造している。ロビンソン・クルーソー気取りで過ごしているピリが二度目の幼年期と別れを告げねばならないのは……
     少年の成長も美しい自然もどちらもシミュラクラなのだが、そこに冥王星という場所と〈八世界〉の経済問題を絡めた佳品「さようなら、ロビンソン・クルーソー」。

     バービーといったらみんな同じ顔をした人形だ。日本ならリカちゃん。おっぱいの膨らみはあっても乳首はなく、股間はつるつる。統一教は個人の差異を嫌い、個性も性差もなくしてみな同じ姿に身体改造した信者が共同生活を送っているという宗教。弾圧されて今はツナの一角に居住地を持っている。そこでバービーによるバービーの連続殺人事件が起こる。刑事アンナ=ルイーゼ・バッハが捜査に当たるが、一人称単数を使うことを恥と考えるバービーたちの中にはいって捜査は行き詰まる、「バービーはなぜ殺される」。

     風疹の流行で視聴覚障害者が多数生まれる。長じて彼らがコミューンを作り出すと、そこでは新たな社会、新たなコミュニケーションが生まれる。という思考実験を詩的な物語にまとめた「残像」。

     ルナの周回軌道に作られたシャンペン・グラス型の建造物。そこに浮かぶ無重力の水のかたまり〈バブル〉というリゾートを舞台に、感情体験そのものを記録する体験テープの女優で、頸椎損傷のため外骨格的補助装置を装着したギャロウェイとプールの救助員クーパーの恋、「ブルーシャンペン」。警察官になるまえのアンナ=ルイーゼが重要な脇役として登場。

     「PRESS ENTER ■」、俺の隣人が死んでいるが、コンピュータに仕掛けがあって、遺書がプリントされる。隣人はハッカーで様々な不正をしていたらしく、その死は不審だ。調査のためカリフォルニア工科大からベトナム生まれの女性技師が呼ばれる。彼女と親しくなる俺。やがて迫る危険。パーソナル・コンピュータが普及しだした1980年代にインターネットの得体の知れなさを予言したような話。俺の苗字はアプフェルで、これはドイツ語でアップルだ。

     ハインラインからの影響が大きい作家で、性別すら自由に着替えることができる世界を描くが、ハインラインほどの脳天気な自由主義ではない。常に愛(あるいはセックス)があるが、苦い諦念もともにある。それでもなお軽みのある明るさを感じさせるのがヴァーリイの味わい。

  • 表題作はボーイ・ミーツ・ガールものというか家族ものというかで、まあ普通かな?という感想だったのだけど、収録作「残像」と「ブルー・シャンペン」がすごく良かった。特に女性にお勧めしたいSF小説。
    「残像」。視聴覚障害者だけが暮らすのコミューンに辿り着いた作家志望の中年男の異文化コミュニケーション体験談という感じなんだけど、触覚に特化したそれはとても官能的で感動的。そしてラストで感じる恐怖、安堵、喪失感。なんで泣いてるのか自分でもよくわからなかった。
    「ブルー・シャンペン」は脊髄損傷で肢体不自由となり、黄金で出来た外骨格のおかげで自由を取り戻しメディアスターとなった女性と愛を交わすお話。これも凄かった。そうなるしかないというラスト。ジョン・ヴァーリイの小説に出てくる女性はみんな強くて自由で素敵。

  • 生きることに慣れすぎていたせいか、人生を終わらせる決定的な一歩を踏み出すことができなかった。待てばいいのだ。人生はわたしにひとつ喜びをもたらしてくれた――また別の喜びがあらわれるかもしれない。
    (P.251)

  • テープとか出てくるブツは、いまから思えば
    前の時代と感じることもあるけど、書かれたのは30~40年前。
    未だ実現されていない(実現途上)というだけでなく、
    感覚として、技術だけではなく扱っている世界やテーマが、
    現在の世界の、まだ未来か、現在進行という感覚を覚える。

  • ひょんな事で時間がかかってしまったので、印象がばらばらなのだけれど、それでも、現代的にはもはや八世界シリーズは当時の熱狂みたいな解説付きでなければあまり熱くなれない作品であるのに対して、逆に、Press Enterみたいな、ホラーっぽい(しかも、ガジェットが大きな役割を果たすホラー)話の方が賞味期限が長かったのか?と思うような感じ。どうしてそういうことになるかというと、むずかしいですね。既に、現在から見ても過去が舞台としか思えないのだけれど。

  • 2015年7月刊。1975年〜1984年に発表されたヴァーリイの中短編6編。一貫した世界観が良くわかります。なるほどこういうパターンかと。ノスタルジックでした。

  • 円城さんが帯を書いていて、上田早夕里さんがいつぞやのSFマガジンで好きな作品として挙げられてたブルー・シャンペン収録ときたら読まない選択肢は無かった。
    傑作選らしくどのお話も面白かったけど、一番好きだったのは「残像」かな。

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