もののあはれ (ケン・リュウ短篇傑作集2)

  • 早川書房
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感想 : 96
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  • Amazon.co.jp ・本 (265ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150121266

作品紹介・あらすじ

第一短篇集『紙の動物園』を二分冊した2冊目。ヒューゴー賞受賞作の表題作など、心揺さぶる全8篇を収録した短篇傑作集第二弾。

感想・レビュー・書評

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  • “「散歩するのにうってつけのすてきな日じゃないか」父さんが言う。
    そしてぼくらは並んで通りを歩いていく。通り過ぎるすべての草の葉、すべての露の雫、すべての沈む夕陽の薄れゆく光を覚えていられるように。計り知れないほど美しいすべてのものを忘れぬように。(p.41、「もののあはれ」より)”

     2019年の『三体』(劉慈欣)の大ヒットによって、日本でも広く知られるようになった中国SF。本書の著者であるケン・リュウのことは、SFアンソロジー『折りたたみ北京』の編者として初めて知った。本書は、単行本版『紙の動物園』を文庫化するにあたって二分冊にしたうちの1冊である。中でも、「円弧」と「良い狩りを」の2編が良かった。

    「もののあはれ」
     人類存亡の希望を託され、小惑星の衝突が迫る地球から送り出された1隻の宇宙船。破損した太陽帆の修理作業に出た日本人乗組員が下した決断とは。
     作品名の通り、日本人の伝統的感性として「もののあはれ」、つまり無常観的な哀愁と身近なものへの親愛にスポットが当てられている。中国の作家が、中国でもアメリカでもなく、わざわざ日本を取り上げてSFを書くというのは、不自然とまでは行かなくても何となく不思議な気がするが、そんなものなのかな。正直に言えば、日本を美化する描き方にこそばゆさを覚えると共に、過分な誉め言葉、恐縮でございます、と皮肉の一つも言いたくなる。だがそれにしても"万物は流転する(p.26)"とは・・・その言葉はヘラクレイトスじゃないの?

    「円弧」
     ある一人の女性の、普通より「長い」人生を通して、複雑な死生観を描く味わい深い作品。
     「死」が「生」に意味を与えるというのは、現実として死から逃れられない私たちにとって一つの道徳であるし、紛れもなく大事な智慧であるだろう。しかし、実際に人が死を克服したとき、それでも人は死を望むのか。あるいは、新たな死生観が姿をあらわすことになるのか。
    "「死のない人生は変化のない人生というのは、真実じゃない」キャシーは言った。「恋に落ち、愛を失うこともある。すべての恋愛と結婚に、すべての友情ときまぐれな出会いに、円弧があるの。はじまりと終わりが。寿命が。死が。もしあなたの求めているものが喪失なら、あなたがすればいいのは、待つだけ」
     わたしの娘は頭が良い。そして彼女にとって、いまの話はほんとうのことかもしれない。だけど、彼女はわたしとは異なる世界で成長した。モーゼは約束の地に入れなかった。わたしは終わりのない時間の生き方を学べない。(p.141)"

    「良い狩りを」
     中華風のエキゾチシズムと、近代的な科学技術への素朴な憧れとを融合させた、独特の雰囲気を持った作品。訳者の解説に"転調"という言葉があったが、途中まで中華風ファンタジーと思っていたところに、いきなりぐいとカーブしてそのまま速力を増して駆け抜けていき、最後はちゃんとSFで終わる。特に前半と後半の対応という点で非常に良くできていると思った。

    もののあはれ/潮汐/選抜宇宙種族の本づくり習性/どこかまったく別な場所でトナカイの大群が/円弧(アーク)/波/1ビットのエラー/良い狩りを

    参考文献
    中国SF研究Ⅱ「『東北大SF研、中国SFを大いに語る』配布資料追記版」 - SF游歩道 (hatenablog.com)

  •  1冊目で「飽きちゃう」とか言いながら、読んでしまいますね。「飽きてネージャン」なのかもしれませんが、まあ、惰性ですかね(笑)

  • 地球を脱出した播種船に乗る主人公は船を救うために帰って来れないミッションに向かう表題作ほか、「紙の動物園」とペアとなるケン・リュウの短編集。

    「紙の動物園」を読んだならこちらも読まねばなりません。「紙の動物園」が実に抒情的でファンタジーを感じさせるものだったのに比べるとしっかりしたハードSF寄りの印象を受ける作品群で、色味の違いを楽しめました。「選抜宇宙種族の本づくり習性」が印象的で、想像力ふくらむSFだった一方で「円弧」「波」はおそらくひとつの作品なのだと思いますが、不老不死というテーマの中で想像力をいっぱいに広げた火の鳥みや「三体」みがあってやはりよかったです。個人的には「良い狩りを」が厨二病臭が濃くて好きでした。これなんかは手塚治虫の「悪右衛門」とか「ハトよ天まで」なんかの怪異と人間の恋を思わせますし、ブラックジャックの鳥人間を思わせもします。こういうのを読むと手塚治虫ってやっぱすごいんだな、とか感じますね。
    そんなこんなで良い本でしたが、個人的にはやはり「紙の動物園」の方が心に響きました。

  • 人間はいわゆる「データ」として、三次元の肉体を放棄してもなお、"生きて"いくことはできるんだろうか?老いも病もなく、時間は無限。すくなくとも今の私には、それが幸せな未来だとは思えないけれども・・・そのようなことが可能となった時代の"私"は、まったく違う価値観に基づいてそれの是非を考えるのだろう。
    今はまだ想像するしかないその道筋のいくつかを、小説の力で見せてくれるのが『どこかまったく別な場所でトナカイの大群が』や『波』。
    不老不死も同じで、数百年も生きると人は何を考えるようになるのか、というテーマはいつだって興味深い。『円弧』は一人に焦点を当て、彼女が不老不死の前と後でどのような人生を送ったかを描いておもしろかった。親子の物語に仕上がっているところがとてもいい。

  • 本書は、「紙の動物園」に続く短編傑作集2とのこと。「もののあはれ」、「潮汐」、「選抜宇宙種族の本づくり習性」、「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」、「円弧」、「波」、「1ビットのエラー」、「良い狩りを」の8篇を収録。

    翻訳があまり良くないせいもあるのだろうが、ピンとこない話が多かった。特に「1ビットのエラー」は訳がわからなかった。永遠の生をテーマとした「円弧」、「波」も読むのがかなり苦痛だった。「もののあはれ」と「良い狩りを」はまあ面白かったかな(「良い狩りを」は「紙の動物園」収録作品とテイストが似ていた)。

    「紙の動物園」の作品はもう少し面白かったんだけどなあ。この作者の作品はもういいかな。

  • さまざまな角度から宇宙と人類(と人類ではないが生物たち)の物語を描いた短編集。

    私が気に入ったのは、某海外SFのような抒情的で切ない余韻を残す表題作の「もののあはれ」(これが原題というのがまた良い…)と、古き消えようとしていたものが未来を得ていく物語「良き狩りを」の二作です。

    後者については訳者があとがきで言われているとおり、古き消えゆこうとしていた「魔」なる存在が、ああいった形で生まれ変わるという「転回」が、小気味よくそして美しくたくましく描かれていて、とても素敵に感じました。ラストの一文がすべてですね。
    映画化されたという「円弧」もまた、SFに普遍のテーマである生死の概念において深く切り込んで可能性を描いていて、自分がその選択肢を得たらどうするのだろう、と考えました。死に抗えないからこそ生が輝くのか、死を乗り越えられたら生の可能性が広がっていくのか。主人公と寄り添ったり、先に旅だったり、離れたりしていく人々とともに、そんな空想を楽しんだりもしました。

    テーマこそ大きくときに難解さも含んでいるのですが、台詞ひとつや風景の表現などがとても細やかに親しみやすく描かれていて、「紙の動物園」同様に読んでいて物語世界に心地よく浸り楽しむことができました。

  • 初めて読んだ中国SF。
    近未来的なテーマや物語の流れには毎回慣れなかったけど、新しい世界を見せてくれて、柔軟な発想をくれた。
    いくつか素敵な物語があったけど、最後の「良い狩りを」が1番よかった。

    いつもと違う読書体験。ほかの作品も読んでみたいと思った。


  • 文学ラジオ空飛び猫たち第50回紹介本。 今年6月に公開された映画「Arc」の原作「円弧(アーク)」、表題作「もののあはれ」、「良い狩りを」の三作品をラジオで紹介しています。ジャンルはSFですが、小説を通じて人間を描いているので、文学好きにも読んでもらいたい一冊です。「もののあはれ」から始まる短編集には、命あるあらゆるものが儚く思える、びっくりするくらい想像力豊かな物語が待っています。 ラジオはこちらから→https://anchor.fm/lajv6cf1ikg/episodes/50-e15jef8

  • なんか表題作で死を軽々しくヒロイックに描く人なのかなとショックを感じて数年寝かせていたけど、他の作品を読んだら凄く魅力的で面白かった。死についてよく考える人なのかもしれない。
    テッド・チャンの「地獄とは神の不在なり」に興味があるみたいで、テッド・チャン好きなら仲良くなれそうと思いました。
    「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」と「円弧」が語り手の女性が瑞々しくて内容も興味深くて、とても面白かったです。

  • 「良い狩りを 」スチームパンクの中国版?Netflixで映像化されているそうなのでそちらも楽しみ。

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