黄金の魔獣 (ハヤカワ文庫FT)

  • 早川書房
3.23
  • (2)
  • (1)
  • (19)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 56
感想 : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (436ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150202248

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • タニス・リー作品にはフェミニズム的なメッセージ性がある。なぜあまり話題になってないのか不思議なくらいだ。本作もずはりそういう内容だった。

    これはロマンチックなラブストーリーなどではなくて「所有される女たちの怒り」にまつわる寓話であると思った。

    げんにダニエルとローラは呪われた運命によって強烈に惹かれ合うけれど愛し合ってはいない。2人の関係には慈しみや調和や創造性がない。あるのはとめどない衝動と破壊だけだ。仮にこれがラブストーリーならばあまりにも貧弱だ。

    むしろ目につくのは女たちの生き様。この物語には、あらゆるタイプの「所有される女たち」が登場する。

    冒頭で登場するマジャンナは元奴隷少女であり、1番あからさまに所有物として存在している。長年奴隷として扱われたせいで、やっと得た自由すらもてあましていて、好きな男のために喜んで手放そうとする。

    そして、ダニエルの実家の家政婦ロザマンド。この老女は、粗暴な男たちに奴隷としてかしずくことで、彼らを君臨させ、その威を借りることで生きてきたタイプの女である。権力のある男の側で影のように控えている女だ。だから逆に、男に降伏しない女、所有されようとしない女には虫唾が走るし「旦那様」と同じように意地悪くふるまう。

    ダニエルの母親ジェネヴィアも、夫と息子からDVを受けていて自由のない女だが、心の中では彼らを軽蔑し憎んでおり、所有されることをこばんでいる。弱そうだけど決して降伏しない。ずっと亡き夫の部屋で寝泊まりし、無力ながらも女主人として生きようとしている。

    乳搾り娘ローラも、家族から奴隷のようにこき使われている女だが、ジェネヴィアと同じように彼らを軽蔑しており、心を売り渡さない孤高の存在だ。その点、ジェネヴィアとローラは親子のようでもある。

    (彼女たちは家の中で浮いている。とても血の繋があるとは思えない。一体なぜなのか。これは、「男は女を所有するべし」というルールを、受け入れる者と、受け入れない者の違いではないか。受け入れる者たちを醜悪な愚者として描き、ローラたちのような、社会の不文律をはねつける異端者をあえて美しく描くことで、筆者は女性の精神的自立に価値を与えているように思う。)

    さて、そこにダニエルという男が配置される。ジェネヴィアの希望と救い、次男坊のダニエルだ。

    優しくて、頭が良く、美しい男としてこの世に生まれたダニエルは、まるでジェネヴィアが根性で夫の遺伝子を排除して作った子供のようだった。彼の美しさには男たちまでもが惹かれて所有したがる。美貌で男を惹きつけて、所有物として望まれるなんて、まるで若い娘のようではなかろうか。

    そう、要するにダニエルは男だが、同時に、母親のクローンでもあるのだ。つまり、性の超越者、両性具有者として存在している。それを象徴するかのように、変身後の姿に男根はない。

    そして、ダニエルの原点ともいうべき父殺し事件も、親殺しというより、妻による間接的な夫殺しだといえる。彼は自分のためにではなく、母のために殺した。尊厳を奪われた母の怒りと憎しみを肩代わりするかのように、ダニエルは父を殺し、兄をも殺す。

    狼男になってからもダニエルは特別男たちを残酷に殺し続ける。まるで抑圧され、無いことにされている女たちの怒りを体現するかのように(月ごとに巡ってくる狂気と血まみれの祭りには月経との相似が読み取れる)。だから狼男には個としての意志がないし、記憶もない。快楽殺人鬼ですらない。ひたすら満月の奴隷であり、呪いの道具でしかない。

    そして、まるでジェネヴィアの娘のようなローラは、この呪いの暴走特急と化したダニエルと出会うことになる。

    貧乏生活に嫌気がさしたローラは己の美貌でもって玉の輿にのったが、やっぱり同じように不幸だった。夫になったハイペリオンは美男で善人だけど、財力というパワーで支配してくる男だったからだ。

    収集癖のあるハイペリオンにとって、美しい妻はコレクションだ。自慢して見せびらかしたり、心ゆくまで飾ったり楽しんだりする綺麗な所有物。対等に話し合えるパートナーでもなければ、共に人生を戦ってゆく仲間でもない。人間というよりは森で拾った綺麗な石ころだ。人間としてまともに扱われない苦しみは深い。こんな婚姻契約と奴隷契約に違いはあるのだろうか?ローラは罪悪感を覚えながらも、自由をうばわれたことによる「表現できない怒り」を抱いて、退屈し、絶望しつつ奥様を演じている。

    だからローラはダニエルと強烈に結びつく。狼男ダニエルとの出会いは「表現できない怒り」の表出だ。彼女にとってダニエルは暗黒面をうつす鏡であり、笑顔の下でグツグツ煮えたぎっていた怒りそのもの。ジェネヴィアにとってそうだったように。

    どんなにおとなしそうでも、自由を奪われた者には、相手をズタズタにしてやりたいくらいの怒りがある。ダニエルが運んできた呪いによって本当の気持ちに気づいてしまったローラはもう「良い奥様のふり」は続けられない。

    ダニエルとハイペリオンがまるで親友のように付き合う場面は妙だけどこれで説明がつくのではないかと思う。これはダニエルを通して「ローラがハイペリオンを逆に所有して、復讐している」場面なのではないか。

    げんに、すでにこの時点で、ダニエルとローラは肉体的に結ばれており、一体化してる。だからローラの体は幽霊のように場面から退いてる、とも言える。もし、ローラがダニエルのような男であれば、ハイペリオンとも語り合えたし、なんなら所有することもできたろう。でもローラは女だからダメだった。経済的に社会的に弱すぎて無理だった。そういうことだ。

    こうして狼男という怒りを世に放つことで、男たちの所有から解放されたジェネヴィアとローラは、ついに自分自身の所有者となれた。夢の実現だ。ただ、男にとっては人間としてまともに生きることでも女には許されない。地獄の住人(魔女)と指刺される逸脱だ。ジェネヴィアは死んで、ローラは魔女になる。

    「怒れる女」「降伏しない女」「自分の心と体の所有者であろうとする女」はそれだけで「魔女」なのだ。そういう社会に彼女たちは生きている。これはもちろん、現実世界の写しでもある。

    最後あたりに、もう1人の「所有される女」が登場する。キャベツ卿の娘である。占い師から、申し分のない男と結ばれて、手のかからない男を産み、長生きするだろうと言われた後に「おまえはつまらない一生をおくる」と〆られて憤慨する。

    これは呪いだ。キャベツ卿の娘は呪いに触れた。自分自身の所有者たれと奮い立つ「魔女」になる輝かしい呪いであり、いったんこの呪いを引きうけたら、男の持ち物として生きる一生はつまらない一生にしか思えなくなる呪いに。

    しかし「女三界に家なし」に不満はおろか疑問すら抱かない女たちにとってこの呪いはイラつく物でしかない。信じていた世界がゆらぎ、抑圧された怒りがうごめく余計な一言だ。だから気づかないふりをして元の世界へ戻ってゆく。このキャベツ卿の娘のように。そんな女も多かろうし、それはそれで人生ではある。

    それでも後戻りできないくらい奴隷として打ちすえられたマジャンナよりはまだ可能性はある。ダニエルは言う。マジャンナでは弱すぎて駄目だったろう、ローラのような野生の強さがなくてはダイアモンドの呪いにはとても耐えられないと。その通りだ。

    それまでの世界を壊す怒りの解放は諸刃の剣だから。

    もちろん狼男はいずれ必要なくなる。破壊的な怒りも憎しみも、自由になるためのガソリンのようなものだから。ローラはすべてが済んだ後に、狼男を始末するための隕石を手に入れる。いまの社会とは異なる価値観(宇宙からきた隕石)と、夢のような金貨をでもって、ついにローラはひとり生きて行く力を得る。

    だが、話はここで終わらない。

    ローラはジェネヴィアから譲り受けた子羊の母親となる。いかにも魔女らしいしぐさである。これで彼女とダニエルは象徴的な親子関係となったのだと思う。そしてダニエルはローラによって生贄として月に捧げられ、幕が降りる。

    母にとって子供は道具であり、生贄でもあるのではないか。結局、殺戮者として短い生涯を送ったダニエルこそ、自分自身として生きられなかった人間だった。親との自他境界線を失い、母の代わりに家族を殺す化け物となった。その暴力性をもこの物語は描いている。

  • 古書購入

  • 幻想的な妖魔の世界観ではない物語。
    そこがちょっと残念だった事を覚えている。

  • 狼男、タニス・リー版

  • これまた読むのに苦労した。長編なところがまた......(^_^;)

全8件中 1 - 8件を表示

タニス・リーの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×