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Amazon.co.jp ・本 (448ページ) / ISBN・EAN: 9784150202248
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幻想的な妖魔の世界観とは一線を画し、独自の物語が展開される作品。主人公ダニエル・ヴェームンドは、東洋で手に入れたダイヤモンドによって、満月のたびに奇妙な獣へと変身し、殺戮を繰り広げる。民間伝承の人狼譚...
感想・レビュー・書評
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人狼譚もこれくらいマジカルに変身すれば葛藤も少ない。全身が一旦ゲル状になり再構成されるほどで、「着ていた衣服はどうなるの」とか質量なども悩まない。その代わり変身前後で本人の意思の名残もない――脳も性器もない――それで自分の体から何かが出てきたことに、むしろ何故悩まなければならないのか。ほぼ他人事でしょう。が、心にある悪意が率直に現実化するほど世界が幻想的なら、「何が現実か」よりも「何を意思すべきか」ではなかったのか。
冒頭のエピグラフに引いてあるように上のような作品テーマは「パラディス」シリーズから続けて読むべきですが、わたしは以前こちらを先に読みました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
タニス・リー作品にはフェミニズム的なメッセージ性が濃厚にある。美青年ばかり描く耽美作家みたいなイメージが先行しがちだが、本作もずはりフェミニズムだった。
これはファンタジックなラブストーリーというよりも、「所有される女たちの怒り」にまつわる寓話だ。
げんに、ダニエルとローラは強烈に惹かれ合うけれど愛し合ってはいない。2人の関係には、慈しみや調和や創造性がない。あるのはとめどない衝動と破壊だけだ。仮にこれがラブストーリーならばあまりにも貧弱だろう。
むしろ目につくのは女たちの生き様だ。この物語には、あらゆるタイプの「所有される女たち」が登場してくる。
冒頭に登場するマジャンナは元奴隷少女。1番あからさまに所有物として存在している。長年奴隷として扱われたせいで、やっと得た自由すらもてあましていて、惚れた男の奴隷になりたがる。
お次はダニエルの実家の家政婦ロザマンド。この老女は、粗暴な男たちに下女としてかしずくことで、彼らを君臨させ、その威を借りることで生きてきた。権力のある男の側で影のように控える女だ。だから男に降伏しない生意気女や、所有されようとしない不埒な女には虫唾が走るし「旦那様」になりかわって意地悪する。
そしてダニエルの母親ジェネヴィア。彼女も、夫と息子からDVを受けている「所有物される女」だが、心の中では彼らを軽蔑し憎んでおり、所有されることをこばんでいる反逆精神を秘めた女でもある。弱そうだけど決して降伏しない。ずっと亡き夫の部屋を占拠し、無力ながらも女主人として生きようとしている。
本作ヒロインの乳搾り娘ローラも、家族から奴隷のようにこき使われている女だが、ジェネヴィアと同種の、男に心を売り渡さない孤高の存在だ。その点、ジェネヴィアとローラは親子のようでもある。
(彼女たちは家の中で浮いている。容姿すら血の繋があるとは思えない。一体なぜなのか。これは、「男は女を所有するべし」というルールを、受け入れる者と、受け入れない者の違いではないか。受け入れる者たちを醜悪な愚者として描き、社会の不文律をはねつける異端者をあえて美しく描くことで、筆者は女性の精神的自立に価値を与えているように思う。)
さて、そこにダニエルという男が配置される。ジェネヴィアの希望と救い、次男坊のダニエルだ。
優しくて、頭が良く、美しい男ダニエルは、まるでジェネヴィアが夫の遺伝子を排除して作った子供のようだった。彼の美しさには男たちまでもが惹かれる。美貌で男を惹きつけて、所有物として望まれるなんて、まるで若い娘のようではないか?
そう、要するにダニエルは男だが、同時に、母親のクローンでもあるのだ。つまり、性の超越者、両性具有者として存在している。それを象徴するかのように、狼男に変身したダニエルに男根はない。
ダニエルの原点ともいうべき父殺し事件も、親殺しというより、妻による間接的な夫殺しだろう。彼は自分のためにではなく、母のために殺した。母の怒りと憎しみを肩代わりするかのように、ダニエルは父を殺し、兄をも殺す。
狼男になってからもダニエルは男たちを残酷に殺し続ける。まるで抑圧され、無いことにされている女たちの怒りを体現するかのように(月ごとに巡ってくる狂気と血まみれの祭り。明らかに月経との相似が読み取れる)。だから狼男には個としての意志がないし、記憶もない。快楽殺人鬼ですらない。ひたすら満月の奴隷であり、呪いの道具でしかない。
そしてローラはそのダニエルと出会うことになる。
貧乏生活に嫌気がさしたローラは己の美貌でもって玉の輿にのったが、やっぱり同じように不幸だった。夫になったハイペリオンは美男で善人だけど、財力というパワーで支配してくる男だったからだ。
収集癖のあるハイペリオンにとって、美しい妻はコレクションだった。自慢して見せびらかしたり、心ゆくまで飾ったり楽しんだりする綺麗な所有物。対等に話し合えるパートナーでもなければ、共に人生を過ごす仲間でもない。人間というよりは森で拾った綺麗な石ころだ。2人の身分差もポイントだろう。
人間としてまともに扱われない苦しみは深い。これは婚姻のかたちをした奴隷契約だ。ローラは罪悪感を覚えながらも、自由をうばわれたことによる「表現できない怒り」を抱いて、退屈し、絶望しつつ、夫が望むような奥様を演じている。
だからローラはダニエルと強烈に結びつく。狼男ダニエルとの出会いは「表現できない怒り」の表出だ。彼女にとってダニエルは暗黒面をうつす鏡であり、笑顔の下でグツグツ煮えたぎっていた怒りそのもの。ジェネヴィアにとってそうだったように。
どんなにおとなしそうでも、自由を奪われた者には、相手をズタズタにしてやりたいくらいの怒りがある。ダニエルが運んできた呪いによって本当の気持ちに気づいてしまったローラはもう「良い奥様のふり」は続けられない。
ダニエルとハイペリオンがまるで親友のように付き合う場面は妙だけどこれで説明がつくのではないかと思う。これはダニエルを通して「ローラがハイペリオンを逆に所有して、復讐している」場面なのではないか。
げんに、すでにこの時点で、ダニエルとローラは肉体的に結ばれており、一体化してる。だからローラの体は幽霊のように場面から退いてる、とも言える。もし、ローラがダニエルのような男であれば、ハイペリオンとも語り合えたし、なんなら子分として所有することもできたろう。でもローラは女だからダメだった。経済的に社会的に弱すぎて無理だった。そういうことだ。
こうして狼男という怒りを世に放つことで、男たちの所有から解放されたジェネヴィアとローラは、ついに自分自身の所有者となれた。夢の実現だ。ただそれは男にとってのみ許される特権だった。女には許されない。逸脱とみなされ地獄の住人(魔女)のレッテルを貼られる。ゆえに弱いジェネヴィアは死んで、強靭なローラは魔女になる。
「怒れる女」「降伏しない女」「自分の心と体の所有者であろうとする女」はそれだけで「魔女」なのだ。そういう社会に彼女たちは生きている。これはもちろん、現実世界の写しでもある。
最後に、もう1人の「所有される女」が登場する。おそらくはごく平均的な女の代表だろう、キャベツ卿の娘である。占い師から、申し分のない男と結ばれて、手のかからない男を産み、長生きするだろうと言われた後に「おまえはつまらない一生をおくる」と〆られて憤慨する。
これは呪いだ。キャベツ卿の娘は呪いに触れた。自分自身の所有者たる「魔女」になる輝かしい呪いであり、いったんこの呪いを引きうけたら、男の持ち物として生きる幸せがゴミ屑にしか思えなくなる呪いに。
しかし「女三界に家なし」に疑問すら抱かない女たちにとって、この呪いはイラつく物でしかない。信じていた世界がゆらぎ、抑圧された怒りがうごめく余計な一言だからだ。キャベツ卿の娘は気づかないふりをして元の世界へ戻ってゆく。それはそれで人生だ。
それでもキャベツ卿娘のほうが奴隷マジャンナより可能性がある。ダニエルは言う。マジャンナでは弱すぎて駄目だったろう、ローラのような野生の強さがなくてはダイアモンドの呪いにはとても耐えられないと。その通りだ。
世界を壊す怒りの解放は諸刃の剣だから。
もちろん狼男はいずれ必要なくなる。破壊的な怒りも憎しみも、自由になるためのガソリンのようなものだから。ローラはすべてが済んだ後に、狼男を始末するための隕石を手に入れる。いまの社会とは異なる価値観(宇宙からきた隕石)と、夢のような金貨をでもって、ついにローラはひとり生きて行く力を得る。
だが、話はここで終わらない。
ローラはジェネヴィアから譲り受けた子羊の母親となる。いかにも魔女らしいしぐさである。これで彼女とダニエルは象徴的な親子関係となったのだと思う。そしてダニエルはローラによって生贄として月に捧げられ、幕が降りる。
母にとって子供は道具であり、生贄でもあるのではないか。結局、殺戮者として短い生涯を送ったダニエルこそ、自己の所有者として生きられなかった人間だった。親との自他境界線を失い、母の代わりに家族を殺す化け物となった。その暴力性をもこの物語は描いている。 -
s200-2013.3.31
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古書購入
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幻想的な妖魔の世界観ではない物語。
そこがちょっと残念だった事を覚えている。 -
狼男、タニス・リー版
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これまた読むのに苦労した。長編なところがまた......(^_^;)
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