雨の檻 (ハヤカワ文庫 JA ス 1-1)

著者 :
  • 早川書房
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感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150303891

感想・レビュー・書評

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  •  僕がいま使っている傘のは普通のビニール傘なんだけど、金属部分がずいぶん錆びていて、ビニール部分まで茶色い模様が広がってしまっている。考えてみたらもう一年以上同じ傘を使っている。一つの傘を失くさないでずっと使い続けた期間としては人生最長ではなかろうか。

     そんな訳で梅雨なんだからしょうがないけど、雨の日が続いている。たまになら雨も楽しいが、やっぱり長く続くと気が滅入る。洗濯物も乾かんし。
     でももし、来る日も来る日も窓の外が雨景色だったら…。菅浩江の短編「雨の檻」はそんな状況から始まる。
     シノが暮らしているのは巨大宇宙船。広大な宇宙を数百年かけて旅しているため、窓には偽の地球の風景が映し出されている。だがシノの部屋の窓はもう何年も前から雨の風景しか見せてくれなくなった。
     体質のため無菌室で暮らすシノの世話をするのは女性型ロボットのフィー。雨に閉じこめられた檻の中。不満はあるけど平穏な日々。でもシノは気づいていた。宇宙船に異変が生じていることを。フィーの様子がおかしくなり始めていることを。宇宙船という限定された空間の中で語られる孤独で哀切に満ちた物語。短い中に世界観の崩壊やどんでん返しが仕掛けられた切れ味の鋭いSF作品だ。

     この1991年発表の短編が表題作となった本書は、作者の詩情豊かな初作品集である。
     収録順に、①「雨の檻」②「カーマイン・レッド」③「セピアの迷彩」④「そばかすのフィギュア」⑤「カトレアの真実」⑥「お夏 清十郎」⑦「ブルー・フライト」の全7編。
     初期の作品だけあって荒削りながら瑞々しい。女性作家らしい繊細な筆致が描くのはテクノロジーの発達が社会に与える影響と、その世界で育まれた人々の細やかな感性の動きである。
     あとがきで著者は短編をマラソンランナーが目の前を通過する瞬間に例えていて、「それは鮮やかに切り取られた生の閃き」だと記している。なるほど、だからこそ読者は作品との一瞬の邂逅が強く心に残るのである。

     ②は91年発表。美術学生と美少年アンドロイドの心の交流を描いた作品。作者が意図したはよくわからないけど、若干BLチックな雰囲気も漂っているのでその手の奴が好きな人は妄想広がるかも。
     92年発表の③は、クローン体である女性を呪縛する運命の残酷。亜光速宇宙船とクローン技術を組み合わせた設定が秀逸。そこに恋愛が絡んでいるので物語を膨らませれば映画化できそう。
     同じく92年に発表された④はまるで生きているようなフィギュアと、キャラの生みの親である女子大生の葛藤。何となく時代性がにじみ出ているためかやたら古くさい印象を受けるが、テーマは普遍的なものなので現代風にアレンジすれば深夜枠でのアニメ化とかに向いているのではないか。
     これも92年発表の⑤は、性を扱ったハードな作品。快楽の街で刹那的に生きる女性の独白。主人公の口調はいかにも真面目な作家が背伸びして書いている感じがするのが微笑ましいが、物語は重い余韻を残す。
     書き下ろしの⑥は舞踊家元の時を超えた悲恋の物語。作者自身も日本舞踊の名取だそうで、持味が存分に発揮されている。伝統芸能を保存するために時間航行技術を活用するのが面白い。日本文化と科学技術が融合したストーリーと、人を想う心の機微を丁寧に掘り下げている。
     作者のデビュー作である⑦は他の収録作より10年ほど古い81年発表。宇宙飛行士を目指しエリートコースを歩む主人公が恐れている事とは…。作者が高校生の時に書かれたそうで、ぎこちなさはあるけど作者の原点だなあと思わせる。

     複数の作品に共通する「チューブ・ベイビー」というガジェットは、親子関係や自己の存在理由といった人間の根幹の部分に関わってくるからこそキャラクターたちの運命を揺さぶる仕掛けになっている。
     「おきゃん」とかちょっと時代を感じる表現もあるが、やはり他のSFには無いタッチが支持されているのか、2007年には「月かげの古謡」(93年発表、文庫初収録)を加え『そばかすのフィギュア』に改題・再刊されている。

    <でも言葉は、こうして文字に残しておくと何千年でも生き延びるの。柔らかい唇の間から紡がれた音節は、耳の中で石灰質に変わり、心の中で石になって重く重く残る。その重みこそが真実の重みだわ>(「カトレアの真実」より、p173)

     タイトルに色と関わる単語が多く含まれているのが象徴的だが、抒情的なストーリーには鮮やかな色彩が色づいているようでハッとさせられる。山岸真の解説によると作者が目指しているのは「読み終えたあと、涙で文字が見えなくなる、とまではいかなくても、心にコトンと落ちるものが残る物語」なのだそうだ。お涙頂戴ではない。でもきっと心に何かが残る。雨の日には家でそんな短編集を紐解くのもいい。

  • SFは苦手だったんだけど、読みやすいから
    知らずに感情移入してしまっている。
    切なくて哀しくて温かくて・・・
    今回は読後がたまらないですね。何かしら心に残る。
    デビュー作の「ブルー・フライト」が高校の時に書いた作品ってのが驚いた。
    「お夏 清十郎」の稽古シーンとか葛藤が
    結構リアルだと思っていたら、日舞の名取さんだったのですね。
    芸術へのこだわりという点で納得しました。

  • 古本屋にて『雨の檻』を入手した。発行が1993年なので、ちょっと古い。古いといっても時代遅れっていうわけじゃなくて、なんとなくノスタルジックな雰囲気がある。心の微妙な動きを捉えた、良い意味で女流SF作家らしい作品だと思う。

    雨の檻
    宇宙船の無菌室で女性型ロボット「フィー」と二人きりの毎日を過ごす少女「シノ」。だけどだんだんフィーが狂うようになってきて…。

    カーマイン・レッド
    芸術を学ぼうとしている機械人形「ピイ」と虐められっこ「サチオ」奇妙な友情。少年というひとときのゆらぎを描く。

    セピアの迷彩
    オリジナルの望む生き方に縛られたクローンの人生の意義を問う作品。もう一人の自分に対する復讐そして許し。

    そばかすのフィギュア
    <NNP(ニューラル・ネットワーク・プランツ)について――。NNPは電気情報を伝えることのできる全く新しい植物です。特殊培養液の中でのみ成長し、発芽してすぐは電向性があります。ポリマーの孔から沁みた培養液によって発芽すると、ミクロの細さの菌糸状繊維が電気的にマーキングされたもの(今回はULSIの金属端子)に向けて成長し、その後、ULSIからえた情報通りにニューロン・ネットワークを展開します。繊維はさらにポリマーの孔を通してボディ全体に侵入し、キットの動きまでを制御します。>
    電子頭脳と擬似神経を組み込まれたフィギュアは生き生きと動き喋るようになる。オタクごころとSFごころをくすぐるSF的小道具だね。

    カトレアの真実
    病気の蔓延る街で、退廃的な生活を送る少女の狂気の記録。

    お夏 清十郎
    意識のみを過去に跳ばすことのできる時遡能力。いきなり歴史の真実を紐解くような研究を行うと影響が大きいので、テストケースとして過去の日本舞踊を観察し復活させることに利用された。時遡の副作用で舞えなくなった白扇流家元の孤独と生き様。なんで日舞なんだろう、と思ったけど作者自身が日本舞踊正派若柳流名取りだかららしい。

    ブルー・フライト
    優秀な遺伝子を持って生まれてきた試験管ベビーには期待が圧し掛かっていた。それに縛られた少女たちの成功と破滅の物語。高校二年時のデビュー作。


    追記:
    2007年9月『そばかすのフィギュア』と改題され発行。

  •  先に読んだ「ゼウスの檻」がイマイチだったので、同じ「檻」シリーズってわけでもないんだけれど、目的は「そばかすのフィギュア」。あのバクスターが英訳して紹介したというらしいから、どんな素晴らしい作品かと思って興味津々だ。

     そもそもこの作家さんは、一度読んでいる。「ULTIMATE MYSTERY究極のミステリー、ここにあり」で「エクステ効果」を書いているんだが、その時は印象がよろしくない。
    (http://booklog.jp/users/spoon45/archives/406276637X)


     オープニングの「雨の檻」はなかなかいい感じ。壊れゆく育児ロボットと最後の人類ってな舞台がいいなぁ。感性が光る作品だ。しかし、次の「カーマイン・レッド」は同じロボットものだけれど、イマイチ感情移入できない。続く「セピアの迷彩」はなんか女心ってな感じで理解しにくい。

     本題の「そばかすのフィギュア」については期待外れ。有限の寿命を持ち動き出すフィギュアって悲しい運命なんだが、それにヒロインを重ねてくるとラブストーリーっぽくて苦手。

     そうなると近未来の性病治療「カトレアの真実」や、苦手とする古風な文体の「お夏清十郎」、少しばかり意味不明の「ブルー・フライト」はいきなり斜め読みになる。

     最初の作品だけがいい感じかな。古い本だからか、作者さんの写真が印刷されていた。清楚な美人さんなんだなぁ。

  • この作者の本、読むのはこれで4冊目。
    おなじみの(?)ピイとかフィーとか出て来て
    今読み返したらまた違うかなあ、と
    他作品読み返したくなりました。

  • 菅浩江の初期短編集。美しい。

  • 美しい短編集。心が落ち着く。

  • 『人間が住める星』を探して宇宙を漂う移民船。
    身体の弱い主人公・シノは他の住人とは隔離された部屋で、精巧で優しいアンドロイド・フィーとしか直には会えない。しかしある日を境に、フィーがゆるやかに狂い出した……

    表題作ほか全編、胸をえぐるくらいの切ない短編集。

  • 短編集。全体的に暗め。でもどれも短いお話なだけに無駄がない。読後とてもアンニョイな気分になる。

  • 短編集。タイトルになっている1作目は衝撃的でした。その他に収録されてるどのお話も心に残るお話です。

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著者プロフィール

1963年生まれ。SF作家。2015年、『放課後のプレアデス みなとの宇宙』のノベライズを上梓。他の著作に『おまかせハウスの人々』『プリズムの瞳』など。本作がはじめてのビジュアルブックとなる。

「2016年 『GEAR [ギア] Another Day 五色の輪舞』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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