- 早川書房 (2004年9月8日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (432ページ) / ISBN・EAN: 9784150307684
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この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
多様な文化と美しい文章が織り成す幻想的な世界観が魅力の中短編集で、特に「デュオ」と「象られた力」が際立っています。主人公のピアノ調律師がチューニングハンマーを武器に戦う様子や、音楽の不穏な描写が印象的...
感想・レビュー・書評
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飛浩隆を読むのはこれが初めてとなる。本作は、表題作の「象られた力」を含む4篇からなる作品。レビューの評価が高く、初めて読むのには最適かとも思われた。
それぞれのエピソードの評価とジャンルを書くと以下のようになる。(ややネタバレ)
デュオ(★★★★★): ミステリー、音楽、サスペンス、生と死、意識、テレパス
呪界のほとり(★★★★☆): 宇宙、バロック、冒険、ファンタジー
夜と泥の(★★★☆☆): 宇宙、宇宙連合、テラフォーミング、生物
象られた力(★★★★★): 言語、記号、宇宙、宇宙連合、超能力
「デュオ」は文句なしに面白い。きちんと物語しているし、数度のどんでん返しがある。おどろおどろしい雰囲気作りが上手いし、ちょうどいい難解さが歯ごたえを生んで心地いい。SFとしては少し変わり種だけど、万人受けしそうな内容ではある。さらに、文章に惹きつけられる。
「呪界のほとり」は、王道の宇宙系SFと言ったところ。宇宙ワープ、人造の竜族、謎の追手など、ワイドスクリーン・バロックSFを久しぶりに読んだ思い。
「夜と泥の」はテラフォーミングの話かな。自分にはあまり合わなかった。好きな人は好きかもしれない。が、作品全体のリズムを考えた時、「象られた力」の前の静けさとして上手く作用していたようにも思う。
「象られた力」はなかなか良かった。テッド・チャンの「メッセージ」のような、言語系SFかなと思わせて、実は文明崩壊SFでもあった。百合洋(ゆりうみ)文化の記号はとても魔性に映る。そして抗うすべもなく人間がおぼれていくさまは、恍惚的でもあった。
平均して面白かったし、SFとしてのジャンルは多岐にわたる。デュオは万人におすすめ。象られた力はSFファンにオススメ。ぜひ、この作者の他の作品も読みたい!そう思わされるだけの1作だった。
(書評ブログの方も宜しくお願いします)
https://www.everyday-book-reviews.com/entry/%E6%96%87%E6%98%8E%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E7%B3%BB%E8%A8%98%E5%8F%B7SF_%E8%B1%A1%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%8A%9B_%E9%A3%9B%E6%B5%A9%E9%9A%86詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
飛浩隆先生。SFなんだけど、簡単にそうくくってしまうのが勿体ないような中編集。
「デュオ」主人公はピアノ調律師。チューニングハンマーを武器に闘う調律師なんているんだ…!それもジョークではなく、洗練された戦術とゆるぎない殺意をもって。音楽の描写も凄い。バイエル8番がこんなにも不穏で、読み手をざわつかせ昂らせることってある?
個人的な「癖に刺さる」という意味でも稀少な一編。
表題作「象られた力」。圧倒的。宇宙世界に生成された多層の文化と、その破壊。文章の美しさ、映像を惹起する力が凄まじい。多文化のひびきに酔い、人々と図像のふるまいに魅了され、そして善悪を超えた圧倒的な力に平伏すしかない。
きわめて映像的でありながら、じゃあ実写?アニメ?CGでなんとかなる?なんて考え始めると、見たいような、でも何を見せられても追いつかない、物足りない気がしてしまう。
主人公、クドウ圓(ヒトミ)がいい。牡鹿みたい、と恋人(も、悪くていい)に評される黒髪の男。食事の所作までどこか色気がある。彼に見惚れる(文字で書かれた情報なのに見惚れてしまう)そのためにだけでも読む価値はある、そんな愉しみもある小説です。 -
個人的には、「デュオ」と「象られた力」が好きです。
「象られた力」には『零號琴』の面影を感じました。 -
誌のような文章が美しく巧みで、あたかも幻想小説のようなSF中短編集。文章に想像が追いつかず、画をイメージするのがなかなか難しいのですが、独特の世界感に引き込まれます。
個人的に一番のお気に入りは「呪界のほとり」。冒険小説のようなわくわく感と、個性的で魅力あるキャラクターたちの軽妙なやりとり、想像を掻き立てられる情景描写。映画、それも実写やセル画アニメではなく、CGアニメで観てみたいなぁと不思議と思いました。 -
短編集。
『夜と泥の』が記憶に残っている、静けさの中であっと気付く間もなくもう既におしまいになってしまっているような、手遅れの先の眺めているしかないような、そういう雰囲気が大好きです。
飛先生の食べ物の描写が好きで、この作品だったか定かではないが苔をしがんで殻を捨てる、というような感じのものが出てきたことがあって、なんでかそればかりをずっと考えてしまう。なんだかよくわからない魅力がある。 -
初めての飛浩隆作品、短中編4作全部面白い。
SFを前提にミステリ、ホラー、ファンタジーなど様々なアプローチをしてるけどどれも違和感なくしっくり収まっている。
また、情景描写の上手さはもちろんのこと五感の描き方がとてつもなく上手い。文を通して“体験”しているような感覚すらあってただただすごいなと感じた。
個人的には「夜と泥の」の設定が好みでもうちょっと読みたかった。逆に表題の「象られた力」は最後が蛇足に感じてちょっと醒めてしまった。けどそれでも面白かった。 -
いや〜まいったまいった。収録されている短編4作品いずれもよくできているのだが、共通するのは文字がイメージを想起させること。文字で世界がめくれ上がって裏返しになったり人が卵のように割れる感覚を味わわせる筆致の凄みがある。文字で音楽的な素晴らしさを想像させたり目の前の圧倒的な光景を想像させるような表現の妙は、自分もこんなふうに書けたらいいなと思わせられる。
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どれも素敵だった。
<象られた力>は、まるで長編を読んだ後のよう。
中短篇集だからといって、休憩に読めるなんて思っちゃだめだ。
時間をかけて、音楽もかけず、ただじっくりと、飛さんの表現する世界に、ひたすら絡みつくのが最高だ。
やっぱり飛さんは素敵だ。
たぶん、飛さんの文章は過剰に映像的だし、色彩と音の描写がものすごく装飾的で、それが美しくてたまらない。
これは、テーマから考えたら目くらましかも知れないけど、これだけ美しく、そして凝りに凝って作られた設定に酔えるのが、飛さんの素敵さでしょ?と思っている。
(だいたい、こんなテーマを現実の不安として抱えたり理解する人間なんて、病的か、さもなきゃオクスリ的だと私は考えている。
少なくとも私の乏しいSF系本棚の中で、こんな思考と世界の捉え方に近くて優しくしてくれるのは、徹底的に矯正してくれようとする神林さんか、とぼけていてくれる円城さんか、美しさに溺れさせてくれる飛さんか…ってとこである。)
<デュオ>は音・音楽の描き方が本当に豊かできらびやか!!
それだけでも素敵だけど、「人が生きているかどうかは微妙な問題です。」
人々の記憶の合間に、情報の渦の中に、まるで誰かが存在するように振舞う何かを、感じる時のことを考える。
見えない敵と戦っている、みたいなものかもしれない。
その怖さについての話。だとおもう。
<呪界のほとり>は、大好物メタフィクション。
こんなに明るく書いてくれていいのかしら!
とっても好き。
<夜と泥の>
未知の世界で、考えもしないウイルスを、知らぬ間に取り込んでいて、その世界の共感場に抗えなくなること。
人類の希釈化。
「新たな環境で、新生活で、あのヒトは変わってしまった、私は変わってしまった?」そんな陳腐な話にすり替えたって良いのかも知れない。
でもそれを良しと出来ない、自己と他者の境界で恐怖に佇む者には、こういうお話じゃなきゃ救われないのだ。
<象られた力>
ちからとかたち。
私という形を保つ、内側からの力と外側からの力、内側の思考と外側の思考のぶつかり合う、この身体の表面。
わたしという形を保つ、私という形を作るために、適切適当なエネルギーと思考と他者の関わり。
その不安について。
この日常的な恐怖について。
ものすごく凝った設定で、映像的に装飾的に描いて酔わせて、最終的に消滅という退廃的な甘美さに引き連れて行ってくれる飛さんの優しさったら、とんでもないなぁと思う。
大好き。
【読後追記】
消えた星<百合洋>ユリウミの、図形言語。
そしてやはり消えたはずの星シジックから発信される“シジックの歌”。
百合洋のエンブレムが表す文脈と情動。情動は人間が環境に最適化するために作ったツール。そのツールを制御するコマンド。言語と…そして図形。
読後も頭が<象られた力>で溢れる。次になにを読むのが適切なのか、わからない。
『世界の野生ネコ』でも眺めるしかないか。 -
イマジネーションの奔流、理性ではなく肌で理解する物語。
鴨が飛浩隆氏の作品を初めて読んだのは、2年前に読んだ「日本SF短編50 V」に収録されていた「自生の夢」。正直言って、まったく訳が判りませんでした。でも不思議と気になって、海外での評価が高いというハロー効果もあってか、この短編集を手に取ってみました。
で、読んでみた感想ですが、正直なところ、やはりよく判らない、と思います。例えばSFを読み慣れていない友人にこの作品を判りやすく紹介せよ、と言われたら、鴨にはできないと思います。ポイントを押さえて巧いこと言語化して要約することが難しい作品だと思います。
元々言語で記述されている小説なのだから、「言語化が困難」というのは言い訳に過ぎないということはよく理解してるつもりなんですが、本当にこの世界観、言語だけでは押さえきれないんですよ。「絵になるSF」の極北、音や視覚や嗅覚といった五感を駆使して読み解くワン・アンド・オンリーな世界観です。表題作の視覚的なカタストロフィは特筆モノですね。この作品を母語で読めるということは、日本人SF者としての至福のひとときかもしれませんね。
こうした「認識のパラダイム・シフト」を前提としたSFは、実は日本SFの得意とするところなのではないか、と鴨は感じています。SFという文学フォーマットでこそ挑戦可能な分野だと思いますし、今後もより先鋭的な作品を期待しています。 -
理想の文体かもしれない。
憧れは山尾悠子氏、それはこれからも変わらないが、自分が目指すとしたら。
肉体は五感を支配しているだろうか。
あるいは、五感が肉体を支配するのだろうか。
文字を読むということが、ここまでの体験をさせてくれるのだ。
そんな満足感をもたらしてくれた一冊。
しばらくは余韻を引きずりそうだ。
五感が、騒ぎすぎて。 -
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端正な文章と五感を美しく言語化した作品集。SF的仕掛けの面白さはもちろんのこと、構成のリズム感や緩急が素晴らしかった。
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ああ~~~~~~~~そうそう、飛先生ってこういう感じなんだよな…
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強大な思念の力。封印された記憶、のような実体のないものが何を伝えたいのか、装飾を丁寧に剥ぎ取って明らかにしていく。その”もの”の語る声を聴く。それが飛氏の作品に込められたテーマのように思う。 「象られた力」で惑星が秘める歴史を暴いていく過程は『零號琴』を彷彿とさせた。 『悪童日記』の双子を思い出させるような「デュオ」が最も好みだなと感じていたが、時間が経つほど表題作「象られた力」の印象が強くなって消えない。 読んだ者の心に深く印象を刻む物語、この本『象られた力』自体が、強い思念の力を持っている。
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80年代後半から92年までに書かれた中篇4篇を収めた作品集。
「デュオ」
交通事故で恋人を亡くし、自身で演奏する能力も失ってピアノの調律師となった緒方は、恩師からグラフェナウアー兄弟を紹介される。デネスとクラウスのシャム双生児であるグラフェナウアーは、一本ずつの腕をテレパスによって統合し完璧にピアノを奏でる天才だった。耳が聞こえず喋ることもできない兄弟の手話通訳を務めるジャクリーンと親しくなるうち、緒方は双子に“もう一人”が存在することを知る。
特にクラシックにもピアノにも詳しくない人間にも、聴力以外の感覚を喩えに使って双子が奏でる悪魔的な音楽を感じさせる表現力。「ふかふかの鍵」のくだりはピアニストの身体性を伝えていて面白かった。でもやっぱり先に「海の指」を読んじゃったからちょっと物足りなくもある。結末は絶対ジャクリーン本人が銃を握って殺すべきだったと思います。
「呪界のほとり」
追っ手から逃げるうち、呪界-地面を叩けばどこでも水が湧いてくる魔法の世界-から飛び出してしまった万丈と相棒の竜。辿り着いた辺境の星アグアス・フレスカスには、呪界に強い憧憬を抱く老人パワーズがひとりきりで暮らしていた。
ラノベというかゲームのノベライズっぽい。特殊な用語がポンポン出てくるけど、説明過多に感じさせずになんとなく察することができる情報コントロールが巧み。しおらしいのに全然言うこときかない竜のファフナーがかわいい。
「夜と泥の」
若い頃”リットン&ステインズビー協会“で共に働いた蔡に呼びだされ、とある星にやってきた「わたし」。「いいものを見せてやる」と言った蔡に案内されたのは、地球化[テラフォーミング]のために協会が使わした人工衛星たちが暴走し、夏至ごとに一人の”少女“を復活させるという沼だった。
これ好き!『タフの方舟』を思わせるような、地球人の思惑の裏をかく異星の意思が描かれ、それに取り憑かれた蔡の姿はホラー的でもある。ヒトの生みだしたものがヒトの手に負えなくなって野生化していく描写、いいよねー。
「象られた力」
〈シジック〉のイコノグラファー・クドウ圓は、“リットン&ステインズビー協会”の文化事業部に依頼され、つい先日跡形もなく消え去った隣接星〈百合洋〉の言語体系“エンブレム”の謎解明のため動きだす。エンブレムは図形によって情報を多層的に伝達できるため、同じ星系の〈シジック〉〈ムザヒーブ〉でも急速に普及しはじめていた。〈百合洋〉はなぜ滅んだのか、エンブレムに秘められた力とは。
面白かった〜!これも“文字禍”の話。エンブレムに侵食された人びとの陶然とした言葉遣いと、畳み掛けるオブセッションの艶やかさは『13』のころの古川日出男を思いださせる。〈百合洋〉出身の建築家ハバシュが生んだ現代アートの延長のような建物や、圓の恋人・錦がつくるエンブレム・タトゥーのオートマシン、あるいは極小のエンブレムがラメになったアイシャドウや、圓とシラカワが食す〈シジック〉のビーガンじみた菌類食などのディテールから星系の文化を窺いしれるのも楽しい。そんな〈シジック〉の物語をメタ化するオチは、万物から常に物語や意味を見いだそうとする人類のサガを優しく俯瞰で眺めている。この“リットン&ステインズビー協会”もの、シリーズ化してほしかったなぁ。
4作品に共通するのは、実体のないものが実体に干渉し、その精神を支配し、実体よりも実体たろうとする巨大なパワー。これは「フィクション」のメタファーでもあるだろうし、のちの『グラン・ヴァカンス』で結実したヴィジョンなのだろう。 -
飛さんの作品の手触りの生々しさは、SFのやや遠目な世界観を手元に引き寄せてくる。
自分が感想をうまくつかめないとき、批評というのは偉大だなと思う。 -
抽象的に捉えた気分になるだけなのに、極めて面白かった。
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こういうアイディアが浮かぶって、どういう頭の作りになっているのかしら。舌を巻くというのか、とにかく痺れます。
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シャム双生児として生まれた天才的ピアニストを題材にした「デュオ」や、絵や文字ではなく形・デザインが持つ力の可能性を説いた表題作など惹きつけられる設定の短編が収められた作品。だけど、オチがどれもピンと来ないものが多かったかな…。個人的にはそこまではまれなかった。
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『知る人ぞ知る』とか、『伝説の』とかが頭につく作家。
どういう経緯で知ったんだったか……思い出せないけど、シリーズものがドはまりで、それを執筆するまでの作品が読みたくて借りた。
この収録作を最後に10年のブランクを経て、わたしが続きを熱望しているシリーズが発売された。
やはり、すごい。
文章で、これほど視覚的に訴えてくるSFははほかにない。
著者プロフィール
飛浩隆の作品
