グラン・ヴァカンス (ハヤカワ文庫JA 廃園の天使 1)

  • 早川書房 (2006年9月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (496ページ) / ISBN・EAN: 9784150308612

みんなの感想まとめ

仮想リゾート空間に生きるAIたちの物語は、美しさと残酷さが交錯する独特な世界観を描いています。2002年の刊行時点で既に未来の娯楽の姿を予見し、現実と虚構の境界を曖昧にするストーリーは、読者に深い思索...

感想・レビュー・書評

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  • 残酷描写といえば…で、再読。
    初めて読んだ飛浩隆作品がこれでした。

    デジタル世界に構築された仮想リゾート。今では当たり前にイメージできる娯楽のありかたが、2002年の刊行時に既に詳細に描き出されている、ばかりか、もう行き着くところまでいってしまっている。
    そこでやれることは(悪い意味で)やりつくし、あげくサービス自体が崩壊。AIたちが呼ぶところの「大断絶」によって現実世界からのゲストが途絶え、放棄されて、すでに一千年が経っている。凡人の想像の2歩先を行く物語のはじまり。

    とにかく何もかもが美しい。
    見捨てられたリゾートで、自律するAIたちが生きている。清らかさの裏で倫理の壊れたリゾートの風景。響きのきれいなフランス名のAIキャラクターたち、その個性と関係性。ちょっと古くさい台詞回しすら、かれらのロールにあてがわれたプロンプトがそうさせていると思えてくる。
    硝視体が見せるあざやかなエフェクト、ピクセル単位までこまやかに描き出される五感。姿も武器も異なる敵たちと、万華鏡のように変化する戦いのバリエーション。全体にまぶされたフェティッシュで猥褻なにおい。
    ストーリーが展開するごとに世界の深度が増し、絶望の種類まで変わっていく。違う世界を覗かせながら、すべてが見えそうで見えないもどかしさ。

    それを描き出す言葉と文章のなにもかも、残酷描写までもが美しい。

    そして、あまりの残酷に心を痛めながらも、これはすべてAIたちの話で現実ではないんだという意識が、つねに、うっすらとある。その逃げ道にすがって読み進めている自分の薄情さを自覚する、その罪悪感まで計算済みで作品に絡め取られている心地がする。

    2002年に初版刊行。私が読んだのは、電子書籍版の刊行が2013年だったようなので、少なくともそこ以降です。
    2002年の時代感覚の中でこれを読んでみたかったなぁ。9.11とFFXの翌年。まだYouTubeもtwitterもなかった頃に、これ。
    どれだけの衝撃だっただろう…

  • 人間のゲストが訪れなくなってから1000年が経過した、仮想のリゾート空間「夏の区界」。
    そこに放置されたゲストを迎えるAI達は永遠に続く夏を過ごしていた。
    しかし世界を食べる“蜘蛛”の出現でその平穏は破られてしまう…。

    艶かしく非常に残酷な物語です。

    それでいて『夏』のイメージに相応しく、美しい。
    凄惨なシーンに眉をひそめながらも読む事をやめられなかったのはそのせいでしょう。

    ただ、この本で全ての謎が明かされるわけではない。少し間を置いて続編の短編集を読みたいと思う(続けては精神的にキツイ…)

  • 著者が水見稜の『マインド・イーター』の解説を記していたことから興味を持った次第。
    読了後はさながら這う這う(ほうほう)の体といったところで、これまでに読んだSF小説の中で最も衝撃を受けた一冊。

    AI(人工知能)が暮らす仮想空間が混迷の一途を辿る、という凄惨なストーリーでありながら、描かれ方がやけに甘美。随所に「人が物語を作ること・読むこと」への寓意やメタファー(隠喩)が織り込まれており、小説読みの一人として胸を貫かれる思いだった。

    展開の悲惨さゆえ星は四つに留めたが、ただのSF・娯楽では終わらない、本物の文学。
    文章自体は至って平易だが、この小説の真意をどれほど汲み取れたのかは不明。
    ※のちに星五つに変更

  • 穏やかで優しい海辺の田舎町の何気ない一日の風景、心安らぐ平凡な日常のシーンから物語が始まる。
    ただ、最初からシミュレーション内の世界であり、登場人物達がAIであることを隠そうとしないためであろうか、のどかだがどこか不思議な雰囲気の導入だとも感じた。
    『1000年』という時間が比喩ではなく何度も文中に現れる。

    このAIたちに対しては、世界や時間・過去に対する認識や内面が揺れ動く様が人間のようだと感じる一方で、1000年間を(正気のまま)少年であり続けられることやそれだけの長時間を共に過ごしたヒトを失った際の反応など、狂ってしまわない点に「やはり人間とは違うモノだ」と感じる、相反する感想が入れ子になっていた。人間としか思えないような優しく”人間味”のあるキャラクター達に感情移入や思い入れが生じるが、それが間違っていると心の隅で引っかかっているような妙な気分で読み進めていた。

    序盤は「正統なSF作品だ」という感想だったが、中盤では巧みな恐怖演出とAI達の恐れが文章から良く感じられ「これはパニックホラーだ!」という印象を抱いた。終盤の世界観が完全に崩壊していく様や通常の動きを越えていくキャラクター達の様子はファンタジーのようでもある。
    これは描写が克明で写実的であるためだろうか。
    最終盤のジュールがジュリーに追いつくあたりのシーンが特に印象に残っているが、綺麗なシーンは音(無音・静寂)まで感じられそうだと思った。
    逆に中盤からの残虐なシーンはAI達の最期があまりにグロい。緻密で鮮やかな描写も相まって著者の暗い性癖を反映しているのではないかと思えるほどだった。思い入れのあったAI達を次々に虐殺された怒り(?)から、「コレを人間で描写することに抵抗があったから作品の世界観を仮想空間とし、キャラクターをヒトのアバターではないAIにしたのではないか」と勘繰ってしまった。

    最終章は、今までのエピソードが伏線のように別の側面を持っていたり、グラスアイやドリフトグラスの謎が明かされていく。
    外の世界や大途絶の事、天使についてのようなAI達の世界の“外”のことはわからないが、それでも、それはそれとしてスッキリとした終わりかただと感じた。

  • 仮想空間にあるリゾート「数値海岸」の一区画「夏の区界」を舞台とした群像劇。SFでありパニックホラーであり、幻想、ファンタジーであり…と様々な要素が組み合わさっているのに「とりあえず詰め込んでごっちゃ煮になってしまいました」的な崩壊は無い。美しく、残酷な物語である。
    蜘蛛の襲撃は災害的な恐ろしさがあるが、それに対抗するAI達のそれぞれの能力を生かした闘いは熱い。蜘蛛の襲撃、生き残ったAI達が立て篭もる鉱泉ホテルでの攻防戦、明かされていく過去と敵の目的…。絶望から一筋見えた希望、そしてまた絶望…。
    魅力的なAI達は人間に近すぎるが故に、蜘蛛による物理的な攻撃は勿論、蜘蛛の王ランゴーニにより精神的な弱みを突かれ崩壊していく様が痛ましく辛い。そして過去に区界に訪れていたゲストの醜悪さがもう…。
    第1作から既に満腹気味だが、ランゴーニがジョゼに見せた「天使」の正体は?大途絶は何故起きた?仮想空間に接続されていた・いなかった人間達はどうなった?シリーズの行き着く末が気になる

  • 8年ぶりに『グラン・ヴァカンス』読んだ。AIだけが取り残された仮想リゾートの設定、今読んでもそんなに古臭い感じがしないのはすごいなー。続編はいつか読めるんだろうか…

  • 零號琴ではじめてこの人の作品を読んで、非常に感銘を受けたので読んでみました。

    序盤、常夏のヴァーチャルリゾート<夏の区界>で、砂浜に流れ着く硝視体を収集しながら牧歌的に過ごすAIたち。これはSF的ではあるけれどちょっと退屈…まあ書くものすべてが未曾有の大作になる人なんていないよねと思いながら読んでいた。

    でも、最初の悪魔<巨人のランゴーニ>の登場シーンでこのお話は一変する。

    千年間ひとりのゲストも訪れないままAIだけでのんびり暮らしていたヴァーチャル世界は突如空から降り注いだ機械生命体によって滅ぼされ始める。そこに生きる人々だけでなく<夏の区界>の空間そのものが飲み込まれ、消失していく。

    その攻撃の指揮を取るもの。
    美しい巨人、伊達男、幼い少年、他のAIへの擬態、4つの姿を持ち、あらゆる暴虐でこの区界すべてのAIたちを苦痛の海へと引きずりこむ、悪魔のような存在<ランゴーニ>。

    AIたちは彼らの意図もわからないまま目前に差し出された拷問に絡め取られ精神的に、あるいは肉体的に、想像を絶する苦痛、永遠の地獄に飲み込まれてゆく。

    この人の描写は本当に映像的。
    絢爛豪華で洗練されていて、サイケデリックな雰囲気もありつつ重厚。
    どうしたらこんなの書けるのかな…すごいの一言に尽きる。

    ひとり、またひとりと地獄に囚われ絶望が漂い始める中で、この<夏の区界>の真実の姿も明かされてゆく。


    なんとなく巨人のランゴーニはDIO様を想像しながら読んでいた。

  • AIたちが終わりなき夏を過ごす仮想空間「数値海岸<コスタ・デル・ヌメロ>」。ゲストとして訪れる人間をもてなすために構築されたこの世界には、もう1000年もゲストが訪れたことはなく、AIたちがルーチンのように夏の日々を過ごしている。
    そんな平穏にして停滞した世界に、ある日突然災厄が訪れる。世界を無効化するために現れた<蜘蛛>、それを操る謎の存在。AIではあるものの確個たる自我を持つ彼らは、自己の存在を死守するために蜘蛛との戦いに臨む。終わりなき夏のとある一日、絶望的な攻防戦が幕を開ける・・・

    飛浩隆作品は、これまで短編をいくつか読んでいますが、鴨的には正直なところ「何が描かれているのか/何を伝えたいのかよく判らない」という印象で、ハードルが高いなと思っておりました。が、この作品は非常にストレートに世界観に入っていくことができ、世界観の解像度が半端なかったです。長編向きの作風なんですかね。

    作品の冒頭では、AIたちが「暮らす」南仏の片田舎の港町風の素朴な生活が、淡々と描かれていきます。この過程において、AIが極めて人間的な「官能」の能力を持っていることに、鴨はまず違和感を覚えました(ここでいう「官能」は、いわゆる性的なそれだけではなく、五感を総合する広い概念を指します)。が、後半において、AIたちにそこまでの能力が付与されている理由が明らかにされます。
    「数値海岸」は、単なる仮想リゾートではなく、性的嗜虐趣味を持ったゲストの快楽を満たすために、AIたちが従順に苦痛を受け入れることを目的として構築された世界である、という真相。反吐が出そうなほどおぞましい描写が、延々と続きます。でも、AIたちは「そのために作られている」存在であり、粛々と受け入れるしかありません。どこにも逃げ場のない、絶望的な修羅の世界。そんな残酷な世界でも、彼らはそれを守らずにはいられない。

    語弊を恐れずに申し上げると、鴨は「村上春樹っぽいな」と思いました。
    極めて凄惨で残酷なことが描かれているのに、極めて静謐で美しい筆致。ロジカルに突き詰めるなら、突っ込みどころは満載です。でも、そんな突っ込みどころを圧倒的な力でねじ伏せるだけの美学が、この作品には感じ取れます。そんなところが、ちょっと村上春樹っぽいな、と。
    さっそくシリーズ2作目「ラギッド・ガール」を購入しました。この世界観がどのように展開するのか、楽しみにしています。

    • たまもひさん
      こんにちは。うんうん、そうねそうね!と激しく共感しながらレビューを読みました。「廃園の天使」シリーズはマイオールタイムベスト10に入るかなと...
      こんにちは。うんうん、そうねそうね!と激しく共感しながらレビューを読みました。「廃園の天使」シリーズはマイオールタイムベスト10に入るかなというくらい気に入っているのですが、よくわからない…と思う飛作品も結構あるのです。「象られた力」とか最近では「自生の夢」とか。
      でも「ラギッド・ガール」は強烈に良かったです。色彩豊かなのに静謐、という独特の世界にやられました。鴨さんの感想が楽しみです!
      2019/05/10
    • ま鴨さん
      をーたまもひさん、お久しぶりです!コメントありがとうございます。
      そうなんですよね、鴨的に初めて読んだ飛浩隆作品が「自生の夢」だったもんで...
      をーたまもひさん、お久しぶりです!コメントありがとうございます。
      そうなんですよね、鴨的に初めて読んだ飛浩隆作品が「自生の夢」だったもんで、「???」なイメージしかない作家だったんですが、「グラン・ヴァカンス」ですとんと腑に落ちた気がします。「ラギッド・ガール」楽しみです!
      2019/05/11
  • 構想から10年の歳月をかけて書かれたというSF大作。そして、そこでは「大途絶」から1千年後の「夏の区界」のヴァーチャル世界が実に緻密な筆致をもって描かれる。小説世界の基本構造は極めてシンプルである。ジュールと、ジュリー、ジョゼとアンヌがそれぞれの極をなしつつ、そのムーヴメントが作品の時間を形作っていく。この作品に内包されるもの、そしてここで描かれるものは、「時間」そのものの形象だ。そして、そのすべてを見通すことになる老ジュールこそは、まさにゲルマン神話の「さすらい人=ヴォータン」にほかならないのである。

  • 序盤のファンタジー風冒険譚から一転、中盤以降は「ここから先、酷いことが起きるよ」って看板が立ってる道をトロッコで下っていく感じ。言葉の選び方や描写の美しさが、酷さをより際立たせている。SF的な世界観、主要キャラクターたちのそれぞれが持つ論理も精緻に練られていて、善悪の二元論では括れない多層的な整合性を成立させながら描かれる神話的絶望と僅かな希望が心を圧し潰し、絡め取ろうとする。天使とは何か、ランゴーニの作戦とは、ジュールの旅路は、AIたちの運命は。続きはまだですか。早く読ませてください、飛さん!!

  • 文章力に飲み込まれそうだ。
    私自身が文章を味わうというよりも、書かれた言葉が私の内を蹂躙し、駆け抜けていくような気さえする。
    苦痛と悦楽の坩堝。
    それは正反対のようで、実はごく近いものなのかもしれない。

    濃密な読書体験だった。
    しかしこれは人を選ぶな。

  • 課題本読了。

    柔らかいのばっか読んでたから、久々に脳味噌に負担かかった。
    作中のキャラクターを描き方が、重いというか、ぐろぐろしている。
    海外SF的なイメージを持った。
    それぞれの用語について解説をせずに、とりあえず作中世界に突っ込ませるところとか。

    後半の防衛陣営が崩れていくシーンはシチュエーションだけ見れば俺好みなのに、共感できなかった。
    人間が内側から崩壊するけれども、それが伏線として描写されていないわけでもないし。
    相手側、敵側の正体が良く分からないからか。
    それとも絶望を感じる間が少ないからか。

    個人的評価高くないから続刊は読まないな。

  • 永遠の夏休みを演出する仮想空間。
    あるときを境にしてゲストがふつりと途絶えたその場所で、AIたちは 千年以上もの間、与えられた“役割”に縛りつけられていた。
    甘やかで、切なくも美しい日常。
    いつまでも続くかと思えたその世界は、突如として破壊と苦痛の嵐に呑み込まれる。

    とある小さな仮想空間が蹂躙されていく様子と、それに抵抗するAI達の姿を描いたSF作品。
    あくまでも甘く官能的な描写で彩られる絶望の鮮やかさには、読んでいて思わず眩暈を覚えるほど。

    目の前に映像として立ちあがるような細やかな情景。
    鋭敏さを増していく感覚のうねり。
    いなくなってもなおAIの行動原理を支配する人間の病性…。
    しだいに明らかになる世界の姿は、残酷なまでに歪んだ形で、完成されている。

    加速する狂気のなかで掴みだされたのは、イノセントな愛情。
    それはしかし、鈍い痛みだけを最後に残す。

    ***

    「この記憶が、俺を、拘束している。思い出の思い出が俺を呪縛する。」

    「きみの不幸はすべてきみを土壌に咲いている。」

    「あの人は劣等感とその裏返しのはったりでできている。その落差の中に純粋な優しさを保持している人だ。それはとてももろい優しさ。」

    「ここのAIは、みな同じ。まだ観たことのないものが、好き。好きなんだ。」

    「もともとは区界の制作者がデザインした感情だったにしても、それでもぼくらのかけがえのない真正な感情なのだ。」

    ***

    徹底してAIの視点を通すことによって、人間の身勝手な欲望のおぞましさを彫り出している。
    一方で、硝視体という不思議な物質から感じられる、あたたかな体温のようなものの“意味”を知ったときには、少しだけ救われたような気がする。

    少年の成長譚としてもSFとしても読み応えのあった作品。

  • 試しに買ってパラパラ読んでいたがこれはまいった。

    南欧を設定された人工空間に住むAIたちは、接待するはずの人間たちが来なくなって千年になり、永遠の夏を過ごしていた。この人工楽園が悪夢に変わる一日が始まる。

    SF設定としてはありきたりなのだが、文章が非常に良い。翻訳調でまっさきに三島由紀夫を連想した。五感と情念の細かな動き、比喩や風景の描写に感心した。あとがきでマンディアルグのことが書かれていた。ああ、そうだ、この美しくも残酷でエロティックな世界はマンディアルクなのだ。よくぞ換骨奪胎できたものだ。

    久しぶりに良い本に出会えたと思った。

  • 会員制の仮想リゾート<数値海岸>の<夏の海岸>ではAIが暮らしを営んでおり、現実世界の人間はお金を払うことでゲストとしてその仮想空間で様々なロールを演じることができる。そこはゲストに性的な快楽を与えるため空間であり、様々なシチュエーションが用意されている。
    そこに暮らすAIたちであったが、1000年前の「大絶途」以降ゲストの訪問が途絶えてしまう。理由は不明だが、その後もリゾートは閉園されることはなく、AIたちは誰一人としてゲストを迎えることなく千回にも渡る終わらない夏を繰り返して来た。
    だが、その永遠の夏は突如として終焉の時を迎える。謎の存在<蜘蛛>の大群が押し寄せて彼らの空間を食い散らかして行く。徐々に住処と仲間を奪われていくAIたち。何が起こったのか?何が起ころうとしているのか?絶望に満ちた一夜の攻防戦の果てにあるものとは?

    なんか大作RPGをやっているような気分にさせられる小説でした。
    内容自体はグロテスクな描写も多くすごく残酷だけど、文章やそこから想起されるイメージはとても美しい。そんなところがFFのようなRPGの幻想的な雰囲気を醸し出しているのかもしれない。
    自分たちの暮らす空間や自分たち自身のプログラムそのものにも干渉することが出来る圧倒的な存在と対決する絶望感。そして突如いつもの生活を壊される不条理。そんなAIたちからすれば神とも思える存在ですら恐れを抱く天使という存在。続きがすごく気になる終わり方でした。
    これだけ残酷な物語なのに、すごく綺麗にまとまってるなという印象です。

  • 思っていた以上に凄惨でグロテスクな世界。
    人を選ぶと思うけど、自分は好き。

  • SFマガジンでオールタイムベストに選ばれていたので買ってみたが、合わなかった。残酷でグロテスクな展開がひたすら不快で、読むのが嫌になってしまった。第七章の途中で挫折。作者の悪趣味についていけない。続編は読まない。

  • どこまでも残酷で凄惨なSF。個人から世界まで、過去から未来まで、すべての尊厳が凌辱されていく。

  • 会員制仮想リゾート数値海岸の一区画、夏の区会
    南欧の不便な港町、そこはゲストが1000年もの間訪れなかった
    永遠に続く、平穏な日々をAIたちは送っていたのだが…ある日謎の存在「蜘蛛」の大群が全てを消し始める…というお話
    まず何より文章が美しい
    主人公、ジュールが夏の朝に海へ向かってかけて行く描写は今や忘れてしまっていた夏休みの日の朝そのもの
    あの爽やかな空気感、今日は何をしようかという高揚感を素晴らしく表しています
    「蜘蛛」との戦闘描写も迫力満点
    AI達の奮戦ぶり、そして死に様は残酷なまでに美しい
    エロ描写、グロ描写は詳細でどこか美しくて、儚げで、残酷で
    あとがきに「清新であること、残酷であること、美しくあることだけは心がけたつもりだ」とありましたがまさにその通りでした
    この本を読んだ時に図書館の奥で眠っていた埃のかかった分厚い古いハードカバーの洋書のような印象を受けました
    人の目に触れなくなってしまった物語の登場人物はどうなってしまうのだろう?という問いもこの話はもたらしてくれます
    読む前ならば、彼らの前日譚が繰り返されているのか
    途中で投げ出したのならば、その瞬間が永遠に続くのか
    読み終わっても、物語は続いていくのか
    悲劇は僕が読んでしまったから起こったのではないか?
    そう思いながら作品に触れました
    グラン•ヴァカンス、廃園の天使シリーズは多くの謎を残して終わりました
    続編が刊行済みが一冊、連載中が一作あるそうなので追いかけてみようと思います!

  • 理系ではない頭では設定に理解がついていかない部分はあるけれど、それにしても面白かった。
    登場人物はAIであり、グロテスクで救いのない場面が続くけれど、無機質ではない。むしろ、情や執着や羞恥心のような人間味と、生きていることの切なさのようなものがある。もっと雑にいえば、なんだかよくわからないけれど、切ない。
    なんだかよくわからないというのは、設定やストーリーではなく、読み終わった後の感情がうまく形容できないという意味である。その、「なんだかよくわからない」を受け入れられる人にはこの本をお勧めしたい。

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著者プロフィール

1960年島根県生まれ。島根大学卒。第1回三省堂SFストーリーコンテスト入選。『象られた力』で第26回日本SF大賞、『自生の夢』で第38回同賞を受賞。著書に『グラン・ヴァカンス』『ラギッド・ガール』。

「2019年 『自生の夢』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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