レダ 1 (ハヤカワ文庫JA)

  • 早川書房 (2010年1月7日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784150309770

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  • レダⅠ読了。
    栗本薫さんの作品はこれがはじめてだけど、かなり消耗しました(笑)

    誰もが美しく、幸福である世界。
    そこは実現し得る世界最高の理想郷のはずだった。

    しかし、そこにあったのは形骸化された幸福。
    人々は自身のオリジナルを求めながら、その暮らしはパターン化し、個が本来持ち合わせていた自由はとうに失われたものだった。

    誰もが美しく、幸福である世界とは、イコール絶望も挫折も差別も、不幸や悩みさえ許されない世界でもあった。

    完璧であるはずのユートピアに生まれた異分子、レダ。
    良くも悪くも、彼女に翻弄されていく少年、イヴ。
    レダを深く愛する元ビューティフル・ピープル、アウラ。
    イヴのカンヴァセーション・パートナー、哲学犬のファン。

    一巻はユートピアであるシティを心酔するイヴがレダとの出会いによって、次第にシティが抱える根本的矛盾に気づき始める。
    その矛盾がなんなのかはまだ明かされていないけど、布石はすでにあった。
    そんな気がする。

  • 2010年発行、早川書房の文庫本。1988年発行の新装版。時間軸的にはスペースマンと地球人が同居していた「メディア9」などよりかなり後代ということとなる。が、科学技術はあまり変わらない。地球側の視点で描かれることもあって、社会の記述が混乱しているように感じる。そしてなんか話が複雑。以前に読んだときは「レダ、レダ、だれだ」などと軽く読んだ気がしたのだが、気のせいだったか、それとも読み飛ばしモードが発動していたか。

  • 刊行当初に読んだことはあるのだけど、
    久々に読み返したくなって再購入。

  •  栗本薫を読んできたかといえばほとんど読んではいないし、ましてや中島梓の読者でもない。『魔界水滸伝』だけは、その設定と永井豪のイラストに惹かれて読んだものの、ところがどっこい話はこちらの期待する方向どころか、訳のわからない方へ進んで、栗本薫ともそれっきりになっていたのではあるけれど、『僕らの時代』でのデビューも、100巻書くというグイン・サーガの執筆開始も同時代のこととして体験してきているには違いないので、彼女の早すぎる死には少しく衝撃を受けた。

     『レダ』が再刊されると聞いて気持ちが動いたのは、若干の郷愁もあったのかも知れない。かつて「SFマガジン」の連載中に読んだ強い印象が残っていたからである。とはいうものの、連載の最後まで読んだかは記憶が定かではないくらいで、登場人物も主人公の「ぼく」とレダしか覚えていない。つまり、ストーリーよりもレダという登場人物の存在感が強く印象に残ったのであり、これは語り部・栗本薫の勝利というべきか、敗北というべきか。

     舞台は未来の地球、ファー・イースト30という都市。そこでは個人が尊重され、犯罪などない理想的な社会が築かれていた。「理想的な社会」はディストピア小説にはつきものの設定で、それが理想郷でないのはお約束なのだが、いまどきの「草食系男子」には住みやすそうで、それはそれで悪くなさそうだ。「ぼく」すなわちイヴはその理想郷で社会の規格からはみ出す紊乱者(ディソーダー)レダと出会う。たぶん、まだ少年と言っていい年齢から少し出たばかりで、それなりに堅気の道を歩んでいた当時の私にとって、社会からはみ出す存在を称揚するこの小説に、それこそ少しく衝撃を受けたのだと思う。

     ころころ変わる自分の気持ちのままに行動し、好意を示したかと思うと悪意を向けるといったレダの振る舞いは、境界性パーソナリティ障害の特性にほぼ当てはまるのだが、当時の私にはそんなことは知るべくもなく、そんな人格のあり方も衝撃的だった。
     ファーイースト30は実は自由なようでいて自由でなく、個人が尊重されているようでいて本当の個は存在しない。個性と自由を持っているのはレダのほうなのだ。というのが第1巻において、「ぼく」が周囲に振り回されながら、気づいていくことなのだけれど、自由というのは実はとても曲者でそう簡単に何が自由とはいえないのであって、例えば、あらゆる規範や決まり事から自由でいるというのは狂気か支離滅裂という他ないし、言ってみればレダは自分自身から自由ではないのじゃないかと今の私なら思う。
     ああでもないこうでもないと考えをめぐらす「ぼく」の思考や、レダとは何かと、レダの周りの人々(知能を増強した犬を含む)が長々と開陳するモノローグなど、ちょっと辟易とするような饒舌さ、それからやたらとルビの振られたバタ臭さが鼻につく人もいると思うのだが、まあ、それが栗本節なのだろう。

     これは少年の成長の物語である。第1巻の最後には「理想社会」のほころびが見え始め、情報を受容するだけだった「ぼく」は行動を始める。

  • 今読んでも十分に楽しめる1冊。

    人々がすべてにおいて管理されている世界。
    理想世界だと思っているシティの人々。
    でも レダとイブの出会いで
    理想だと信じている世界が
    実は幻想であることに気づかされる。

    人間とは幸福とは・・・・

  • 2巻の途中まで読んでいました。
    思春期の少年が、全てを管理された社会の中でどう成長してゆき、何を選ぶのか……
    一巻は布石ですが、そこですでに無数の悩みと問題が襲い掛かります。
    (自分が持っているのと表紙が違います、自分のは古いのかな……そっちの方のイラストが好きなんですけど)

  • 栗本さんといえば 以前からお名前だけはよく聞いていたのだけれど

    初 栗本作品。

    結構よかった

  • 4.5

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著者プロフィール

東京都生まれ。早大卒。江戸川乱歩賞、吉川英治文学新人賞受賞。中島梓の筆名で群像新人賞受賞。『魔界水滸伝』『グイン・サーガ』等著書多数。ミュージカルの脚本・演出等、各方面でも活躍。

「2019年 『キャバレー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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