虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

  • 早川書房 (2010年2月10日発売)
4.12
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  • 本 ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150309848

感想・レビュー・書評

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  • SFの皮をかぶった哲学小説。
    自由とは、選択とは。テロ対策のため情報統制された世界で、ひたすら人間としてどうあるべきかを突き詰めていく作品だった。
    虐殺を促す文法や、器官としての言語など、興味深い考察も多く、なるほどなと思わせる説得力もあった。終始難しい内容だったが、読む価値はあったと思う。

  • 戦争を引き起こすことができる構文。

    9.11のテロは様々な作品で俎上にあがる問題である。その後の問題としてある種の風刺的な作品かと感じた。

    戦争を引き起こすのは決まって人ではないか。その国の人間が望んで起こす場合にも他国との関係は切っても切り離せない。
    そんな世界の情勢を考えさせられる作品だった。

  • 「自由とは、選ぶことができるということだ。できることの可能性を捨てて、それを『わたし』の名のもとに選択するということだ。」

    良心と残虐性、利他と利己、世界に対してどう振る舞うか、世界がどう反応するか。
    自由があること、選択すること、それによって負うべき、負うことが出来る責任の話。
    海外、というか翻訳されたものに寄せた文体、漢字にセルフで振られるカナのルビ。テクノロジー、カルチャー、哲学、政治、社会、世界のさまざまなところから出来るだけ捨てずに『わたし』の名のもとに選択したディティールをサンプリング、というよりはそれらを可能な限りストレートに、「わたし」の思弁や思索、物語、芯の通った土台の上に全部乗せたような小説。作中に登場するピザに例えられる気もしたけど、それはやりすぎかもしれない。
    ナイーブで淡々とした語りとは裏腹に、全部書く、という猛烈な熱量を感じた。「ぼくの物語」の最後の選択、そこで負えると思う責任には納得出来ないというか、今読むと特に少し甘いと感じるけれど、そこも含めてあつい小説だと思った。そのあつさというのはユースカルチャーに感じるそれと同じだった。「わたし」の「正しい」と思うことを、躊躇せずに全部やる、というのは「若さ」がもたらすもののひとつだ。そこには特有のあつさがある。
    ユースカルチャーというのは、若者が参加し形成する、という意味でもあるけれど、それに触れている間は、年齢に関わらず「若く」いられる、あつさをもっていられるものでもある、そう思っている。だから、というとちょっと繋がらない気もするし、作者のことを考えると意味があり過ぎる気もするけれど、この小説もずっと「若い」しいつまでもあついのだと思う。
    何回も序盤で閉じて積んでを繰り返していたけれど、「クラシック」と言われるような小説を続けて読んでいた流れでもう一度開いてみたら、想像していなかった読み心地で最後まで読めた。ユースカルチャーとしてのSF文学。あつかった。

    -

    「文明、良心は、殺したり犯したり盗んだり裏切ったりする本能と争いながらも、それでもより他愛的に、より利他的になるように進んでいるのだろう。」

    SFは理想を提示することが出来るものだとも思っているから、それを提示したうえで、陳腐にもならない物語の終わりも読んでみたかった。

  • SFの独自の言葉が苦手なんだけど、そんなことは気にならずにするする読めた。
    作者、またはクラヴィスの圧倒的な思考に酔いそうになりながら。
    ストーリー自体は複雑でも特別斬新でもないのに、心を捉えて離さない言葉にあふれていて、貴重な読書体験になった。

  • 勧められなければ手に取るジャンルではなかった。一部グロテスクな表現はあるものの、それほどではなく読み終えることができた。立場によって変わる正義。正義とは何かを改めて考えさせる作品だった。

  • 物騒なタイトルと繊細な心理描写。荒っぽい戦闘シーンと知性溢れるやり取り。
    ストーリーはもちろんだが、披露される知識や概念、考え方が非常に面白い。でも決して衒学的ではなく、その匙加減が素晴らしいと思います。

  • この人は頭かなり良いんじゃないかー。
    私の頭じゃ大変でした。
    近未来SF?近々ここに出てくる技術は確立してしまうような感覚になる。
    SFだが、自由、戦争、テロ、人間の思考など現実的に語られていて考えさせられる本。
    見聞きしたいものだけを選ぶのが人間で、他を知らんぷりか…確かにあるかも。

  • まず冒頭からいきなりグロいのに、一人称視点のクラヴィスの語り口が冷静で淡々としているから読者である自分側もなんか冷静に受け入れられてしまうんだよなぁ。
    人を殺す描写を淡々と読めてしまう感覚にヤバいなこれ……って危惧を覚え始めたところで、クラヴィス含む特殊部隊の面々が洗脳に近い処置を施されてる具体的なシーンがあってなるほどな!って思った。構成の妙。
    たぶんしばらくは空想の中でしかあり得ないような未来の技術描写と「もしかしたら起こるかもしれない事件」の現実味がうまく地続きになってる世界観は、グロテスクで残酷なのに惹かれるものがある。

    物語の主軸になるキャラクターではないけど、ウィリアムズの存在がとてもこの小説のテーマ性を表してると思った。
    不都合な現実を積極的に「見てみぬふり」って、現代の日本人にも通じる考え方だよね。
    「人間は愚か」と思いつつ、自分も同じ立場だったら今の平穏を守るために同じ選択をするんだろうな……。

  •  タイトルの言葉に、ぐっと心が反応した人は、本書を読んで損はない、と思う。
     ここで指す「反応」には、もちろん拒否反応も含まれる。

     本の雑誌などで、かなり高い評価を受けていた伊藤計劃。
     本書を読んで、その理由がよく分かった。
     伊藤氏は、神林氏に匹敵する才能を持った作家さんだった。
     その早すぎる逝去は、ただ惜しいのひと言に尽きる。
     卓越した言語感に裏打ちされた骨太の物語を、もっともっと読んでみたかった。

     本書は、その残虐なシーンの数々に眉をひそめる向きもあろうかと思う。
     けれど、どこまでも静謐で淡々と綴られていく筆致の冴えは、その残虐さを限りなく薄めている。
     さらさらと流れる清流のように。残虐なシーンは流されていく。
     それは、モノクロの記録映画を観ている感覚に近い。

     作品としての完成度は、おそらく高くはないのだと思う。
     しかし、ここには歴とした「可能性」が煌めいている。
     兎にも角にも、ただただ惜しい。
     

  • 近未来(たぶん2020年代)、アメリカ軍 特殊暗殺部隊の主人公青年が、途上国で意図的に虐殺・内戦を引き起こす扇動者を暗殺する為に追う、SF&ミリタリー小説。

    殺人の描写が過激なところと、SFや兵器に関する用語が最初とっつきにくいのが難点だけど、とても深いテーマで考えさせられる小説。

    たぶん、SFには二種類あって、「非現実な世界観を堪能するエンターテインメント要素の強い小説」と、「未来に起こるかもしれない出来事を通し、現代社会の問題点を考えさせてくれる思考実験的な小説」があるのだと思うけど、この小説は圧倒的に後者。
    科学技術・医学が発達しても、現代の価値観・社会ルールのままだと、人類は不幸になってしまうよ、という問題提起をしてくれている。
    こういうのを「ディストピア小説」と言うのだろう。

    僕が感じたこの小説のテーマは、「戦争・内戦・テロ・虐殺は、なぜ完全には無くならないのか?」という命題。

    主人公は、虐殺扇動者と対峙していく中で、世界は全然平等では無くって、先進国の人達の幸福な生活は、途上国の人達の犠牲の上で成り立っているのだ、という「見て見ぬふり」をしてきたことに気付かされ、自身の仕事(暗殺部隊)の罪悪感にさいなまれて葛藤する。
    読者である僕らも、良く考えたら現代社会でも先進国が途上国から搾取する構図は同じ状況なのではないか、という気になってきて、虐殺扇動者の言い分こそが「不都合な真実」なのではないかとも思えて来るようになる。

    そんな風に、頭の中をグラグラさせられたい人にはおススメ。
    フィクションだからと言ってバカにしていられない問題提起がある。
    見ない方が、知らない方が、意識しない方が幸せなことなのかもしれないけれど。

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著者プロフィール

1974年東京都生れ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』でデビュー。『ハーモニー』発表直後の09年、34歳の若さで死去。没後、同作で日本SF大賞、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。

「2014年 『屍者の帝国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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