虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

著者 : 伊藤計劃
  • 早川書房 (2010年2月10日発売)
4.13
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  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150309848

作品紹介・あらすじ

9・11以降の、"テロとの戦い"は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす"虐殺の器官"とは?ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)の感想・レビュー・書評

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  • 映画化されると聞いて「その前に読もう!」と思ったのに、読み終えるまでに8カ月もかかってしまった…。先に映画の方が良かったのかもしれない…。読みながら…「これ今、現実に起きていることそのまんまだ…」と何度も思った。驚きの連続だった。

    3章あたりから馴染んできて読み終えるのが惜しくなった。伊藤氏の思念のようなものが漂っていて、どういう気持ちでこのストーリーを書いていたのだろう…と思うと、途中でつまってしまって涙が出そうになった。

    わたしが感情移入できたのは、アレックス。あとはウィリアムズ。ルツィアとジョン・ポールも。
    主人公は…最後のちょっと前まで迷彩色で透明っぽい。終り頃に主人公にだんだんと骨がついて肉が出来て人になっていく感じがした。

    この作品を読みながら偶然にも宗教の本と経済の本を読んだ。宗教の本読んでよかった。あれを読んでいなかったら途中で挫折していたかもしれない。

    膨大な量の『ことば/言語』の物語。ずっと余韻にひたっていたい。新しい作品がもう読めない…というのが残念でなりません。


    ●屍の上に築かれた、ぼくらの世界。374ページ

  • 近未来(たぶん2020年代)、アメリカ軍 特殊暗殺部隊の主人公青年が、途上国で意図的に虐殺・内戦を引き起こす扇動者を暗殺する為に追う、SF&ミリタリー小説。

    殺人の描写が過激なところと、SFや兵器に関する用語が最初とっつきにくいのが難点だけど、とても深いテーマで考えさせられる小説。

    たぶん、SFには二種類あって、「非現実な世界観を堪能するエンターテインメント要素の強い小説」と、「未来に起こるかもしれない出来事を通し、現代社会の問題点を考えさせてくれる思考実験的な小説」があるのだと思うけど、この小説は圧倒的に後者。
    科学技術・医学が発達しても、現代の価値観・社会ルールのままだと、人類は不幸になってしまうよ、という問題提起をしてくれている。
    こういうのを「ディストピア小説」と言うのだろう。

    僕が感じたこの小説のテーマは、「戦争・内戦・テロ・虐殺は、なぜ完全には無くならないのか?」という命題。

    主人公は、虐殺扇動者と対峙していく中で、世界は全然平等では無くって、先進国の人達の幸福な生活は、途上国の人達の犠牲の上で成り立っているのだ、という「見て見ぬふり」をしてきたことに気付かされ、自身の仕事(暗殺部隊)の罪悪感にさいなまれて葛藤する。
    読者である僕らも、良く考えたら現代社会でも先進国が途上国から搾取する構図は同じ状況なのではないか、という気になってきて、虐殺扇動者の言い分こそが「不都合な真実」なのではないかとも思えて来るようになる。

    そんな風に、頭の中をグラグラさせられたい人にはおススメ。
    フィクションだからと言ってバカにしていられない問題提起がある。
    見ない方が、知らない方が、意識しない方が幸せなことなのかもしれないけれど。

  • 近未来の混沌を描いたSF大作。
    主人公はアメリカ軍の特殊部隊員であるシェパード。
    軍事物のアクションが迫力があり、しっかり書かれているだけでなく、ストーリーと何よりそこで語られる哲学的問と最後に現れる皮肉的なラスト。
    意味深長で考えさせられることが多い良書でした。
    人の言葉・良心の本質について問いかけられました。

    ストーリーのあらましは近未来において、世界は安全で管理された先進国と残虐性が支配するカオスな後進国とに分かれていた。
    そんな世界の中で急激に大量虐殺を伴う内戦が頻発し、主人公を含む特殊部隊が虐殺の黒幕暗殺に奔走するが、その陰には常にある男がいた。。

    これだけの才能ある人物がすでに逝去されているのを悔やむばかりです。

  • 「この豚を殺したのは、間違いなく俺なんだけどさ」
    そう言いながら、蛹は皿の上のソーセージにフォークを突き立てた。
    半分ほど囓り、口の中で玩ぶ。多分、食欲がないのだろう。目の前の問題から逃避するために、面倒くさいことを言い出す。いつものことだ。
    フォークに残されたもう半分を指さし、僕は言う。
    「そのソーセージを僕が食べたら、その豚は誰が殺したことになるんだろう?」
    蛹は口の中の肉片を飲み下し、答える。
    「俺が食べた分は、俺が殺したんだ。先生が食べた分は、先生が殺した。当たり前だと思うけど」
    そう、と僕は適当に頷く。
    うん、と蛹も適当に頷く。
    他愛ない、いつもの世間話だ。

    それはともかく。
    「虐殺器官なんてものがあるとして」
    蛹は、傍らに置いてある本に、ちらりと目をやる。先ほど読み終えたばかりらしい。
    「あるとして?」
    僕は聞き返す。
    「どうだろう、と思って」
    いきなり丸投げされた。
    仕方ない、考えよう。
    「……平和を模索するしかないんじゃないのかな。僕はあまり死にたくないし」
    僕は、思うままを述べる。
    「僕らに備わっている虐殺器官が、どういう形で僕らを動かすのかは分からないけれど……どうあっても身近な人と殺し合うような状況になるというならば、生きる目的も揺らぐのかもしれないしね。そして、そういう状況になるまで、理性は現実を理解できないのかもしれない」
    「実際に死体を目の前にしなければ、現実感がないのかもしれないってこと? 何が見たいんだろうね。頭を吹き飛ばされた死体とか、腹から捲き散らかされた小腸とか、そういうものを見なければ、死を想像することもできないのかな」
    そんな話をしながら腸詰めを食べるというのは、どう考えても狂っているんじゃないかな、などと思いながら、僕はフレンチトーストに生クリームを塗りたくって、口に放り込む。
    もっとも、僕が言う「正常」とか「狂っている」とかいう基準は、その言動が第三者に有益か不利益かという程度のものでしかない。前者の方が円滑に社会生活を営むことができるのは明白で、だからこそ、患者をそちらに誘導するのも僕の仕事だった。
    ちなみに、世の中には円滑な社会生活というものに全く興味がないというタイプの患者がいて、それが目の前でロイホの朝メニューを食べている青年だ。11時ギリギリに、ソーセージとスクランブルエッグとトーストのプレートを注文し、しかも本人は昼食のつもりなのだ。
    ちなみに、便乗してフレンチトーストを注文したのは僕だけど、それは甘いものを口にしないと目が覚めないからで、つまり僕にとっては朝食だということ。朝食をとる人間と昼食を食べる人間が同席するために、時空を越える必要はない。

    さて。
    「僕らの世界では、死はまだ近くにあるよ」
    僕は拙い抵抗をする。医者として、あるいは人としての、最低限の抵抗を。
    「そこら中の病院で、毎日誰かの家族が死んでいる。場合によっては、延命治療をするかどうか、判断を求められる場合もある。ちゃんと、残酷な世界だよ。心配はいらない」
    「そう?」
    「そうだよ」
    ちなみに蛹は先ほどから、フォークでスクランブルエッグを掬っては、僕の皿に乗せている。
    「どうだろうね」
    フォークをペロリと舐め、静かに笑いながら、蛹は言う。
    「ねえ、生きているものが死ぬことを、どれだけ遠ざけるのかが、社会というものじゃないのかな。そういう世界では、屠殺も虐殺も同じなんだ。同じくらい遠くのものなんだよ、先生」
    「屠殺と虐殺は違うよ」
    僕は言う。
    「そうかなあ。同じだと思うけれど」
    蛹は言う。
    僕は反論の言葉を探す。けれども蛹が口を開く方が、早かった。
    「少なくとも、殺される方にとっては同じだよ。死は死だから。殺す方にとっても同じだ。殺すことに意味があるから殺す」
    僕は、どうにも納得できないという顔をしてみせる。蛹が悲しそうな顔をしたのを、僕は見逃さない。
    「先生が言いたいことは分かるよ。すごく。みんな、そうやって逃げてきたんだ」
    「殺す理由を仕分けしてあれこれ言うのは、いつだって外側にいる人間だってことなら、うん、そうかもしれない。自分は外側にいると思っている人間。お前が大嫌いな人間だね」
    それはそれとして今日は平日で、僕はいい加減クリニックを開けないといけないし、今日最初の予約患者といつまでもファミレスでだらだらしているわけにもいかない。
    「コーヒー」
    そう言ってカップを差し出す蛹には、せめて僕に対してだけは、多少の社会性を身に付けてほしいと思わないこともなかった。

    「ところでこの本、映画化って、冒頭のシーンどうするのかな?」
    僕は気になったことを口に出してみる。
    「え、普通にやればいいんじゃない? どうせ最初にテロップだすんだろ。この作品には残虐な表現がどうこうってさ」
    「いや、さすがに色々無理じゃないかなあ……」
    脳漿はともかく、腸はね。

  • 発売された時から気になっていて、とうとう読む時が来たというか、やっと読めた。
    今読んでもすごい世界観で、今だからこそ背景はすごくマッチするように思いました。

    ルビが多すぎて読みにくいのと、虐殺の文法に触れられていないのがもったいない。登場人物みんなが自分勝手で、誰にも感情移入できなかったのがまた残念でした。何よりウィリアムズが無念すぎる‥。もっと個々の心情や立場を掘り下げて、もっと長編でもよかったなぁと思うけど、これだけの内容をたった10日ほどで書き上げたというのはオドロキ。
    世界観が凄すぎて、読んでて理解仕切れなかったけど、これを文字だけで頭に映像見えるような作家さんだったらまた違った感想があっただろうな。次はハーモニー読んでみます。

  • ジョン・ポールがなぜこういうことを始めたのか?

    いやあ、腐ってるわあ、この人。
    しかしま、その動機に思い至らなかった、
    自分の善良さをよしとしたいところ。

    本領は主人公の葛藤かな。
    戦場での殺人と本人の意志っていう。
    しかし、メタにデリケートなところ・・・

    これ、書かれたのが2007年。
    作者は1970年代生まれなんで考えにくいですが、
    10年前、20年前、戦地経験者が
    今より沢山いらした時期に発表されていたら。

    現実問題として、今70代後半以上の年齢の方が
    この作品読むことは考えにくいですが、
    翻訳されて海外の戦地経験者の目に触れる機会とか・・・
    日本だって将来的には憲法改正の可能性がないでもなし・・・

    この作者に与えられた時間の短さは
    こういうテーマを選ぶ性向と
    あながち無関係ではなかったのかも。

  • 旧版。購入は2年以上前だが、無性にフィクションが読みたくなり、当初の予定を変更して読み始めたのが数日前。いやいや、これはもっと早く読んでおくべきだった。己の見る目の無さを激しく後悔。認証によって凡てが管理され、テロの猛威が過去のものとなった代償に様々な国で内戦が頻発するディストピア的世界。大量虐殺の陰に謎の男ジョン・ポール(元ネタはジョンジー?)の姿あり。要人暗殺のため、感情を脳医学的に調整される主人公の、装飾を抑えた冷静な視点。そんな主人公が真相を知り、採った最後の選択に打ち震える。思弁小説の大傑作。

  • 以前読んだ『ハーモニー』よりこちらを評価する。第一稿を10日で書き上げたそうだが、才気あふれる作品というのはそういうものかもしれないと納得した。

    以上で発言を終わろうと一旦思っていた。が、チラシ裏程度のことでも、自分のための読書メモだと考えて、自分が思った通りのことを書いておくことにする。

    この作品には大きな欠点がある。
    最初の賞の受賞を逃したのは、この作品を真に偉大な作品にするには物足りないその欠点が原因ではないかと推測する。

    まず・・・・最後まで物語を引っ張る原動力となるジョン・ポールが、あまりにも欧米の知識人「らしくない」こと。

    欧米の知識人は自己について言及する能力が豊かだ。言い換えれば「物語形成能力がある」。

    日本人よりはるかに抽象的な思索に富むし、自分の考えを語ることに慣れている。別の言い方をすれば言い訳がましい。それも立て板に水の名調子で語る。語る。紙面を埋め尽くすように語りまくる。ロシア文学の名作ならその本の三分の一くらいといっても大げさではない。

    この本の主人公は無神論者だが、無神論者であるならあるで、自分がなぜ無神論者であるか、欧米のフィクションに登場する「インテリ」なら聞かれてもないのに長広舌を奮うだろう。主人公より知的なジョン・ポールなら尚更。

    この作品はリアリティを無視してでも、物語を着地させるため、ジョン・ポールに数ページにわたって雄弁に語らせるべきだったのだ。

    さらに言うなら主人公も、最後の母親のエピソード・・・・主人公に「回心」とも言うべき衝撃を与えたに違いないエピソードで、もう少し慎み深さを捨て去るべきだった。

    終盤の主人公は、ある意味外国人が「理解できない」と困惑する日本人の典型を見ているよう。当然悪い意味でだ。

    どうも白人の、それもエリートという設定にしては、最重要人物が二人とも「らしく」なさすぎる。読んでいる最中に耐え難いと感じるほど。(彼らの行動に説明がない)


    この作品はプロットもアイデアも申し分なく素晴らしい。
    けれど人間をその人のプロフィール「らしく」描けていない。

    ほんのちょっとでもこの作品を強化するには、せめて主人公は日系アメリカ人でなくてはならなかったと思う。

    が、それは些末事だ。

    読者の関心は何よりジョン・ポールにあるのだから。

    ジョン・ポールが語るべきことを語っていないこと。これがこの作品の見過ごせない重大な瑕疵である。


    けれど逆にそのことによって、この本は違う重大な問題を照らし出してる。
    死の淵に立っても自分を語る言葉を持たない日本人という問題を。


    言葉が過ぎかもしれないが、今はそう思う。

  • 作者の作品を初めて読んだが、博学で頭が良く、とても才能のある人だと感じた。若くして亡くなられたことは本当に残念である。
    近未来を舞台にしたSFアクション小説であるが、それ以上に、思想性や文学性の高い作品。文庫本の帯に「現代における罪と罰」と書いてあるが、まさに、「人が人を殺すことの意味」が問われている小説である。この作品はストーリー自体はそれほど起伏に富んだものではないが、主人公クラヴィス・シェパードと宿敵ジョン・ポールやルツィア・シュクロウブの間で交わされる会話が極めて知的で哲学的であり、考えさせられる内容を持っている。
    ジョン・ポールがやったこととその理由、クラヴィスが母親の安楽死を認めて苦しむ理由、「地獄は頭の中にある」といったアレックスの言葉、テロとの戦いで人を殺すことの倫理性、自分の殺意が虚構であることを知った主人公の心理、遺伝子とミームがすべてを決めているのではなく人間には選択の自由があること、選択した結果によって罰せられるべきであること、虐殺のことばは人間の脳にあらかじめセットされていること、虐殺の文法は食糧不足に対する適応であること等々。
    クラヴィスが、ルツィアと再会して自分の罪を許してもらうことを願う場面があるが、これはルツィアに母親のイメージを重ねて、母親に許してもらおうとしているのであろう。
    戦争が人口調節につながっているということは、私も以前に同様のことを考えたことがあった。
    非常に中身が濃く、示唆に富んだ文章であるため、すらすらとは読むことができず、立ち止って考えさせられることが多かったので、読むのに非常に時間がかかった。まだ、十分には把握できていないので、いつか読み返してみたい。

  • SFというと「行き過ぎたテクノロジーが人類に牙を剥く」という未来に向けて書かれるイメージがあるけれど、この作品はそうではなかった。むしろ今現在の「ぼくらの世界」、今ある平和に対して課題を突きつける。
    壮絶な戦場の描写、近未来的生活風景、「平和」を享受する人々の罪の在り処とあり得べき罰、その先にある赦しの希求、どれも面白かった。

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