虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

著者 :
  • 早川書房
4.13
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  • (49)
本棚登録 : 11539
レビュー : 1546
  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150309848

感想・レビュー・書評

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  • 以前読んだ『ハーモニー』よりこちらを評価する。第一稿を10日で書き上げたそうだが、才気あふれる作品というのはそういうものかもしれないと納得した。

    以上で発言を終わろうと一旦思っていた。が、チラシ裏程度のことでも、自分のための読書メモだと考えて、自分が思った通りのことを書いておくことにする。

    この作品には大きな欠点がある。
    最初の賞の受賞を逃したのは、この作品を真に偉大な作品にするには物足りないその欠点が原因ではないかと推測する。

    まず・・・・最後まで物語を引っ張る原動力となるジョン・ポールが、あまりにも欧米の知識人「らしくない」こと。

    欧米の知識人は自己について言及する能力が豊かだ。言い換えれば「物語形成能力がある」。

    日本人よりはるかに抽象的な思索に富むし、自分の考えを語ることに慣れている。別の言い方をすれば言い訳がましい。それも立て板に水の名調子で語る。語る。紙面を埋め尽くすように語りまくる。ロシア文学の名作ならその本の三分の一くらいといっても大げさではない。

    この本の主人公は無神論者だが、無神論者であるならあるで、自分がなぜ無神論者であるか、欧米のフィクションに登場する「インテリ」なら聞かれてもないのに長広舌を奮うだろう。主人公より知的なジョン・ポールなら尚更。

    この作品はリアリティを無視してでも、物語を着地させるため、ジョン・ポールに数ページにわたって雄弁に語らせるべきだったのだ。

    さらに言うなら主人公も、最後の母親のエピソード・・・・主人公に「回心」とも言うべき衝撃を与えたに違いないエピソードで、もう少し慎み深さを捨て去るべきだった。

    終盤の主人公は、ある意味外国人が「理解できない」と困惑する日本人の典型を見ているよう。当然悪い意味でだ。

    どうも白人の、それもエリートという設定にしては、最重要人物が二人とも「らしく」なさすぎる。読んでいる最中に耐え難いと感じるほど。(彼らの行動に説明がない)


    この作品はプロットもアイデアも申し分なく素晴らしい。
    けれど人間をその人のプロフィール「らしく」描けていない。

    ほんのちょっとでもこの作品を強化するには、せめて主人公は日系アメリカ人でなくてはならなかったと思う。

    が、それは些末事だ。

    読者の関心は何よりジョン・ポールにあるのだから。

    ジョン・ポールが語るべきことを語っていないこと。これがこの作品の見過ごせない重大な瑕疵である。


    けれど逆にそのことによって、この本は違う重大な問題を照らし出してる。
    死の淵に立っても自分を語る言葉を持たない日本人という問題を。


    言葉が過ぎかもしれないが、今はそう思う。

  • 近未来のSFでありながらも現代が抱える苦悩、テロ、認証システム、貧困、軍事、環境問題、DNAそして人の倫理観や家族愛を盛り込みつつ、虐殺を促す言語という魅力的な仕掛けを軸に物語は展開する。
    軍事的ディテールや哺乳類の筋肉を使った機器、モジュール化された意識をON-OFFする発想なども秀逸。多数の文献が盛り込まれているであろう、圧倒的な情報量、そして残忍性に独特な世界観を感じる。濃密な読者体験。
    これを映像化するのは無茶な話だと感じる。
    自分の置かれた環境を守るために遠い国を内戦にするという発想は、愛するものへの懺悔が根底であることを考慮してもいささか無理はありそう。そういう意味では主人公であり語り部であるジョンシェパードが起こした内戦も、愛するルツィアを失ってなければおよそ実行しなかったろうし思い読了感に少々の疑問符が。
    人の死を強く意識する内容は作者が置かれた病魔との戦いにも無縁ではないであろう。人生を紡ぐ渾身の物語を。

  • 三部作の中では最も好み。
    言葉がもたらす洗脳をテーマに戦争・テロリズムに切り込んだSF小説。かなりストイックかつハードボイルドな趣。登場人物の掛け合いは映画みたいにオシャレだし、シェパード大尉と同僚の軽口など楽しめましたが、全編ほぼシリアス。
    作中ギクリとする言葉が何個もあり考えさせられた。
    人は基本見ないものしか見ないし自分の半径50メートルが平和ならそれでいい。
    よその国で今起きてる虐殺より、自分を取り巻く日常を守る習性が悲劇を拡散させている。
    フィクションの壁を挟んで安全圏にいた読者をも共犯者にひきずりおろすような底力がある(引きずり下ろすといったが、ただ当たり前の事実に気付かされるだけかもしれない)
    知らないでいることは悪なのか。知ろうとしないこそ悪なのか。善悪とはなにか、正邪とはなにか。
    妻子を亡くしたジョン・ポールの選択は非情で過激だが、カウチに寝そべってピザやポテチを摘まみ、テレビの戦争映画に一喜一憂する私達は聖人気取りで彼を断罪できまい。

    映画も視聴済みだが、エンターテイメントしてはあちらのラストのほうがまとまりがよかった。
    原作のラストは蛇足と見る向きもあるが、個人的には気に入ってる(なんとなく浦沢直樹「MONSTER」と同種の雰囲気を感じる……)
    シェパードと亡き母の確執も挿入されるが、記録された言葉や映像は現実を補強するだけで事実を担保するに足り得ない皮肉が、作品の主題に通底していてぞくりとする。

  •  各地で繰り広げられる内戦や大虐殺。その首謀者の首を狩る、専門的な特殊部隊にいるクラヴィス・シェパード。虐殺が起こる場所には、いつもジョン・ポールという男がいた。ジョン・ポールの仲間に捕らえられたとき、彼が語ったのは虐殺の文法というものだった。この文法に法って人々は内戦や虐殺をおこすのだと言う。クラヴィスは言葉にイメージを持てるように、言葉というものの強さを本質的に理解している。ポールの虐殺の文法に懐疑的ではあれ、クラヴィスがポールに近づくのは必然だった。
     世界はかなり発達していて、どこに行くにも認証がなければいけないし、兵士が使う装備も特殊なものばかりだ。サラエボでは核が爆発して、インド・パキスタンでは核戦争もおこった。もう核は特殊なものではない世界なのだ。
     クラヴィスはポールを捕まえるために、色々な場所を行き来するが、読んだ感じではそこまで世界が広い印象はない。それはシステムを表すための小説だからで、「ことば」というものがおこす力を表現したかったからだ。著者の映画時評でも書いていたが、映画を見るときにストーリーよりも世界や仕組みを重視している。この小説は、ITが発達した時代でも言葉の強さを表すための装置だと思った。それにより世界が希薄になるのはしょうがない。人間ドラマではなく、精神とシステムの小説なのだ。
     ジョン・ポールは愛する人を守る為に、虐殺の文法を使った。G9の敵になりそうな国に対して先に手を打ったのだ。これにより世界からテロの数は格段に減ったとポールは言う。この辺りは、そうなんだろうな、納得、と思うしかない。そんなことないだろうと言いたいが、この世界ではこうなったんだから野暮は言わない。
     それより、一番この小説で謎なのは、ラストでクラヴィスが、なぜアメリカに虐殺の文法を使ったのかということだ。彼は救いを求めていた。事故で植物状態の母の生命維持装置を止める同意書にサインをしたことや、日々の暗殺もだろう。夢の中の死者の国では、母や自殺した同僚のアレックスがよく出てくる。そしてポールの元恋人で、ポールへのつながりのために接触したルツィアには縋るような赦しを求めている。著者はこの小説を書くときに「主人公は成熟してない。成熟が不可能なテクノロジーがあるからである」と言っている。つまりクラヴィスは精神的に幼いのだ。だからルツィアには甘えるような愛を求めたのかもしれない。母から感じていた視線を逃れるために軍隊に入るが、死後に届いた母のログを見ることにより自分を見ていたのは勘違いだと気づく。母は自殺した父ばかりを見ていた。ルツィアを失い、母からの愛も失い、クラヴィスの心にはポールから送られた虐殺の文法がぴたりと合った。

     クラヴィスは自分の心情をこう書いている
     
      「カウンセリングなど必要なかった。
      ぼくが必要としているのは罰だ。
      ぼくは罰してくれるひとを必要としている。
      いままで犯してきたすべての罪に対して、ぼくは罰せられることを望んでい
      る。」 p.331

     ラストではこう書いてある。

      「ぼくは罪を背負うことにした。ぼくは自分を罰することにした。世界にと
       って危険な、アメリカという火種を虐殺の坩堝に放りこむことにした。ア
       メリカ以外のすべての国を救うために、歯を噛んで、同胞国民をホッブス
       的な混沌に突き落とすことにした。
        とても辛い決断だ。だが、ぼくはその決断を背負おうと思う。ジョン・
       ポールがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。」 p.396

     クラヴィスが言う、罰せられる人とは、自分をちゃんと叱ってくれる人ということだ。彼はやはり子供なのだ。クラヴィスは自分が母に見られていると思って軍に入った。実際は母はクラヴィスを見ていなかった。つまり父の様に母が消えてしまわないか見ていたのはクラヴィスだった。自覚のないマザコンだったのだろう。
     アメリカに復讐をし、自殺して国を恨んで死ぬのなら分かる。だけどクラヴィスは食料を買い込んで、家でピザを食べている。死ぬ気なんてない。彼はアメリカ国民の死を、自分の罰として一身に受けた。これはきっと、アメリカ以外の国を救うためではない。最初は考えたときは、夢の中の死者の国を、アメリカに再現して浸ろうとしたのかと思った。だけどクラヴィスは、度重なる任務での殺人や、機械として任務を遂行するための感情抑制における自分の意思を疑問視していて、現実に重きをおいてはいなくて、むしろ疑っているくらいだ。だとするとクラヴィスが莫大な罪を背負ったのは、夢の中の死者の国で、母やルツィアに会うためだ。それによりクラヴィスは安寧を得るのか、苦痛だと思いながらも生きて行くのかは分からない。
     全体としては、虐殺の文法という設定が面白かった。言葉で人を殺すというのは、頭の良いキャラに多いがジョン・ポールは規模が大きい。mgs5で同じような仕組みで言葉が使われていたので、著者と小島監督のつながりを考えると感慨深いものがある。

  • 定期的に読みたくなるSF小説。
    不思議なくらい面白い。

  • 作者の作品を初めて読んだが、博学で頭が良く、とても才能のある人だと感じた。若くして亡くなられたことは本当に残念である。
    近未来を舞台にしたSFアクション小説であるが、それ以上に、思想性や文学性の高い作品。文庫本の帯に「現代における罪と罰」と書いてあるが、まさに、「人が人を殺すことの意味」が問われている小説である。この作品はストーリー自体はそれほど起伏に富んだものではないが、主人公クラヴィス・シェパードと宿敵ジョン・ポールやルツィア・シュクロウブの間で交わされる会話が極めて知的で哲学的であり、考えさせられる内容を持っている。
    ジョン・ポールがやったこととその理由、クラヴィスが母親の安楽死を認めて苦しむ理由、「地獄は頭の中にある」といったアレックスの言葉、テロとの戦いで人を殺すことの倫理性、自分の殺意が虚構であることを知った主人公の心理、遺伝子とミームがすべてを決めているのではなく人間には選択の自由があること、選択した結果によって罰せられるべきであること、虐殺のことばは人間の脳にあらかじめセットされていること、虐殺の文法は食糧不足に対する適応であること等々。
    クラヴィスが、ルツィアと再会して自分の罪を許してもらうことを願う場面があるが、これはルツィアに母親のイメージを重ねて、母親に許してもらおうとしているのであろう。
    戦争が人口調節につながっているということは、私も以前に同様のことを考えたことがあった。
    非常に中身が濃く、示唆に富んだ文章であるため、すらすらとは読むことができず、立ち止って考えさせられることが多かったので、読むのに非常に時間がかかった。まだ、十分には把握できていないので、いつか読み返してみたい。

  • 虐殺器官、読了。残り100頁の時に覚えたラストへの危機的予想より100倍マシだったけど、ジョンポールの供述は一部感心したけど、まあ、エピローグの展開はよめてしまったので、嬉しいような、わたしの予想なんて当たらないでほしいようなフクザツな

    主人公の最後の最後の最後のトドメが母親だったのは、哀しいよね。きっとそんなことなかっただろうに。地獄は頭の中にあるからね、その時の自分の感情にすべてが左右される。それにしても最後のこの虚無さ、ピザはやっぱり虚無の象徴だなあ?シャーロット思い出すんだよないつも

    わたくしのトラウマを擽ぐる言語は、アメリカに混沌と戦争を起こしたそうなので、まあ、ていうか、親のことで悩む社畜はこれ読むのつらくないですか???

    虐殺器官の主人公がひたすら愛おしいよ。頭がいい人がマジでぶっ壊れて吹っ切れてしまったときのサイコパスとは異なる狂気さ。深淵を覗き込み過ぎたのと、愛する護りたい人がいなかった捨て身さよ

    でもわたしはやっぱり妻子を愛してたのに、愛人がいる男がちょっとよくわからないけどね。どっちも愛してるなら愛人といた自分を悔やむ必要がない、やっぱり家族を裏切ってる負い目はあったのか、じゃあ、裏切んじゃねえよ、それを超えて愛人を愛してるなら罪悪感をみせんじゃねえよクソ男が

    こどもは親に囚われるんだよ、えいえんに。

    たぶん、先に映画観てたら原作読まなかったから、わたしがニートとかで死んでるときに公開しててよかった、ような。なんで観なかったんだろ、謎。記憶ない。映画館調べなかったな。やっぱり紙の本で読んだほうが愛着あるよ

  • ミニタリー用語に疎いんで、ちょいちょい引っかかりつつ読了。
    それでも「屍者の帝国」より遥かに読みやすいです。伊藤さんが描き切ったのが読みたかったなぁ。
    タイトルの印象で何かロボット的なものが暴れ回るのかな?と思ってたけど違いましたね。
    アクションもあるけど哲学的な言葉こそが鍵。
    言葉、言葉、言葉への作者の拘りを感じる。
    解説で賞取りで「肝心の虐殺器官が具体的に描かれていないと批評された」と書かれてたけど、この作品ではそこは重要じゃないんだなと感じました。
    それが具体的に何であろうと、幸せな日常のために犠牲にしてしまうものがあるってこと。
    ルグウィンのオメラスの話を思い出しました。あれは良心のある者は去って行くけど、この主人公の決断は…
    やけっぱちなのか、更に強い正義感なのか、ミイラ取りがミイラになるような結末だけど、これを間違ってると言えるのか?と突きつけられた気がしました。

  • 序盤は「SFは苦手じゃぁぁぁ(´Д` ) 」と感じたものの、ルツィアと出会ったあたりから一変する。面白いじゃないか。

    死が身近であり、他者を暗殺する仕事をしつつも、身内の死について思い悩む主人公。この彼が虐殺器官なのかと思いきや、実は…?
    最後のオチも面白かった。序盤の舞台設定が語られるシーンさえクリアすればとても面白い作品だった。粘ってよかった_(┐「ε:)_

    しかし、この緻密な作品が10日ほどで書き上げられたとは(書籍化する際に2割ほど加筆されたとはいえ)驚きである。

  • 僅か長編2作を残し早逝した伊藤計劃氏の処女作。例えば『地獄の黙示録』や『メタルギア』に通じるハードボイルドな軍事ドラマで、エンターテイメント性が極めて高い。

    9.11を契機とした戦争の変質を鋭い感覚で捉え、比較的近未来の「秩序ある戦争」と「無秩序な戦争」へ昇華させ重厚な作品に仕上げている。”ザ・ロード・オブ・ザ・ジェノサイド”や虐殺器官など言語選択も俊逸だ。ゲームのようなワクワク感を味合わせ、しかし小説としての体も保ち、後半に至るほど哲学的でもある。

    難点は洋作品のような洒落っ気のあるフレーズを導入し白々しさがテンポを奪っているが、洗練された文章と構成はデビュー作とは思えないクオリティの高さである。偉大な才能が失われたことが惜しまれる。

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著者プロフィール

1974年東京都生れ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』でデビュー。『ハーモニー』発表直後の09年、34歳の若さで死去。没後、同作で日本SF大賞、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。

「2014年 『屍者の帝国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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