Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)

著者 :
  • 早川書房
3.69
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本棚登録 : 2096
レビュー : 237
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150309855

作品紹介・あらすじ

彼女のこめかみには弾丸が埋まっていて、我が家に伝わる箱は、どこかの方向に毎年一度だけ倒される。老教授の最終講義は鯰文書の謎を解き明かし、床下からは大量のフロイトが出現する。そして小さく白い可憐な靴下は異形の巨大石像へと挑みかかり、僕らは反乱を起こした時間のなか、あてのない冒険へと歩みを進める-軽々とジャンルを越境し続ける著者による驚異のデビュー作、2篇の増補を加えて待望の文庫化。

感想・レビュー・書評

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  • ◆結論 ~ 星の数 ~
    ★★★:「費用と時間」をかけても読んで欲しい、「内容」が非常に良い(30%)

    ◆感想文 ~ 読む前、読んだ後 ~

    ◇読む前の感想

     組込み技術者養成合宿の実行委員の方に「面白い本、ない?」という質問に答えて頂きました。
     そのときの二冊のうちの一冊がこの本です。(もう一冊はグレッグ・イーガン著「プランク・ダイヴ」)
     地元図書館で検索してみたら置いてありましたので、借りました。(^^)

    ◇読んだ後の感想

     うひゃあ。
     この本は、自分が理解できるか、理解できないかのギリギリの線を攻めてきます。
     その結果、半分ぐらいは理解できませんでした。(-~-;)グヌヌヌ。

     四次元空間と四次元時空の違いは知っていたので、そこは迷いませんでしたが、魚雷(のようなもの)が過去方向に旋回してどうのこうのと言われても、さっぱりイメージが・・・。
     なのに、その上位概念であろう「粉砕時間流」については、箸にも棒にも・・・。(-~-;)グヌヌヌ。

     そんな難解用語がバシバシ出てくるのに、凄く面白かったです!
     自分が理解出来ている、出来ていないは横に置いて、先のストーリが気になっちゃうんです!
     (自分の場合、いつもは逆で、難解用語が多過ぎると読む気が失せてしまうんです。)

     ということはつまり、文芸作品として非常にクオリティが高いからなのかなぁ・・・と思いました。
     良い意味で、日本語の単語や文章を徹底的に実験的に操作しまくっていて、癖のあるその表現が癖になるというか・・・。
     また、この本全体に流れているテーマ、各章のテーマも、自分好みのテーマで、非常に興味深かったです。

     例えば、「無」というと真空のようなものをイメージしそうになりますが、真空には空間も時間もあります。
     「無」すら存在しない「無」。
     そんな「無」を想像することは可能なのでしょうか・・・。
     仏教の「色即是空」と同じものを感じました・・・。

     例えば、「無限」についても興味深い記述がありました。
     無限に意見を集めることは、何も意見を集めないことと等しい・・・。
     確かにその通りかも知れません。
     理屈では無く、感覚で理解できます・・・。
     ふ、深いです。

     最後に、この本では非常に辞書のお世話になりました。
     こういう本は、有り難いです!
     自分の語彙力が鍛えられますので。
     忘れないように、備忘録のため、調べて単語を箇条書きにします。
     (読みが分からないもの、意味が分からないもの、などなどです。)

    夙に…ずっと以前から。
    敷衍…おし広げること。
    粗忽…軽率。
    紙魚…シミ目の昆虫の総称。
    矩(かね)…模範となるもの。
    固陋…古い習慣や考えに固執して、新しいものを好まないこと。
    論駁…相手の論や説の誤りを論じて攻撃すること。
    褶曲…地層が曲がること。
    軛… 自由を束縛するもの。
    窘める(たしなめる)…よくない点に対して注意を与える。
    鷹揚(おうよう)…小さなことにこだわらずゆったりとしているさま。
    快哉…ああ愉快だと思うこと。
    白紙(タプラ・ラサ)…白紙状態の意。
    結構…全体の構造や組み立てを考えること。
    哄笑…大口をあけて笑うこと。
    容喙(ようかい)…横から口出しをすること。
    挙措(きょそ)…立ち居振る舞い。
    驚倒…非常に驚くこと。
    やぶさか・やぶさかでない…「やぶさか」は、物惜しみするさま。「やぶさかでない」は、努力を惜しまない。(誤解して覚えていたので要注意)
    危急存亡の秋(とき)…故事成語。
    莞爾…にっこりと笑うさま。
    趨る(はしる)
    擾乱(じょうらん)…入り乱れて騒ぐこと。
    首肯…うなずくこと。
    バリンアント(P197)…誤記? バリアント(variant)ならば「別形」という意味。
    空隙(P212)…すきま。
    扶持(ふち)(P214)…主君から家臣に給与した俸禄。
    徒食(P215)…働かないで遊び暮らすこと。
    裡(うち)(P230)…物事の行われる状況を表す。
    免疫(P235)…病原体や毒素、外来の異物、自己の体内に生じた不要成分を非自己と識別して排除しようとする生体防御機構の一。
    覆滅(P237)…完全に滅びること。
    僭称(P237)…身分を越えた称号を勝手に名乗ること。
    滂沱(P260)…涙がとめどもなく流れ出るさま。

    (参考:評価基準)
    ★★★★★:座右の書である、または、座右の書とすべきである(10%)
    ★★★★:自分の知り合い、友人、家族全員が読んで欲しい(20%)
    ★★★:「費用と時間」をかけても読んで欲しい、「内容」が非常に良い(30%)
    ★★:暇な時間で読めば良い(20%)
    ★:読んでも良いが強く薦めない、他にもっと良い本がある(20%)

  • 生成文法で有名なチョムスキーは、長年の研究の末に人間の特徴を言語の再帰性に見い出した。つまり自己言及が出来るというのは人類固有の能力であり、また再帰とはプログラム上において一行で無限を示す方法でもある。『SRE=自己参照エンジン』という永久機関を想起させる表題で、円城塔はボルヘスの創造した無限空間を仮想メモリ空間上に再現する。そこでは神学論争は科学情報と融合し、バベルの図書館はデータ上の構造体として復元される。その上再帰性に加えもう一つの人間らしさ=感情がここには刻まれており、笑いや感動も楽しめる鮮烈作。

  • 「んー、なんだか面倒くさい人が書いた面倒くさそうなお話だなあ。
    こういう男子いたよなー」

    と面倒くさい気分で読み始めましたら

    いつのまにやら萌えキャラやら
    かわいこちゃんやら
    おじいちゃんやおばあちゃん

    論理的すぎて、突き抜けちゃったアレとかコレとかいっぱい。



    解釈の仕方は読者それぞれで千差万別だろう、それを伺ってみたい気もする。




    とりあえず、読み終えての感想を一言であらわせば


    it's CUTE!

    かわいらしい小品がいっぱいつまったらカワイイになった。


    いや、感想として自分でもどうかと思うよ。
    でもカワイイなあと思っちゃったんだからしようがない。


    この作品、結構好きだなぁ。

  • すごくずるい。けむにまくような人を喰ったような文章で霧の中を進むよう。
    序盤は全く入り込めず苦痛を感じながら読み進めていたが、慣れてきたせいか徐々に面白く感じてきた。
    これほど風景を想像しながら読み進めることが困難な作品もあまりないと思うが、そこに固執せずに読み進めるのが正解のような気がする。短編で全体を組み立てる手法もユニークで面白い。

    TomeとかJapaneseとか笑ってしまった。想像力をフル回転させて巨大知性体の姿を思い浮かべよう。

  • 22篇の短編から成っており、それぞれが独立した形をとっているが全体を通すと繋がっている。
    故意にか自分の理解力が乏しいのか定かではないがレトリックが難解で完全に理解することが難しかった。というか理解できていない部分が大半である。しかし文章を読み進めることが苦ではなくむしろ言葉の組み合わせに美しさ?というか心地の良い奇妙さを感じ感動を覚えた。
    人類の技術が人類の手を離れ知能が発達していった社会(シンギュラリティー)での巨大知性体、超越知性体、アルファケンタウリ星人の話や畳一面に敷かれたフロイト、脳の増幅化に成功し自らを箱の中に閉じ込めたエコー、未来側の狙撃手に向かって発砲し続ける頭に銃弾の埋まった女の子など何がなんだがわからない。
    正直この本を説明するのは無理だと思う。読まないとこの雰囲気は伝えられない。面白いので読んで見てください。個人的にはComing soonが好き。あとユグドラシルが可愛い。おわり

  •  たとえば、『ダ・ヴィンチ・コード』は息もつかさぬ展開で、一気に読まされたにもかかわらず、読後、もの凄く不満が残った。その含蓄の浅さはさておいても、小説でなければならない必然性がないのだ。アクションの連鎖なら映画のほうが効果的ではないか。
     本書『Self-Reference ENGINE』は小説であらねばならない手応えを感じさせてくれる。それでいて至って軽く不真面目な語り口。しかも語り得ぬことを、ヴィトゲンシュタインのように沈黙せずに、とにかく、何とか語ってしまったのだ。

     もちろん映画にはできないだろう。20の短編にプロローグとエピローグのついた22の断章(文庫化に際し、2編増えた)。それぞれの短編はまあ、映画にできるかも知れない。死んだ祖母の家を取り壊したら、床下から22体のフロイトが出てきて、親族が困って会話を交わす。十分映像化はできる。シュールな短編映画。
     しかし22の断章が醸し出すヴィジョンは映像化できまい。『虐殺器官』の帯に、宮部みゆきの「私には三回生まれ変わってもこんなのは書けない」という讃辞が載っていたが、可能性の問題としてならば、才能に恵まれ、修練を積めば『虐殺器官』の執筆は手の届く地平にあると思うのに、『Self-Reference ENGINE』は宇宙が三回生まれ変わっても書けそうにないという気がする。

     何かが起こった。それをイベントと呼ぶ。そのイベントとは時空構造が壊れてしまったことらしい。時間が順序よく流れなくなってしまった。その原因は人工知能が進化して自然と一体化して巨大知性体となった、その知性体が関係しているらしい。巨大知性体たちは時空構造を元に戻そうとたがいに演算戦を繰り広げている。

     何だか解らない? ジグソウの最後のひとつまでかっちりと嵌って「解った」とならないと気が済まない向きにはほとんどストレスフルな小説だろう。だいたい時間の前後関係が成り立たなくなった世界など記述可能ではないし、われわれの脳では理解できるはずもないのだ。自然と一体化した巨大知性体というのは、結局のところ世界がコンピュータ上のシュミレーションと化したといっているのではないだろうか。その巨大知性体同士の演算戦とは世界の書き直し合いということだろうか。
     作者はそんな風に安易に説明してくれず、鯰の像が消えたとか、靴下が生きているとか、奇天烈な断章を語るのだ。でもどこかでジグソウのピースがかちっと嵌っているらしいというあたりが知的興奮をかき立てるのだ。

  • 過去1回読了。

    時間と因果律が機能しなくなった世界。
    そんな中で芽生え芽生えなかったジェイムスとリタの恋。
    機能しない法則の機能を取り戻すために模索する戦い。
    前提と理由が捩れながら進んで戻る、この世界の結末は・・・。

    個人的には難解かというとそうは感じなかった。
    シンプルに提示された法則と条件は明快。
    即ち、何かが成立する事に確信を持たなくなった世界。
    イベントというきっかけを焦点に世界が分離四散していく。
    しかし世界は存在し、イベントの後もなお続く。
    1つの世界しか語られない世界ではなく、四散する世界の「世界」。
    同時に成り立ち、また成り立たない。それを同時に存在させる。
    打ち消しあうのではなく矛盾が同時に存在する。
    そういったものを念頭に置きながら、眺めていきました。
    時間は戻り、繰り返し、ある前提を他の前提が無意味にしていく。
    出来事が無かった事にもなるしあった事にもなる。
    輪廻する蛇と食いちぎる蛇と更に外に絡み合う蛇、そんな世界。
    上手く表現は出来ないのですが自分自身ではそういう印象でした。
    その中に居るジェイムスとリタ、それを見つめるリチャード。
    過去から未来にしかいけないジェイムス。
    未来から過去に行き、未来では会えないリタ。
    再会出来るまで繰り返される多方向の時間と世界の旅。
    いい恋愛小説だなと思えたのはボクだけでしょうか。

  • 全然まったくもって意味が分からない.
    が,読ませる何かを持っている本.

    読み手に好き勝手推測させておいてそれをひっくり返しつつ,そもそも推測/理解に意味あるの?と言われている気分になる.

    しかし,それでも,どうしてだか,好きな本.

  • わはは。わはははは。
    これはアレですね、「SFホラ話」ですね。イタロ・カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」を彷彿とさせます。

    今や芥川賞作家・円城塔氏の、あらすじを紹介しようがないデビュー連作集。時空の連続性が崩壊しあらゆる因果律が滅茶苦茶になった世界におけるちょっとした事件を連作に仕立て上げた、何とも不思議な世界。
    20ページ程度の掌編が20編、最初と最後に序章と終章が付いて、合計22編。どれも軽いタッチで読み進められて、「難解」との前評判にも関わらず軽快な読み心地です。ただし、物語中に登場する様々なガジェットは相当に癖モノ揃いで、真っ正面からロジカルに勝負しようとするとさらりと擦り抜けられそうなところが、SFにSFらしさを求めるSF者には不向きかも知れないなと思いつつ、この言葉遊び/概念遊び/イメージ遊びの奔流はSFを読み慣れていないとキツいかもしれないなと思ってしまうあたりが、実はこの作品をかなり純度の高いSFたらしめているのかもしれませんし、そうでないのかもしれません。

    と、ここまでレビューを読んでいただいた方はきっと「何言ってんだコレ」と思っているでしょうが、本当にそういう作品だから仕方が無いのよヽ( ´ー`)ノ
    筋が通っているのかいないのか、そもそも小説に「筋を通す」ってmustなのか。凝り固まった世界観をメッタメタにして読んでみてください。「読む価値があるか」と言われたら、鴨はYesと答えます。相当にリスキーではありますが。

  • 普通ではないかもしれない。それでも、普通と思わないなら、思う以上のスタンダードなSFに違いない。

    過去か未来に存在したはずの2012年に、芥川賞を円城塔が取り損ねてしまう。そんな出来事が起こりえなかったために、その帯は存在している。

     「文学が、円城塔に追いついた。」

    文学が円城塔に追いついたことは、同時に、円城塔が文学に追いつかなかったことを意味しない。そして、運の悪いことに、円城塔が文学にまで落ちてきたのかもしれないし、文学が円城塔まで転げ落ちてしまったのかもしれない。

    残念ながら私には、それらを正確に区別するすべを持ち合わせてはいない。

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著者プロフィール

円城塔(えんじょう とう)
1972年、北海道生まれ。東北大学理学部卒。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。複数の大学で研究員を務める。34歳の時、研究を続けることが困難となり、2007年にSEとして一般企業に就職。2008年に退職、専業作家となる。
デビューのきっかけは、研究のさなかに書いていた「Self-Reference ENGINE」。各所で認められデビュー作となった。2007年『オブ・ザ・ベースボール』で第104回文學界新人賞、2010年「烏有此譚」で第32回野間文芸新人賞、2012年『道化師の蝶』で第146回芥川賞、同年『屍者の帝国』(伊藤計劃との共著)で第31回日本SF大賞特別賞、第44回星雲賞日本長編部門をそれぞれ受賞。他にも2012年に咲くやこの花賞(文芸その他部門)、2017年「文字渦」で第43回川端康成文学賞をそれぞれ受賞している。
その他代表作に『これはペンです』『エピローグ』などがある。「新潮」2016年5月掲載号で川端康成文学賞を受賞した短編小説、『文字渦』が2018年7月に発売された。

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