ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

著者 :
  • 早川書房
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本棚登録 : 6874
レビュー : 939
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150310196

感想・レビュー・書評

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  •  WHO憲章だったか、健康である権利というのを学校で習ったとき、不健康でいる権利はないのかなどと思ったのは、やはり私も思春期だったのだ。しかし、その後、健康への圧力は強まり、健康増進は法律で定められ、たぶん、人生の価値を名誉でも財産でもなく、健康に置くと言う人(本音はどうあれ)が増えたのではないだろうか。手狭になった病院が郊外に移転するとそのまわりに家が建ち、ショッピングセンターができるなどという街作りも稀ならずみられるようになった。不治の病に冒され入院をくり返した伊藤計劃は、病室から延長する将来の世界を見すえていたのだろう。と思ったら、やはりインタヴューでそんなことを答えていたようだ。
     世界の病院化が進むと、人々は体内に健康状態をモニターするデヴァイスを入れ、それをコンピュータが管理することで病気は克服され、自己身体は公共的リソースとなって、互いが互いをいたわり合う愛に満ちた時代がやってくる。そんな時代を伊藤計劃は「ハーモニー」と称する。これがタイトルのひとつの意味。森岡正博なら無痛文明というだろう。
     「ハーモニー」に息が詰まるような閉塞感を覚える女子高校生たちが、自殺を試みるというあらすじをみて、『虐殺機関』とはずいぶん違った作品なのかという予断を持っていたが、実は『虐殺機関』のある種の続編。『ハーモニー』の社会は『虐殺機関』で描かれた世界が、虐殺と限定核戦争という破局にまで突き進み、その後の再建の中で生まれてきたものなのだ。上述のような病院化社会は先進国の多くを覆ってはいても、そこからあぶれる地域紛争地帯も残っている。13年前、自殺を試み失敗した「わたし」トァンは、紛争地帯で停戦監視団のような仕事に就いて、息詰まる社会から半分逃げている。ところが、数千人が同時に自殺を図るという信じがたい事件が起こり、トァンはそこに、自殺を主導し、死んだはずの同級生ミャハの影を見る。
     伊藤計劃は『虐殺機関』でいとも論理的に「虐殺こそあなた方の平和に必要なのだ」と示してみせてわれわれを震撼させたが、同様の問題圏から違った解を導いたのが『ハーモニー』である。『ハーモニー』では──ネタバレになるのでぼかして書くと──「平和のためにはある意味で人間をやめるのが正しい」という解を導いたのだと思う。その解法は至極論理的で、まったく正しいように思われるが、『虐殺機関』では「社会」の水準の解法を適用しているのに対して、『ハーモニー』では「人間」の水準の解法を試みているのが大いに違う。私にはこの解法は十分論理的に思えるのにも拘わらず、やはりこの解は違うのではないかと思う。
     何でもありのフィクションに対して「違う」を言っても仕方がない。それはそうなのだが、伊藤計劃はたぶん脳漿がにじみ出すほどに考え詰めて、このストーリーを生み出したのだ。思想書並みに読むのが礼儀というものだろう。

  • 伊藤計劃の前作である虐殺器官よりさらに精錬された作品だと感じた。HTML風のタグ(ETMLという言語らしい)が目を惹いて、こういう趣向なのだと最後まであまり気にせず読み進めたが、最後の最後に伏線として見事に回収されていてカラクリの巧妙さに感動した。特に<null>タグの使い方が的確で下を巻いた。

  • “WatchMe”という医療分子が大人になった個々人の体内に埋め込まれ、健康状態を常に外部で監視、事前に発見・通知してくれる医療社会。心身に害と見なされた嗜好品は徹底的に排除され、優しさと思いやりの精神が根付いた社会は、健全な精神と健康な体を手にした人で溢れ、まさに“ユートピア”であった。
    “わたし”が“わたし”のままでいるために、社会の歯車の一部に組み込まれないために、少女3人は餓死することを選択する。それから13年後。当時“死に損ねた”主人公・トァンは、医療社会で起こった突然の大量死の謎に、かつて死んだはずの友人が関わっていると推測する-。

    健康な身体。安定した精神。人が人を慈しむ調和のとれた世界。そこは果たしてユートピアか。
    前作『虐殺器官』と同様、自身の倫理観が根底から揺さぶられるようなテーマです。いつの日か技術がより進化した時、こんな世の中が訪れ、同じような事態に悩まされる日がくるかもしれない。SFなのか、はたまた近未来なのか、そう思わされるほど現実味があります。
    十代に読んでいたらもっと別の衝撃がありそう。

  • ラスト、涙が止まらなかった。悲しいなんて一言も書いていないのに、「ある意味でハッピーエンド」と著者も言っているのに、なぜこんなに悲しいのだろう、悲しいというよりもっと深く、喪失が空を覆い尽くして、心臓を手づかみで揺すぶられるような痛みが息つくたびにこぼれ出る気がする。
    ラストシーン、ミァハと対峙する場面、その結末は、言ってしまえば類型的だし予想の範囲内。でもそれでも平気だし、へんな小細工する必要なかったんだ、この話では、って思う。ミァハが目指していたのは混沌じゃなく寧ろハーモニクスの方だ、と知れたときの衝撃、それだけで。
    「さよなら、わたし」と、わたしがnull値に帰す瞬間、トァンが感じたせつなさが、クロウカシスの白い雪の落とす灰色の翳が、きっとこんなに痛いのだろう。
    なくてもいいもの、進化の過程でたまたま残ってしまったもの、他のものすべて外注に出した以上邪魔でしかないもの、意識。
    トァンとヌァザたちが固執したのは私には分かるし、今の人間たちはきっとみんなそう。だけどスイッチを押したら、何が残る? そう思っていたことに何の意味がある?
    その問いかけが宙に浮かぶからせつない。ミァハが、それでも自身の壊そうとする世界を愛していたことも、パラレルな同じ大きさのベクトルとして悲しい。(ならば重なるの?)

    伊藤計劃のSFは、根本的な問題、主題というものが非常にクリアに言い切られている物語だなぁと感じる。「虐殺器官」もそうだった。受ける雰囲気が非常に似ていて間違いなく同じ著者だと思う。私は「ハーモニー」の方により衝撃を受けたかな。
    これ読んで、ああ、なんで死んじゃったの、って痛感した。Project Itohにはまだ書きたい、書かなきゃならないものがあったでしょって。この2作だけじゃ書き切れなかったでしょって。本人は「今の時点の限界」と言ったらしいけど、そのギリギリさがこんなに涙をこぼさせるのかな。

  • 再読。

    これは間違いなく、命と引き換えに書かれた物語です。

  • とても面白かった。主人公が女性であったり、生命保持のために全てが統制された平和な世界が舞台。虐殺器官のような直接的なものとはまた違ったハードコアさがある。
    各章のタイトルが全てナインインチネイルズの曲名(もしくはそのもじり)から取られているのも、この物語の性格を表している。
    今の「つながり」を大事にした社会の、一つの行き着く先のよう。SFがエンタメであると同時に、未来の考察でもあるということがよく分かる。

  • めちゃくちゃ面白かった!今年読んだ本の中で一番面白かった。
    ちょくちょく出てくるプログラミングみたいな書き方も斬新で楽しい。そのような書き方をする訳も明かされるし伊藤計劃さんはすごいと思う。
    文章も読みやすいのですらすら進んだ。表現や描写が丁寧で、シーンのイメージも容易にできる。

    おそらく虐殺器官のラストが〈大災禍〉で、その後の世界なんだろうと思う。
    技術がこれだけ発展していれば、ハーモニーの世界もありえそうで怖い。
    舞台設定などもぴったりだった。
    難しい話ではあるが、話の運びが丁寧なのでわかりやすかった。
    人間の幸福の究極のかたちがこの物語の通りなら恐ろしい。確かに一見完璧な調和に見えるけれど、それと引き換えに失うものが大きすぎる。


    退屈させないペースでキーポイントが出てきたり話が進んだりするので飽きずに読めた。
    SFはあまり読まないが、こういう形のSFもあるのかと感動した。

    「財布を使いこなせれば、貯金箱はいらないのに」
    「良いこと、善、っていうのは、突き詰めれば「ある何かの価値観を持続させる」ための意思なんだよ。」
    「しかし考えてみたまえ、人間が身体を日々医療分子によって制御し、病気を抑えこんでいるというのに、脳にある『有害な』思考は制御してはならないという理由があるのかね」
    「かつて、かつて、かつて。
    それは過ぎ去った環境と時代に向けられる弔いの言葉。」
    「文字は残る。もしかしたら永遠に。永遠に近いところまで。」
    「進化は継ぎ接ぎだ。」

  • 人間が病気で死ぬことがなくなった世界。WhatchMeと呼ばれる監視機構により体内のバランスは常に監視され、健康な状態を維持される。また、社会全体として、リソース意識なる言葉で、自分の健康に気を使わないのは、非道徳的であるという価値観が蔓延している社会。真綿で首を占めるように自らを律するそんな社会に違和感を覚えた三人の少女は、自殺を決行する。その結果、ミァハは亡くなり、トァンとキアンは生き残った。大人になった二人は…

    人間とは何か。完璧な社会とはどんなものか。これをとことんまで突き詰めた作品。主人公トァンの一人称視点で話が進むためか、一見平和で幸福な社会に見える監視社会も人間を無理矢理、理想郷に押し込んだためか、奇妙な軋轢と苦しみに満ちているように感じられる。

    読んでる最中は、中盤の全世界への脅迫とかつてのミァハの姿が重ならず、納得がいってなかったが、ミァハの過去に触れ、本質を知るに連れて、その思想の流れが理解できるようになった。

    人間はどこまで人間なのか。SFでは、まま見られるテーマだが、今作のこれはインパクトのある結論だった。完璧な社会には、人間の意思は不要である。寧ろ、邪魔をするのみである。人間は、意思を捨て、動物を辞めることで、完全な調和を持った理想的な社会を実現できる。
    実に気持ち悪い結論ではないか。福祉国家の極致が、社会主義の極致と一致するのは、よく考えてみれば理解できることである。
    ミァハは、意思無き人間を当然のように受け入れられるが、私のような一般人には思い浮かばない発想だ。後書きの筆者のインタビューにて、今の私の思い描く世界の極致はこれが限界だとある(少し違うかも)。出来れば、この作者が次に描く世界にも触れて見たかったが、残念ながら、この作者は今はもういない。残念でならない。

  • ハーモニー、という題名と、伊藤計劃作品ということで、何となくイメージしていたとおり、もしユートピアが実現したら、という物語。そして、ユートピアとはどういうことか、ということに深く追求している。

    自然と非自然を分かつもの。それが人間と動物との違いであるという認識。全ての病を克服した状態で、みな他人に善意を押し付ける。その善意の源は、「リソース意識」。数少ない人間は、立派に育って社会の役にたつべきリソースである、という認識。

    良い高校、良い大学、良い会社に入って、結婚し、社会に貢献し、まっとうな人生を歩む。そんな全世代的な考え方の痛烈な批判とも受け取れるが、最後の章でそれを軽く乗り越えられる。人間は、完全に非自然的な存在になったとき、果たしてそれが幸福なことなのか否か、読者自身に考えさせるラストとなっている。

    まあ、思春期の葛藤の成れの果てで、全人類の運命を左右してしまったとも言えるが、思春期の葛藤ほど自我というものを痛烈に意識させるものがないということだろう。

    別の切り口から見ると、昨今のいじめ問題。この世界では、いじめなるものは一切存在しない。それなのに、子供の自殺は(作品内には統計は出てこないが)増加の一方である。いじめをなくす、思いやりのある人間に育てる、いい子に育てる、が、必ずしも自殺の減少にはつながらないのではないか、という指摘にも見える。一番大事なのは、型にはめることではない。自我を尊重すること。ハーモニーの社会を描くことで、そのことを一番訴えているように感じた。

  • おもしろかった!
    こんな世界が、近い未来に迫ってきているようで恐ろしい。汚いものを排除すれば綺麗なものだけが残るわけではないから、“わたし”は自分で選びながら生きていきたい。

著者プロフィール

1974年東京都生れ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』でデビュー。『ハーモニー』発表直後の09年、34歳の若さで死去。没後、同作で日本SF大賞、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。

「2014年 『屍者の帝国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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