ゼロ年代の想像力 (ハヤカワ文庫JA)

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  • 早川書房 (2011年9月9日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (480ページ) / ISBN・EAN: 9784150310479

作品紹介・あらすじ

文学、アニメ、ゲームからテレビドラマまで2000年代の文化状況を包括して論じ、新しい「批評」を示した話題の書、ついに文庫化。

感想・レビュー・書評

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  • ジャンプ作品や仮面ライダー、モーレツ大人帝国の逆襲に野ブタをプロデュースなどゼロ年代の作品とか空気が結構好きなので読んでて楽しかったし、こういう作品たちの社会状況の鏡としての見方はできたことなくて勉強になった

  • 目からうろこというか、ものを考えるってこういうことを言うのかーと思った。
    エヴァ、恋空、木更津、野ブタ、龍騎、セカチュー、ハルヒ、三丁目……これらワードにピンと来たらぜひご一読を。

    今は無数の「正しい」が現れては消える、正しさの戦国時代。
    そう考えると、水戸黄門が終わりを告げドラゲナイがヒットする理由も自ずと見えてくる(私見)。

  • 「大きな物語」の凋落

    というフレーズは耳タコなんですけど
    わかりやすくてよかった。

    大きな物語がなくなって、冷たいけれど自由な時代がやってきた
    生きる意味は自分で探さなきゃいけないよ
    どうする?
    ドアを開けろ!

    というとてもわかりやすくてとても前向きな結論

    この素直すぎる前向きさをストレートに押し出してくるところに好感が持てた

    木更津キャッツアイが観たくなる。

  • 宮台真司や小林よしのりが、なぜ援交から天皇へ、脱正義論から戦争論へと主張がかわったのかという解釈がおもしろかった。「安全な痛み」という表現も。

  • ぶっちゃけさっぱり分かんなかったとも言える
    登場する作品が多すぎてこちら側の知識が追い付いてなかった
    ただそれまで存在した東浩紀の言説やセカイ系についてなどについてよく整理されていてよかった
    何度も読むことによって理解を深めていきたい本

  • おもしろかった!いろいろなことに輪郭が浮かび、名前が付いていくような快感。なんで「オタク」系ゲームは心地よく、同時に薄ら寒く感じるのか。メタ視点はなぜ採用されるのか。
    あとおもしろいおもちゃ貰っちゃったなーって感じも強い。この本であまり言及されない初音ミクやフェイスブック、最近の半沢直樹の爆発的ヒット、あとはここではある程度所与とされてる「承認」てのはつまりなんなのか。考えたいことがたくさんできたなぁ。
    個人的な話になるけど、大学時代に教わったあの先生とか、会社の先輩のあの人とか、この本に影響されてそうな人が何人か思い浮かぶのが面白い。たぶん僕も相当に影響をうけるんだろうな笑。

  •  「決断主義の台頭とその克服」をメインテーマに、多くの現代ポップカルチャー作品を紹介しつつ、時代の変遷と現代の文学的想像力について語った書。単行本としてはページ数が多くて厚い。内容も熱い。重要なことはしつこいくらいに何度でも言う。ディケイド区切りで考え過ぎなんじゃないのかという嫌いはあるものの(間違いなく自覚的にやってるんだろうけど)、時代の変化を読む上で今までにない視座を与えてくれるものであり、興味深く読んだ。

     この本が出た後も確かにバトルロワイヤル的様式は各所で見られ、文化のメインになってきている感はあるよなあ。

     宇野常寛氏はニコ生プラネッツ等でも諸作品について語っている場面を何度か拝見したことはあるけれど、作品の背景や思想を言語化して説明するのがやっぱり圧倒的に上手い。「リトル・ピープルの時代」も読んでみようかな。

  • とにかく分析対象が広範にわたっている。アニメ作品だけではなく、TVドラマや特撮ヒーローまで、そう言われればまさにその通りだ、と思わされる部分が多い。あとは、批評ってこういうものだろ、というこだわりがたくさん見られたのもおもしろかった。

    ゼロ年代の批評(とか言われるもの)における、大枠を完成させたのは東浩紀氏、枠を修正しつつ細部を詰めたのが宇野常寛氏、そういったイメージを受けた。決定的に異なるのは、「コミュニケーションしよう度数」かと。

  • 90年代後半の碇シンジ的想像力(「社会が何もしてくれないからひきこもる(何を信用していいかわからない、人を傷つけるかもしれない)」)がセカイ系に落ちていく過程、その後0年代の「無根拠であることを前提として」あえて、それを選んで行動していく決断主義とそれが孕む問題を『エヴァ』や『反逆のルルーシュ』や『野ぶた。をプロデュース』などをテキストにしてわかりやすい理論を展開している。

    90年代後半から現在に至るまでの変遷を学べればいいと思って手にした作品だったけど、それ以上に自分が何にどれほど影響を受けて、どういう価値観で人と関わってきたのかがわかってしまった。


    私は今のままだと淘汰される側の人間だなぁ。

    佐藤友哉と舞城王太郎読んだときに感じる、どことない後ろめたさの原因がはっきりとわかりました。

  • 小さな物語の時代は決断主義のバトルロワイヤルの時代でもある。その時代を勝ち抜く前提がメタ決断主義とでも言うべき、自分たちを成り立たせているシステムへの自覚的関与だ。

    その上で、そこからの解決を、宮藤官九郎は郊外を舞台に「死」を自覚させることで表現した。また、木皿泉は大きな物語は日常に潜む小さな物語を覆い隠していたことを暴露し、物語は与えられるのではなく、見出し、作りゆくことを表した。

    また、過剰流動性社会において、大人が出来る事は子どもに特定の価値観を押しつけるのではなく、彼らが生きる環境を整えること、という主張は頷ける(六番目の小夜子、よつばと!)。

    ドラマ「ラスト・フレンズ」を高く評価、分析している。

    2025年の政治状況はまさにバトルロワイヤルの様相。その中でチームみらい的なものが生き残る余地はあるのか?そんなことを思いながら読み終えた。

  • どこかのブックガイドから。ハヤカワ文庫から、ってのがちょっと意外な気もしたけど、JAのラインだとこういうのもアリなんかな?2000年をまたいでの前後10-15年くらいにおける、主にエンタメ界隈からのぞいた世相論。取っつきにくい印象だけど、小難しい部分を半ば読み飛ばすくらいの感じで読むと、それなりに楽しく読み通せる。でも、文中で大きく取り上げられている作品のうち、おそらく半分以上に触れてきていないこともあり、理解は不十分。かといって、それら作品に触れた上でもう一度本書を、とまでは思わんかな。

  • ゼロ年代に入り、その想像力はセカイ系からバトルロワイヤル系へ。引きこもってたら生き残れない。だがもう10年代。さぁどうする。東浩紀を批判。噂によると、東と喧嘩して書いたとか。

  • 2022年に読むと当然ながら、本書の分析は過去の一時点を切り取った評論となる。
    しかしながら、2000年から東日本大震災の時期を青春として過ごしてきた人(私)にとっては自分を形作ってきた時代性が分かりやすく批評されており、自分自身の思想の根っこにあるものを見つめ直すことができた。
    良書であると思う。

  • とにかく今読むとあらゆる作品が懐かしい。
    大きなゲームは今も続いているかも。

  • 【小城さんオススメ:あなたに影響を与えた本当にいい本】
    「時代観」を理解するのに最適な本です。私がコンセプトワークをするときは、だいたいココからヒントを得ています。同じ著者の「リトルピープルの時代」「母性のディストピア」も良いです。

  • 「大きな物語」が失われたゼロ年代を生きる者へ。

    著者の言っていることはわかるようなわからないような。ゼロ年代が終わり、エヴァは完結し、ソシャゲの存在感が大きくなっている。今、著者は何を考えているのだろう。

  • "もはや世の中は何も私たちに与えてくれない。正しい価値も、生きる意味も、全て私たちは自分で調達しなければならない。だが、そんな世界に絶望する必要はない。これは同時に自由の拡大でもあるのだ。やりようは、いくらでもある。少なくともその程度には私たちの生きるこの世界は、自由であり、可能性にあふれている。”(p.394)

  • 大きく分けて、
    70年代 「大きな物語」に支えられた時代
    80年代 「大きな物語」の喪失後も好景気でそれが見えなかった時代
    90年代 「物はあるが物語がない」価値観の宙ずりの時代
    00年代 究極的には無根拠なのだから決断主義的に「信じたいものを信じる」時代
    00年代後半 決断主義が孕む暴力性の克服を模索
    という流れになっている。

    主に90年代の引きこもりから00年代の決断主義(引きこもっていたら殺される)への変化を当時のアニメを通じて浮かび上がらせている。

    自分はおたく、もしくは引きこもりの体質のある人にとっては、それを社会に還元できるのではないかという希望を持たされるだろう。それと同時に、結局は何を信じるかは究極的には無根拠であると放り出され、「open the door」して他者とコミュニケーションをとろう!と突き落とされる。もっともそれができれば苦労はないが。

    シンエヴァを見て最後には「大人になれ」と放り出される感じと似ている笑


  • 定まっている社会から定まらない社会へ
    その不安に対する問いから「セカイにひきこもる」というフェイズを経て、社会が定まらないなら勝手に自分で定めなければならないという決断主義へ

    「世界」の全容を捕捉できない、ただ離脱不可能なほど広く続いていて、自分が他者において入れ替え可能であるという認識だけが深くのしかかる。
    その社会からいかにして距離をとるか。
    そのこと自体がゼロ年代の「文学」だったのではないか。

    「野ブタ。」論とクドカン論はめちゃくちゃ良かった。

  • (2021/3/19読了分)つまみ読みだけしてお貸ししたら、頭から読んだらすごく面白い!と言われ、自分でも頭っから読んでみることに◆1995年。世界への不信。引きこもり。2000年代前半。世界への不信を前提とした決断主義。決断の内容の是非は問わず。2000年代後半。トーナメント形式からバトルロワイヤル形式へ。コミュニケーションの深化による決断主義の克服。◆大きな流れでいうと、暖かくて不自由な社会→冷たいけど自由な社会。後者のほうが著者としてはたまらなく好き◆そういった枠組みを提示した上で小説漫画ドラマ映画まで広く目配りして論じていく。◆それにしても時代の移り変わりの速さのせいか、有効とされる思想・議論の賞味期限の短さよ。そして歌も、ドラマも、時の移り変わりとともにあっという間に色あせてゆく感を持った◆読み終えて、すごい本だと思った。大きな枠組みを示したあと、漫画、ドラマ、アニメ、小説、映画などさまざまな作品を遡上に乗せ、分析していく。こんな風に作品を読み解けたらたまらなく面白いだろうな、と思いつつ。◆以下備忘録◆◆オウム真理教事件 「がんばれば、意味が見つかる」世の中から、「がんばっても、意味が見つからない」世の中への移行 (p.18) 古い想像力=引きこもり/心理主義」「〜しない」という倫理◆情報の海として静的に存在するデータベースから、自分の欲望するとおりの情報を読み込んで「小さな物語」を自身で生成する。そのため、人々は意味の備給にコミュニケーションを必要としなくなる=「動物化」(東浩紀)◆ゼロ年代とは、こうして決断主義的に選択された「小さな物語」同士の動員ゲーム=バトルロワイヤルの時代なのだ p108◆この十数年で、「ブルーハーツ」的な「俺たちは世間の流れに乗れないけど、その分真実が見えている」というナルシシズム、その仮想敵だった「世間」のあり方が「ひとつの大きな世間」から「小さな世間の乱立」に移行した結果、成立しなくなったのだ。(p.354)◆「あなたにさえわかってもらえれば、それでいい」の呪縛は、ゼロ年代、ゆっくりと確実に、群像劇へと「分解」されることでようやく解かれはじめている◆もはや公共性が個人の生を意味づけることはあり得ない。◆逆に全てがコミュニケーションの一部となるからこそ可能になる表現というのがたくさん存在するわけで、それとどう付き合っていくのかを考えるべきじゃないかと思うんですね。(p.437)///(2020/08/09読了分)よしながふみ、宮藤官九郎、高橋留美子、木皿泉、エヴァンゲリオン など がとりあげられていて興味を持ち。ゼロ年代に入って、よしながふみらが、不透明で流動性の高い社会に特異点を見出して思考停止するという逃避に、ついに決別を告げることに成功した、ということ。めぞん一刻を、笑いと人情に溢れたハートフルな純情物語であると同時に、肥大した母性のエゴイズムがすべてを飲み込んで、完全勝利してしまう物語でもあるのだ、という指摘を書き留めておく。

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著者プロフィール

1978年生まれ。評論家。批評誌「PLANETS」「モノノメ」編集長。主著に『ゼロ年代の想像力』『母性のディストピア』(早川書房刊)、『リトル・ピープルの時代』『遅いインターネット』『水曜日は働かない』『砂漠と異人たち』。

「2023年 『2020年代のまちづくり』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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