My Humanity (ハヤカワ文庫 JA ハ 6-2)

著者 :
  • 早川書房
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本棚登録 : 592
感想 : 52
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150311407

作品紹介・あらすじ

『あなたのための物語』『BEATLESS』のスピンオフ短篇ほか5篇を収録する著者初の作品集

感想・レビュー・書評

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  • 「人間性」をテーマにしたSF短編集。4篇収録。

    「地には豊穣」別書既読
     いつの日か、民族性などの文化が情報として脳に切り貼りできるものになったとしても、その苗床となる「人間」が生きている限り、文化は振るい落とされ失われるばかりでなく、新たに積み重ねられていくものがあるのだろう。例えば、失われゆくものに対する惜別の思いなど。

    「allo,toi,toi」
     感覚器からの情報に結び付いた動物的な「好き嫌い」と、文化と社会の上に築いた社会的な「好き嫌い」とを、私たちは区別できない。
     食料や異性のような生きる上で必要なものだけでなく、芸術や教育のような抽象的な事柄に対しても「好き嫌い」の振り分けができることで、人間は多彩なモチベーションを持ち、社会を発達させてきた。
     とはいえ、好悪の管理を精密に行う能力がないために、社会的要請に起因する快楽の意味を取り違えて暴走が起こったりもする――
    そういった観点から小児性愛者の心情を描いたお話。

     「好き」という単純な言葉のなかには、親愛・母(父)性愛・性的欲求等の雑多な感情が押し込められている。
     コミュニケーションにおいて、「好き」という言葉に含められたものを消化できないとき、人間はそれを「好き=自分にとってよい」ものだと大雑把に丸呑みして受け入れようとするし、その錯誤がきっかけで道を踏み外す者がいるのも、特別おかしいことではないのだ。
    「安全圏など本当はない」
     普段日常から意識的に排除するものの、決して追いやってしまうことのできない恐怖を喚起された。

    「Hollow Vision」
     科学技術の進歩に伴い変化していく人間の在り方。脳の機械化技術が現実のものとなった世界で、あえてデザイン(かたち)のなかに人間らしさの証しを垣間見る、という話だろうか。
     私には難しくてほとんど呑み込めた気がしない。

    「父たちの時間」
     放射線を吸収するナノロボット≪クラウズ≫が原子炉運用に活用されるようになった未来の日本の話。クラウズが自然環境に漏れ、自己増殖システムに異変を来し始めたため、主人公はその変異型クラウズを利用して、同種を共食いさせるという方向で対策案を模索する。

     クラウズに起因する霧や原因不明の病の蔓延により、徐々に不穏な空気を増していく世情。
     そしてそうした大きな世界に対し同じくらい差し迫った問題として、家族という小さな営みを再び自分の人生に結び付けていく描写が良かった。
     それぞれの研究機関が好き勝手に手を加えたナノマシンたちの特徴が有機的に絡み合って、最終的に自然生物の営為に近づいてしまうところも面白くて、物語としてよく出来ているなあと思った。

  • 文章は冷静で淡々としているけど、じょじょに溢れ出す感情がエモい。

  • 「allo,toi,toi」のみ再読。
    きっかけは木原音瀬『ラブセメタリー』を読んだ為。
    文庫版『ラブセメタリー』解説の王谷晶氏は「答えは無い」と仰っているが、「allo,toi,toi」には答えを紐解くヒントが散りばめられられている。

    《子どもを性的対象とする快楽の強さは、隠されたものである背徳感や、社会が子どもに付加した良いイメージに依存している》脳神経にとって「子どもが可愛いから好きだ」ではなく、「子どもは好きだ」「子どもは可愛い」という別の問題であるのだという。

  • 甘いから好き、ではなくて、好きだから甘い。
    そもそも、最初に『好き』だけがあって、理由は後からつけてるだけ……。
    この考え方は、けっこう衝撃的でした。欲望も、欲望を抑え込むことも、グロテスク。

    すっごくおもしろいんだけど、長谷敏司さんの文章を読みづらく感じるのは、私だけかしら?

  • 父たちの時間以外は他の作品集や雑誌で追っていましたが、こうやってまとまるとまた面白い。三作目と四作目のラストシーンの幻想的で恐ろしいような何故か感動してしまいそうな風景の描写が好きです。

  •  日本SF大賞2015受賞作2作品のうちのひとつ。4つのSF短編で、いずれも高度に科学技術が発達した未来を、それぞれ異なるアプローチで描いている。うち3つが他作品のスピンオフだが、知らなくても単独で十分読める。

    1)地には豊穣
     2009年に日本SF大賞候補となった「あなたのための物語」のスピンオフ作品。疑似神経制御言語「ITP」によりだれでも容易に経験の伝達が可能になることと、これまで個人のアイデンテティーを形成してきた文化的価値観のぶつかりが、まだ若い日本人の心の変遷とともに描かれた良作。

    2)allo, toi, toi
     1)と同じスピンオフ。少女を殺めた小児性愛犯罪者に対しITPによる矯正を試みるも、疑似神経が見せる幻の少女がきっかけで悲劇的な結末を迎える、印象的な作品。結局のところ、ITPは人格との折り合いという問題点を解決しないと使用に堪えないと感じた。

    3)Hollow Vision
     軌道ステーションで起きたテロ事件とそのてん末を、超高度AIが管理する未来宇宙とともに描く壮大な作品。宇宙空間での物理環境やhIE、液状ドレスなど近未来での宇宙生活のパーツが緻密に描かれていて、4つの中で最も想像が強く膨らんだ。宇宙旅行に行ってきたような気分になる。これも氏の長編「BEATLESS」のスピンオフ。

    4)父たちの時間
     書き下ろし。自然環境中で自己増殖を始めたナノマシンを止めるため研究に没頭する主人公が、別れた家族に対する「父」という自分の存在の在り方に打ちひしがれる話。ナノマシンの加速する増殖スピードが話の展開に緊張感と恐怖を与え、面白かった。長編に引き延ばしても通用するような気がする。

     こうしてみると、長谷さんの作品には微細なロボット(ITP、タバコからの霧状コンピュータ、ナノマシンなど)が多数登場するなと思う。

  • あなたのための物語のスピンオフである「地には豊穣」と「allo,toi,toi」、BEATLESSのスピンオフである「HollowVision」、そして描き下ろし「父たちの時間」の合計4篇で構成された短編集です。

    「HollowVision」だけはBEATLESSを未読のため掴みきれませんでしたが、どれも勢いと熱量の感じる秀作です。

    特に印象深いのは「allo,toi,toi」と「父たちの時間」。

    前者は小児性愛者の真に迫った哀切と慟哭すら感じられる内容で、後者は危うい均衡で成り立っていたバランスと秩序が一瞬で崩壊するそのスピード感と取り返しのつかなさをよく表現していました。

    どれも短いので、読みやすい反面、多少の物足りなさを感じるのも事実です。
    特に「父たちの時間」はできれば長編でじっくり腰を据えて読んでみたい内容でした。

  • 作家初読み。これはすごい、面白い。テクノロジーで変容する世界と、変化する社会の中を生きる人間の希望、戸惑いや悩みを丁寧に描いたSF短編(中編)集。

    「地には豊穣」
    脳に経験を伝達するITP技術の発展は多様な文化や民族性を淘汰するのか。技術の便利さのみを信奉してきた主人公は、自らに強調された祖国人のパーソナリティを植え付けることで、新しい世界を見つける。個人のバックグラウンドに積み重ねられてきた文化や民族性の本質とは何か、何が個々の人間性を定めているのか。個人が自分の背景となる文化を選べる時代が来るのかもしれない。じーんとくるものがある。

    「allo,toi,toi」
    題材が重く生々しい。刑務所内でITP技術による脳の矯正実験を受ける小児性愛者の話。そして彼をモニタリングする科学者。「好き」「嫌い」とは何かを突き詰めていった結果、そもそもの人間の心の脆弱な部分が見えてきてしまう。心に残るも、ずしりと重荷が乗っかる感覚。

    「Hollow Vision」
    宇宙時代が幕をあけ、宇宙で暮らすための合理的な習慣やシステムが生まれていく。活劇ありでイメージ多様でわくわくする設定。他の三編より落ちるかな。

    「父たちの時間」
    面白い。テクノロジーの暴走が人類の危機を招くというよくある筋ではあるのだが、知的な興奮と物語としての面白さを併せ持った傑作になっている。ゴジラを連想。
    原発のメンテナンスのために自律するナノマシンが実用化された世界。生物を模倣したナノマシン群は人類の予測を超えて進化を始める。
    ナノマシン対策チームの主人公は、父親としての自分を意識の外に置きひたすら仕事に励んできたが、危機を前に再び家族との絆を見直していく。主人公がナノマシンの進化を自分や人間の生と重ね合わせて思いをはせていくのが面白い。世界の危機でも、人は生きて、家族を愛して、もがきながら前に進んでいく。

  • 4本収録の短編集。
    『あなたのための物語』と世界観を同一にするものが2本、他作品のスピンオフが1本、書き下ろしが1本という構成で、各々の作品は短編にしては長めだが、中編というにはやや物足りないかな〜というボリューム。
    『地には豊穣』『allo,toi,toi』は、『あなたのための物語』で登場したITPが、既にある程度用いられている世界が描かれているが、後者の方が印象に残った。
    4編ともSF的世界における人間性に焦点を当てたテーマで、『My Humanity』というタイトルは内容を的確に表現している。こういうピッタリなタイトル、あるようで無いよな〜。

  • 帯には『BEATLESS』、『あなたのための物語』のスピンオフほか全4篇とあったので、期待して読み始めたが、『BEATLESS』ほど一般向けじゃなく、ややSF色が強い印象。この手のSFが大好きな人にはいけるかもしれないが、エンタテインメントとしてはやや面白さに欠けた。ナノロボットを利用し擬似神経細胞を脳内に作るという設定の2作品(『地には豊穣』、『allo, toi, toi』)、技術的特異点に到達後の超高度AIが厳格に管理される社会を描いた『Hollow vision』、放射線の吸収低減用の自己増殖するナノロボットの暴走を描いた『父たちの時間』。

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著者プロフィール

「戦略拠点32098 楽園」にて第6回スニーカー大賞金賞を受賞。同レーベルにて「円環少女」シリーズ(角川書店)を刊行。「あなたのための物語」(早川書房)が第30回日本SF大賞と第41回星雲賞に、「allo,toi,toi」が第42回星雲賞短編部門にそれぞれノミネートされた。

「2018年 『BEATLESS 上』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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