虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫 JA イ 7-6)

著者 :
  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (428ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150311650

作品紹介・あらすじ

米情報軍大尉クラヴィス・シェパードは、後進諸国で頻発する内戦や虐殺の背後に存在する謎の男、ジョン・ポールを追うが……。現代の罪と罰を描破した30万部のベストセラー。

感想・レビュー・書評

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  • 最終章の最後の編を読むまで、正直苦痛な読書でした。
    まず虐殺のシーンがそもそもキツイ。にも関わらず殺しの特殊部隊である「ぼく」の語り口が淡々としていて、読んでいて落ち込むことも多い。中盤は論文を読んでいるようで、内容が難解。半分くらいしか理解できない。

    物語はテロを未然に防ぐためにセキュリティが強化され、テロを首謀する人物を暗殺する事が黙認されている世界。
    ナノレイヤーだのオルタナティブだの人工筋肉だのと、近未来の世界観もすごい。

    そもそもテロとか罪とか罰とかって今の私の生活からかけ離れていて、あんまり共感できないわ…SFってあんまり読んだことないから、私にはあまり向かなかったのかなぁとか思っていた。

    それがどうだ。
    終盤でいきなり物語の本質が姿を現し、今まで暗示のように繰り返されてきたフレーズが自分に襲いかかってくる。
    【人は見たいものしか見ない】
    そうか。
    なんて事だ。
    これは私のことだったんだ!

    利益を独占する一部の先進国と、その国を富ませる為にいつまで経っても貧しい発展途上国。昔「世界が100人の村だったら」って本が流行ったなぁ。でもあれ読んで「自分たちは数少ない恵まれてる国でよかった」って安心したっけとぼんやり思う。
    そうじゃないのにね。

    物語は主人公の贖罪を示し、私を残し急速に終わっていく。
    後書きの筆者略歴がまた胸に迫る。
    癌に犯されながら僅か10日で書き上げた物語。死を前に何としてでも伝えたかった事。
    簡単に答えは出ないけど、これから私は考え続けるだろう。
    とにかく、すごい読書体験だった。

  • 海外のSFのような雰囲気がある。
    評価の高いSF作品で前々から気になっていて、やっと読んだ。
    読んで良かった。これは傑作。
    ただ好き嫌いは分かれそう。
    作者さんが早逝されたのが本当に惜しまれる。

    オーウェルとかハインラインとか、その辺の人の本を読んでたかな?と途中思うようなところも。主要登場人物がアメリカ系だったからだろう。
    管理社会で何をするにもIDが読み込まれ、どこを通り何をして何を食べたなど全て記録に残るような社会が舞台。その中で、主人公は特殊部隊の兵士。母親の死をものすごく引きずっていて、内面の語りが多く、ときに翻訳物のようにくどかった。
    窮屈で退廃的で、監視システムが発達した世界観と、進化した生体機械などの道具のアイデアが良く無理がない。機械の素材やその生産地の設定には、風刺が利いてると感じた。

    令和の今も、平和な地とそうでない紛争地、それにテロはある。進行中のハマス、イスラエル問題、なんだかこの小説の世界に通じる。虐殺の構文、作中では具体的にどんなものなのかわからなかったが、今もそんな土地にその構文が撒かれているのかもしれない、などと思ってしまう。
    あの土地にも彼が来ていたのだろうか。
    現実とのリンクを感じるあたり、作者さんの視座の鋭さが窺える。長生きして、もっと作品を残して欲しかったと思う。

  • ジュブナイル向けの、(「老人と宇宙」のような)単純なアクション系SFかと思ったら、意外にも、暗殺部隊兵士が抱える心の問題(罪の意識との葛藤)を描いたシリアスな作品だった。

    主人公、クラヴィス・シェパード大尉は、米国の情報軍特殊検索群i分遣隊(暗殺部隊)に属し、世界中の紛争地帯で起きている虐殺行為の首謀者を暗殺する極秘ミッションに従事している。

    シェパード等は、作戦前に感情調整を施され、虐殺現場の惨状を尻目に冷静に行動し、刃向かう少年兵等を排除しつつターゲットを捕捉・抹殺する。しかし、彼らの心には、徐々にダメージが蓄積していく。

    「母親殺し以外のすべての罪。自分で選び取らずに人を殺してきたという、責任逃れの罪」

    幾多の作戦においてターゲットとされたのが、"虐殺の王" ジョン・ポール。「虐殺の文法」を操って、世界各地で人々を虐殺へと駆り立てる悪魔のような存在だという。

    「どの国の、どんな政府の、どんな構造の言語であれ、虐殺には共通する深層文法がある」、「虐殺のことばは、人間の脳にあらかじめセットされているものだ」、「虐殺の文法は、食糧不足に対する適応だった」

    ジョンは、作戦遂行のたび、他のターゲットが確保される中で個人認証セキュリティを掻い潜って忽然と消えてしまう。

    ジョンが紛争地帯で虐殺を発生させる目的は何か、そしてシェパードの贖罪は果たされるのか。

    なかなか読み応えのあるSF作品だった。「ハーモニー」よりこちらの作品の方が自分好み。

    ただ、小難しく書かれていたり、飛躍していたりしてて、内容がスッと頭に入ってこない箇所があるのがちょっと残念ではあった。ジュブナイル向けを思わせる本書のようなジャケットデザインも、あまり好きになれないな。

  • まず、海外ドラマっぽさを感じた。アクションあり、ミステリーあり、そしてSFあり。1冊の娯楽小説として、安心してその展開に身を委ねることができる。

    構成としては、主人公の生い立ちや悲しみというミクロ的なテーマがある。それから、世界構造や正義の在り方などマクロ的な観点で物語が進行していく。という2層構造。

    筆者の見識の広さに下支えされた世界観は、安心して没入することができた。言語学を中心に、医学からゲーム理論まで手広い。クレオール、あるいはクレオール言語というのは知らなかった。あとは、サピアウォーフの仮設。

    それから嗜みとして、ジョージ・オーウェルを2作とも読んでおいて良かった。作中で引用されるので読んでおいて損はない。

    淡白だけど情感に訴えかける文章も良い。筆者の使いたい言葉を自在に組み込んでる印象。それでいて難解な言い回しにならない。語彙力の多さに支えられた余裕のある文章だと感じた。

    戦地に赴く前の感情調整のシーンには、伊藤計劃らしさが光ったように思う。

    兵士たちは痛みを認識できるが、感じることのないように調整される。主人公はここで、殺意ですら他者からコーディネートされてるのではないかと疑う。それが自分のものであってほしいと願う独白は、鮮烈な印象を残した。

    個人的には、あの結末は突き抜けていて好きな終わり方。だけど、それが世界の正解だとは思わない。痛みを自分のものとして感じること、そのことの自由と幸福は譲ることはできない。きっと人間主義なのだと思う。

    そんな風に、読者は伊藤計劃からの問いに向き合わざるを得ない。

    総評としては、良作。優れたSF小説はSFの枠に収まらないということを思い出させてくれる1冊だった。

    (書評ブログの方も宜しくお願いします)
    https://www.everyday-book-reviews.com/entry/%E7%97%9B%E3%81%BF%E3%82%92%E6%84%9F%E3%81%98%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%A8%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E3%82%92%E7%9F%A5%E3%82%8B_%E8%99%90%E6%AE%BA%E5%99%A8%E5%AE%98_%E4%BC%8A

  • 表紙は、ラノトノベル風!表紙からは想像出来んほど、中身は…重くてベビー!
    出たしから、グロい〜
    こんな文法で、ジェノサイド になるのか…
    サブリミナル効果の親戚みたいな…
    虐殺の文法って、具体的に何なのかは触れず…ひょっとして、作者は本当に知っていて、どこかで実践してたかも?ってないわ!(^O^)
    ラストは、賛否両論ありそうやけど、個人的には、好きな感じ。気分は晴れんけど。

  •  ラストの謎の清涼感を味わいたくて再読。ムンバイの基地で見かけたリボルバーを腰に挿した銀髪の老兵ってリボルバーオセロットのことかなって思わず考えてしまいました笑。小島監督ファンの筆者らしい作中世界の雰囲気がとても良かったです。
     無責任であること無関心であることの罪、自己責任から逃れたい罪への赦しについて色々と考えてしまいました。

  • いやー、感想を書くのが難しい。
    劇的なことが、非現実的なディテールによって覆われて、頭がこんがらがっていたような、理解はできていたような。
    虐殺描写のインパクトがさらにかぶさってしまってる。
    読むのが止まりはしなかったけど。

    SFで描いてる未来って結構現実になっているよなぁ。
    痛いと感じないが、痛いのは認識できる、ってなっちゃうのかな。

    あまり手に取るジャンルではないけど、繊細な内容だったので、また面白そうな作品に出会えたら良いな。

  • 21世紀を代表するSF作品と呼び声の高いことより、気になり読んでみた。
    虐殺器官という物騒な響きより、スケールが大きく激しい戦闘シーンだらけなのかと予想していたが、それだけではなく、非常に心情描写が豊かな作品でもあった。
    周囲の風景に溶け込む服や、網膜にあらゆるデータを映し出す機会など、SFならではのワクワクさせる要素が万歳。
    それに対し、痛みや感情を抑制する麻酔など、現実にあるとゾッとするようなモノも存在している。
    今ある生活が、一体何によって脅かさせる可能性があるのか。
    今自分はどんな不都合な現実から目を背けているのか。
    そんなことを深く考えさせられる一冊でした。

  • 今回再読して強く思ったのは、まず罪と赦しについて。

    主人公のクラヴィスは自分の行為に罪悪感を感じていて赦されたいと思っている。かつ、自分の行為は仕方のないことだったと行動の原因を別の何かに起因させたいと思っている。それは、母はもう助からないのであり、生きているとはいえないという医者の判断だったり、母の受忍だったり、正義のためという大義名分だったりする。しかし、赦しは死者から得ることはできない、死なせてしまった者が自分を許すと思っているか、そうして欲しかったと思っているか、それは生き残った者が勝手に想像するもので、決してわからないもの。それが繰り返し語られる。それでも、生きている者はそれを考えずにいられないものですが。

    もう一つ、生と死の曖昧さ。生と死ほど明確で不可逆で取りかえしのつかないものはないとは思うのですが、一方で、確かに医療技術がますます進む中で、脳の中の何%が生き残っていれば生きていて、何%を失えば死なのか。脳死というけれど、脳が100%壊死しているならともかく、部分がもし生理的に活動しているなら、そこに意識はあるのか、人格はあるのか。そもそも何をもって生きている、と判断するのか。これは「攻殻機動隊」のテーマにもあったと思うのですが、もし記憶を100%移すこと、残すことができれば、それはその人であるのか。サイボーグとロボットを考える時、昔は単純に脳が残っているのがサイボーグと考えていたのですが、本当の私の本質は脳という器官でなく心や意思に思える。心や意思と記憶は別とも思っていたのですが、心や意思を形作り動かすのは記憶と考えると、記憶を100%移した何かは私と同じように感じ考えるのではないだろうか?

    クラヴィスにとっての死のイメージについて。
    最後のクラヴィスの行動について。最初の書かれる母と話すイメージの中で、死者の国は今の世界に地続きであると聞いたクラヴィスが安心感を感じているのはなぜだろうか。クラヴィスは死を恐れつつ、死に惹かれていたのか?単に自分が殺した罪をやわらげたかったのか?

    ジョン・ポールの行動とクラヴィスの結末について。
    ジョン・ポールが虐殺の文法を使って、愛する国を守ろうとしていたという理由は本当か?確かに、この場面で嘘をつこうとはしていないだろうけれど、自分でも本心に気づかないで、そう思い込んでいた、思いこもうとしていたのではないだろうか。読書会で、ジョンは既に虐殺の文法を研究する過程で、その文法に侵されていたのではないかという意見も、後はクラヴィスにたくす、もう全てを破壊して終わってくれという気持ちがあってノートを渡したのではという意見も、何か聞いて納得しました。
    最後にクラヴィスが行った行為。それはジョン・ポールが行った、理由だといったアメリカを守り、それ以外の後進国の中に虐殺の本能を担わせるのと全く反対になってしまったが、なぜノート渡したのだろうという疑問が参加者から出たのですが、その答えとして、実は反対に見えて、全てを破壊したい、終わらせたという同じ意思だったのではと思えました。虐殺の文法は英語なので、アメリカだけには、とどまらないはず。クラヴィスは実は世界の破滅を願っていると思えてしまったのですが、著者の伊藤計劃さんは、どのように思い、あの結末を書いたのだろう。

    それにしても、今回もやはり、同じことを最後に思わずにいられません。もっと作品を書いて欲しかった、読みたかったと。

  • NY9.11以後の世界は、相次ぐ大量虐殺によるテロが急増していました。アメリカ軍情報部 i分遣隊のクラヴィス・シェパ-ド大尉は、世界で暗躍するテロリストの暗殺命令を受けて、サラエボの核爆弾テロで妻子を失った謎の男ジョン・ポ-ルを追うことになりますが・・・。著者の【伊藤計劃】は、爽快感を目指して書いた処女作と語っていますが、鳥の羽と同じような生存と適応から生まれた「器官」に過ぎないとする兵士たちの姿と、任務遂行の為には手段を択ばない殺伐とした戦闘描写に圧倒されます。
    (本作発表後の著者の早逝を悼みます)

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著者プロフィール

1974年東京都生れ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』でデビュー。『ハーモニー』発表直後の09年、34歳の若さで死去。没後、同作で日本SF大賞、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。

「2014年 『屍者の帝国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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